上 下
25 / 66
侯爵令息の様子がおかしいです

第二十五話

しおりを挟む
「――……」

 ほんの少し、たった数秒のできごとだった。
 ローラン様の柔らかな唇が、僕の唇にそっと触れた。

 唇が触れ合ったあと、僕たちは何も言えず、目も合わせられず、伏し目がちに黙り込んだ。

「……」
「……」
「いやだったか?」
「……いやじゃ、ありません」
「そうか」

 ローラン様は気恥ずかしそうに笑う。

「キスしてしまった」
「は、はい……っ」

 ガチガチになっている僕の顔を、ローラン様が覗き込む。

「もしかして……はじめてだったか?」
「はいぃ……。もう、死んでしまうかと……っ」
「ふふ。悪いことをしてしまった」

 どうしてだろう。ロジェと性交するときよりも、ローラン様とキスしたときの方が比べ物にならないほどドキドキした……!
 ローラン様の唇、柔らかかった。それにすごく優しいキスだった……!
 うわぁぁぁ……。こんなことをされたら、どんどんローラン様のことで頭がいっぱいになってしまう。

 ローラン様が遠くを眺めながら、ほう……と吐息を漏らした。

「……自分からキスしたいと思う日が来るなんて」

 そして、照れ笑いを浮かべる。

「エディのことが、日に日に特別になっていく」


 ◇◇◇


 ローラン様との甘い時間を過ごしたその夜。
 自室に戻ると、ソファで読書をしているロジェがいた。
 僕はその本を払い落とし、ロジェの膝の上に乗った。
 目を血走らせている僕の形相に、ロジェが顔をひきつらせる。

「ど、どうしたんですエディ……。顔が怖いですよ」
「ロジェさん……僕は近いうちに死ぬかもしれません」
「なんですか急に。何かありましたか?」
「ありました……」

 今日のできごとを聞いたロジェは、興奮しすぎて鼻血を垂らした。

「ローラン様からキスを……? ンッ……!! 見たかった……!!」
「今日のローラン様はすごかったです……あれで好きにならない人がいるでしょうか……」
「いないですよ。あなたはよくやっています。すごいです」

 それより、とロジェが僕の唇をつついた。

「感謝してください。あなたの唇にだけは手を出さなかった私に」
「むぅ……」
「おかげで初キッスを好きな相手とできたではありませんか」
「そ、そうですけどぉ……。あなたにお礼を言うのは癪です……」
「確かに。ふふ」

 そして、僕の顔をぐいと引き寄せる。

「さて。初キッスも終わらせたことですし、そろそろ私もしていいですかね」
「えっ!? やめてください!! ローラン様の感触を忘れたくないんですが!?」
「冗談ですよ。私、そこまで鬼じゃありませんから」
「もう……」
「でも私の口はローラン様のペニスを咥えているのですよ? 間接的に味わいたくないですか?」
「下世話なことを言うのはやめてください!!」
「これも冗談です」

 ロジェはケタケタ笑いながら、僕を抱きかかえてベッドに上がった。

「んん。そろそろあなたとの関係も終わりが近そうな予感がしますねえ」
「どういうことです? 困りますよ、そんなの」
「あら? そんなに私との関係を続けたいですか?」
「そうじゃなきゃ、誰に発情を治めてもらえばいいんですか」
「いるじゃありませんか。あなたの唇を奪った相手が」
「っ……ちょっと! からかわないでください!!」
「これは冗談ではないんですがねえ」

 そうだ。僕はローラン様に大きな隠し事をしている。
 僕が本当はオメガだということを……。

 ローラン様がそれを知ったら……

「きっと……嫌われてしまいます」

 ローラン様はオメガのことが大嫌いだ。
 僕がはじめてローラン様の部屋を訪れたとき、ローラン様がオメガに罵声を浴びせていたことは今でもはっきりと覚えている。
 僕がオメガだと知れば、きっと僕のことも嫌いになるに違いない。

 《僕に近寄るな!! 汚らわしいオメガが!!》

 ――あんな言葉を向けられるかもしれないと考えるだけで、ちょっと泣きそうになる。

「ローラン様は、僕のことを純情な男の子だと思っています」
「……そうですね」
「ひとつもそんなことないのに……」

 毎晩ロジェと抱き合い、発情期が来れば理性を失うほどの欲情に駆られる。
 本当の僕を知ってもなお、ローラン様が僕に好意を寄せてくれるとはとても思えない。

「今のまま、ずっと一緒にいれたらいいのに」

 どきどきしながらハグをして、ちゅっとキスする。

「今の関係が、僕もローラン様も一番幸せでいられると思うんです……」
「そうでしょうか」

 ロジェは上体を起こし、僕の頬を撫でる。

「あなた、やはりローラン様のことを何も分かっていらっしゃらないのですね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】

ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。 ※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※ エロのみで構成されているためストーリー性はありません。 ゆっくり更新となります。 【注意点】 こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。 本編と矛盾が生じる場合があります。 ※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※ ※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※ 番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。 ※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※ ※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※ ★ナストが作者のおもちゃにされています★ ★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★ ※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※ ※頭おかしいキャラが複数います※ ※主人公貞操観念皆無※ 【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します) ・リング ・医者 ・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め) ・ヴァルア 【以下登場性癖】(随時更新します) ・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー ・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト ・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス ・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P) ・【ナストとヴァルア】公開オナニー

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】【R18BL】異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました

ちゃっぷす
BL
Ωである高戸圭吾はある日ストーカーだったβに殺されてしまう。目覚めたそこはαとβしか存在しない異世界だった。Ωの甘い香りに戸惑う無自覚αに圭吾は襲われる。そこへ駆けつけた貴族の兄弟、βエドガー、αスルトに拾われた圭吾は…。 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の本編です。 アカウント移行のため再投稿しました。 ベースそのままに加筆修正入っています。 ※イチャラブ、3P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※ ※倫理観など一切なし※ ※アホエロ※ ※ひたすら頭悪い※ ※色気のないセックス描写※ ※とんでも展開※ ※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※ 【圭吾シリーズ】 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編)←イマココ 「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編) 「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

誕生日会終了5分で義兄にハメられました。

天災
BL
 誕生日会の後のえっちなお話。

処理中です...