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弟から手紙が届きました
第四十五話
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◇◇◇
「ん……」
硬い地面の上で目が覚めた。記憶が混濁していてしばらくぼうっとしていたが、だんだんと意識がはっきりしてくる。
僕は気を失う直前のことを思い出し、顔を真っ青にして飛び起きた。
「っ……」
あたりを見回すまでもなく、自分が置かれている状況を悟った。
薄暗闇の中でかろうじて見える、目の前に広がる格子。砂埃の舞う地面には汚れた藁が敷かれている。格子の近くにある皿には、パンがひとかけら載っている。
――僕は今、檻の内側にいる。借金取りに捕まったんだ。
「目が覚めたか?」
背後から聞きなれた声がして、僕は絶句した。
振り返るとやはり――
「……ローラン様……」
「おはよう、エディ。良い夢は見れたか?」
ローラン様も同じ檻の中に閉じ込められていた。乱暴をされたのか、頬が腫れている。
僕はローラン様に駆け寄り、手を握った。
「ローラン様……! 申し訳ありません……! 僕のせいでこんな――」
「気にするな。誘拐されるのは初めてじゃない」
ローラン様いわく、誘拐されたのはこれで三度目だという。どうりでやけに冷静なわけだ。
「安心しろ。借金取りは、エディに加え、僕という絶世の美少年を誘拐できて大喜びだったよ。だからモーリスたちにまでは手を伸ばさなかった。彼らは今のところ無事だ」
「モーリスたちが無事なのはほんとに嬉しいんですが、モーリス様をこんな目に合わせてしまっているので全く安心できません!」
「まあ、なんとかなるだろう。今までなんとかなってきたし」
ローラン様はそう言って、まるで自分の部屋にいるときのようにくつろぎ始めた。
かたや僕は、牢屋の隅で塞ぎこんでいる。そんな僕にローラン様が言った。
「エディ。後悔しても意味はない。そんなものでは、誰も助からない」
「……」
「今日、家の様子を見に行ってよかった。そうじゃなければ事態はもっと悪化していただろうな」
「はい……。でも……」
セリーヌの体の傷は元には戻らない。モーリスも、他の子たちも、これまでたくさん苦しめてしまった。
その上ローラン様をこんな目に遭わせてしまうなんて……
今でも充分最悪の事態だ。このままでは、僕はおろかローラン様まで売り飛ばされてしまう。弟たちも助けられない。
僕は……兄としても、ボーイとしても、失格だ。
黙り込んでいる僕を、ローラン様は優しく抱きしめてくれた。
「かわいそうなエディ……。君は自分のことより、弟たちや僕のことばかり心配しているね」
「自分のことなんてどうでもいいです……。僕の身ひとつでどうにかなればいいんですけど……。せめてローラン様だけでもここから出さないと……」
僕の言葉に、ローラン様が失笑する。
「それは難しいだろうな。君もとてもきれいだけれど、僕のほうが美しいから」
「それは分かってますけどぉ……! だから悩んでいるんですよ!! 借金取りがローラン様を手放すわけがないから……」
「僕のことは気にするな。むしろ僕は、僕とエディを拉致した借金取りが不憫でならないよ」
「……?」
どうして? と聞こうとして口を開いたとき、借金取りがやってきた。
借金取りは格子越しにニヤニヤしながら僕の顔を見る。
「おはようエディちゃん~。やっと会えたね~。探したんだよ? 今までどこ行ってたのー」
「……」
「なんか前よりもっときれいになったね~? こりゃあ値上げしてもよさそうだ。ヒヒッ」
それから借金取りがローラン様を舐め回すように見る。
「この子、エディちゃんのお友だち? すんげぇ上玉じゃねえか。なあ?」
ローラン様は退屈そうに受け答えした。
「ああ。よく言われる」
「ん~! 生意気なところも可愛いなあ~!! こりゃあびっくりするほどの値がつくぜぇ!」
物怖じする様子もなく、ローラン様がニッと笑う。
「中途半端な値で売ろうものなら容赦しないぞ」
「ヘッヘ! なんだテメェたまんねえなあオイ!!」
そこに、借金取りの親玉がやってきた。
親玉は僕とローラン様をじろじろ見てから、鼻の下を伸ばす。
「へえ。お前どこでこんな良いモン拾ってきたんだ。どっちも高値で売れるなあ、オイ」
