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第三章

三角関係

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俺は爽とマリカちゃんと、爽は俺とマリカちゃんと、マリカちゃんは俺と爽と……。毎晩、誰かが誰かと抱き合っている。
全てを知っているのは俺だけで、爽は俺とマリカちゃんに、マリカちゃんは俺と爽に、体の関係があることを知らない。

今までなんとも思わなかった三角関係が、女の本当の目的を知った途端、恐ろしく感じるようになった。
こうしてツケが回ってやっと、俺は今までしてきた行いを悔いた。遅いよな。もう取り返しがつかない。

何も知らない爽がより一層眩しく見える。
お前は本当に綺麗だ。お前は俺や女たちのように、下手な小細工なんてしない。真っすぐ俺を見ているし、真っすぐ彼女と向き合おうとしている。
俺にケツをいじらせるのでさえ、罪悪感を抱いているようだし。
安心しろ。お前の彼女は、週に二回、他の男とヤッてるぞ。だからお前がしていることなんて全く大したことない。


ある日、マリカちゃんの部屋に行ったときに尋ねられた。

「ねえ、どうして大地君は、爽くんの彼女を寝取るの? 寝取るのが性癖ってわけでも、爽君のことが嫌いってわけでもなさそうなのに」

よく聞かれる質問だ。この答えはちゃんと用意している。

「俺、爽の持ってるもの欲しくなるんだよね」

だが、マリカちゃんには通用しなかった。

「はい、嘘。大地君は爽君が持ってるもの、何も持ってないじゃん。爽君が身につけてる物はだいたいブランド物。対して君が持ってるのはテロテロの安物ばっかり」
「俺の家は貧乏だから。そんなの買う余裕ねえよ。彼女は金無くてもとれるだろ」
「爽君にねだれば買ってもらえるでしょ? だって、この前爽君私にごちてたよ。『大地に欲しい物買ってやりてえのに、あいつ無欲だからなんにも欲しがらねえんだ』って」
「……ねだるなんて、カッコ悪いじゃん」
「あと、こんなことも言ってたよ。『大地は俺と趣味が正反対。だから好みが全然合わねー』って」
「あいつ……ビッチにどこまで話してんだよ……」
「ね? ね? 大地君と爽君、好みが違うんでしょ? だからさ、本当は私のことも好みじゃないんでしょ?」

そこは、思わず素直に頷いてしまった。
マリカちゃんは気を悪くする様子もなく、ケタケタと笑う。

「ほらー、やっぱりー! じゃあさ、大地君はどんな子が好みなの?」
「好みなんてないけど。そんなこと考えたこともない」
「えー? 好きな子できたことないの?」
「……」

俺が黙っていると、マリカちゃんが肘で小突いた。

「できたことあるのね? 教えてよ~」
「いやだ。なんでお前に言わなきゃなんねえの」
「もー。いいじゃん、ちょっとくらい。ケチ」
「ビッチは? 好きな人いたことあんの?」

話を逸らすために尋ねると、マリカちゃんはわざとらしく可愛い声を出す。

「好きな人は、大地くんだよ♡」
「そういうのいいから。キモ。っていうかそこは爽って言ってやってくれよ……」
「爽くんも大好きだよ♡」
「……やっぱやめて。キモすぎ」

ひとしきりくだらない話をしてから、俺たちはセックスをする。
イッたふりをしてセックスを終わらせていることはとっくの前にバレた。嘘を吐くなと言われたので、俺はマリカちゃんが満足した頃に腰を振るのをやめる。

「……終わっていい?」
「今日もイケなかったんだー。ほんと、重度の遅漏君だねえ」
「お前のまんこがガバガバすぎんだよ」
「それは申し訳ない! はー、大地君とのセックスは気持ちいいけど、自分だけ気持ち良くなってる感じがして物足りないなあ。こういうときは、爽君とセックスするのが一番なんだよね~。ほんと爽君カワイイ。私爽君とのセックスも大好き」

マリカちゃんは、俺の隣で爽に《明日うち来ない?》とLINEを送った。
俺はそれを横目で見て、舌打ちする。

「……お前さあ、爽をそんな風に利用するなよ……。爽に失礼だと思わねえの?」
「もー。大地君は爽ソウそうSOUうるさいなあ。そこは普通、〝俺の前で他の男の話すんなよ〟でしょ?」
「くだらねー……」

マリカちゃんに俺の本性がバレた今、俺は、マリカちゃんにだけは本当の自分を曝け出せていた。
俺の汚い言葉遣いも、マリカちゃんは全く気にしていないようだった。
最低なヤツ同士、俺たちは馬が合う。
歪んだ関係の上で、互いに妙な安心感を得ていた。

だからだろうか。俺はポロッと零してしまった。

「実は俺さ、爽のこと好きなんだよね」

言ったあとに後悔したけど、同時にマリカちゃんがどんな反応をするのか気になった。

マリカちゃんは驚く様子もなく、スマホに目を戻す。

「やっぱりそうだよねー」
「……気付いてた?」
「うん。っていうか大地君と爽君、えっちしたことあるでしょ」
「えっ」

驚きすぎて体をのけぞらせた俺に、マリカちゃんは目もくれない。

「だって、爽君と大地君の前戯の仕方、全く同じなんだもん」
「あー……」

あいつ、そこまで俺のセックスコピーしてたのかよ……。

「あと、爽君さ、腰振ってるとき、私を見てすごく羨ましそうな目をするの」
「あー……」
「爽君、やたら感度いいよね。どこ触ってもびっくりするくらい感じるの。大地君が仕込んだんでしょ?」
「あー……」
「君たち、私といないときは二人でヤッてるんでしょ?」
「ヤッてはない。爽はそんなことしない。あいつは俺たちと違う。浮気なんてしない」
「ヤッて〝は〟ない、ねー」
「ぅぁー……」

ダメだ。マリカちゃんに勝てる気しねえ。

「爽君も大地君のこと好きだと思うんだけどなー」
「それはないだろ。あいつ、ノンケだぞ」
「でも……私といるとき、ほとんど大地君の話しかしないよ」
「え……」
「大地君は、爽君と二人でいるときに私の話聞く?」
「いや、聞いたことあんまりない。今日は何分もったーとかは聞くけど……」
「だよねー」

マリカちゃんはスマホを閉じて、俺の隣に寝転がる。

「私が言うのもなんだけど、爽君、私のこと好きじゃないよ。私といるときもずっと、大地君のことばっかり考えてるもん」
「いやいや、まさか」
「本当だよ。爽君が好きなのは私じゃなくて、大地君だよ、絶対」

そんなわけないだろう。何を言っているんだこのビッチは。
爽はノンケだぞ。確かに俺の体は求めてくるけど、それは快感が欲しいってだけだ。
あいつが俺のことを好きになるわけない。そんなわけ、あるはずない。

俺の顔をじっと見ていたマリカちゃんが、失礼にも俺を指さして声を上げて笑った。

「あはは! 大地君のそんな顔始めて見た!」
「はっ?」
「鏡見てきなよ! 顔真っ赤だよー?」

なんなんだこの女。俺を踊らせて、からかって。好き放題しやがって。
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