上 下
69 / 72
おまけ:夏休み

夏休み-4

しおりを挟む
 夏祭り当日。
 夕暮れの中、俺と凪は浴衣姿で町を歩く。電車の中も、町を歩く人たちも、浴衣を着ている人が多かった。

 正直に言うと、ワクワクしていたのは家を出る前までだった。
 夏休みの間、快適な室内でばかり過ごしていた俺には暑さの耐性が全くなかった。それに、人ごみによるストレスで心が死にそうだ。
 すでにもう帰りたい。

 俺とは反対に、凪は平気な顔でこのクソ暑い町を歩いている。人ごみに入ってもいたって平気そうだ。

 電車はもちろん満員だ。車内にみちみちに押し込まれた俺は、死人のような顔をしていた。狭い。暑い。臭い。
 知らない人と体が密着する。おっさんの汗や女の人の化粧が俺の肌や服に移る。やだ、キモい。もう無理。

「理玖」

 電車が駅で停車した。人が入れ替わるタイミングで、凪が俺の手を引く。
 そして車内の隅の壁際を陣取り、俺に譲った。

「ここだとちょっとマシ?」
「うん……ありがと……」

 凪は俺を守るように、向かい合って立っていた。壁に手をついて、おっさんらに押されても背中で押し返し、俺のために快適なスペースを保ってくれている。

「んぉっ……」

 凪が小さく呻いた。次の駅で大勢の乗客が乗り込んで来たようだ。はじめは必死に背中で押し返していたが、さすがに負けて肘を曲げた。

「ごめん、理玖……。狭いけど平気?」
「うん……」

 鼻がくっつきそうなほど、俺と凪の顔が近い。
 こんなに近いのに、電車の中じゃキスもできない。
 やっぱり早く、帰りたい。

 電車に揺られること小一時間、それと徒歩で約十五分。
 やっと夏祭りがおこなわれる河川敷に到着した。

「人多すぎ……」

 と、思わず口に出してしまった。
 屋台と屋台の間には、着飾った人間がぎゅうぎゅう詰めになっている。俺と凪もその列に加わったが、蟻の歩幅よりも狭くしか歩けない。屋台にも行列ができており、焼きトウモロコシを買うだけでもかなり待つハメになった。

 蒸し暑い夜に知らない人間と密着して、ちまちま歩いて、そこまで美味くもないメシのために行列を並ばなければいけないなんて。

「思ってたのと違う」

 焼きトウモロコシをかじりながら、俺がムスッとそんなことを呟いた。
 それに対して、凪は苦笑いを浮かべている。

「実は、祭りってこんなもん」

 こんなもんの何が楽しいんだ、と言いかけたが、さすがにやめた。

 焼きトウモロコシを食べ終わる。ベトベトになった手を持て余していると、その手を凪に握られた。

「な、凪。人いる」
「誰も、俺たちのことなんて見てないよ」
「俺の手、ベトベトだし」
「それもまた一興」

 俺の手を引き、ちょっと先を歩く凪。
 凪はぼんやりと前を向いたまま口を開く。

「俺、去年もこの祭り来たんだよね」
「彼女と?」
「うん」
「へー」

 なんで気分最悪のときに元カノの思い出話を聞かされなきゃいけないんだ。

「そのときもこうしてさ、人ごみの中を二人で歩いてた。俺は人が多くてうんざりしてたんだけど、元カノは目をキラキラさせて祭りを楽しんでた」
「……」
「こうして歩いてるときに、元カノに手を握られたんだ。そのときの俺、理玖と全く同じこと言ったよ」

 凪が俺のほうを向いて目じりを下げる。

「あのときは正直、全然楽しくなかった。でも、今はすげー楽しいんだ、俺」

 俺は頬を膨らませ、キッと凪を睨みつけた。

「一年前のお前と俺はちげえから! 俺だってお前のこと好きだから!」
「分かってるよ。嫌味を言いたかったわけじゃないよ。ただ、一年越しに元カノの気持ちが分かったってだけ」
「お、俺だって、お前と一緒じゃなきゃここまで来てねえから!!」
「分かってるって」
「俺だって、浴衣姿のお前と手つないで歩けて嬉しいんだからな!!」
「分かってるから、理玖ちょっと声でかい」

 凪に窘められてやっと、俺は前後左右の人たちにちらちら見られていることに気付いた。
 俺は口を噤み、顔を真っ赤にした。そんな俺を見て、凪がクスクス笑っている。

「花火までたっぷり時間あるし、理玖が夏祭りでしたかったこと全部しようよ。楽しくてもつまらなくても、思い出にはなるからさ」
「……うん」

 凪は嫌味じゃないって言ったけど、俺にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
 祭りを楽しめないことは相手のことが好きじゃない証拠だと言われた気分になって、ちょっと腹が立った。それと同時に、だったら絶対に楽しんでやるって気持ちになった。

 だから、それからの俺は、どうにか祭りを楽しんでやろうと躍起になった。

 子どもばかりの中で、凪と二人で金魚すくいをした。不器用な俺はすぐに金魚をすくうやつが破れてしまうのに、器用な凪はぽいぽいと金魚を捕まえる。
 悔しくて、こいつに負けたくなくて、俺は何度も挑戦した。凪が呆れて「そろそろ行こ……?」と言うくらい、何度もだ。

 ちょっとずつコツがつかめてきたので、再び凪に勝負を持ちかけた。凪は困ったように笑い、勝負を受ける。
 結果は、俺の勝ちだった。

「よっしゃぁぁ! 見たか凪!! 俺の勝ちだ!!」

 大喜びする俺を、凪は嬉しそうに見つめていた。

 金魚すくいのあとは、射的をした。これもまた凪の圧勝だ。それから金魚すくいと同じように、俺の練習が始まる。慣れてきたら凪に勝負を持ちかけて、勝つまで勝負を続けた。
 その他にも、くじを引いたり(クソみたいな荷物が増えた)、かたぬきをしたり(これはいくら練習しても上手くできなかった)、わたあめを食べたり(口のまわりがべちょべちょになった)、りんごあめを食べたり(美味かったけどでかくて全部食べられなかったから、残りを凪に食べてもらった)、やきそばを食べたり(こぼして浴衣が汚れた)……と、いつの間にか俺は祭りを誰よりも満喫していた。

「理玖、そろそろ花火の時間」

 満喫しすぎてドロドロのベタベタになっている俺を、凪は人ごみから離れた神社に連れて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。

とうふ
BL
題名そのままです。 クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

処理中です...