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トラブル

第十九話

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 ある昼下がり、女性社員のナカムラさんがこっそりカトウさんに仕事を押し付けようとしている場面を目撃した。
 俺はさりげなく彼女の背後で立ち止まり、声をかける。

「ナカムラさん。仕事大変なら俺が手伝うよ」
「へっ!? いえいえっ、月見里さんになんて手伝わせられませんよっ!」
「気を使わなくていいよ。それより、カトウさんの残業時間がヤバくてさ。これ以上させちゃうと俺が怒られるんだよね」
「あっ、えっと……」
「だから俺が手伝う。貸して」
「いえいえ! だったら私がします!」
「そう? 大変だったらいつでも頼ってね、俺を」
「はっ……はいっ、ありがとうございます……!」

 ナカムラさんは顔を真っ赤にして何度も頷いた。
 俺がその場を去ると、「あー……心臓破裂するかと思った……」と呟いた。

「月見里さんの顔面が……さっきまでここにあった……」

 隣に座っていたキムラさんもなぜか頬を赤らめている。

「月見里さんから良い匂いした……」
「柔軟剤……ランドリンだあれ……ベルガモットの……」

 なぜあの一瞬で柔軟剤を言い当てられるんだ。ナカムラさんは鼻がいいんだな……。ちょっと恥ずかしい。

 仕事を押し付けられずに済んだはずのカトウさんが、なぜかナカムラさんに食ってかかっている。

「ナッ、ナカムラさんっ! 私手伝えます! いけます!」

 できないでしょうが。無理をするんじゃありません。
 カトウさんに説教するために立ち上がろうとしたが、俺の出る幕ではなかったようだ。

 ナカムラさんが厳しくカトウさんを窘める。

「あのねっ。あんたが残業したら月見里さんに迷惑かかんのっ! できもしないことできるって言わない!」

 キムラさんがクスクス笑う。

「さっきまで押し付けようとしてたくせに」
「うっ、うるさいなっ。そこまで頭回ってなかったの!」

 これで少しはカトウさんの仕事も減りそうだ。よかった。
 自分の業務に戻ろうとしたとき、背後から声をかけられた。小鳥遊だ。

「月見里」
「なんだ?」
「大阪の打ち合わせの報告書と、次の企画書ができた」
「おー、さんきゅ。どれどれ……」

 俺は報告書と企画書をぺらぺらとめくり、舌打ちする。
 腹が立つほど完璧だ。しかも――

「おい。俺の仕事まで食いやがったな。ここは俺が作るって言ってただろう」
「はっ。ただでさえ残業でキツキツの課長代理サマに、これ以上仕事渡せませんよ」
「お前なあ……お前だって仕事でパンパンだろうが。無理すんなってあれほど――」
「無理なんてしてませんよ。俺は仕事が早いので、この程度の仕事ならすぐにできます」

「あなたと違って」という言葉が最後にくっついていそうな言いぶりだ。いちいちイラつく言い方をするヤツだな。いつもは使わない敬語を使っているのも癪に障る。

 まあ、しかし、助かったのは確かだし、礼は言わないとな……
 と、口を開いたところで、小鳥遊がさらに言葉を続ける。

「ああ、そうだ。これとは別件だが、お前が先日作った企画書、目を通したが穴だらけだったぞ。課長代理サマが作ったとは思えないお粗末っぷりに、呆れて物も言えなくなった」
「人を怒らせるような物言いしかできないのかお前はっ。文句を言うなら具体的に言えよ」

 バチバチ火花を散らせ始めた俺に、課長がボソッと呟いた。

「バトルするなら小会議室に移動してね」
「あっ、すみません。では、小会議室借りますね」
「どうぞ。ふふ。二人がバトッたあとの企画書は最高のものができるから楽しみだよ」

 小会議室(防音)に移動した俺たちは、早速言い争いを始める。

「まずここだが――」
「そこはこういう意図があって敢えてそうしてるんだよ!」
「なるほど。じゃあ次はここだが、これじゃあ説得力に欠ける……」
「……確かに。そこは修正したほうがいいな。で、次は?」
「次はここだな」
「そこは――」
「はっ。課長代理サンはそんなショボい説明で得意先を説得できるとでも思ってるのか? ここはもっとこう――」

 俺たちのバトルは白熱し、書き込みで企画書が真っ黒になっていた。
 小会議室にサトウさんが入ってくる。課長にでも言われたのだろうか、二人分のお茶を置いてくれた。

「ありがとう、サトウさん」
「悪いね」

 バトルの合間にお礼を言った俺たちに、サトウさんがにっこり笑う。

「お二人は、仲が良いのか悪いのか、さっぱり分かりませんね」
「どこが? 明らかに悪いでしょ」

 小鳥遊と仲が良いと思われるのがとても嫌だ。
 それを知ってか知らずか、小鳥遊がまた癪に障ることを言う。

「一周回って仲が良いのかもな」

 ありえない。やめろ。
 俺と小鳥遊が仲が良い? その字面だけでも気持ち悪くてゾワゾワする。


 ◇◇◇


 その日の帰り、むしゃくしゃした俺は小鳥遊をホテルに連れ込んだ。ストレス発散はセックスに限るからな。

「あぁっ、あっ、そこっ……! そこもっと……!!」
「はっ。そんな顔を俺に晒して、何が『仲が悪い』だ」
「それとっ……これとはっ……関係ないだろぉ……っ、んっ、んぁっ……!」

 明日も仕事があるので、その日は一回だけにしておいた。
 こいつとの一回は、他の人との十回分に相当するが。

 小鳥遊は俺の中にたっぷり精液を注ぎ込み、繋がったまま俺の上に倒れこむ。

「満足したか?」
「まあ……。スッキリはした」
「まさかお前から金曜日以外の日に誘われるとはな」
「それくらいむしゃくしゃしたんだよ。お前のせいで」
「そうか。むしゃくしゃしたらお前はセックスしたくなるのか。だったら毎日むしゃくしゃさせてやろうかな」
「やめろ? 俺の気が狂う」

 小鳥遊が俺の頬を両手で挟み、キスをしてきた。
 何度言っても言うことを聞かないので、事後三回まではキスを許すことにした。

「他に、俺になにかしてほしいことはあるか?」
「うーん……そうだな……。まずちんこを抜いてほしいかな」
「……」

 小鳥遊がムスッとしたまま言うことを聞き、俺の隣に寝そべった。
 俺は小鳥遊に背を向ける。

「で、うしろから抱きしめろ」
「……なんだお前」
「なに」
「別に」

 小鳥遊の体温、結構好きだ。熱くて、でも汗でちょっと冷たくなっている感じが。
 それに筋肉がついた腕と胸に包まれるのは、心地いい。

「……やば。このまま寝そう」
「寝れば。朝起こしてやるよ」
「いや……ダメだろ……二人して今日と同じスーツで出社なんて……」
「じゃあ、これからはどっちかの家でするか?」
「……悪くないかもな……」

 そんなことを言いながら、俺はうっかり浅い眠りについてしまった。
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