「ヘイ! こっちはずっと目ェ付けてたヤツですわ! で、こっちはオマケでついてきたんす!」
「豪華なオマケだなあ、オイ。……買い手は決まってんのか?」
「ヘイ! こっちは決まってます! オマケの方はまだですが……すぐ決まりますよ!」
「だろうなあ」
ムキムキの大人二人に見下ろされ、気持ち悪い目つきで品定めされている。怖くて震えが止まらない。
「ヒヒッ。こっちのガキ、ブルブル震えてちびっちまいそうじゃねえか! 可愛いなあ~」
「ねぇ! 可愛いっすよねえ~! ヒヒッ」
「オマケのガキはずいぶん余裕だなあ。こういう強がったガキが泣くのが一番良いんだ」
親玉が手下に耳打ちする。
「どうだ。売る前にいっぺん楽しんどかねえか」
「ヒヒッ! 良いんすかあ!?」
「おうよ。こんな上玉のガキなんざ次いつ手に入るか分かんねえしなあ」
ゾッとした。この人たち、僕とローラン様を……
僕はローラン様に飛びつき、借金取りから隠すように抱きしめた。
「ぼっ……ぼぼ、僕なら、いくら好きにしてもいいです……!! で、でで、でもっ、この方だけにはっ、手を出さないでくだ、ください!!」
親玉がヒューと口笛を吹き、大声で笑う。
「たまらんなあ!! あんなにビビッてるくせに、いっちょまえに庇ってやがんぞ!!」
「ヘヘッ! エディはいつもそんなんですぁっ! ブルブル震えながら弟たち守って……それがもう可愛いのなんのって! 弟の次はオトモダチを守ってらぁ! かんわいいなあ~!」
指を指されて笑われて。屈辱と恐怖に、涙がこぼれた。
「ひぅ……ひぅぅ……っ」
胸元で、ローラン様が不機嫌そうな声を出す。
「おい……エディ。何を勝手なことを言っている」
「だ、大丈夫ですからね、ローラン様……っ。ロ、ロロ、ローラン様は、僕が、お、お守りします、から……!」
「ふざけるな。こんなヤツらにエディを好き勝手させてたまるか」
ローラン様はそう言って、僕を突き飛ばした。
そして立ち上がり、自ら格子の前まで歩いていく。
「ローラン様!? 下がってください!」
「うるさい。僕に命令するな」
ローラン様は親玉を見据え、ハンッと鼻で笑った。
「お前たち、二人とも僕が相手してやる。その代わりエディには手を出すな」
「ん……」
硬い地面の上で目が覚めた。記憶が混濁していてしばらくぼうっとしていたが、だんだんと意識がはっきりしてくる。
僕は気を失う直前のことを思い出し、顔を真っ青にして飛び起きた。
「っ……」
あたりを見回すまでもなく、自分が置かれている状況を悟った。
薄暗闇の中でかろうじて見える、目の前に広がる格子。砂埃の舞う地面には汚れた藁が敷かれている。格子の近くにある皿には、パンがひとかけら載っている。
――僕は今、檻の内側にいる。借金取りに捕まったんだ。
「目が覚めたか?」
背後から聞きなれた声がして、僕は絶句した。
振り返るとやはり――
「……ローラン様……」
「おはよう、エディ。良い夢は見れたか?」
ローラン様も同じ檻の中に閉じ込められていた。乱暴をされたのか、頬が腫れている。
僕はローラン様に駆け寄り、手を握った。
「ローラン様……! 申し訳ありません……! 僕のせいでこんな――」
「気にするな。誘拐されるのは初めてじゃない」
ローラン様いわく、誘拐されたのはこれで三度目だという。どうりでやけに冷静なわけだ。
「安心しろ。借金取りは、エディに加え、僕という絶世の美少年を誘拐できて大喜びだったよ。だからモーリスたちにまでは手を伸ばさなかった。彼らは今のところ無事だ」
「モーリスたちが無事なのはほんとに嬉しいんですが、モーリス様をこんな目に合わせてしまっているので全く安心できません!」
「まあ、なんとかなるだろう。今までなんとかなってきたし」
ローラン様はそう言って、まるで自分の部屋にいるときのようにくつろぎ始めた。
かたや僕は、牢屋の隅で塞ぎこんでいる。そんな僕にローラン様が言った。
「エディ。後悔しても意味はない。そんなものでは、誰も助からない」
「……」
「今日、家の様子を見に行ってよかった。そうじゃなければ事態はもっと悪化していただろうな」
「はい……。でも……」
セリーヌの体の傷は元には戻らない。モーリスも、他の子たちも、これまでたくさん苦しめてしまった。
その上ローラン様をこんな目に遭わせてしまうなんて……
