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飲み会
第九話
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俺と小鳥遊、サトウさん、カトウさんの四人で飲みに行くことになったので、俺たちは定時きっかりに退社した。
飲む場所はカトウさんが選んでくれた。俺が探すと言ったのだが、カトウさんに「居酒屋探しには慣れているので」と親指を立てられ、俺は甘えることにしたのだった。本当にカトウさんはよく働いてくれる。
カトウさんが選んだのは、会社から徒歩五分ほどの少しランクの高い居酒屋チェーン店だった。
個室に通された俺たちは、早速電子パネルからメニューを選ぶ。
カトウさんはテキパキとタッチパネルを操作する。
「じゃあまず飲み物決めますね! 月見里さんはどれにしますか?」
「えっと、俺は――」
ここだけの話、俺は酒にめっぽう弱い。大人数の飲み会ではいつもチューハイ一杯と残りウーロン茶でその場をしのいでいる。
だから今日もいつもに倣うことにした。
「じゃあ、レモンサワーで」
「はっ」
隣で小鳥遊の失笑が聞こえ、俺は「あ?」と睨みつける。
「なんだよ」
「いや、別に?」
カトウさんはクスクス笑いながら、小鳥遊に尋ねる。
「小鳥遊さんはどれにしますか?」
「熱燗で」
「はあい。サトウさんはー?」
「わたしはカルーアミルク!」
「りょ! わたしは芋焼酎のロック~」
俺は目を丸くした。
「カトウさん芋焼酎? 渋っ」
「えへへ~。実は酒豪なもので……」
早速俺の知らないカトウさんを見た。
小鳥遊が隣でボソッと呟く。
「新入社員の女子が芋焼酎のロックで、課長代理サマはレモンサワーか……」
「なんだよっ。悪いかっ」
「別に~?」
いちいち突っかかって来て腹立つな。やっぱり小鳥遊は小鳥遊だ。
カトウさんが無邪気に笑ってこう言った。
「やだなあ、小鳥遊さん。きっと月見里さんのレモンサワーはジャブですよ。二杯目くらいからガツンと行くんです。ね、月見里さん?」
「おぉう……そ、そうだね……?」
まずい。カトウさんのそうだと信じてやまない目に負けて頷いてしまった。
料理が運ばれると、カトウさんが手際よく取り分けてくれた。
俺が飲みに誘ったのに、今のところ世話ばかりしてもらっている。
「カトウさん、俺が取り分けるよ」
「えっ? ダメですっ。月見里さんにそんなことさせられませんよ! 私がしますので、月見里さんは少々お待ちくださいね」
「悪いね……」
カトウさん、職場より居酒屋にいるときのほうがずいぶんイキイキしているな。
職場でもこのくらいイキイキしてもらえるように努めないと。
レモンサワーが三分の一減ったあたりで、小鳥遊が熱燗のおかわりをした。
「お前も飲むか?」
そう言って、空のお猪口を俺の前にスライドさせる。
断ろうとしたが、その前にカトウが「お注ぎします!」と言って俺と小鳥遊のお猪口に酒を注いだ。
「……」
しかもたっぷり。
お猪口を睨みつけていると、小鳥遊が俺のお猪口に自分のお猪口をコツンと当てた。
「乾杯」
「……乾杯」
ここまでお膳立てされてしまっては飲まないわけにはいかないな……。
俺は一口飲み、キョトンとした。
「美味い」
「だろう」
「思ってたよりあっさりしてる」
「焼酎よりはな」
なんだ。美味いじゃないか。飲まず嫌いしていた。これなら俺も飲めそうだ。
少し酒が回ってきたころ、カトウさんが頬を膨らませた。
「もう、月見里さん! 急に飲みに誘われてびっくりしましたよ!」
「ああ、ごめん……。考えなしだったよ。迷惑かけたね」
