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侯爵令息の様子がおかしいです
第二十二話
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実は、侯爵家の庭を散歩するのははじめてだ。
青空の下、手入れされた芝の上を歩くのは気持ちいい。
「ローラン様っ、あそこはなんですか?」
「外で茶会をするための場所だ」
「ローラン様、花園があります!」
「ああ、そうだな」
「何を育てているんでしょう……!」
「気になるか?」
「はい!」
「行ってみるか」
花園には、きれいな花や良い香りがするハーブなどが育てられていた。
中には薬や料理の材料になる高価な植物もあって――
「わぁぁぁ……! これ……! チャービルではありませんか……!!」
「どれだ?」
「これです!」
「……ただの雑草に見える」
貧乏人だとめったにお目にかかれない代物に、僕は興奮しきってしまった。
興奮しすぎてあまり覚えてないけれど、チャービルについてのうんちくを超早口でローラン様に話したことだけうっすらと記憶に残っている。
「ほんとにこの花園はすごいです……! 希少な品種がたくさん植わっているのはもちろんですが、なによりどれも丁寧に手入れされているのが素晴らしい!! 花は美しく咲き誇り、ハーブは最もよい状態で収穫されている……! 庭師さんの、植物とセドラン侯爵家への愛情がみっちり伝わってきます……!!」
「……」
植物を観察しては目を輝かせて早口で感想を述べ、次の植物を観察しては同じことをして……を繰り返す僕。
そんな僕を無表情で眺めるローラン様。
「エディ」
「……はっ!」
ローラン様に声をかけられ、やっと我に返った。
ローラン様を楽しませようと思って庭の散歩を提案したのに、明らかに僕の方が楽しんでしまっていた。
「す、すみません! ぼ、僕……!!」
ローラン様は僕を無視して、いないはずの人の名前を呼んだ。
「ロジェ」
それなのに、ロジェがすっと姿を現す。
「はい」
……この人ずっと気配を消してそばにいたのか。
「庭師を呼べ」
「かしこまりました」
ローラン様に呼ばれたとあり、庭師が全速力で走って来た。
「おっ、お呼びでしょうかローラン様……!!」
「丁寧な仕事をしてくれているようだな」
「えっ、あ、ありがとうございますっ」
「ロジェ。庭師の給金を上げてやれ」
「かしこまりました」
庭師は緊張と感激でがくがく震えている。
「あっ、ありがとうございますっ、ローラン様っ……!!」
「礼はエディに言うんだな。彼以外、お前の良い仕事ぶりに気付いてやれなかった」
続けてローラン様はこう言った。
「エディに、お前が育てた素晴らしい植物を贈りたい。いいか?」
「もちろんです!! どれでもお好きなのをどうぞ!」
そしてローラン様が僕に声をかける。
「エディ。好きなものを選べ」
「えっ、い、いいんですか!?」
「ああ。庭師の許可も得たからな」
「えっ、えっ、じゃあ……チャービルを……!!」
「チャービル……あの雑草か……」
「ローラン様! あれは雑草じゃなくてですね――」
僕が熱弁している間に、庭師がチャービルをいくつか切って持たせてくれた。
「庭師さん……! ありがとうございますぅぅぅぅ……!! あなたが精一杯育てたチャービル、大切に使わせてもらいます!」
「ふふ。我が子をよろしくお願いします。それに、お礼はローラン様に」
「ありがとうございます、ローラン様! ……あれっ?」
さっきまで隣にいたはずのローラン様がいない。
見回すと、少し離れたところでロジェと一緒にいた。
「庭師。こちらに」
「は、はい!」
僕も庭師と一緒にローラン様のところに行った。
ローラン様は一輪の花を指さし、庭師に指示する。
「この花が欲しい」
「かしこまりました」
ローラン様がご所望されたのは、アガパンサスという花だった。
「優雅で洗練されたお花。ローラン様にぴったりです」
僕がそう言うと、ローラン様が少し得意げな表情を浮かべた。(かわいい)
「エディ、この花は好きか?」
「はい! とっても」
「そうか」
ローラン様は一輪のアガパンサスを、僕に差し出した。
「青い太陽のようなこの花が、エディにぴったりだと思った」
「えっ。ぼ、僕に……?」
「ああ。君に贈りたい」
「わ……わ……」
わぁぁぁぁぁ!! わ、わぁぁぁぁっ!!
ローラン様が僕に花をっ、花を贈ってくれたぁぁぁぁっ!!
しかもアガ、アガパ、アガパンサス……!! この人、その意味分かってる!? 分かってないよね!?
