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マッチング
第五話
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俺と小鳥遊は目が合った瞬間に、互いに顔を歪める。
「なんで小鳥遊がこんなところに?」
「俺の実家が神奈川県だからな。帰省」
「へー……」
「お前はなんでこんなとこにいんだよ」
「お、俺は、えっと……」
男とワンナイトするためなんて、誰が言えるか。
それより、こんなヤツの相手をしているヒマはない。バドさんを探さなくては。
「なんだっていいだろ。俺は忙しいんだ。じゃあな。さっさと家に帰れ」
追い払うような仕草をしてから、小鳥遊に背を向け、スマホを覗き込んだ。
《バドさん。どのあたりにいますか? ごめんなさい。黒スーツの人が多くてなかなか見つけられなくて》
バドさんからすぐに返事がくる。
《すみません、俺も見つけられなくて。じゃあ、駅前に大きな時計台があるので、そこで待ち合わせにしませんか?》
俺は承諾して、時計台に向かった。
「「え」」
そしてまた、小鳥遊と鉢合う。
俺は舌打ちして小鳥遊を睨みつけた。
「なんでまだここにいるんだよ。さっさと家に帰れよ」
「それは俺のセリフだっての。シッシ」
そして俺たちは同時にスマホを見る。
《時計台着きました》
《時計台にいます》
俺が送信したと同時に、バドさんからメッセージが届いた。
……だんだんと嫌な予感がしてきた。
今、時計台の近くに立っている男性の中で、スーツを着ているのは俺と小鳥遊だけだ。
小鳥遊も同じことを思ったのか、チラ……と俺を盗み見る。
そして、スマホを操作した。
《月見里だったりする……?》
「ヒッ……」
俺が小さな悲鳴を上げたことで、小鳥遊は確信したようだ。
小鳥遊がニマァ……と笑った。
俺はザッと青ざめ、その場から去ろうとした。
まずい。一番知られたくない相手に俺の最大の秘密を知られてしまった。
ゲイ向けのマッチングアプリで、男に抱かれていることを。
こいつなら毎週金曜日に俺が定時に上がっていることも知っているだろう。それが男に抱かれるためだとバレてしまったはずだ。
まずい。逃げないと。今なら間に合う。ごまかせる。大丈夫だ。
「おい」
「ひぃぃっ」
うしろから肩を掴まれる。
「どこ行く」
「用事を思い出した! 帰るっ!」
「何言ってんの、課長代理サン」
「ひっ……」
小鳥遊は俺の目の前にスマホを掲げた。俺とのDMのやりとりが表示されている。
《ありがとうございます!》
《大丈夫です。遅漏さんだったからお誘いしました。》
《えっと。優しく抱いてほしいです。》
《よしよししてほしいです……》
吐きそうだ。どうして俺はこんなことを……
耳元で、小鳥遊の意地悪な声が聞こえる。
「お前が、まさか男にケツ掘られるのが好きだったなんてな。しかも遅漏好き?」
「……」
「毎週金曜日、ここでマッチングした男に抱かれてるんだろ? ん?」
「……」
「まさかみんなの憧れの課長代理サマがケツガバガバのビッチだったなんて……一大ニュースだよな。はは」
小刻みに震えている俺を、小鳥遊が抱き寄せる。
「社員たちに知られたくないでしょ」
俺は力なく頷き、小鳥遊に従うことしかできなかった。
◇
「なるほどねえ、月見里の〝月〟を取って〝ツキ〟ね。気付かなかったわ」
シャワーを浴び終えた俺に、小鳥遊が独り言のように話しかけた。
「俺は小鳥遊の〝鳥〟から取ってるんだ。バード……〝バド〟。ね?」
そんな話どうでもいい。
「おいおい。そんな怯えるなよ。悪くはしねえって」
「……で」
「なに?」
「なんでっ……なんでお前があんなマッチングアプリ使ってるんだよ……! お前は女が好きなんだろ!?」
「ああ。女は飽きた」
小鳥遊がサラリと答える。
「誰を抱いても同じ反応。乳揺らしてアンアン喘ぐだけ。飽きた」
「最低だな……」
俺の言葉を無視して、小鳥遊が続ける。
「だから興味本位で一回男を抱いてみたんだ。前いた支社でさ、男なのに俺に告ってきたヤツがいて。試しに抱いてみたら、なかなか良かった。女よりも締め付け良いし、見飽きたフォルムとも違ってさ」
