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一年:学期末考査~一学期中間考査

第四十六話

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(凪side)

 昼休み。俺は逃げるように教室を出て、屋上で一人たそがれていた。

 顔出しした理玖は、たった半日で学年中の話題の的となった。クラスメイトが理玖の机に集まるわ、他クラスの生徒が見物しに来るわで散々だ。
 理玖もはじめは作り笑顔で頑張っていたが、すぐに疲れてげっそりしていた。

「なーぎっ」

 背後から声がした。Cだ。

「……今は一人にしてくれる?」
「わー。凪らしくないじゃん。どうしたの? ご機嫌ナナメじゃん」
「別にー」

 Cはじろじろと俺の顔を見て、ニマァと笑った。

「凪、知ってたんでしょ。理玖があんなにかわいい顔してるって」
「……まあ」
「やっぱりね。だから一年のときから仲良くしてたんだ」
「そういうわけじゃないけど」
「ふーん。でも……」

 Cはニヤニヤ顔を俺に近づけた。

「凪が好きそうな顔だった」
「え"っ……」
「あんた面食いだもんねえ」
「いやだから顔で選んだわけじゃないってば!」
「ふーん?」

 すかさず言葉尻を掴まれる。

「選んだんだ」
「……」
「なるほどねー。だからパタッと彼女作らなくなったんだあ」
「……ちょっとC。何言ってんの? はは……意味分かんねえよ……?」

 笑ってごまかそうとする俺に、Cが詰め寄る。

「今日の凪、すっごく様子がおかしいよ。気付いてる?」
「うっ……」
「わたしすぐに分かっちゃったなー。あ、そういうことかーって」
「どういうことだよ……」
「凪は理玖のことが好き。あたり?」
「……」

 俺はハァァ……とため息を吐いた。

「そういう簡単なもんじゃないんだよ……」
「というと?」
「いろいろあんだよ……」
「いろいろって?」
「いろいろは、いろいろだよ……」

 当然、Cがそんな説明で納得するわけがない。
 じっと鋭い目で見つめられ、とうとう俺は白状した。

「~~……。分かったよ。話すよ……。でも、誰にも言うなよ?」
「うん、言わない!」

 Cの口の堅さはよく知っている。それに、信頼できるヤツっていうことも。
 だから俺は話す気になったのかもしれない。もしくは、誰にでもいいから吐き出したかったのかもしれないけど。

「……自分でも怖いんだけどさ、俺、理玖の前ではめちゃくちゃ自己中なんだよ。自分の感情むき出しにして、理玖がいやだろうなって思うことも我慢できずにしてしまったりして」
「うんうん」
「それに、理玖が他のヤツと話してるの見るとすっごくムカつくんだ。俺以外のヤツと喋んなよって思っちゃうの。怖くない?」
「……」
「しかもさ? 心の中で〝俺の理玖〟って思っちゃってんの。まじで怖いよな? 別に理玖は俺のでもなんでもないのにさ」

 話せば話すほど、我ながら自分が怖くなる。

「理玖は理玖のしたいこともあるのに、俺のことしか考えないでほしいって思ってるし……。はは……。最低……」

 なんか泣けてきた。

「分かっただろ? 俺の理玖に対する感情は好きとかそういうレベルを超えちゃってて危険だから、俺は理玖のそばにいちゃいけないんだ」

 項垂れていると、わりと本気でCに蹴りを入れられた。

「いでぇっ!? ちょ、何すんだよ!!」

 Cは顔を傾げ、高圧的な目で俺を見る。

「ちょっとは女の子の気持ち分かった?」
「……?」
「言っておくけどね。あんたの悩んでること、全然異常なことじゃないから」
「そ、そうか……?」
「うん。あんたの元カノ、みーんなあんたに対してそう思ってたんだよ」
「……」

 そしてCは、指で俺の胸をトンと押した。

「それが本気で好きってことなんだよ」
「っ……」
「本気で人を好きになるって辛いことなの。感情に振り回されて、相手の一挙一動に喜んで、悲しんで。自分のことを嫌いになるときもあるし、相手のことを嫌いになりそうになるときもある。でもそれって全部、相手のことがほんとにほんとに好きだからなの」

 しかめっ面をしていたCが満面の笑みを浮かべる。

「凪っ。よかったね! ほんとに好きな人ができたんだよ、あんた!!」

 Cの笑顔に、不覚にも涙が出そうになった。

「……俺、変じゃないの?」
「全然変じゃないよ! むしろ普通! 正直、前の凪の方が異常だったよ……」
「え"っ……」
「だって〝彼女=セックスする相手〟だと思ってたじゃん……。ぶっちゃけ、なにこいつこわ……って思ってたよ」
「えー……そうだったの? 言ってくれよ……」
「こういうのは言葉で教えても意味ないし」

 Cは俺の背中をベシベシ叩き、俺にエールを送ってくれた。

「わたし嬉しいよ! 応援してるからね!」
「うん。ありがと。……でも今はちょっとこじれててさ……」
「えっ、まじ!?」
「こじれてるっていうか、俺が勝手にこじらせたんだけど……。聞いてくれる?」
「もち! 聞く聞く!」

 Cに話を聞いてもらえて、ほんとうによかった。
 悩みを聞いたあと、Cは俺のことを「恋愛初心者」と呼んだ。
 俺もそう思う。だって理玖に対する想いが〝恋〟だったなんて、それにすら気付けていなかったんだから。

 ◆

 五時間目の休み時間、トイレで理玖と鉢合った。
 どんな顔をしていいか分からなくて、俺はふいと顔を逸らした。

 便器をひとつ挟み、俺たちは無言で用を足す。
 理玖がトイレの水を流し、出口に向かって歩き出した。

 俺のうしろで立ち止まり、理玖が俺の名前を呼ぶ。
 それだけで心臓がきゅっと締めつけられた。

「凪」

 俺は伏し目がちに振り返る。

 振り向きざまに、理玖に唇を奪われた。

「……」

 驚きすぎて声が出なかった。

 理玖は軽いキスをしただけで顔を離し、囁いた。

「一学期中間考査。楽しみにしてろよ」
「……」

 そして理玖は勝気な笑みを浮かべ、ネクタイを掴んで俺を引き寄せた。

「お前がいても大丈夫だって証明するから。それまで待ってろ」

 それだけ言って、理玖はトイレから出て行った。
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