71 / 72
おまけ:帰省(23歳)
帰省-1
しおりを挟む
大学卒業を機に、俺と凪は家族になった。
それを境に凪は「中城 凪」から「鳥次 凪」に苗字を変えた。
「理玖~。見て見て~」
と、就職先の名刺を嬉しそうに見せつけてきた凪を、今でもよく覚えている。
そこには、「鳥次 凪」と印字されていた。
「俺、上司に〝鳥次くん〟って呼ばれるたびにニヤニヤしてんの」
「会社の人たちに変なヤツだと思われてない? 大丈夫?」
「大丈夫……だと思う!」
俺の前ではこうしてニヤニヤしている凪だが、俺の見ていないところでは、こっそり泣いているのを知っている。
名刺とか、郵便物とか、とにかく「鳥次 凪」と印字されたものをぎゅっと抱きしめて。
凪が「鳥次」になってから、はじめての夏が来た。
「凪。盆休みいつ?」
「えーっと、八月十四日から十八日まで……かな?」
「十五日から十七日まで帰省するから、そのつもりで」
凪はブスッとした顔で、「はーい」と言った。
「いってらっしゃーい……」
それから「寂しいなあ……」と呟いたので、俺は首を傾げた。
「何言ってんだ?」
「ん?」
「お前も帰るんだよ」
「えっ。夏までお邪魔していいの?」
「は? 当たり前だろ。お前の実家でもあるんだから」
「……!」
あれほど「鳥次」の苗字に喜んでいる割に、まだ鳥次家としての自覚がないな、こいつは。
「お前、覚悟しとけよ。今まではお客さんとしてもてなされていたけど、これからは家族として扱われるんだからな」
「うん……うん……!」
「雑用だってさせられるんだからな。風呂掃除とか、皿洗いとか……」
「する……! なんでもする……!!」
「なんでもするなんて簡単に言うんじゃねえって何度言えば分かるんだお前!!」
その日の夜も、凪は布団に潜り込んでこっそり泣いていた。泣き虫なヤツだ。
そして帰省当日――
実家の前で、凪が唾を呑み込んだ。
「やばい。もう泣きそう」
「泣くのはあとだ。みんな待ってんだから」
俺が「ただいまー」と言いながら玄関のドアを開けると、家族全員で迎えてくれた。
母さんと姉ちゃんは興奮気味に、父さんはニコニコしながら「おかえりー」と言った。
俺たちの視線が凪に注がれる。
凪は深く息を吸い、裏返った声を出す。
「た……た、ただいまっ……!」
凪の体が小刻みに震えている。俺はそんな凪の手を握り、笑顔を向けた。
「おかえり、凪」
凪はその場に座り込み、「えーん」と子どもみたいな声で泣いた。
◇◇◇
俺の家族の順応力ははんぱない。凪が家族になった途端、「凪くん」呼びから「凪」と呼び捨てになり、遠慮なく雑用をさせるようになった。
その他にも、みんな凪の前で平気で屁をこくようになったし、母さんと姉ちゃんにいたってはスッピンノーブラで平気で凪の前に現れるようになった。
普通なら戸惑うか嫌がるかのどちらかだとおもうのだが、凪にとってはどれもこれも嬉しいことのようだった。
「なんか……家族って感じする……っ」
とのことだ。一緒になったヤツがこいつでよかったとしみじみ思う。
その日は庭でバーベキューをすることになった。食材を準備するのは母さんと俺が、火を熾すのは父さんと凪がする。姉ちゃんは皿や飲み物の準備をしていた。
窓を通して、キッチンから庭が見える。凪は父さんと一緒に、必死にうちわであおいだり、火吹き棒を吹いたりしている。ときどき口を大きく開けて笑っているところから、父さんと二人だけでも上手くやっているようだ。
母さんもそれを眺めていたのか、ボソッと呟いた。
「凪は良い子ねえ」
「うん」
「心配になるくらい」
「……」
「大事にしてあげたいわあ」
「うん」
「あんたも大事にしてあげなさいよ」
「うん」
「はあ。あんたは〝うん〟しか言わないんだから」
「うん」
「凪もいつかあんたみたいに〝うん〟しか言わなくなっちゃうのかしら」
「うん」
母さんの話に適当に相槌を打っているところに、姉ちゃんがやってきた。
「おかあさーん! 準備できたよー! 食材まだー?」
「野菜できてるー! 持ってって―!」
「はーい!」
姉ちゃんは、母さんから食材を受け取ったあと、俺に話しかけた。
「ねえ、理玖」
「ん?」
「凪が、あんたの作る料理が世界一美味しいって言ってたよー」
「はっ、はぁっ!?」
俺のいないとこであいつ何言ってんの!?
