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マッチング
第二話
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ある金曜の夕方。
しきりに腕時計に目をやる俺に、隣の社員が話しかけてきた。
「月見里さん。今日は定時上がりですか?」
「よく分かったね」
「はい。月見里さん、毎日誰よりも遅くまで残ってるのに、毎週金曜日だけは定時に帰るんで」
俺がごまかすように笑うと、社員はニヤけた顔で囁いた。
「もしかして、彼女さんとデートですか?」
「なっ。ち、違う!」
「ええー? 怪しい反応~。別に隠さなくてもいいんですよぉ?」
「本当だって! 彼女なんていないし!」
他の社員たち(課長まで!)が耳をそばだてているのを感じ取り、俺は慌てて席を立った。
「お、お先に失礼します!」
「お疲れさまでしたー」
オフィスから出るまでに、社員たちが囁き合っている声が聞こえてしまった。
「月見里さん絶対彼女いるよねー」
「月見里さんに彼女いなかったら逆におかしいでしょ」
「たしかにー!」
「でもちょっと残念~。あわよくばって思ってたんだけど」
「分かる~。無理って分かってても期待しちゃう。あはは」
俺に彼女がいなかったらおかしい、か。笑えるな。
俺のことをまるで分かっちゃいないんだから。
俺は急いで電車に乗り込み、二時間かけて他県の駅前に行った。
スマホを取り出し、待ち合わせ相手にメッセージを送る。
《いま着きました。紺スーツにベスト、青っぽい緑色のネクタイです》
五分後、背後から声をかけられた。
「ツキさん……ですか?」
「あ、はいっ」
「どうもどうも。はじめまして」
待ち合わせ相手はハンドルネームがヒロトさんという男性だ。本名は知らない。
俺と同じくらいの年齢で、ラフな格好をしている。
ヒロトさんは俺をまじまじと見てから顔をほころばせた。
「うわあ。ツキさん、めっちゃ美人さんじゃないですか。ラッキー」
「いえいえ、そんな。ヒロトさんこそかっこいいいです」
「えー? ほんと? 嬉しいな~。じゃ、早速だけど行きましょうか」
ヒロトさんが俺の腰に手を回す。彼が歩き出す前に、俺は念を押した。
「すみません、念のため……」
「はいはい、なんです?」
「キスはなし。生もなしで。あと、一回きりのお付き合いでお願いしますね」
ヒロトさんは作り笑いを浮かべ、「了解でーす」と答えた。
人生の大半を仕事に捧げる俺の、週に一度だけ訪れる唯一の気晴らし。
それが、ゲイ向けマッチングアプリで知り合った男性と、一度きりのワンナイトを楽しむことだった。
キスはなし。さすがに初対面の男とキスする気にはなれない。
生はなし。これも同じ理由だ。
一回きりのお付き合い。複数回会うと、高確率で相手がガチ恋勢になってしまうので断っている。
名前も知らない相手とのワンナイトだからこそ、素を出すことができるし、気楽に楽しめるのだ。
ラブホテルに入った俺とヒロトさんは、シャワーを浴びたあとベッドの上で触れ合った。
俺の体を愛撫していたヒロトさんが、俺の耳元で囁く。
「ツキさん、やばいです。声も顔も可愛すぎます」
「そ、そういうこと言うなあっ……あっ、そこっ……」
「真面目そうな顔してめちゃくちゃエロいですね……っ。もう……挿れていいですか……?」
「だめ。先に俺をイカせてから……」
「んもう……」
そうしてもらわないと、俺が絶頂を迎えないままセックスが終わるに決まっている。
手と口でペニスとアナルを愛撫され、俺ははしたない声を上げながら射精した。
焦らされて理性をほとんど失っているヒロトさんが、無言でペニスを挿入する。
「あぁぁ!?」
これはヒロトさんの声だ。ヒロトさんは困惑しながらも腰を振り続けている。
「ツキさんの中っ! やばっ、あっ、あっ、やば、腰止まらないですっ、あっ、気持ちいっ、んっ」
そして、三分も経たない間にヒロトさんは絶頂を迎えた。
短すぎるが、いつものことなので慣れている。
「う、うわぁぁ……ごめんなさいツキさん……。すぐイッちゃいました……」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「いつもはこんなんじゃないんですよ……? だってツキさんの中気持ち良すぎるんですもん……俺びっくりしました……」
そう、俺のアナルはいわゆる名器なのだ。
俺を抱いた男は皆悦んでくれるが、名器すぎるのも困りものだ。なぜならヒロトさん同様、皆がすぐに射精してしまい、俺自身が満足できないのだから。
この日もまだ火照り始めたばかりの体でベッドを出なければいけなかった。
別れ際、ヒロトさんに手を握られる。
「あの、ツキさんっ。お願いです。また会ってもらえませんか?」
だいたい皆、こう言う。
俺は首を横に振り、丁重に断ってから帰路つについた。
ああ、全然足りない。