「いえいえ……迷惑だなんてそんな……嬉しかったんですよっ。でもねっ……」
カトウさんの目にじわっと涙がにじむ。
「こ、怖かったですぅぅ……」
すかさずサトウさんがカトウさんの背中を撫でて慰める。
「そばで見てる私も怖かったよ……。空気ピリィッてしたよね……」
「うん……先輩たちに殺されるかと思ったよぉ……」
「その域だったよね……」
申し訳なさすぎる。こんなに怖い思いをさせてしまったのか。
「ほんとごめんね……。これからは気を付けるから……」
「いえ……月見里さんは悪くないです……。私が悪いんです……」
「カトウさんは何も悪くないでしょ」
「私が……仕事ができないからぁ……。先輩たちをイライラさせちゃってぇ……。それなのに月見里さんにいつも気にかけてもらってるから……」
俺と小鳥遊はこっそり目配せした。このまま本音を打ち明けてもらおう。
「……カトウさん。ずっと気になってたんだけど、カトウさんの仕事量、かなり多いよね」
「いえ……私の仕事が遅いだけです……」
「そんなことないと思います」
サトウさんが会話に入ってきた。
「カトウさん、先輩に仕事押し付けられてます。しかもめんどくさい仕事ばっかり」
「ちょっと、サトウさん……」
「カトウさんも悪いけどね。私みたいにキッパリ断ればいいのに、安請負するからいけないんだよ」
「……」
「だから余計、良いように使われてるんです」
サトウさんはそう言って、俺をじっと見つめた。
「月見里さん、助けてください。先輩たちが言うこと聞くの、月見里さんしかいないと思います」
そこに小鳥遊も入ってくる。
「俺じゃダメだったな。適当にはぐらかされて終わった」
「……小鳥遊、お前動いてくれたのか」
「意味はなかったがな」
「……」
そうか。この前小鳥遊がサトウさんと飲みに行ったのは、カトウさんの話を聞くためだったのか。
……こいつにはいつもイライラさせられる。
いや、自分に対してイライラしているのか。小鳥遊と違って、今まで何も行動に移さなかった自分に。
「……分かった。なんとかする」
「月見里、下手したら余計にカトウさんが嫌な目に遭うぞ。慎重にしろよ」
「そうだな……」
たとえば俺が社員を叱りつけたとしたら、告げ口をしたカトウさんに怒りの矛先が向くだろう。
上手に立ち回らなければ逆効果だ。
「カトウさん、もう少し待ってて。絶対どうにかするから」
「……ありがとうございます、月見里さん……」
ぐすぐすと泣き出したカトウさんに、小鳥遊が冗談交じりに言った。
「ストレス発散がしたかったら、俺と月見里を飲みに誘うといい。いつでも付き合う」
「ああ、付き合うよ。カトウさんの飲みっぷりは見ていて気持ちがいいしね」
小鳥遊と俺の言葉に、カトウさんがクスッと笑う。
「ありがとうございます、月見里さん、小鳥遊さん……。それに、サトウさんも……」
「私にお礼言われてもなあ。私だってずっと見てみぬフリしてたし」
「でも、話聞いてくれてたじゃん」
「話聞いてただけだよ」
この二人が同期で良かった。
俺はタッチパネルを引き寄せ、みんなに声をかける。
「さ、どんよりした話はおしまいにして、楽しく飲もう。カトウさんは何飲む?」
「あっ、はい! じゃあ、ウォッカのショットお願いします!」
「……罰ゲームでもしてるの?」
「してません! 好きだから飲むんです!」
「はーい……」
サトウさんはカシスオレンジ、小鳥遊は変わらず熱燗、俺は試しに冷酒を頼むことにした。
冷酒のページを開いていると、小鳥遊がトーンの高い声を出す。
「お。自分から日本酒か」
「おう。美味かったから」
「へー。冷酒のオススメはコレ」
「ふーん。じゃあそれにしよ」