「あんた、凪に毎日どんなごはん食べさせてんのー?」
「別に普通だけど!?」
「ひゅーっ! あたしも彼氏にそんなこと言われてみた―い!」
「うっ、うるせぇっ!」
「ひゅーっ!」
からかうだけからかって、姉ちゃんは上機嫌で外に出て行った。
全ての準備が整い、いよいよバーベキューが始まった。
良い感じに燃える炭火を見て、父さんが目じりを拭う。
「ああ……凪がいてくれて助かった……。今までは父さん一人でやっててさ……大変だったんだ……」
父さんも不器用だからな……。
「凪、器用だからすぐできただろ」
「そうなんだよ……。その上体力も肺活量もあるから、もう……すごく助かった……」
父さんは、ありがとう、と凪をハグした。まるで戦友との友情を確かめ合うような、絆のあるハグだった。
凪は抱き返し、つっかえながらこう返していた。
「お、お父、さんも、いっぱい頑張ってくれてま……てたから」
「ぷっ! 日本語下手かっ」
俺が噴き出すと、凪が顔を真っ赤にした。
「ま、まだ慣れないんだよっ」
「早く慣れろよなー」
俺と姉ちゃんが肉の取り合いをする。凪はそんな俺たちをにこにこと眺めていた。
俺も姉ちゃんも、結局凪の皿に肉を落とすんだから、どっちが取っても同じなんだけど。
「凪、美味い?」
「うん。美味い」
はあ。まぁた泣きそうになってるよ。今日一日で何回泣けば気が済むんだか。
早くこれが日常になれ。
お前はもう、俺たちの家族なんだから。
それを境に凪は「中城 凪」から「鳥次 凪」に苗字を変えた。
「理玖~。見て見て~」
と、就職先の名刺を嬉しそうに見せつけてきた凪を、今でもよく覚えている。
そこには、「鳥次 凪」と印字されていた。
「俺、上司に〝鳥次くん〟って呼ばれるたびにニヤニヤしてんの」
「会社の人たちに変なヤツだと思われてない? 大丈夫?」
「大丈夫……だと思う!」
俺の前ではこうしてニヤニヤしている凪だが、俺の見ていないところでは、こっそり泣いているのを知っている。
名刺とか、郵便物とか、とにかく「鳥次 凪」と印字されたものをぎゅっと抱きしめて。
凪が「鳥次」になってから、はじめての夏が来た。
「凪。盆休みいつ?」
「えーっと、八月十四日から十八日まで……かな?」
「十五日から十七日まで帰省するから、そのつもりで」
凪はブスッとした顔で、「はーい」と言った。
「いってらっしゃーい……」
それから「寂しいなあ……」と呟いたので、俺は首を傾げた。
「何言ってんだ?」
「ん?」
「お前も帰るんだよ」
「えっ。夏までお邪魔していいの?」
「は? 当たり前だろ。お前の実家でもあるんだから」
「……!」
あれほど「鳥次」の苗字に喜んでいる割に、まだ鳥次家としての自覚がないな、こいつは。
「お前、覚悟しとけよ。今まではお客さんとしてもてなされていたけど、これからは家族として扱われるんだからな」
「うん……うん……!」
「雑用だってさせられるんだからな。風呂掃除とか、皿洗いとか……」
「する……! なんでもする……!!」
「なんでもするなんて簡単に言うんじゃねえって何度言えば分かるんだお前!!」
その日の夜も、凪は布団に潜り込んでこっそり泣いていた。泣き虫なヤツだ。
そして帰省当日――
実家の前で、凪が唾を呑み込んだ。
「やばい。もう泣きそう」
「泣くのはあとだ。みんな待ってんだから」
俺が「ただいまー」と言いながら玄関のドアを開けると、家族全員で迎えてくれた。
母さんと姉ちゃんは興奮気味に、父さんはニコニコしながら「おかえりー」と言った。
俺たちの視線が凪に注がれる。
凪は深く息を吸い、裏返った声を出す。
「た……た、ただいまっ……!」
凪の体が小刻みに震えている。俺はそんな凪の手を握り、笑顔を向けた。
「おかえり、凪」
凪はその場に座り込み、「えーん」と子どもみたいな声で泣いた。
◇◇◇
俺の家族の順応力ははんぱない。凪が家族になった途端、「凪くん」呼びから「凪」と呼び捨てになり、遠慮なく雑用をさせるようになった。
その他にも、みんな凪の前で平気で屁をこくようになったし、母さんと姉ちゃんにいたってはスッピンノーブラで平気で凪の前に現れるようになった。
普通なら戸惑うか嫌がるかのどちらかだとおもうのだが、凪にとってはどれもこれも嬉しいことのようだった。
「なんか……家族って感じする……っ」
とのことだ。一緒になったヤツがこいつでよかったとしみじみ思う。
その日は庭でバーベキューをすることになった。食材を準備するのは母さんと俺が、火を熾すのは父さんと凪がする。姉ちゃんは皿や飲み物の準備をしていた。
窓を通して、キッチンから庭が見える。凪は父さんと一緒に、必死にうちわであおいだり、火吹き棒を吹いたりしている。ときどき口を大きく開けて笑っているところから、父さんと二人だけでも上手くやっているようだ。
母さんもそれを眺めていたのか、ボソッと呟いた。
「凪は良い子ねえ」
「うん」
「心配になるくらい」
「……」
「大事にしてあげたいわあ」
「うん」
「あんたも大事にしてあげなさいよ」
「うん」
「はあ。あんたは〝うん〟しか言わないんだから」
「うん」
「凪もいつかあんたみたいに〝うん〟しか言わなくなっちゃうのかしら」
「うん」
母さんの話に適当に相槌を打っているところに、姉ちゃんがやってきた。
「おかあさーん! 準備できたよー! 食材まだー?」
「野菜できてるー! 持ってって―!」
「はーい!」
姉ちゃんは、母さんから食材を受け取ったあと、俺に話しかけた。
「ねえ、理玖」
「ん?」
「凪が、あんたの作る料理が世界一美味しいって言ってたよー」
「はっ、はぁっ!?」
俺のいないとこであいつ何言ってんの!?
「あんた、凪に毎日どんなごはん食べさせてんのー?」
「別に普通だけど!?」
「ひゅーっ! あたしも彼氏にそんなこと言われてみた―い!」
「うっ、うるせぇっ!」
「ひゅーっ!」
からかうだけからかって、姉ちゃんは上機嫌で外に出て行った。
全ての準備が整い、いよいよバーベキューが始まった。
良い感じに燃える炭火を見て、父さんが目じりを拭う。
「ああ……凪がいてくれて助かった……。今までは父さん一人でやっててさ……大変だったんだ……」
父さんも不器用だからな……。
「凪、器用だからすぐできただろ」
「そうなんだよ……。その上体力も肺活量もあるから、もう……すごく助かった……」
