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弟から手紙が届きました

第五十話

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「それにしても、執事っていろんなことができるんですね……。お金の管理とか、その、こ、こ、殺……」

 僕の呟きに、ローラン様とロジェが噴き出した。

「エディ。執事だからできるんじゃない。ロジェだからできるんだ」
「元々の本業はこっちでしたからねえ」

 それからロジェが「みんなには内緒ですよ」と前置きをしてから、自分の過去を語ってくれた。
 侯爵家に仕える前のロジェは、裏社会で生きる人だったそうだ。

「いろんなことをしていましたよ。それこそ、借金の取り立てや誘拐、暗殺なんかまで幅広く」
「ひぇぇ……。ど、どうしてそんな人が、侯爵家の執事に……?」

 それにはローラン様が答えてくれた。

「僕が拾ったんだ」
「そうですそうです。捨て猫を拾うように、死にかけの私を家に持ち帰って。〝パパ、これほしい〟と侯爵に言っていたのをよく覚えています」

 聞いているだけでヒヤヒヤするエピソードだ。

「ロ、ローラン様……。昔はかなり、その……無邪気だったんですね……?」
「いや、そうでもない。ちゃんと考えてこいつを拾った」
「はい。ローラン様はご自身の身を守るために、私をそばに置いたんです。というのも――」

 ローラン様とのはじめての出会いはその日ではなかった、とロジェは言った。
 二人の出会いはそれより少し前の真夜中だったそうだ。

 その日を思い出しているのか、ローラン様が遠い目をしている。

「夜風が頬を撫でて、ふと目が覚めたんだ。そしたらベッドの前に見知らぬ男が立っていた。叫ぼうとしたら口を塞がれ、首にナイフを突き立てられたよ」
「あのときは驚きました。気配を消していたのに目を覚まされたんですもの」

 ロジェは、ある人の依頼でローラン様を拉致するために屋敷に忍び込んだらしい。

「幼いローラン様も、それはもう美しくてねえ。この町どころか国中で噂になるほどに。みなが〝天使がこの地に降り立った〟と騒いでいましたよ」
「そんな僕のことをどうしても欲しくなった金持ちの阿呆が、ロジェを雇って僕を拉致しようと企んだ。だがロジェは――」
「お恥ずかしいことに、失敗しました」

 僕は首を傾げた。

「どうしてです? ローラン様はまだ幼かったんでしょう? 起きてしまったとしても、簡単に拉致できたんじゃ……」
「いいえ、エディ。幼いローラン様の宝石のように輝く瞳を私は見てしまったんです。それまでいくつもの宝石を盗んできましたが、ローラン様ほど美しいものを私は見たことがありませんでした。ええ」
「うーん……? それと誘拐失敗にどう関係が……?」
「私はね、エディ。世界一美しい宝石を、他の者に奪われたくなくなったんですよ」

 そういうことだ、と言って、ローラン様はクスクス笑った。

「あのときのロジェは見ものだったよ。呼吸を乱し、僕の顔をじっと見つめ……そのまま後ずさりして部屋を出て行った。部屋を去るまでずっと、ロジェの目は僕に釘付けのままだった」
「任務を失敗した私は、依頼主にこっぴどく叱られました……。口封じのために殺されかけましたが、私は見事逃げおおせました」

 ロジェが拉致を失敗してからも、依頼主は別の人にローラン様拉致の依頼をしていたそうだ。でも、その人たちもみんな失敗してしまった。
 それがなぜかと言うと――

「ローラン様に魅入られた私は、こっそり侯爵家の屋敷を見張り、ローラン様を誘拐しようとする輩を追い払っていたんです」
「雇ってもいないのに、勝手に僕の警護をしてくれていたわけだ」

 僕は首を傾げた。

「どうしてそんなことを……?」
「さっきも言ったでしょう? ローラン様を他の者に奪われたくなかったからです」

 このように、ロジェはローラン様の拉致を企む輩をことごとく追い払っていた。

「それだけじゃない。屋敷の中にも、僕を狙う人がたくさんいた。夜な夜な僕の部屋に勝手に入って来て……この前、エディが見たようなことをする人がな」
「……」

 それはきっと、ローラン様の体を触ったり、性交しようとしたりする人のことを指しているのだろう。
 ローラン様、幼い頃からひどい目に遭ってきたんだな……。美しすぎるというのも苦しい。