今でも充分最悪の事態だ。このままでは、僕はおろかローラン様まで売り飛ばされてしまう。弟たちも助けられない。
僕は……兄としても、ボーイとしても、失格だ。
黙り込んでいる僕を、ローラン様は優しく抱きしめてくれた。
「かわいそうなエディ……。君は自分のことより、弟たちや僕のことばかり心配しているね」
「自分のことなんてどうでもいいです……。僕の身ひとつでどうにかなればいいんですけど……。せめてローラン様だけでもここから出さないと……」
僕の言葉に、ローラン様が失笑する。
「それは難しいだろうな。君もとてもきれいだけれど、僕のほうが美しいから」
「それは分かってますけどぉ……! だから悩んでいるんですよ!! 借金取りがローラン様を手放すわけがないから……」
「僕のことは気にするな。むしろ僕は、僕とエディを拉致した借金取りが不憫でならないよ」
「……?」
どうして? と聞こうとして口を開いたとき、借金取りがやってきた。
借金取りは格子越しにニヤニヤしながら僕の顔を見る。
「おはようエディちゃん~。やっと会えたね~。探したんだよ? 今までどこ行ってたのー」
「……」
「なんか前よりもっときれいになったね~? こりゃあ値上げしてもよさそうだ。ヒヒッ」
それから借金取りがローラン様を舐め回すように見る。
「この子、エディちゃんのお友だち? すんげぇ上玉じゃねえか。なあ?」
ローラン様は退屈そうに受け答えした。
「ああ。よく言われる」
「ん~! 生意気なところも可愛いなあ~!! こりゃあびっくりするほどの値がつくぜぇ!」
物怖じする様子もなく、ローラン様がニッと笑う。
「中途半端な値で売ろうものなら容赦しないぞ」
「ヘッヘ! なんだテメェたまんねえなあオイ!!」
そこに、借金取りの親玉がやってきた。
親玉は僕とローラン様をじろじろ見てから、鼻の下を伸ばす。
「へえ。お前どこでこんな良いモン拾ってきたんだ。どっちも高値で売れるなあ、オイ」
「ヘイ! こっちはずっと目ェ付けてたヤツですわ! で、こっちはオマケでついてきたんす!」
「豪華なオマケだなあ、オイ。……買い手は決まってんのか?」
「ヘイ! こっちは決まってます! オマケの方はまだですが……すぐ決まりますよ!」
「だろうなあ」
ムキムキの大人二人に見下ろされ、気持ち悪い目つきで品定めされている。怖くて震えが止まらない。
「ヒヒッ。こっちのガキ、ブルブル震えてちびっちまいそうじゃねえか! 可愛いなあ~」
「ねぇ! 可愛いっすよねえ~! ヒヒッ」
「オマケのガキはずいぶん余裕だなあ。こういう強がったガキが泣くのが一番良いんだ」
親玉が手下に耳打ちする。
「どうだ。売る前にいっぺん楽しんどかねえか」
「ヒヒッ! 良いんすかあ!?」
「おうよ。こんな上玉のガキなんざ次いつ手に入るか分かんねえしなあ」
ゾッとした。この人たち、僕とローラン様を……
僕はローラン様に飛びつき、借金取りから隠すように抱きしめた。
「ぼっ……ぼぼ、僕なら、いくら好きにしてもいいです……!! で、でで、でもっ、この方だけにはっ、手を出さないでくだ、ください!!」
親玉がヒューと口笛を吹き、大声で笑う。
「たまらんなあ!! あんなにビビッてるくせに、いっちょまえに庇ってやがんぞ!!」
「ヘヘッ! エディはいつもそんなんですぁっ! ブルブル震えながら弟たち守って……それがもう可愛いのなんのって! 弟の次はオトモダチを守ってらぁ! かんわいいなあ~!」
指を指されて笑われて。屈辱と恐怖に、涙がこぼれた。
「ひぅ……ひぅぅ……っ」
胸元で、ローラン様が不機嫌そうな声を出す。
「おい……エディ。何を勝手なことを言っている」
「だ、大丈夫ですからね、ローラン様……っ。ロ、ロロ、ローラン様は、僕が、お、お守りします、から……!」
「ふざけるな。こんなヤツらにエディを好き勝手させてたまるか」
ローラン様はそう言って、僕を突き飛ばした。
そして立ち上がり、自ら格子の前まで歩いていく。
「ローラン様!? 下がってください!」
「うるさい。僕に命令するな」
ローラン様は親玉を見据え、ハンッと鼻で笑った。
「お前たち、二人とも僕が相手してやる。その代わりエディには手を出すな」
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