父さんは、ありがとう、と凪をハグした。まるで戦友との友情を確かめ合うような、絆のあるハグだった。
凪は抱き返し、つっかえながらこう返していた。
「お、お父、さんも、いっぱい頑張ってくれてま……てたから」
「ぷっ! 日本語下手かっ」
俺が噴き出すと、凪が顔を真っ赤にした。
「ま、まだ慣れないんだよっ」
「早く慣れろよなー」
俺と姉ちゃんが肉の取り合いをする。凪はそんな俺たちをにこにこと眺めていた。
俺も姉ちゃんも、結局凪の皿に肉を落とすんだから、どっちが取っても同じなんだけど。
「凪、美味い?」
「うん。美味い」
はあ。まぁた泣きそうになってるよ。今日一日で何回泣けば気が済むんだか。
早くこれが日常になれ。
お前はもう、俺たちの家族なんだから。
280
お気に入りに追加
744
あなたにおすすめの小説
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが
ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。
努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。
そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。
神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?
【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】
ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。
※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※
エロのみで構成されているためストーリー性はありません。
ゆっくり更新となります。
【注意点】
こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。
本編と矛盾が生じる場合があります。
※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※
※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※
番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。
※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※
※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※
★ナストが作者のおもちゃにされています★
★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します)
・リング
・医者
・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め)
・ヴァルア
【以下登場性癖】(随時更新します)
・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー
・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト
・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス
・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P)
・【ナストとヴァルア】公開オナニー
【完結】【R18BL】異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました
ちゃっぷす
BL
Ωである高戸圭吾はある日ストーカーだったβに殺されてしまう。目覚めたそこはαとβしか存在しない異世界だった。Ωの甘い香りに戸惑う無自覚αに圭吾は襲われる。そこへ駆けつけた貴族の兄弟、βエドガー、αスルトに拾われた圭吾は…。
「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の本編です。
アカウント移行のため再投稿しました。
ベースそのままに加筆修正入っています。
※イチャラブ、3P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※
※倫理観など一切なし※
※アホエロ※
※ひたすら頭悪い※
※色気のないセックス描写※
※とんでも展開※
※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※
【圭吾シリーズ】
「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編)←イマココ
「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編)
「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)
敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。
水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。
どうやって潜伏するかって? 女装である。
そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。
これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……?
ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。
表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。
illustration 吉杜玖美さま
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる