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弟から手紙が届きました
第四十九話
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僕は、さっきからずっと気になっていたことをおそるおそる尋ねた。
「あのぅ……。ロジェさん……?」
「はい。なんでしょう?」
「あのですね……その……僕、見ちゃったんです……その……」
僕は唾を呑み込み、大声で言った。
「借金取りのアジトに……いっぱい、そのっ……血のあとがぁ……」
ロジェとローラン様がギクッと体を強張らせる。しかしすぐ、ロジェがいつも以上の笑顔で答えた。
「エディ。借金取りのアジトというのはだいたい血にまみれていてですね。あなたにこんなことを言うのは気が引けますが、借金が返せなくなった人を痛めつけたりとかですね、人買いが買ってくれなかった奴隷を面白半分にいたぶったりと――」
「ロジェ、気付いていましたか? ロジェとローラン様が歩いたところだけに、血の足跡が残っていたんです……」
そう言って、僕は馬車の床を指さした。僕の足跡は残っていないのに、ロジェとローラン様の靴跡だけわずかに残っている。
ずっと二人のうしろを歩いていたからすぐに気付いた。牢屋から出たばかりのときは、もっとくっきり足跡が残るくらい、二人の靴裏にはべったり血が付着していた。
……それに、アジトの中には不自然なほど人がいなかった。あの親玉も、あの手下もだ。
ロジェはニコニコしたまま押し黙った。
「あの……その、あなたたちは、借金取りを、こ、ころ、殺……」
ローラン様に疑いが及ぶのだけは耐えられなかったのだろう。ロジェはすぐさま訂正した。
「私が皆殺しにしました。ローラン様は一切手を汚しておりません」
「や、やっぱり……」
「私のことを軽蔑しましたか?」
僕は首を横に振った。ローラン様と僕を助けに来てくれたロジェに、感謝以外の言葉なんて出てこない。
「あの、ロジェさん……。これから僕は、借金を誰に返せば……」
僕がそう言うと、ロジェが噴き出した。
「あなたって素直で良い子ですねえ!」
「で、でも……。相手がひどい人たちでも、借りたお金はちゃんと返さないと……」
「私がみんな殺してしまったんです。返す人はいませんよ」
それに、とロジェが付け足した。
「あなた、親御さんからちゃんと借金の額を聞いていましたか?」
「い、いいえ……。借金があることは聞いていましたが、額までは……」
「そうでしょうね。あなた、今いくら借金があるのです?」
「えっと……だいたい、金貨五千枚くらいです……」
「あらあら。多額とは聞いていましたがそんなに」
うぇぇ……。ローラン様の前でこんなこと言いたくないよ……。
僕の借金額を聞いて、ロジェがにっこり笑う。
「エディ。大人は子どもを簡単に騙すことができるのですよ。世間知らずな貧乏人ならなおさらね」
「……?」
「借金取りも仕事で金貸しをしているのです。返せる見込みのない貧乏人に金貨五千枚も貸すわけありません。貧乏人に貸せるお金はせいぜい金貨五百枚くらいまでですよ」
「え……? え、でも、だって、借金取りがそう言って……」
「だから言っているでしょう? あなたは騙されていたのです」
ロジェはそう言いながら、僕の手を優しく撫でた。
「私が思うに……。エディのお母さんはオメガでしたね? その彼女が毎晩身を売っていたのです。きっと、彼女が生きている間に借金はほぼ返せていたと思います」
「え……」
「彼女が亡くなったのを良いことに、何も知らない子ども――あなたに、嘘の多額の……それも到底返せないような借金額を言ったのですよ。なぜだか分かりますか?」
「一生僕からお金を取るため……?」
「いいえ。あなたを売るためです」
ロジェがじっと僕の目を覗き込む。
「あなた、気付いていないでしょうが……相当きれいな顔立ちをしているのです。幼い頃からきっとそうだったのでしょう。だから借金取りに目を付けられて、ありもしない借金を吹っ掛けられたのですよ」
「そ、そんな……」
「そんな面倒なことをせずとも、勝手に誘拐すればよかったですのにね。妙に真面目な――」
脚をローラン様に蹴られ、ロジェが咳ばらいをした。
「ともかく。あなたはもう充分すぎるほどお金を返していると思いますよ。それでも気になるのであれば、毎月の返済額と同じ額を、侯爵家に寄付してください。そうしたら、貧しい人たちを支援する費用に充てますから」
「……はい。そうします」
「ですがその前に、ご自身のおうちをどうにかしないといけませんよ」
「そうでした……」
「はい。あなたのご家庭に余裕ができてから、私がお金を受け取りましょう」
「……ありがとうございます、ロジェさん」
本当はなかったはずの借金を返すために、家族に苦しい思いをさせていたのか、とか。
そもそも本当にあの借金額は嘘だったのか、とか。