「……」
「それからかな、このアプリで相手漁り始めたの」
なるほどな……。だから今の部署の女性社員に手を出さないのか。
「……いや、でもお前、この前サトウさんに手を出していたじゃないか」
「はあ? 勘違いするな。あれは飲みに行ってただけだ。社員同士のコミュニケーションだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。お前は知らないだろうが、オフィスより居酒屋の方が本音ボロボロ引き出せるんだぜ」
「そ、そうなのか……」
「俺はそうやって、自分なりに社員たちの全体図掴んでんだよ」
「……」
ああ。イライラする。サトウさんに手を出していたほうが良かったと思ってしまう自分がいた。
クズなところは救えないのに、それ以外のところでは……
こいつはいつも、俺より思慮深く、俺より先を歩いている。
それで、と小鳥遊が俺に視線を向ける。
「お前はいつから男に抱かれてんの」
「お前に言う必要なんかない」
「あっそ。俺にそんなクチ聞くんだあ」
「~~……」
クソ。俺はこれからずっと、こいつに脅さる羽目になるのか。
俺はヤケクソ気味に答えた。
「物心ついたときから、男が好きだったんだよ!」
「へえ~! 初めてシたのいつ?」
「……高校生のとき」
「まじか! それからずっと?」
「そうだよ! 悪いか!」
「別に悪いなんて言ってないだろ。で? いつからこのアプリ使ってるわけ?」
「……社会人になってから」
「なんで? お前だったら彼氏作ろうと思えば作れるだろ」
うるさいな。俺に興味を持つな気色悪い。
「……作れないんじゃなくて、作らないんだよ。付き合ったらだいたいめんどくさいことになるからな」
「あ、それ分かるー。惚れられたらおっかないことされたりするもんな。単発が気楽でいいよな~」
「……」
「ん? なんだよ」
「あ、いや……」
そうか。小鳥遊は女性からモテるもんな。俺と似た経験をしてきたのかも。
まさかこんなことで意気投合するとは。なかなかに皮肉なものだ。
「なんで小鳥遊がこんなところに?」
「俺の実家が神奈川県だからな。帰省」
「へー……」
「お前はなんでこんなとこにいんだよ」
「お、俺は、えっと……」
男とワンナイトするためなんて、誰が言えるか。
それより、こんなヤツの相手をしているヒマはない。バドさんを探さなくては。
「なんだっていいだろ。俺は忙しいんだ。じゃあな。さっさと家に帰れ」
追い払うような仕草をしてから、小鳥遊に背を向け、スマホを覗き込んだ。
《バドさん。どのあたりにいますか? ごめんなさい。黒スーツの人が多くてなかなか見つけられなくて》
バドさんからすぐに返事がくる。
《すみません、俺も見つけられなくて。じゃあ、駅前に大きな時計台があるので、そこで待ち合わせにしませんか?》
俺は承諾して、時計台に向かった。
「「え」」
そしてまた、小鳥遊と鉢合う。
俺は舌打ちして小鳥遊を睨みつけた。
「なんでまだここにいるんだよ。さっさと家に帰れよ」
「それは俺のセリフだっての。シッシ」
そして俺たちは同時にスマホを見る。
《時計台着きました》
《時計台にいます》
俺が送信したと同時に、バドさんからメッセージが届いた。
……だんだんと嫌な予感がしてきた。
今、時計台の近くに立っている男性の中で、スーツを着ているのは俺と小鳥遊だけだ。
小鳥遊も同じことを思ったのか、チラ……と俺を盗み見る。
そして、スマホを操作した。
《月見里だったりする……?》
「ヒッ……」
俺が小さな悲鳴を上げたことで、小鳥遊は確信したようだ。
小鳥遊がニマァ……と笑った。
俺はザッと青ざめ、その場から去ろうとした。
まずい。一番知られたくない相手に俺の最大の秘密を知られてしまった。
ゲイ向けのマッチングアプリで、男に抱かれていることを。
こいつなら毎週金曜日に俺が定時に上がっていることも知っているだろう。それが男に抱かれるためだとバレてしまったはずだ。
まずい。逃げないと。今なら間に合う。ごまかせる。大丈夫だ。
