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第一章

第五話

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 その場には、俺とルカだけが残された。
 ルカは家から出て、俺の隣に立った。

「エイベルに行けって言われたら、仕方ないから行こうって思えたのに」
「なに? 行けって言ってほしかった?」
「そうじゃないけど……」

 ルカが不満そうに俺を見つめる。

「それか、行かないでくれって言ってくれたら、じゃあ行かないって思えたのに」
「俺がさっき言ったのも同じようなもんじゃん」
「全然違うよ」

 それからルカは少し黙り込み、恨めしげに呟いた。

「エイベルの嘘つき」
「えっ!? 俺いつ嘘ついた!?」

 ルカの体が小刻みに震えている。

「僕が弱くても役立たずでも、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに……」
「ルカは弱くも役立たずでもないだろ! 俺がいなくてもお前は――」
「弱いもん!!」

 ルカがぼろぼろと涙を流しながらそう叫んだ。

「ステータスがなに? スキルがなに? そんなの僕じゃない。そんなものだけで僕を強いって決めつけないで!」
「おいおい……ステータスもスキルもルカのものじゃん……。ルカは俺よりずっと強いんだよ」
「強くない……っ、強くないんだよ……っ。僕は……僕自身は……すごく弱いんだ……」

 ルカの言っている意味がよく分からない。ルカの能力を見て弱いと思える人の方が少ないだろう……。
 どうしてルカは、自分が弱いと思い込んでいるのだろうか。

「僕とエイベルのステータスが逆だったらよかったのに……」
「っ……」
「そしたらエイベルは、ずっと僕のそばにいてくれたんでしょう……?」

 ルカ。お前がそれを言うな。
 この一カ月間、俺が何度同じことを考えたと思っているんだ。
 もし俺とルカのステータスが逆だったら、ルカを守ってやれたのに。ルカの代わりに王城に行ってやれたのに。

「僕はエイベルと一緒にいたいだけなんだ……」
「ルカ……」
「でもエイベルは、もう僕と一緒にいてくれないんでしょう? 僕のステータスがあんなだから」

 言葉を返せなかった。ルカの言う通りだったからだ。
 ルカのステータスを見てから、俺の中で、俺たちの関係が変わってしまった。
 それまでは、俺にとってルカは守るべき存在だった。でも、今はそうじゃない。ルカは俺より強いんだから。俺が守る必要がない。
 それに……俺のステータスじゃ、とてもじゃないがルカを守ってやることができない。守りたいのに、守れない。

 俺が黙り込んだのを見て、ルカはショックを受けたようだった。この世の終わりのような顔をして、家の中に入っていってしまった。

 俺は、それ以上ルカを引き留めることができなかった。


 翌朝――

 朝っぱらから家の外が騒がしい。窓を開けると、村人の会話の内容が聞こえてきた。

「あんた見たかい。村の入り口にすっごい立派な馬車が来てるの」
「ああ見たよ。なんでも王さまの遣わせたお馬さんなんだとか」

 国王の遣いがもう来たのか。おそらくルカは拒否するだろう。そうなると処刑も時間の問題だな。今のうちに逃げる準備をしておかないと。

「――それにしても、どうして王さまのお馬さんがこんなところに?」
「ルカを迎えに来たらしいよ。ほら。ルカのステータスがものすごいから」
「ああ、それで。今でも信じられないよ。あのルカがねえ」
「ほんとほんと」
「それで、ルカは今どこに?」
「教会でおめかしをしているらしいよ。王さまに会うのにみすぼらしい格好してちゃダメッて、村長が」
「あはは。そりゃそうだ」

 ……え? 今、なんて?
 俺は窓から身を乗り出し、おしゃべりしている村人に話しかける。

「ねえ、おばちゃん! ルカがなんだって!? 教会!?」
「おはようエイベル! そうだよ。ルカは教会でおめかししている最中だよ~。あんた見送ってやんなくていいのかい?」
「それほんと!?」
「ほんとだよ。旦那がおめかし中のルカを見たらしいから。ちょっと前の話だから、今はもう馬車に乗り込んでるかもねえ」

 俺は慌てて家を出た。
 教会まで全速力で走っていると、道中で牧師さんとルカに鉢合った。

「ルカ!? なんで!? 行くのか!?」

 ルカは僕から顔を背け、小さく頷く。

「……エイベルが処刑されるくらいなら、僕が王城に行ったほうがマシ」
「そ、そりゃっ……村人全員を人質にされたら……そう思うのも無理ないけど……っ! でもっ、お前はほんとにそれでいいの……!?」

 ルカが舌打ちをしたのが聞こえた。ものすごく機嫌が悪そうだ。……そりゃそうか。

「王城にはね、優秀な魔術師がたくさんいるんだって。そこで魔法をたくさん教えてくれるし、高度な教育も受けさせてくれるんだ。……僕のしたかったことが、王城にはたくさんある」

 その言葉を聞いてホッとした。

「そ、そうか。それならよかった――」
「それなのに、どうして僕がこんなに嫌がっているか分かる?」
「え、嫌なのか? なんで?」

 ルカがまた舌打ちをした。

「エイベルと離れ離れになるからだよ」
「あ……」
「エイベルがいないと、どんなこともやりたいと思えないんだ」
「……」

 可哀想なルカ。村人の命を守るため、望まないことをさせられるなんて。
 守ってもらいたいと思っている人が、こんなにも弱っちくて頼りないだなんて。

 本当は俺に助けてもらいたいんだ。だけど俺が弱いから、助けを求めても意味がないことをルカは分かっている。
 俺のステータスが弱いから、ルカが助けを求めているのに、助けてやることができない。

 そのとき、ふと昨晩のルカの言葉が甦った。

『ステータスがなに? スキルがなに? そんなの僕じゃない。そんなものだけで僕を強いって決めつけないで!』

 俺は……ステータスだけで自分を弱いと決めつけていることに、今気付いた。
 ステータスの弱さだけで、ルカを助けられないと決めつけていたんだ。

「……!」

 俺の何が弱いのか、今分かった。
 ゴミのようなステータスを見て全てを諦めかけていたことが、一番弱いしかっこ悪い。

 俺はルカの手を強く握りしめる。

「ルカ!! ごめん!!」
「えっ」
「俺、目ぇ覚めた!!」
「……?」
「俺! 強くなってこの村を出る! そんで、絶対お前を迎えに行くから!!」
「っ……!」

 俺は、あらゆる行動から得られる経験値が普通の人の千分の一しかない。だからレベルが全然上がらない。すなわちステータスも全く伸びない。普通の人と同じように過ごしていたら、一生この村から出られないだろう。

 でも、だからなんだっていうんだ?
 普通の人の千分の一しか経験値が得られないなら、人より千倍努力すればいい。それだけの話だ。
 どうしてそのことに気付かなかったのだろう。やっぱり俺ってバカだ。

「だから、それまで待ってろよ、ルカ!」

 一カ月ぶりに、ルカが笑みをこぼした。

「……うん!」
「それまで王城でいっぱい勉強するんだぞ!」
「うん!」

 毎日手紙を書くね、と言って、ルカは馬車に乗り込んだ。
 遠ざかる馬車の中で、ルカはいつまでも手を振っていた。
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