僕がガタガタ震えながら、その花を受け取った。
受け取ったあとはじりじりとあとずさり、ロジェの背中にしがみついた。そして顔を押し付け、声が漏れないように叫んだ。
僕の様子を見て、ロジェがクスクス笑う。
「どうやら、エディは分かっているようですね」
ローラン様はちょっと不機嫌そうだ。
「何をだ。それよりエディ、ロジェから離れろ」
「いえいえ。これはあなたが悪いですよ、ローラン様」
「なぜ僕が悪い。花を渡しただけじゃないか」
「ふふ。無知とは怖いですねえ」
「む、無知だとぉ……?」
ロジェは、僕が握っているアガパンサスをそっと撫でる。
「ローラン様。アガパンサスの花言葉をご存じですか?」
「知らない」
「そうでしょう。だから無知だと言ったのです」
「僕をバカにするのはたいがいにして、さっさとその花言葉を教えろ」
ロジェは一息つき、とても優しい目をして囁いた。
「〝恋の訪れ〟」
そのとき、一筋の風が通った。花々が揺れ、かさかさと遠慮がちに音を立てる。まるで花たちもロジェにつられて笑っているようだった。
青空の下、手入れされた芝の上を歩くのは気持ちいい。
「ローラン様っ、あそこはなんですか?」
「外で茶会をするための場所だ」
「ローラン様、花園があります!」
「ああ、そうだな」
「何を育てているんでしょう……!」
「気になるか?」
「はい!」
「行ってみるか」
花園には、きれいな花や良い香りがするハーブなどが育てられていた。
中には薬や料理の材料になる高価な植物もあって――
「わぁぁぁ……! これ……! チャービルではありませんか……!!」
「どれだ?」
「これです!」
「……ただの雑草に見える」
貧乏人だとめったにお目にかかれない代物に、僕は興奮しきってしまった。
興奮しすぎてあまり覚えてないけれど、チャービルについてのうんちくを超早口でローラン様に話したことだけうっすらと記憶に残っている。
「ほんとにこの花園はすごいです……! 希少な品種がたくさん植わっているのはもちろんですが、なによりどれも丁寧に手入れされているのが素晴らしい!! 花は美しく咲き誇り、ハーブは最もよい状態で収穫されている……! 庭師さんの、植物とセドラン侯爵家への愛情がみっちり伝わってきます……!!」
「……」
植物を観察しては目を輝かせて早口で感想を述べ、次の植物を観察しては同じことをして……を繰り返す僕。
そんな僕を無表情で眺めるローラン様。
「エディ」
「……はっ!」
ローラン様に声をかけられ、やっと我に返った。
ローラン様を楽しませようと思って庭の散歩を提案したのに、明らかに僕の方が楽しんでしまっていた。
「す、すみません! ぼ、僕……!!」
ローラン様は僕を無視して、いないはずの人の名前を呼んだ。
「ロジェ」
それなのに、ロジェがすっと姿を現す。
「はい」
……この人ずっと気配を消してそばにいたのか。
「庭師を呼べ」
「かしこまりました」
ローラン様に呼ばれたとあり、庭師が全速力で走って来た。
「おっ、お呼びでしょうかローラン様……!!」
「丁寧な仕事をしてくれているようだな」
「えっ、あ、ありがとうございますっ」
「ロジェ。庭師の給金を上げてやれ」
「かしこまりました」
庭師は緊張と感激でがくがく震えている。
「あっ、ありがとうございますっ、ローラン様っ……!!」
「礼はエディに言うんだな。彼以外、お前の良い仕事ぶりに気付いてやれなかった」
続けてローラン様はこう言った。
「エディに、お前が育てた素晴らしい植物を贈りたい。いいか?」
「もちろんです!! どれでもお好きなのをどうぞ!」
そしてローラン様が僕に声をかける。
「エディ。好きなものを選べ」
「えっ、い、いいんですか!?」
「ああ。庭師の許可も得たからな」
「えっ、えっ、じゃあ……チャービルを……!!」
「チャービル……あの雑草か……」
「ローラン様! あれは雑草じゃなくてですね――」
僕が熱弁している間に、庭師がチャービルをいくつか切って持たせてくれた。
「庭師さん……! ありがとうございますぅぅぅぅ……!! あなたが精一杯育てたチャービル、大切に使わせてもらいます!」
「ふふ。我が子をよろしくお願いします。それに、お礼はローラン様に」
「ありがとうございます、ローラン様! ……あれっ?」
さっきまで隣にいたはずのローラン様がいない。
見回すと、少し離れたところでロジェと一緒にいた。
「庭師。こちらに」
「は、はい!」
僕も庭師と一緒にローラン様のところに行った。
ローラン様は一輪の花を指さし、庭師に指示する。
「この花が欲しい」
「かしこまりました」
ローラン様がご所望されたのは、アガパンサスという花だった。
「優雅で洗練されたお花。ローラン様にぴったりです」
僕がそう言うと、ローラン様が少し得意げな表情を浮かべた。(かわいい)
「エディ、この花は好きか?」
「はい! とっても」
「そうか」
ローラン様は一輪のアガパンサスを、僕に差し出した。
「青い太陽のようなこの花が、エディにぴったりだと思った」
「えっ。ぼ、僕に……?」
「ああ。君に贈りたい」
「わ……わ……」
わぁぁぁぁぁ!! わ、わぁぁぁぁっ!!
ローラン様が僕に花をっ、花を贈ってくれたぁぁぁぁっ!!
しかもアガ、アガパ、アガパンサス……!! この人、その意味分かってる!? 分かってないよね!?
僕がガタガタ震えながら、その花を受け取った。
受け取ったあとはじりじりとあとずさり、ロジェの背中にしがみついた。そして顔を押し付け、声が漏れないように叫んだ。
僕の様子を見て、ロジェがクスクス笑う。
「どうやら、エディは分かっているようですね」
ローラン様はちょっと不機嫌そうだ。
「何をだ。それよりエディ、ロジェから離れろ」
「いえいえ。これはあなたが悪いですよ、ローラン様」
「なぜ僕が悪い。花を渡しただけじゃないか」
「ふふ。無知とは怖いですねえ」
「む、無知だとぉ……?」
ロジェは、僕が握っているアガパンサスをそっと撫でる。
「ローラン様。アガパンサスの花言葉をご存じですか?」
「知らない」
「そうでしょう。だから無知だと言ったのです」
「僕をバカにするのはたいがいにして、さっさとその花言葉を教えろ」
ロジェは一息つき、とても優しい目をして囁いた。
「〝恋の訪れ〟」
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