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一年:冬休み

第三十三話

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 ◆◆◆
(凪side)

 守りたかったとか、そんなかっこいい理由じゃなかった。
 ただただ、理玖が他の男にキスされているところを見たくなかっただけだった。
 理玖が他の男と付き合うことが許せなかっただけだった。

(クソッ。まだ怒りが収まらない)

 シャワーを浴びても頭が冷えなかった。
 動画のサムネが頭からこびりついて離れない。

 あいつのスマホには四本の理玖の動画が入っていた。

 手足を押さえつけて、理玖のちんこをシゴいているサムネ。
 四人の男が寄ってたかって、理玖の体に向けてちんこをシゴいているサムネ。
 理玖の髪を引っ張って、顔に向けてちんこをシゴいているサムネ。
 ……理玖の尻を拡げて、ちんこを挿れようとしているサムネ。

 サムネだけでも、理玖が複数の男に何をされたかが分かった。

 理玖が人付き合いを好まない理由も、前髪と眼鏡で顔を隠している理由も、やっと分かった。
 ……顔がきれい、女みたい、と言われることをひどく嫌がる理由も、なんとなく。

(俺がしてることも、あいつらと変わらないんじゃ……)

 〝なんでも言うことを聞く〟という約束をいいことに、今まで散々理玖に好き勝手してきた。
 理玖、きっとすごく嫌だったと思う。俺に触れられる度に修学旅行のあの日のことを思い出していたんじゃないか。
 そう考えると申し訳なくて、理玖の顔が見れなかった。

「凪」

 部屋のあかりを消してしばらく経ってから、理玖が俺の名前を呼んだ。

「今日はこっち来ないの?」

 昨日は理玖の布団の中に潜り込んで寝たが、今はあてがわれたもう一式の布団に横になっていた。
 行けるわけないじゃん。あんなひどい過去を知って、それでも自分勝手なワガママで理玖の体に触れようだなんて、さすがの俺も思えない。

 俺は何も応えられず、背を向けて寝たふりをすることしかできなかった。

「……」

 背後でもぞもぞと物音がする。

「!」

 理玖が俺の布団の中に入ってきた。そして、うしろから俺を抱きしめる。

「凪、寝た?」
「……ううん」
「今日、迷惑かけてごめんな」
「ううん」
「引いた?」
「な、なにが」

 ごまかすのが下手すぎた。理玖は自嘲的に笑い、小声で言った。

「修学旅行で何があったか、かしこいお前ならもう分かってんだろ」
「……」
「引いた?」
「引いてない」
「俺のことキモくなった?」
「そんなこと思ってない……」
「俺に触るの、もういやになった?」
「……」

 いやになっていたらどれほど良かったか。
 俺がひどく醜い人間だということが、このことでよく分かったよ。
 あの動画のサムネを見て……全く同じことを俺もして、理玖の体を上書きしたいって思った。
 早く理玖の体を俺だけのものにしたいって……そう思ったんだ。

 俺は危険な人間だ。すでに傷付いている理玖を、俺はさらに傷付けたいと思ってしまっている。
 でも、同じくらい、大切にしたいとも思っていて。もうどうしていいのか分からなくて。

 返事をしない俺に、理玖が問いを重ねる。

「俺に抱きしめられるの、いや?」

 俺は首を横に振った。すると理玖が安堵の吐息を漏らす。

「……キスしていい?」
「っ……」

 理玖からそんなことを言ってくれるの?

「いやじゃないなら、こっち向いて」
「……」

 俺は一言もしゃべらないまま理玖と向かい合った。
 理玖が俺の頬に手を添え、そっとキスしてくれる。

「……なんで?」
「?」
「なんで俺にキスしてくれるの?」

 理玖は困ったように笑い、こう言った。

「ふと、お前にキスしたくなったから」

 ……ズルい。こんなの、俺どうしたらいいんだ。
 理玖ともっとキスしたい。抱きしめたい。体中に俺の痕跡を残して、体の中までぐちゃぐちゃにしたい。一回キスされただけで、そんな気持ちでいっぱいになる。

 理玖がふわりと俺を抱きしめる。

「なあ、凪。俺のお願い聞いてくれない?」
「……理玖のお願いならなんでも聞くよ」
「あのなあ。〝なんでも聞く〟なんてそんなこと、絶対に自分から言っちゃダメなんだぞ?」

 そうだぞ、理玖。言っちゃダメなんだからな。

「それで? 理玖のお願いってなに?」

 なんでも聞くよ。
 自分ちに帰れって言われたら今すぐ帰る。
 理玖にひどいことしたヤツらを全員ボコボコにすることだってできる。
 ……〝学年二位が学年一位の言うことをなんでも聞く〟っていうルールを今すぐ撤廃しろって言われても、俺は従うよ。

 かなり長い時間ためらってから、理玖が俺の耳元で囁いた。

「俺と、最後までしてほしい」
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