「美味いぞ」
新しい飲み物が届いたころには、サトウさんとカトウさんがワイワイと盛り上がっていた。
彼女たちは特に俺たちの女性遍歴に興味があるらしく、根掘り葉掘り聞いてきた。
俺も小鳥遊も、嘘っぱちしか並べなかったが。
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カトウさんが選んだのは、会社から徒歩五分ほどの少しランクの高い居酒屋チェーン店だった。
個室に通された俺たちは、早速電子パネルからメニューを選ぶ。
カトウさんはテキパキとタッチパネルを操作する。
「じゃあまず飲み物決めますね! 月見里さんはどれにしますか?」
「えっと、俺は――」
ここだけの話、俺は酒にめっぽう弱い。大人数の飲み会ではいつもチューハイ一杯と残りウーロン茶でその場をしのいでいる。
だから今日もいつもに倣うことにした。
「じゃあ、レモンサワーで」
「はっ」
隣で小鳥遊の失笑が聞こえ、俺は「あ?」と睨みつける。
「なんだよ」
「いや、別に?」
カトウさんはクスクス笑いながら、小鳥遊に尋ねる。
「小鳥遊さんはどれにしますか?」
「熱燗で」
「はあい。サトウさんはー?」
「わたしはカルーアミルク!」
「りょ! わたしは芋焼酎のロック~」
俺は目を丸くした。
「カトウさん芋焼酎? 渋っ」
「えへへ~。実は酒豪なもので……」
早速俺の知らないカトウさんを見た。
小鳥遊が隣でボソッと呟く。
「新入社員の女子が芋焼酎のロックで、課長代理サマはレモンサワーか……」
「なんだよっ。悪いかっ」
「別に~?」
いちいち突っかかって来て腹立つな。やっぱり小鳥遊は小鳥遊だ。
カトウさんが無邪気に笑ってこう言った。
「やだなあ、小鳥遊さん。きっと月見里さんのレモンサワーはジャブですよ。二杯目くらいからガツンと行くんです。ね、月見里さん?」
「おぉう……そ、そうだね……?」
まずい。カトウさんのそうだと信じてやまない目に負けて頷いてしまった。
料理が運ばれると、カトウさんが手際よく取り分けてくれた。
俺が飲みに誘ったのに、今のところ世話ばかりしてもらっている。
「カトウさん、俺が取り分けるよ」
「えっ? ダメですっ。月見里さんにそんなことさせられませんよ! 私がしますので、月見里さんは少々お待ちくださいね」
「悪いね……」
カトウさん、職場より居酒屋にいるときのほうがずいぶんイキイキしているな。
職場でもこのくらいイキイキしてもらえるように努めないと。
レモンサワーが三分の一減ったあたりで、小鳥遊が熱燗のおかわりをした。
「お前も飲むか?」
そう言って、空のお猪口を俺の前にスライドさせる。
断ろうとしたが、その前にカトウが「お注ぎします!」と言って俺と小鳥遊のお猪口に酒を注いだ。
「……」
しかもたっぷり。
お猪口を睨みつけていると、小鳥遊が俺のお猪口に自分のお猪口をコツンと当てた。
「乾杯」
「……乾杯」
ここまでお膳立てされてしまっては飲まないわけにはいかないな……。
俺は一口飲み、キョトンとした。
「美味い」
「だろう」
「思ってたよりあっさりしてる」
「焼酎よりはな」
なんだ。美味いじゃないか。飲まず嫌いしていた。これなら俺も飲めそうだ。
少し酒が回ってきたころ、カトウさんが頬を膨らませた。
「もう、月見里さん! 急に飲みに誘われてびっくりしましたよ!」
「ああ、ごめん……。考えなしだったよ。迷惑かけたね」
「いえいえ……迷惑だなんてそんな……嬉しかったんですよっ。でもねっ……」
カトウさんの目にじわっと涙がにじむ。
「こ、怖かったですぅぅ……」
すかさずサトウさんがカトウさんの背中を撫でて慰める。