「おい」
「ひぃぃっ」
うしろから肩を掴まれる。
「どこ行く」
「用事を思い出した! 帰るっ!」
「何言ってんの、課長代理サン」
「ひっ……」
小鳥遊は俺の目の前にスマホを掲げた。俺とのDMのやりとりが表示されている。
《ありがとうございます!》
《大丈夫です。遅漏さんだったからお誘いしました。》
《えっと。優しく抱いてほしいです。》
《よしよししてほしいです……》
吐きそうだ。どうして俺はこんなことを……
耳元で、小鳥遊の意地悪な声が聞こえる。
「お前が、まさか男にケツ掘られるのが好きだったなんてな。しかも遅漏好き?」
「……」
「毎週金曜日、ここでマッチングした男に抱かれてるんだろ? ん?」
「……」
「まさかみんなの憧れの課長代理サマがケツガバガバのビッチだったなんて……一大ニュースだよな。はは」
小刻みに震えている俺を、小鳥遊が抱き寄せる。
「社員たちに知られたくないでしょ」
俺は力なく頷き、小鳥遊に従うことしかできなかった。
◇
「なるほどねえ、月見里の〝月〟を取って〝ツキ〟ね。気付かなかったわ」
シャワーを浴び終えた俺に、小鳥遊が独り言のように話しかけた。
「俺は小鳥遊の〝鳥〟から取ってるんだ。バード……〝バド〟。ね?」
そんな話どうでもいい。
「おいおい。そんな怯えるなよ。悪くはしねえって」
「……で」
「なに?」
「なんでっ……なんでお前があんなマッチングアプリ使ってるんだよ……! お前は女が好きなんだろ!?」
「ああ。女は飽きた」
小鳥遊がサラリと答える。
「誰を抱いても同じ反応。乳揺らしてアンアン喘ぐだけ。飽きた」
「最低だな……」
俺の言葉を無視して、小鳥遊が続ける。
「だから興味本位で一回男を抱いてみたんだ。前いた支社でさ、男なのに俺に告ってきたヤツがいて。試しに抱いてみたら、なかなか良かった。女よりも締め付け良いし、見飽きたフォルムとも違ってさ」
「……」
「それからかな、このアプリで相手漁り始めたの」
なるほどな……。だから今の部署の女性社員に手を出さないのか。
「……いや、でもお前、この前サトウさんに手を出していたじゃないか」
「はあ? 勘違いするな。あれは飲みに行ってただけだ。社員同士のコミュニケーションだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。お前は知らないだろうが、オフィスより居酒屋の方が本音ボロボロ引き出せるんだぜ」
「そ、そうなのか……」
「俺はそうやって、自分なりに社員たちの全体図掴んでんだよ」
「……」
ああ。イライラする。サトウさんに手を出していたほうが良かったと思ってしまう自分がいた。
クズなところは救えないのに、それ以外のところでは……
こいつはいつも、俺より思慮深く、俺より先を歩いている。
それで、と小鳥遊が俺に視線を向ける。
「お前はいつから男に抱かれてんの」
「お前に言う必要なんかない」
「あっそ。俺にそんなクチ聞くんだあ」
「~~……」
クソ。俺はこれからずっと、こいつに脅さる羽目になるのか。
俺はヤケクソ気味に答えた。
「物心ついたときから、男が好きだったんだよ!」
「へえ~! 初めてシたのいつ?」
「……高校生のとき」
「まじか! それからずっと?」
「そうだよ! 悪いか!」
「別に悪いなんて言ってないだろ。で? いつからこのアプリ使ってるわけ?」
「……社会人になってから」
「なんで? お前だったら彼氏作ろうと思えば作れるだろ」
うるさいな。俺に興味を持つな気色悪い。
「……作れないんじゃなくて、作らないんだよ。付き合ったらだいたいめんどくさいことになるからな」
「あ、それ分かるー。惚れられたらおっかないことされたりするもんな。単発が気楽でいいよな~」
「……」
「ん? なんだよ」
「あ、いや……」
そうか。小鳥遊は女性からモテるもんな。俺と似た経験をしてきたのかも。
まさかこんなことで意気投合するとは。なかなかに皮肉なものだ。
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