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出張

第十三話

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 《ツキさん、今日はお会いできるのを楽しみにしています》
 《はい。僕も楽しみにしています。よろしくお願いします》

 そんなメッセージから始まった、金曜日の朝。
 相手のハンドルネームはヤヨイさん。自称、山梨県在住の三十五歳だ。
 先週の金曜日は散々な目に遭ったので、今回の相手は慎重に選んだ。それに、DMで恥ずかしいことを言わないようにも気を付けた。
 小鳥遊のせいで悠々自適なマッチングアプリ生活を送れなくなったのが腹立つ。俺の唯一の息抜きの場が……

 DMで甘えられない分、ベッドの上では甘えさせてもらおう――

 なんて考えていた定時前。
 帰り支度を始めた俺に、隣の席の社員が声をかける。

「あれ? お付き合いはまだ続けてるんですね」
「お付き合いしている相手がそもそもいないんだよ」

 俺に彼女がいるだの、プロポーズして断られただのということが勘違いだと、いつになったらみんな気付いてくれるのだろうか。

「それじゃ、お先」
「おつかれさまです~!」

 社員たちが囁き合っているのが聞こえてくる。

「なんでプロポーズ断られた相手とまだ続いてんの!?」
「いや、もう別の彼女ができたんじゃない?」
「うわっ、ありえそう……」

 なんかまた新しい勘違いが生まれている。訂正するのもめんどくさいので、無視してオフィスをあとにした。
 エレベーターを待っていると、背後から「おい」と声をかけられた。
 振り返るとそこには小鳥遊の姿があった。

「……なんだよ」

 小鳥遊は俺を無表情で見つめるだけで、何も言わない。

「用がないなら仕事に戻れ。シッシ」

 エレベーターの扉が開く。中に入ると、小鳥遊があとをついてきた。
 エレベーターの中で二人きりになっても、小鳥遊は黙ったままだ。

「なに、タバコ休憩?」
「……」
「仕事ほどほどにしろよ。まあお前の場合は勤務時間の半分くらいタバコ休憩だけどな」

 冗談を言ったのに、小鳥遊は笑いも怒りもせず、無表情で俺を見つめる。
 しばらくしてやっと小鳥遊が口を開いた。

「……今日も行くのか」

 小鳥遊の言葉にたじろぐ俺。
 そんな俺に、小鳥遊が一歩近づく。

「名前も知らないヤツに抱かれに行くのか」
「か、会社の中でそんなこと言うな! それに、お前に関係ないだろう!」
「……」

 むっつりしている小鳥遊の表情で、俺はピンと来た。
 こいつ、俺のしていることがバレて会社に迷惑をかけることを心配しているのだ。

「大丈夫だよ。そのへんはちゃんと考えてやってる。だから他県のヤツらとしか会わないし、俺が何者か分かるような痕跡は残さないように――」

 話の途中で唇を塞がれた。こいつ……っ!!

「おい! なにしてんだよやめろ!!」

 俺はキスされた唇をガシガシと腕で拭った。二回キスしたからって調子に乗りやがって……!!

 小鳥遊は反省している様子もなく、不機嫌そうに俺を睨みつける。

「そんなヤツに頼るくらいなら、俺に頼ればいいものを」
「はあ? 絶対に嫌ですけど。何言ってんだお前」

 すると小鳥遊がバカにしたような目で笑う。

「どうせ今晩、お前は物足りなくて泣く」
「……」
「早漏の相手を何度しても、ケツガバのお前は満足できないだろうからな」
「っ……」

 頬にビンタを食らわせたのは人生ではじめてだ。とても良い音が鳴った。

「一回抱いたくらいで、なに分かったクチきいてんだよ」
「……」
「俺は、死んでもお前なんかに頼らない」

 エレベーターの扉が開く。俺は「さっさと仕事に戻れクソ野郎」と言い捨て、駅まで全力疾走で走った。


 ◇◇◇


「あっ、あっ、んっ……! ツキさんっ、ツキさんっ……! やばいっ、やばいですっ……! あっ、も、イク、イクッ……!!」
「んっ……」

 ベッドに上がってから約十五分。挿入してからだと約二分。
 まだ体も熱くなっていないうちに、ヤヨイさんとのセックスが終わった。

 ヤヨイさんはバツが悪そうに笑う。

「へへ……。ご、ごめんね。いつもはこんなんじゃないんだ……。ツ、ツキさんのおしりが気持ち良すぎて……」

 今までいろんな県のいろんな人に抱かれてきたが、不思議なことに、俺を抱いたあとみんながそう言う。
 いつもなら「いいですよ」と言って解散するのだが、その日はそうもいかなかった。

 《どうせ今晩、お前は物足りなくて泣く》
 《早漏の相手を何度しても、ケツガバのお前は満足できないだろうからな》

 帰り際に言われた小鳥遊の言葉が、頭にこびりついて離れない。
 あいつの言った通りになるのが癪だった。

 だから俺はヤヨイさんの首に腕を回し、耳元で囁いた。

「ヤヨイさん、もう一回……」
「えっ。い、いいのっ?」
「うん……。俺が満足するまで……何回でもいいから挿れて……」
「うっ、うんっ!」
「わっ」

 俺の誘いに興奮したのか、ヤヨイさんは俺を押し倒して早速腰を振り始めた。

「そんなに僕のペニス気に入ってくれたの? 嬉しいなあ。俺、頑張るよ! ツキさんが満足できるまで……あっ、もう出るっ……!!」
「……」

 そんなやりとりをあと一回繰り返したが、四度目でヤヨイさんが根を上げた。

「ごめん、ツキさん……。いっぱい出しちゃってもう勃たないよ……」
「……そうですか」
「ごめんね……。もっとツキさんとしたいのに……」
「大丈夫です。……じゃ、帰りましょうか」
「そ、そうだっ。また一週間後に会わない!? それまで俺、オナニー我慢するからさっ。そしたら今日よりもっとたくさんエッチできると思うんだ……!」
「……いえ、いいです」

 俺はシャワーも浴びずに服を着て、ホテルを去った。

 帰りの電車の中で、俺は来週の相手を探していた。
 ガッカリを通り越し、怒りが沸き上がってくる。そんな自分に驚いた。

 どうして俺はこんなに怒っているんだろうか。
 二、三分で射精されることなんて、当たり前のことだったじゃないか。
 一度も中イキができないことも、満足できないままホテルを出ることも、いつものことじゃないか。

「……くそっ」

 脳内にちらつく小鳥遊の顔。未だ忘れられない先週の快感。
 今日小鳥遊に言われたムカつく言葉。
 あいつの予言が現実になったことへの悔しさ。

 《そんなヤツに頼るくらいなら、俺に頼ればいいものを》

 ……いやいや。何考えているんだ俺は。
 あいつに抱かれるくらいなら、死んだほうがマシだ。
 ……死んだ方がマシなんだから、あいつに頼りたいなんてそんなこと、頭の隅にも浮かんでくるな。
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