俺がとろけるまで抱いてくれる人と出会える日は来るのだろうか。
しきりに腕時計に目をやる俺に、隣の社員が話しかけてきた。
「月見里さん。今日は定時上がりですか?」
「よく分かったね」
「はい。月見里さん、毎日誰よりも遅くまで残ってるのに、毎週金曜日だけは定時に帰るんで」
俺がごまかすように笑うと、社員はニヤけた顔で囁いた。
「もしかして、彼女さんとデートですか?」
「なっ。ち、違う!」
「ええー? 怪しい反応~。別に隠さなくてもいいんですよぉ?」
「本当だって! 彼女なんていないし!」
他の社員たち(課長まで!)が耳をそばだてているのを感じ取り、俺は慌てて席を立った。
「お、お先に失礼します!」
「お疲れさまでしたー」
オフィスから出るまでに、社員たちが囁き合っている声が聞こえてしまった。
「月見里さん絶対彼女いるよねー」
「月見里さんに彼女いなかったら逆におかしいでしょ」
「たしかにー!」
「でもちょっと残念~。あわよくばって思ってたんだけど」
「分かる~。無理って分かってても期待しちゃう。あはは」
俺に彼女がいなかったらおかしい、か。笑えるな。
俺のことをまるで分かっちゃいないんだから。
俺は急いで電車に乗り込み、二時間かけて他県の駅前に行った。
スマホを取り出し、待ち合わせ相手にメッセージを送る。
《いま着きました。紺スーツにベスト、青っぽい緑色のネクタイです》
五分後、背後から声をかけられた。
「ツキさん……ですか?」
「あ、はいっ」
「どうもどうも。はじめまして」
待ち合わせ相手はハンドルネームがヒロトさんという男性だ。本名は知らない。
俺と同じくらいの年齢で、ラフな格好をしている。
ヒロトさんは俺をまじまじと見てから顔をほころばせた。
「うわあ。ツキさん、めっちゃ美人さんじゃないですか。ラッキー」
「いえいえ、そんな。ヒロトさんこそかっこいいいです」
「えー? ほんと? 嬉しいな~。じゃ、早速だけど行きましょうか」
ヒロトさんが俺の腰に手を回す。彼が歩き出す前に、俺は念を押した。
「すみません、念のため……」
「はいはい、なんです?」
「キスはなし。生もなしで。あと、一回きりのお付き合いでお願いしますね」
ヒロトさんは作り笑いを浮かべ、「了解でーす」と答えた。
人生の大半を仕事に捧げる俺の、週に一度だけ訪れる唯一の気晴らし。
それが、ゲイ向けマッチングアプリで知り合った男性と、一度きりのワンナイトを楽しむことだった。
キスはなし。さすがに初対面の男とキスする気にはなれない。
生はなし。これも同じ理由だ。
一回きりのお付き合い。複数回会うと、高確率で相手がガチ恋勢になってしまうので断っている。
名前も知らない相手とのワンナイトだからこそ、素を出すことができるし、気楽に楽しめるのだ。
ラブホテルに入った俺とヒロトさんは、シャワーを浴びたあとベッドの上で触れ合った。
俺の体を愛撫していたヒロトさんが、俺の耳元で囁く。
「ツキさん、やばいです。声も顔も可愛すぎます」
「そ、そういうこと言うなあっ……あっ、そこっ……」
「真面目そうな顔してめちゃくちゃエロいですね……っ。もう……挿れていいですか……?」
「だめ。先に俺をイカせてから……」
「んもう……」
そうしてもらわないと、俺が絶頂を迎えないままセックスが終わるに決まっている。
手と口でペニスとアナルを愛撫され、俺ははしたない声を上げながら射精した。
焦らされて理性をほとんど失っているヒロトさんが、無言でペニスを挿入する。
「あぁぁ!?」
これはヒロトさんの声だ。ヒロトさんは困惑しながらも腰を振り続けている。
「ツキさんの中っ! やばっ、あっ、あっ、やば、腰止まらないですっ、あっ、気持ちいっ、んっ」
そして、三分も経たない間にヒロトさんは絶頂を迎えた。
短すぎるが、いつものことなので慣れている。
「う、うわぁぁ……ごめんなさいツキさん……。すぐイッちゃいました……」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「いつもはこんなんじゃないんですよ……? だってツキさんの中気持ち良すぎるんですもん……俺びっくりしました……」
そう、俺のアナルはいわゆる名器なのだ。
俺を抱いた男は皆悦んでくれるが、名器すぎるのも困りものだ。なぜならヒロトさん同様、皆がすぐに射精してしまい、俺自身が満足できないのだから。
この日もまだ火照り始めたばかりの体でベッドを出なければいけなかった。
別れ際、ヒロトさんに手を握られる。
「あの、ツキさんっ。お願いです。また会ってもらえませんか?」
だいたい皆、こう言う。
俺は首を横に振り、丁重に断ってから帰路つについた。
ああ、全然足りない。
俺がとろけるまで抱いてくれる人と出会える日は来るのだろうか。
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