「そばで見てる私も怖かったよ……。空気ピリィッてしたよね……」
「うん……先輩たちに殺されるかと思ったよぉ……」
「その域だったよね……」
申し訳なさすぎる。こんなに怖い思いをさせてしまったのか。
「ほんとごめんね……。これからは気を付けるから……」
「いえ……月見里さんは悪くないです……。私が悪いんです……」
「カトウさんは何も悪くないでしょ」
「私が……仕事ができないからぁ……。先輩たちをイライラさせちゃってぇ……。それなのに月見里さんにいつも気にかけてもらってるから……」
俺と小鳥遊はこっそり目配せした。このまま本音を打ち明けてもらおう。
「……カトウさん。ずっと気になってたんだけど、カトウさんの仕事量、かなり多いよね」
「いえ……私の仕事が遅いだけです……」
「そんなことないと思います」
サトウさんが会話に入ってきた。
「カトウさん、先輩に仕事押し付けられてます。しかもめんどくさい仕事ばっかり」
「ちょっと、サトウさん……」
「カトウさんも悪いけどね。私みたいにキッパリ断ればいいのに、安請負するからいけないんだよ」
「……」
「だから余計、良いように使われてるんです」
サトウさんはそう言って、俺をじっと見つめた。
「月見里さん、助けてください。先輩たちが言うこと聞くの、月見里さんしかいないと思います」
そこに小鳥遊も入ってくる。
「俺じゃダメだったな。適当にはぐらかされて終わった」
「……小鳥遊、お前動いてくれたのか」
「意味はなかったがな」
「……」
そうか。この前小鳥遊がサトウさんと飲みに行ったのは、カトウさんの話を聞くためだったのか。
……こいつにはいつもイライラさせられる。
いや、自分に対してイライラしているのか。小鳥遊と違って、今まで何も行動に移さなかった自分に。
「……分かった。なんとかする」
「月見里、下手したら余計にカトウさんが嫌な目に遭うぞ。慎重にしろよ」
「そうだな……」
たとえば俺が社員を叱りつけたとしたら、告げ口をしたカトウさんに怒りの矛先が向くだろう。
上手に立ち回らなければ逆効果だ。
「カトウさん、もう少し待ってて。絶対どうにかするから」
「……ありがとうございます、月見里さん……」
ぐすぐすと泣き出したカトウさんに、小鳥遊が冗談交じりに言った。
「ストレス発散がしたかったら、俺と月見里を飲みに誘うといい。いつでも付き合う」
「ああ、付き合うよ。カトウさんの飲みっぷりは見ていて気持ちがいいしね」
小鳥遊と俺の言葉に、カトウさんがクスッと笑う。
「ありがとうございます、月見里さん、小鳥遊さん……。それに、サトウさんも……」
「私にお礼言われてもなあ。私だってずっと見てみぬフリしてたし」
「でも、話聞いてくれてたじゃん」
「話聞いてただけだよ」
この二人が同期で良かった。
俺はタッチパネルを引き寄せ、みんなに声をかける。
「さ、どんよりした話はおしまいにして、楽しく飲もう。カトウさんは何飲む?」
「あっ、はい! じゃあ、ウォッカのショットお願いします!」
「……罰ゲームでもしてるの?」
「してません! 好きだから飲むんです!」
「はーい……」
サトウさんはカシスオレンジ、小鳥遊は変わらず熱燗、俺は試しに冷酒を頼むことにした。
冷酒のページを開いていると、小鳥遊がトーンの高い声を出す。
「お。自分から日本酒か」
「おう。美味かったから」
「へー。冷酒のオススメはコレ」
「ふーん。じゃあそれにしよ」
「美味いぞ」
新しい飲み物が届いたころには、サトウさんとカトウさんがワイワイと盛り上がっていた。
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