「そんなヤツらも、ロジェが追い払ってくれたよ」
「一番ひどかったのは医者ですね。触診と嘯いてあんなことやこんなことを――」
「ロジェ。それ以上は言うな」
「はい」

 僕はおそるおそる口を挟む。

「で、でも……。今じゃ追い払ってくれないどころか、そういう人たちを連れてきていたじゃありませんか……」

 ロジェは寂しそうに僕に微笑みかけた。

「私だって本当はそんなことしたくありません。毎度胸が張り裂けそうですし、ナイフに伸びる手を押さえるのに必死です。ですが、ローラン様の命には代えられませんでしたから」

 ローラン様がからかうように言う。

「エディはいいのか? 僕はエディに心を奪われているわけだが」

 ロジェは、それには満面の笑みで返した。

「あら。ローラン様は何か勘違いしていらっしゃる」
「?」
「前も言いましたでしょう? ローラン様はエディのもの。エディはローラン様のもの。しかしローラン様とエディは、私のものなのです」
「……」
「私はむしろ幸せなのです。守りたいほど愛する者が、一人から二人に増えたのですから」

 ローラン様はしばらく考え込んだ。
 表情からみて、きっとこう思っているのだろう。
 〝何を言っているのか全く分からないが、こいつの好きにさせておいた方が僕とエディのためになりそうだ〟

 ローラン様は考えるのを止め、大きく頷いた。

「……よし。話を戻そう」
「はい」

 ロジェがローラン様の前に姿を現すのは、決まって夜だった。だからローラン様にはロジェの顔が見えなかったようだが、いつも助けてくれるのが同じ人だというのは分かっていたらしい。

 ローラン様は、顔も名も知らない、言葉も交わしたことのないロジェを、徐々に信頼するようになっていったという。

 しかし――

「最後に相手にした人――これもあるお金持ちに雇われた人でしょう――が、とても手ごわくて。息の根を封じることはできましたが、私も深手を負ってしまい……」

 ローラン様があとを続ける。

「屋敷の裏で死にかけていた。それを翌朝僕が見つけたんだ」

 幼いローラン様は、死体の隣で死にかけている男が、いつも助けてくれていた人だと分かったという。
 ロジェの顔は知らなかったけれど、印象的で覚えていたことがあったらしい。それは、あの夜見たロジェの細長い指と、いつも使っていたナイフだ。

「ロジェの隣の死体を見て僕は悟ったんだ。ああ、この人は僕のために死にかけているんだろうなって。この人は命をかけて僕を守ってくれたんだって」

 悲しいことに、ローラン様は幼い頃から人を信じられなくなっていた。外部の人たちはもちろん、屋敷の中の人たちのことも。
 そりゃ、ひどい目に遭ってばかりいたんだから仕方ない。

「この人なら信頼できる。この人なら僕を守ってくれる。そう思った僕はお父様にわがままを言って、ロジェを治療して、召し抱えたんだ」

 僕はずっと、ローラン様はなぜロジェをここまで信頼しているのかと不思議に思っていた。
 でも、この話を聞くとそれまでのことが全て納得できたのだった。

 ロジェがうっとりとため息を吐く。

「ああ、あのときは幸せでした。これからは堂々と世界一美しい宝石のおそばにいられる。宝石と言葉を交わすことができる。日の当たる場所でじっくりと宝石を眺めることができる。それだけで充分でしたのに……」

 そしてロジェがじだんだを踏んだ。

「今やローラン様のペニスを口に含むことまで許され……! その上っ、ローラン様が愛する人とする性交のお手伝いまでさせていただけるなんてっ、私っ、もうっ……! 世界一幸せですっ、私!」

 僕とローラン様は、虚無の表情で空を眺めていた。

「ローラン様……。本当にこの人を信頼してもいいのでしょうか……」
「まあ、大丈夫だろう……。しかし……こいつにはもうペニスは咥えさせたくないかな……」
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