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第四章

第二十二話

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 ヴラスに愛をもらったあと、俺はヴラスに抱きしめられたまままどろんだ。
 目を覚ましたときには、疲労で重かった体がなぜか楽になっていた。
 ヴラスは変わらず俺を抱きしめたままだ。

「起きたのかい?」
「うん……。俺どのくらい寝てた……?」
「そんなに時間は経っていないよ。もう少しゆっくりするといい」
「なんで体軽くなってんだろ……」
「疲れを取っておいたからね。減っていた体力も全回復しておいたよ」
「えっ。そんなこともできんの!?」

 ヴラスはクスクス笑い、「もちろん」と答えた。それができるからこの前連日で愛を与え続けられたのだとも言った。

「普通、人はあんなに連続して射精なんかできないからね」
「たっ……確かに」

 俺はヴラスに抱かれながら延々と回復させられていたのか……。それはそれで恐ろしいな、なんか……。

 俺たちはベッドの上でだらだらととりとめのないことを話した。と言っても、ヴラスは基本的に無口だから俺の質問に答えるだけだったのだが。そのせいで沈黙が続くこともあったけれど、それはそれで居心地が良かったので気まずくはならなかった。

 俺は、ペトに聞いたことをヴラス本人に尋ねてみることにした。

「なんでそんなに俺のこと好きなの?」
「好きなことに理由が必要かい?」
「だって意味分かんないんだもん。俺たちまだ顔合わせて一週間くらいだよ」

 ヴラスがショックのあまり声を震わせる。

「何を言っているんだい……? 鷲の姿の私と君は長年にわたり親交を深めていたじゃないか……。君は私のことを親友だと……」
「そっ、そうなんだけどっ! 俺ら会話したことなかったし!」
「会話なんてせずとも私たちは信頼し合っていたじゃないか……」
「そうだけどさ……! それにしても愛が深すぎるよ……!」

 はじめはケガした鷲(ヴラス)を助けたことを恩に感じているのかと思っていた。その恩返しに俺を村から出してくれたり、冒険に付き合ってくれたり、レベル上げに付き合って愛を与えてくれたりしてくれているんじゃないかなって。
 それ以降鷲とは仲が良かったけど、それだって本当にときたま顔を合わせてちょっと触れ合うくらいだったし。
 ここまでの愛情を抱く理由にしては弱い気がした。

「そもそも、あのときどうしてケガしてたの? ヴラスってすごく強いじゃん。回復もできるんでしょ?」

 俺がそう質問すると、ヴラスの顔色がちょっと変わった。それに、分かりやすく俺から目を逸らした。
 俺はじっとヴラスを見つめる。

「……なんか隠し事してる?」
「エイベルは知らなくていいことだよ」
「なにそれ。気になる。教えて」
「教えない」
「えーっ。教えてよ。俺ら親友なんだろっ。隠し事はなしだぞっ」
「おやおや。都合の良いときだけ私のことを親友と呼ぶんだね」

 ヴラスはごまかそうとしたり、なんとか話題を変えようとしたりと足掻いていたが、俺はしぶとく問い詰めた。
 やがてヴラスは参ったようにため息を吐き、苦笑する。

「じゃあ、どちらかひとつだけ答えてあげる。私が君を愛している理由と、私がケガをした理由……どちらが聞きたい?」
「どっちも……」
「欲張りはいけないよ、エイベル。どちらかひとつだけ」
「むぅぅ……」

 どちらも聞きたいけど、どちらかしか選べないなら……

「じゃあ、俺のこと好きな理由を教えて」
「いいよ」

 ヴラスは俺の頬を両手ではさみ、俺の顔を見つめる。ヴラスの瞳は俺を見ているようで、全く別のものを見ているようにも感じた。

「実は、君に助けてもらったあの日よりもずっと前から、君のことを特別に想っていたんだよ」
「そうなの? なんで?」
「私はね、君のお父さんと友人だったんだよ」
「っ……」

