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侯爵令息の様子がおかしいです

第二十話

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 ロジェが精液をやっっっと僕の中に出してくれたことで、二度目の発情が終わった。
 精液を注がれた僕はそのまま意識を失い、翌朝やっと目が覚めた。

「死んでしまったのかと思いましたよ」

 そんなことを冗談交じりに言うロジェを、僕は睨みつける。

「ロジェさん……あなたひどすぎますよ……っ」
「ふふ。発情が終わった途端そんな怖い顔をして」
「優しく抱くっていう契約じゃなかったでしたっけ!?」
「契約は契約。お仕置きはお仕置きです」

 僕は本気で怒っている。
 発情していることをいいことに、僕に好き勝手させたロジェさんに。
 あああ……発情していた自分を思い出しただけで寒くなる。

「二度とあんなことさせないでくださいっ」
「さあ。どうでしょう」

 そんなやりとりはローラン様の部屋に到着するまで続いた。
 部屋に入ると、不思議そうに首を傾げたローラン様が僕たちに視線を送っていた。

「やけに盛り上がっていたな」
「な、なにがですか!?」
「廊下で騒いでいただろう。聞こえていたぞ」
「わっ……。も、申し訳ありません……!」
「かまわないが……。二人はいつからそんなに親しくなったんだ?」
「親しくなんてありません! 嫌いですっ、こんな人っ」

 そっぽを向いた僕を、ロジェがニヤニヤしながらからかう。

「ほーう。上司に向かってそんな口を利くのですか」
「うっ……」
「これは来月の給金を考えないといけませんねえ」
「ロ、ロジェさんっ!? それは禁断の脅し文句ですよ!!」
「ふふ。私のことを『嫌い』『こんな人』と言った罰です」
「ひどい!! ひどすぎる!!」

 僕たちのやりとりを聞いていたローラン様が、わずかに気を悪くした表情になった。

「ロジェ」
「はい、なんでしょうローラン様」
「身の回りの世話は一人でいい。出ていけ」
「え、私が出て行くのですか」
「ああ」
「エディではなくて……?」
「そうだ。早く出ていけ」
「……かしこまりました」

 ロジェはローラン様にぺこりと会釈してから踵を返した。
 立ち去る前に僕をキッと睨みつけてきたので、仕返しにニヤニヤしてやった。

(ロジェさんには用無しですって。ぷぷ。さようなら)
(良い気になるんじゃありませんよ。ローラン様が最も信頼しているのは私なんですからね)

 コソコソと挑発し合ったあと、ロジェは名残惜しそうに部屋を出て行った。

 僕と二人きりなると、ローラン様が手招きした。

「エディ」
「はいっ」
「こっちに」
「は、はい……!」

 ローラン様の隣に腰掛ける。もたれかかった彼を、前と同じように抱きしめる。
 ローラン様は、僕が彼を助けたあの日から、こうして体を預けるようになった。
 僕はできるだけ遠くに目をやり、鼓動が速まらないように気を付けた。

 ローラン様がそっと僕の腰に腕を回す。

(んっ……! 平常心。平常心。平常心)

 ローラン様から良い匂いがする。アルファのフェロモンとは別の、ハーブの匂い。石鹸だろうか。
 髪もさらさらしていてきれいだ。たとえるなら、風が吹いたときの砂浜みたいな、そんな感じ。
 体はとっても細くて、ちょっと心配になる。ローラン様、あんまり食べないからなあ……。

「エディ」
「はっ……! ごめんなさい!」
「なぜ謝る?」
「い、いえっ。反射的に謝ってしまいました……!」
「ふふ」

 ローラン様のことで頭がいっぱいになっていたのがバレたのかと思った……!

「ロジェと仲が良いんだな」

 えっ。またこの話題をぶり返すの?

「いえ。全然」
「そうかな。そうは見えないが」
「本当に仲良くないですよ。嫌いです」
「エディに嫌われるなんて、ロジェは何をしたんだ?」
「そ、それは」

 言えるわけがない。

「と、特段、理由はないんですが」
「ふうん」

 それから会話が途切れ、しばらく沈黙が続いた。

「……エディ」
「は、はい」
「五日間の休みは長すぎると思わないか」
「え、えっと……」
「まとめて五日間の休みを取る理由はなんだ?」
「そ、れは……」

 もしかして、僕がオメガだと疑っているんじゃ……?
 そう考えた途端、全身から冷や汗が噴き出した。

 ローラン様の手にきゅっと力がこもる。

「まとめて五日じゃなくて、週に一度の休みにしてよ」
「ど、どうしてですか……?」
「……」

 ローラン様は僕の胸の中でもぞりと動いた。

「……エディがいないと寂しいから」
「わ……わっ……」

 わぁぁぁぁぁっ!!
 感情という感情が頭の中を駆け巡り、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
 僕は無意識にローラン様を突き放し、距離を取る。

 ローラン様はぽかんとしていた。

「エ、エディ……どうした……?」
「すみません!! ちょっと待ってください!! 僕は今混乱しているので、落ち着くための時間をください!!」
「どうして混乱する? 僕が何かおかしなことをしたか?」
「しました……! しましたよ……!」
「え、何を?」
「僕がいないと寂しいとおっしゃいました……!」
「それがおかしいのか?」
「おかしいですよ……! だって、そんなの……!」

 僕はローラン様に背を向け、へにゃへにゃとソファにもたれかかる。

「嬉しすぎるじゃありませんか……」
「……」

 僕は唾を呑み込み、おそるおそる打ち明ける。

「ローラン様……あの、僕は……本当は……ローラン様が思っているほど、あなたに興奮しないわけではありません……」
「……」
「だ、だから……その……無防備に僕に体を預けたり……嬉しくなるようなことをおっしゃったりするのは……あまりよくありません……」

 こんなことを言ったらローラン様を怖がらせてしまうだろうか。
 いや、でも、これは僕が過ちを犯す前に伝えといたほうがいい……!

「……や、やっぱり、あなたのお世話役はロジェさんのほうがいいと思います……。あの人はプロですから、あなたにそういう感情は決して――」

 そのとき、僕の背中にローラン様がぴったりとくっついた。

「ひょっ!?」
「僕が何度、こうして君の心音を聞いたと思う?」
「あ……」
「分かっていた、そんなこと」

 そう言って、ローラン様が微笑んだ。

「そうやって忠告する時点で、君は誠実だ」

 こっちを向いてと言われたので、ためらいつつも従った。
 ローラン様は再び、僕の胸にすっぽり収まる。

「……ローラン様」
「なんだ」
「これ以上抱きしめていたら、体が反応してしまいそうですから……」
「見ないふりをしてやるから、もう少しこのままで」

 天使のような顔をして、悪魔のようなことを言う人だ。
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