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一年:冬休み

第三十三話

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「あ……あ……」

 突然現れた男のせいで、俺は顔面蒼白になり震えていた。
 そんな俺に、男は気まずそうに笑う。

「そんなビビんなよ」

 ビビるだろ、そんなの。

「そんな顔するってことは、俺のこと覚えてんだな」

 忘れるわけない。
 そいつは、修学旅行で俺のことをおもちゃにした主犯格――正弥だった。

 恐怖で全身がすくむ。体の感覚がなくなる。

「お前、どこの高校行ったの?」
「……言わない……」
「他県の高校に行ったって聞いたけど、ほんとか?」
「……し、知らない……」
「そんな遠いとこ行くなんて……俺のせいだよな?」
「……」

 そうだよ。お前らのせいだよ。
 お前らのことを忘れたくて、俺は地元を捨てたんだ。
 それなのになんで。こんなところでお前と再会しなきゃなんないんだよ。

 正弥は俺の顔をじっと見て、眉をハの字に下げる。

「……あのときのこと、ずっと謝りたかったんだ」
「……」
「ほんと、ごめん」

 ……今さら謝られたって許せるはずないだろ。

 正弥の手が俺の頬を撫でる。

「ひっ……」

 全身がざわついた。

「あんなひどいことして、悪かった。今思えばほんと……最低なことした」
「……」
「お前が違う高校に行っちまって……それではじめて気付いたんだ」
「……なにを」
「俺……お前のこと、好きだったんだって」
「……」

 正弥の顔が近づいてきたので、とっさに顔を背けた。
 キスしそこねた正弥は、代わりに耳元で囁く。

「俺、あの日からずっとお前でヌいてんの」
「ひぃ……」

 キモッ……。なにそのカミングアウト……。キ、キモォ……。

「お前のこと全然忘れらんなくてさ。彼女も作らずにお前のこと探してた」
「ひぃぃ……」

 ひぃぃん。キモいよぉぉ……。

 正弥の手が俺の腰を撫でる。

「お前にちんこ触られたときの感触、今でも覚えてる」
「オェェェ……」
「なあ。あんときみたいなひどいことしないって約束する。本気で好きなんだ。大事にするから」

 そう言って、無理やり俺の顔を正面向かせた。ヤベェこいつさらに力強くなってやがる。抗えねえ。

「お、おい……やめろ……」
「俺、なんであんときお前にキスしなかったんだろ」
「おい……っ! いい加減にしろっ……!!」

 俺は思いっきり正弥の頬に平手打ちした。

「ってぇ……」

 あのときできなかったことができて、ちょっとスカッとした。
 そのまま勢いに乗って、俺は叫んだ。

「悪いけど!! 俺はお前のこと一生許さねえし、お前のこと好きになる日も一生来ねえから!! 俺はお前のこと大っ嫌いだし、めちゃくちゃキモいって思ってる!! だから近寄んだクソが!!」

 言った……!! 言ってやった……!!
 俺はもうあのときの俺じゃない。嫌なことは嫌と言う。嫌われたくないからって、ヘラヘラ媚びなんか売らない。

 正弥は一瞬放心していたが、すぐにギロッと俺を睨みつけた。

「あぁ?」

 そしてさっきよりも強い力で俺の頬を掴み――
 無理やりキスした。

「んーっ、ん! んーーーーー!!」

 舌が入ってきたので思いっきり噛んでやった。

「つっ……。噛むなよ……」
「噛むわ!! 噛むだろ普通!!」
「……にしても理玖ちゃん、おくち悪くなったね」
「っ……」
「前髪で顔隠したって、無理におくち悪くしたって、お前がかわいいことには変わりねえんだよ」
「お前……いい加減に……っ」
「せめてあんときみたいに可愛い顔で泣いてくれよ。な? そっちの理玖ちゃんのほうが好きだな、俺」
「だ、れ、が……泣くかよ……っ。離せクソ野郎……っ」
「でもそうやって頑張って、かわいいの隠そうとしてる理玖ちゃんもかわいくて好き」
「んっ……んーーーーーっ、んーーーー!!」

 またキスされた。口の中に入ってきた舌を噛み切ってやろうとしたのだが……

「噛んだら、あんときの動画ネットにばらまくぞ」
「っ……」

 あのときの動画って……

「理玖ちゃんが射精してるとことか……俺に顔射されてるとことかの動画」
「ひっ……」

 こいつ、まだそんな動画持っていやがったのか。

「嫌だろ? だから言うこと聞けよ」
「――……」

 舌を入れられても、今度は噛めなかった。

「理玖、俺と付き合えよ。な?」
「……」
「このままホテル行くぞ。ついてくるよな?」
「……」

 俺、こいつと付き合わなきゃいけないの?
 今からこいつにケツ掘られなきゃいけないの?
 こんなことになるなら、さっさと凪に掘られときゃよかった――

 絶望で全身から力が抜け落ちたそのとき、俺の口の中を掻き回していた正弥がうしろに吹き飛んだ。

「ぐぁぁっ!!」
「なにしてんの?」

 顔を上げると、冷たい目で正弥を見下ろしている凪がいた。

「なあ」

 凪が正弥に詰め寄り、今まで聞いたことのない怒気を孕んだ声で叫んだ。

「俺の理玖に何してんだって言ってんだよ!!」
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