考えていたらキリがないけれど、今となってはもう、考えても仕方がない。
僕はロジェの言うことを信じて、これからは自分の家族のために、余裕ができたら貧しい人たちのために、お金を使っていくことに決めた。
「あのぅ……。ロジェさん……?」
「はい。なんでしょう?」
「あのですね……その……僕、見ちゃったんです……その……」
僕は唾を呑み込み、大声で言った。
「借金取りのアジトに……いっぱい、そのっ……血のあとがぁ……」
ロジェとローラン様がギクッと体を強張らせる。しかしすぐ、ロジェがいつも以上の笑顔で答えた。
「エディ。借金取りのアジトというのはだいたい血にまみれていてですね。あなたにこんなことを言うのは気が引けますが、借金が返せなくなった人を痛めつけたりとかですね、人買いが買ってくれなかった奴隷を面白半分にいたぶったりと――」
「ロジェ、気付いていましたか? ロジェとローラン様が歩いたところだけに、血の足跡が残っていたんです……」
そう言って、僕は馬車の床を指さした。僕の足跡は残っていないのに、ロジェとローラン様の靴跡だけわずかに残っている。
ずっと二人のうしろを歩いていたからすぐに気付いた。牢屋から出たばかりのときは、もっとくっきり足跡が残るくらい、二人の靴裏にはべったり血が付着していた。
……それに、アジトの中には不自然なほど人がいなかった。あの親玉も、あの手下もだ。
ロジェはニコニコしたまま押し黙った。
「あの……その、あなたたちは、借金取りを、こ、ころ、殺……」
ローラン様に疑いが及ぶのだけは耐えられなかったのだろう。ロジェはすぐさま訂正した。
「私が皆殺しにしました。ローラン様は一切手を汚しておりません」
「や、やっぱり……」
「私のことを軽蔑しましたか?」
僕は首を横に振った。ローラン様と僕を助けに来てくれたロジェに、感謝以外の言葉なんて出てこない。
「あの、ロジェさん……。これから僕は、借金を誰に返せば……」
僕がそう言うと、ロジェが噴き出した。
「あなたって素直で良い子ですねえ!」
「で、でも……。相手がひどい人たちでも、借りたお金はちゃんと返さないと……」
「私がみんな殺してしまったんです。返す人はいませんよ」
それに、とロジェが付け足した。
「あなた、親御さんからちゃんと借金の額を聞いていましたか?」
「い、いいえ……。借金があることは聞いていましたが、額までは……」
「そうでしょうね。あなた、今いくら借金があるのです?」
「えっと……だいたい、金貨五千枚くらいです……」
「あらあら。多額とは聞いていましたがそんなに」
うぇぇ……。ローラン様の前でこんなこと言いたくないよ……。
僕の借金額を聞いて、ロジェがにっこり笑う。
「エディ。大人は子どもを簡単に騙すことができるのですよ。世間知らずな貧乏人ならなおさらね」
「……?」
「借金取りも仕事で金貸しをしているのです。返せる見込みのない貧乏人に金貨五千枚も貸すわけありません。貧乏人に貸せるお金はせいぜい金貨五百枚くらいまでですよ」
「え……? え、でも、だって、借金取りがそう言って……」
「だから言っているでしょう? あなたは騙されていたのです」
ロジェはそう言いながら、僕の手を優しく撫でた。
「私が思うに……。エディのお母さんはオメガでしたね? その彼女が毎晩身を売っていたのです。きっと、彼女が生きている間に借金はほぼ返せていたと思います」
「え……」
「彼女が亡くなったのを良いことに、何も知らない子ども――あなたに、嘘の多額の……それも到底返せないような借金額を言ったのですよ。なぜだか分かりますか?」
「一生僕からお金を取るため……?」
「いいえ。あなたを売るためです」
ロジェがじっと僕の目を覗き込む。
「あなた、気付いていないでしょうが……相当きれいな顔立ちをしているのです。幼い頃からきっとそうだったのでしょう。だから借金取りに目を付けられて、ありもしない借金を吹っ掛けられたのですよ」
「そ、そんな……」
「そんな面倒なことをせずとも、勝手に誘拐すればよかったですのにね。妙に真面目な――」
脚をローラン様に蹴られ、ロジェが咳ばらいをした。
「ともかく。あなたはもう充分すぎるほどお金を返していると思いますよ。それでも気になるのであれば、毎月の返済額と同じ額を、侯爵家に寄付してください。そうしたら、貧しい人たちを支援する費用に充てますから」
「……はい。そうします」
「ですがその前に、ご自身のおうちをどうにかしないといけませんよ」
「そうでした……」
「はい。あなたのご家庭に余裕ができてから、私がお金を受け取りましょう」
「……ありがとうございます、ロジェさん」
本当はなかったはずの借金を返すために、家族に苦しい思いをさせていたのか、とか。
そもそも本当にあの借金額は嘘だったのか、とか。
考えていたらキリがないけれど、今となってはもう、考えても仕方がない。
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