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一年:冬休み

第三十話

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 ◇◇◇

 特急と急行を乗り継いで約三時間かけて、俺は凪を連れて帰省した。
 出迎えたのは四歳年上の姉ちゃんだった。俺の友だち見たさに顔を出したのだろう。
 凪を見た姉ちゃんは、一瞬にして女の顔になった。いつもと違う余所行きの声で迎えられ、俺は吐き気をもよおした。

「理玖、おかえり~! その子があんたの友だち?」
「うん」
「やーん、めちゃくちゃかっこいいじゃん!」

 凪はぺこりと頭を下げて、姉ちゃんに挨拶する。

「はじめまして。凪っていいます。こんなときにお邪魔してすみません……」
「いいのいいの! えー、やっば!! え、やばー!! おかあさぁーん! おかあさぁーん!!」

 遠くから母さんの声が聞こえる。

「なにぃ! 今忙しいんだけどぉ!?」
「理玖の友だちやばいんだけどぉー!! めっちゃくちゃイケメンなんだけどぉ!!」
「えっ、ちょっと待って! すぐ行くからぁ!!」

 走ってやってきた母さんも、凪のイケメンぶりに悶えていた。
 二人のやかましい女に囲まれても、凪はにこにこと爽やかに接していた。感心するぜ、全く。

 あまりに母さんと姉さんがうるさすぎて、途中で俺の方がくたびれた。リビングで相手をさせられている凪の首根っこを掴み、自分の部屋に逃げ込んだ。

「悪いな……。うちの家族、うるさいだろ……。なんせイケメンが好きでさ……」

 母さんは韓流俳優の、姉ちゃんは男性アイドルグループのガチオタ活をしているくらいには、熱狂的にイケメンが好きだ。

 こんなことには慣れているのだろう、凪は全く気にしていないようだった。

「全然いいよ。好意にまっすぐで印象よかった。良い人たちだ」
「そうかあ……? ウザいだけだろ……」
「そんなことないよ」

 それより、と凪が不思議そうに首を傾げた。

「理玖とは雰囲気がちょっと違うな」
「うちの家系は、女が元気で男が根暗って決まってるんだ」
「へー。そうなんだ。じゃあ、理玖はお父さん似?」
「顔は母さん似だけど性格は父さん似」
「ああ、理玖のお母さんすごいきれいだったもんな。お姉さんも美人さん」
「そうかあ?」

 自分の母親と姉がきれいなんて思ったことなかった。

 そんな話をしているとき、ノックが鳴った。顔を出したのは母さんだ。

「おい……。こんなとこまで入ってくんな……」
「いやねえ。違うわよ。ほら、うちって遊ぶものなにもないでしょ? 暇だと思って、理玖の卒業アルバム持ってきてあげたわよ」
「はぁぁぁ!?」

 とんだ余計なお世話だよ!! やめろそんな黒歴史のかたまりみたいな悪魔の書を持ってくんな!!

「いらねえよ!! 早く捨ててって言ってんじゃんそれ!! 今すぐ燃やしてくれ!!」
「何言ってんのこの子……。思い出が詰まったものを捨てるなんて……」
「そんないいもんじゃないからそれに詰まってるのは!!」

 やりとりを聞いていた凪が、キラキラした目で手を差し出した。

「お母さん、ありがとうございます! ぜひ見たいです!」
「はぁ!?」
「そうよねえ! 見てちょうだい、見てちょうだい。特に小学生の理玖! とってもかわいいのよぉ~」
「小学校の卒アル!? やめろやめてくれぇぇぇ!!」

 本人の意向を無視して、凪は母さんから二冊の卒アルを受け取った。小学時代の卒アルと、中学時代の卒アルだ。

「ちょっ、見んな! 見んなぁ!」
「いいじゃん減るもんじゃなるまいし」
「あ"ーーーー!!」

 凪が小学時代の卒アルをめくった。

「わ……。え、これ、理玖……?」
「~~……」

 そこに載っていたのは、満面の笑みを浮かべているガキの頃の俺。髪も整えているので、当然前髪も短い。眼鏡も当時はしていなかったので裸眼だ。

「か、かわいい……」
「かわいいって言うな……」
「見て。すっごい笑顔だ……かわいい……」
「……」

 どのページを見ても、ガキの俺は笑っていた。中には嬉しそうに同級生と手を繋いでいたり、楽しそうに腕を組んでいたりしている。

「わー……ほんとにかわいい。女の子みたい……」
「おい……」
「あ、ごめん……」
「……」

 俺の地雷を踏んだことに気付いた凪は、それから黙って卒アルを眺めていた。すみずみまで小学時代の卒アルを眺めまわしたあと、中学時代の卒アルに手を伸ばす。
 ページを開いた凪は、「え?」と小さな声を上げた。

 中学時代の個人写真では、俺はもう今と似たような風貌になっていた。鼻の下まで伸ばした前髪と眼鏡で顔を隠し、口元は真一文字に結ばれている。

「……」
「……」

 凪がぺらぺらとページをめくる。修学旅行などの写真が載せられていた。

「あれ……?」

 凪は目ざといヤツだな。きっと異変に気がついたのだろう。
 修学旅行の写真が載せられているページ。そのときの俺はまだ、前髪を伸ばしてなんかいなかった。
 一枚だけ、俺が友人と肩を組んで笑顔で映っている写真があった。
 だが、それ以外の写真でほとんど俺は映っていない。映っていたとしても、集団から離れた場所で、人が変わったように無表情で俯いていた。

「……理玖、修学旅行でなんかあったの?」
「……」

 沈黙は肯定と同じだった。

「それは……聞いてもいいやつ?」
「ごめん。言いたくない」
「……そっか」

 ごめんな、凪。お前は誰にも言いたくないことを俺に話してくれたのにな。
 でも、ごめん。俺、あのときのこと、思い出したくないんだ。

 何かを感じ取った凪が、卒アルをそっと閉じた。

「ごめん、理玖。勝手に卒アル見て……」
「おう。だからやめろって言った」
「ごめん……」

 気まずい空気が流れた。しばらくして、姉ちゃんが凪目当てで俺の部屋に入ってきた。このときばかりは、姉ちゃんのやかましさに少しだけ感謝した。
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