 ヴラスと父さんが、友人だった……?
 ああ、だから――

「父さんにいっぱい加護スキルくれたんだね……」
「そうだよ」

 ヴラスは悲しそうに俯いた。

「彼を守りたかった。だから加護をたくさん与えた。ペトの反対も押し切ってありとあらゆる加護を……。それなのに、彼は……」
「……」

 父さんは、俺が八歳のときに死んだ。

「強さを与えれば守れると思っていた。だが、結果は逆だった。彼は強いあまりに命を落としてしまった……」

 ヴラスは目に涙を溜めたまま、無理に微笑む。

「話が逸れてしまったね。……私は、君が生まれた瞬間も見ていたんだよ。君が一人で歩けるようになったときも、君がはじめて〝お父さん〟と言った日も、君が悪ガキ相手にケンカに勝ったときも、ずっと見ていた」
「そうだったんだ……」
「はじめは我が子を見ているような気分だったよ。君が笑うだけで幸せを感じ、君が泣くだけで気分が沈んだ」

 ヴラスに抱きしめられているときに満たされる気持ちが何か分かった気がした。俺はヴラスに父性を感じていたんだ。

「君のお父さんがこの地にいなくなってからは、私が君を守らねばと強く思うようになった。それからは、天界から見守るだけでは心もとなく、ときたま鷲に姿を変えて地上から君を見守るようになったんだ」

 そういえば、鷲とはじめて会ったのは父さんを亡くしたすぐあとだった。

「そうして君と直接顔を合わせるようになったんだけどね。それから徐々に君に対する感情が変わっていたんだよ」

 ヴラスが俺の頬を指でさする。

「彼を亡くしてすぐは、君に彼の影を追っていたところもあった。だが、すぐに君は彼とは全く違う存在だと気付いたんだ。彼とは違い、君は弱くて、強がりだった」
「……」
「強がりのエイベル。君は私の前でしか泣かなかった。私にだけは弱いところを見せてくれた。そんな君と一緒にいるうちに、私は彼の代わりとして――代理の父親としてではなく、ただの私として君を守りたいと思った。……愛し、愛されたいと思うようになったのさ」

 そう言って、ヴラスは軽くキスをした。

「悪かったと思っている」
「……なにを?」
「〝秘匿の子〟というスキルを君に与えたのは、私だ」
「なっ……!?」

 ヴラスは気まずそうに弁解する。

「君を守りたくて……その……弱いまま、誰の目にも止まらなければ……君のお父さんのようにはならないかと思い……」
「あんた極端すぎないか!?」

 あのスキルのせいで俺が何年間苦しんだと思っているんだーーーー!! バカ野郎~~!!

「だっ、だから新しい加護スキルを与えたんだよ……! あんまりエイベルが可哀想だったから……!」
「可哀想だと思うならもっと分かりやすく強いスキル与えてくれてもよかったんじゃねえの!? なんだよ〝ヴラス神の愛〟って!!」

 それは、とヴラスがもごもごと呟く。

「私が……エイベルと結ばれたかったから……」
「……」
「……」
「はぁぁぁ~……」

 神さまというのはなんと自分勝手なのだろうか。職権乱用も甚だしい。

 睨みつけると、ヴラスはビクッと怯えた表情を浮かべた。それが一番偉い神さまのする顔か。
 でも、まあ……

「……ヴラスの愛情が深すぎる理由は分かった……」

 俺はブラスに背を向け、もう一度深いため息を吐いた。

「俺の為にしたこととはいえ……あのゴミクズスキルを俺に授けたこと、ちょっと怒ってる」
「……すまない」
「授けたスキルをなくすことはできないの?」
「それは……できないんだ」
「そうだよな……」
「……」

 しばしの沈黙のあと、俺は口を開いた。

「だったらしょうがないよな」
「……すまない」
「……謝る代わりにさ、もっと父さんの話聞かせてよ」

 八歳のときに死んじまった父さん。生きていたときも、ほとんど家に帰ってこなかった。

「俺、あんまり父さんのこと知らないんだ。だから……」

 ヴラスは俺を抱き寄せ、長い時間、父さんとの思い出話を聞かせてくれた。
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