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2月

魔のバレンタイン(入社4年目)

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「圭吾くん~!!チョコもらってー!!」

「あ、どうも」

「圭吾くんー!」

「あー、はい」

「圭吾くーーーん!!」

「ありがとうございます」

「圭吾君。俺からもチョコ」

「はあ、どうも」

2月14日。圭吾先輩に会社中の社員が群がってる。先輩は嬉しそうな顔一つせず黙々と受け取ってるだけだった。かくいう俺、入社1年目のペーペー社員である日浦典久(ひうらのりひさ)も先輩に渡すチョコを用意していた。

俺は圭吾先輩と同じオフィスで働いている。初めて先輩を見た時、あまりに中性的な綺麗な顔立ちすぎて女の人かと思ってしまった。外見と雰囲気で、βの俺でも彼がΩだとすぐに分かった。

半年同じオフィスで働いて、圭吾先輩は基本不愛想だけど、なんだかんだで優しいし意外と気さくな人だと気付いた。一度二人で残業したことがあって、その時にどうしていつもは笑わないんですかって聞いたことがあった。そのとき先輩が言ってた言葉が忘れられない。

「笑ったらみんな僕のこと好きになっちゃうでしょ?」

さらっと言ってのけたその言葉。自分に自信があるとかそんなんじゃない。先輩は知ってるだけだった。自分が美しすぎることを。

その言葉で俺が先輩のことを好きになってしまったなんて言ったら、先輩はどう思うだろう。

先輩はなぜか俺のことを気に入ってくれたようでよく話しかけてくれた。夫の彗斗先輩と瑛弥先輩、恋人?の秀汰先輩がつかまらなかったときは、昼ごはんに誘ってくれることもあった。いつもはゲームとか映画の話、ときどき仕事の話をしてるんだけど、ある日話の流れで先輩の過去を聞いた。圭吾先輩は数年前まですごく甘い匂いがしてたらしい。なんやかんやあって(そのあたりは濁された)今は一般的なΩの匂いまで薄くなったけど、それまではよくαに襲われてたらしい。だから今でも貞操帯を付けているし、αの人間が少し怖いと言ってた。

俺がβだからこうして仲良くしてくれるんですかって聞いたら、正直に「それもあるよ」と先輩は答えた。でもそれだけじゃないとも言ってくれた。

「典久は普通に良い子だし。話してて楽しいから」

少し秀汰先輩に似てるとも言われた。話してて楽しいって言ってもらえた上に、俺が先輩の恋人に似てると言われて、嬉しすぎてその日はあんまり眠れなかった。

日が経つにつれて俺の先輩への想いは強くなっていった。もちろんこの恋は叶わないって分かってる。だって先輩は既婚者だし。しかも相手は社内一有能でイケメンの2人だ。比べて俺は普通のβ。たいしてかっこよくもないし、成績も普通のザ・βだ。フラれると分かってて告白する勇気もないし、今のままで充分俺はしあわせものだって思ってる。だってあの圭吾先輩が、唯一笑顔を見せるのが俺なんだから。(夫や恋人の前ではもっと笑顔なんだろうけど…)

でも今日、バレンタインデーではチョコを渡そうと思って用意してきた。デパートで1時間悩んで買った高級チョコ。無難なチョイスかもしれないけど、きっと間違いなくおいしいはずだ。

「圭吾~!はいチョコー」

「いただきます」

「圭吾くん圭吾くん!ねえねえチョコもらってくれる?!」

「はあ、もらうだけでいいのなら」

朝からずっと渡すタイミングを伺ってるけど、次々と男女問わず先輩にチョコを渡しに来る。恨めし気にその様子を盗み見ていると、一人の男性がチョコを渡しながら先輩の肩を抱いた。俺あの人知ってる。ずっと先輩の体狙ってる隣の部署のαだ。肩を抱かれた先輩は、めんどくさそうにその手を払った。それでもかまわずα社員が先輩に顔を寄せる。

「圭吾。俺からのチョコもらってくれるよな?」

「はあ…。いただきますから離れてくれません?」

「なあ圭吾。今晩飲みに行かないか?」

「行きません。仕事に戻ってください」

「釣れないな~。何回誘っても同じ返事でつまんねえよ」

「つまんなくてすみませんが同じ答えしか返せません」

「一晩くらいいいじゃねえか。なあ、Ωなんだからもっと楽しもうぜ?気持ち良くしてやるからさ」

「間に合ってます。さようなら」

「俺服の下から圭吾の体触りたい」

α社員はそう言いながら圭吾先輩のジャケットの内側へ手を差し込んだ。先輩はびくりと体を強張らせて立ちあがる。

「いい加減にしてください。今仕事中ですよ。なんしてるんですか猿なんですかね?」

「すまんすまん!ちっと時間が早かったな。圭吾。俺は諦めないからな?お前を抱くまでまとわりついてやる」

「……きもっちわる」

「それより俺のチョコ今食べてくれよ」

「食べるわけないでしょう。どうせ媚薬仕込んでんだから」

「あらら。バレバレかい」

「バレバレです。僕がもらったチョコ、だいたい全部媚薬入れられてますから」

「へー知ってたんだ。もしかして毎年家で食べてヒンヒンなってんの?」

「……」

「なってるんだ。それで旦那様の慰み者になってるんだ?」

「…いい加減にしろよ…」

「圭吾せんぱーい!!ちょっと教えて欲しいことあるんですけどいいですか?!ここなんですけどー!!あっ、お話中すみません!!急ぎの案件で…」

話の流れがまじのまじで最悪になってきたから、思わず俺は二人の間に割り込んだ。α社員はあからさまに嫌な顔をして俺を睨んだ。それでも俺がアホみたいにニコニコしてたら、舌打ちをしてオフィスから出て行った。ホッと安堵のため息をついて圭吾先輩を見ると、先輩は優しく俺に微笑んでいた。

「ありがとう典久。助かったよ」

「いえ、なんのことだか」

「はは。典久は本当に良いやつだね」

そんなことないです先輩。俺、毎晩先輩のこと考えてオナニーしてるんです。俺だって先輩とセックスしたいって思っちゃってるんです。だから良いやつなんて言わないでください。俺だって、あのα社員と変わらないんですよ。

自分の席へ戻る途中で、先輩とα社員の会話に聞き耳を立ててた社員たちに小声で声をかけられた。

「典久ナイス!ありがとう!」

「俺らの天使になんてこと言ってんだあのα!」

「こわくて私止められなかったんだー…。ありがとうー」

「圭吾大丈夫かな…。圭吾にあんなこというα死ねっ!」

どうやらみんな腹を立てていたけどヒヨって止められなかったらしい。俺は「いえいえ」と頭をペコペコ下げながら自分の席へ座った。仕事に戻ろうとキーボードに手を乗せたけど、先輩とα社員の会話が頭から離れない。俺はちらっとバッグの中に入っている高級チョコレートに目をやった。

【食べるわけないでしょう。どうせ媚薬仕込んでんだから】

【あらら。バレバレかい】

【バレバレです。僕がもらったチョコ、だいたい全部媚薬入れられてますから】

…俺のチョコも、渡したら媚薬入りだと思われるのかな。それは…いやだなあ。
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