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一年:学期末考査~一学期中間考査

第四十八話

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 体育の授業前。男子更衣室で体操着に着替えていると、背後からぬっと腕が伸びてきた。その腕は目の前のロッカーに勢いよく打ち付けられる。いわば壁ドンならぬロッカードンだ。

「ひっ!?」

 驚きのあまり変な声が出た。
 振り返る前に、耳元で凪の声が聞こえた。

「理玖」
「……」

 な、なに。こんなところで何する気お前!? ちょっと待ってくれケツ洗浄してくるからそれからにしてくれ!!
 と、混乱しすぎてそんなことを脳内で叫んでいたのだが、期待したことは起こらなかった。

「あのさ。女子更衣室で着替えてくんない?」
「は!? なんでだよっ! 俺男だぞ!? ふざけてんのか!!」

 わー。凪とこんなやりとりしたの久しぶりでちょっと嬉しい。
 俺は内心ほわほわしていたのだが、凪は真顔で首を横に振った。

「気付いてない? みんなお前のこと見てる」
「えっ」

 俺は眉をひそめ、あたりを見回した。
 凪の言った通り、男子更衣室にいたクラスメイトたちがみんなこちらに顔を向けていた。俺がそっちを見ると、ふいと顔を逸らしたが。

「……」

 胸のあたりがざわついた。修学旅行で風呂に入ったときのことがフラッシュバックする。
 体が震える。でも、凪に心配をかけさせたくない。これで俺が怖がったら、余計に過去のことを凪に気遣わせてしまう。

 俺は頑張って笑ってみせた。

「見てるだけじゃん。俺、気にしてないけど」

 凪は不機嫌そうに黙り込んだ。ためらいをみせたあと、口を開く。

「俺が気にする」
「……やだな。心配しすぎ。俺は大丈夫だから――」
「違う。ちがくて……」

 凪はきゅぅぅと目を瞑り、小声で叫ぶ。

「俺がっ。理玖の体、誰にも見せたくないんだよっ」
「――……」

 そう言ってすぐに凪は耳を真っ赤にした。

「理玖には悪いって思ってるっ。俺がそんなこと言える立場じゃないのも分かってるっ。自分でも自分のことキモいって思うよっ。でもっ……!」

 はあ。ここが学校じゃなかったら、こいつを抱きしめていたのに。

「凪」
「っ……」

 俺は一歩踏み出した。凪と肌が触れ合いそうなほど近くなる。
 そして、まわりから見えないように、こっそり凪のシャツの中に手を差し込んだ。

「っ……!」

 指ですっと凪の腰を撫で、小声で返す。

「待ってろって、言ったよな?」
「……」
「それとも今ここでキスして安心させてやろうか?」

 凪は紅潮させた顔をさらに真っ赤にした。おい。期待たっぷりの目でこっちを見るんじゃねえよ。
 俺は凪からぱっと手を離し、背を向けた。

「冗談だよ」
「~~……からかうなよぉ」
「別にパンツ脱ぐわけでもないんだから、こんくらい我慢しろバカ」

 そのときの凪は、まるで叱られたあとの仔犬のようだった。その顔ヤメロッ。襲うぞコラッ。


 ◇◇◇


 そして昼休み。Cが俺に声をかけてきた。

「りーくっ! ごはん一緒に食べない~?」
「え? Cと?」
「私だけじゃないよ~。Aと凪、その他諸々も一緒に~!」

 C曰く、二年になった今でも、一年のときと同じメンバーで昼メシを食べているそうだ。

「一階にピロティがあるでしょ? あそこで集合して食べてるんだー! 理玖も一緒に食べよっ」

 友だちと一緒に昼メシ……
 今までずっとボッチ飯を決め込んでいたので、その響きにちょっと感動した。
 しかもその中には凪がいる。
 そんなの、断る理由がないだろう。

 俺はCに連れられて、ピロティに顔を出した。
 友だちと楽しくおしゃべりをしていた凪が俺に気付き、口をあんぐり開けた。

「お待たせ~! 理玖も連れてきちゃったけどいいよね!」

 Cの言葉に、凪以外のメンバーがノリノリで頷く。

「もちもち! 一緒に食おうぜー!」
「うおー! お前まじで鳥次なの!? やっばー!!」
「きゃー! 近くで見たのはじめて!! まじ顔良すぎじゃん!!」

 一瞬にして帰りたくなった。ここでも動物園の時間が始まるのか。

 Cが空いてる席を指さして言った。

「じゃあ理玖は凪の隣ねー!」
「えっ」

 凪が思わず声を上げた。
 それに対してCが首を傾げる。

「え? いやだったー? いいでしょ?」
「……」
「もー。世話の焼ける子だわー」

 Cは俺に向き直り、にっこり笑う。

「ささ。凪の隣に座ってー」
「う、うん……」

 Cが俺のために用意した席は、凪としか隣にならない端っこだった。
 俺はそこに座り、弁当を広げる。すかさずCが食いついた。

「えっ、理玖のお弁当豪華~! 誰が作ったの?」
「お、俺だけど……」
「え!? 料理できんの!?」
「まあ、うん……。一人暮らしだし……」
「えー! すごー! 私なんて卵焼きくらいしか焼けないよ!?」
「すごいじゃん。卵焼き作れるの」
「じゃあさっ、理玖の得意料理なにー!?」

 答えようとしたが、それより先に凪が口を開いた。

「ハンバーグ」

 その場が静まりかえったのをいいことに、凪はもう一度言った。

「理玖の得意料理、ハンバーグ」

 凪? 急に何を言い出すんだ?

「あとは唐揚げ、カレー、チャーハン、オムライス――」
「おいっ、凪っ」
「――それが理玖の得意料理」

 なんでちょっとふてくされているんだよ。ムスッとすんな。
 なに「俺が理玖のこと一番知ってます」アピールみたいなことしてんだよ。可愛すぎるがここではやめろ。
 っていうか俺の一番の得意料理それじゃねえよ。

「違うし。俺の一番の得意料理はパエリアです」
「えっ?」

 そりゃびっくりするだろうなあ。お前の前で一度も作ったことなかったもんな。
 お前、魚介類苦手だろ。だから作ってなかったんだよ。ちなみに俺は魚介類が大好きだ。牛より魚派だ。それも知らねえよな、お前は。

「さっき言ってたの、ただのお前の好物な」

 はは。凪のやつびっくりしてやがる。俺のことなんも分かってないくせにイキるからだバーカ。
 ……いや、なんで顔を赤くするんだ。

 その答えを教えてくれたのはCだった。

「えっ、それって……理玖は凪の好物ばっかり作ってたってこと!?」
「え」
「凪の好物分かってて、凪の前では凪の好物ばっかり作ってあげてたってことだよねぇ!?」
「~~……っ!!」

 今度は俺が顔を真っ赤にする番だった。

「ち、ちがっ。ちがくてっ。作るのが簡単だからっ、たまたま作ってただけでっ!」

 しかし俺の言い訳を誰も聞いていなかった。
 凪以外のヤツらは、「っていうかそんなに凪と鳥次くんって仲良かったの?」「凪ってそんな頻繁に鳥次の家遊びに行ってたの?」「あんたらいつからそんな仲良かったの?」「だから凪、俺らとの付き合い悪くなったのかー」などと、口々に喋っている。

 でもそんな言葉、ほとんど耳に入ってこなかった。

「ありがと、理玖……」

 ただ隣から聞こえたその一言だけは、はっきりと耳に残った。
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