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家系が火の車です

第三話

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 発情期が終わってすぐ、僕は商人ギルドに足を運んだ。
 カウンターの前に立つと、受付のお姉さんが笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょう?」
「あの、あの……」

 緊張で足がすくむ。僕は唾を呑み込んで、裏返った声で言った。

「しゅ、就職先を探しています!!」

 僕は決意したのだ。
 今のまま閑古鳥が鳴く薬屋で働いていても、いつまで経っても借金を返せない。
 それなら、薬屋はモーリスに任せて、僕は別のところで働いた方が稼げるに違いない。

 来月中に延滞している分の借金を返せなかったら、家族全員売り飛ばされてしまうんだ。
 それを回避できるなら、最悪、僕は男娼になったってかまわない……!

 受付のお姉さんは笑みを浮かべたまま、いくつか質問をした。

「分かりました。ではまず……二次性を教えていただけますか?」
「えっ、お、教えないといけないですか……?」
「はい。求人の条件には、必ずと言っていいほど二次性指定がございますので」
「そ、そうなんですね……。えっと、あの。実は、僕だけじゃなくて兄弟の分も探してて……。えっと、ベータとオメガの両方の求人を見せてもらうことってできますか……?」

 本当は弟も働かせようなんて思っていないけど……!

「かまいませんよ」

 受付のお姉さんは何かをメモしてから、質問を続けた。

「年齢を教えてください」
「えっと……十六歳以下の求人でお願いします……」
「分かりました。ご希望の職種などございますか?」
「と、とにかくお金をたくさんもらえるところがいいです……!!」
「具体的には……?」

 延滞している借金は金貨百枚。抱えている借金は全部で金貨五千枚。(考えるだけで頭が痛くなってきた)
 薬屋の収入は全部生活費に消えてしまうから――

「き、金貨百枚!」
「年間金貨百枚ですか? それなら――」
「い、いいえ! 一カ月で金貨百枚……!」
「一カ月で金貨百枚ですって!?」

 受付のお姉さんは呆れたようにため息を吐き、僕に顔を寄せる。

「あなた。それ本気で言ってる?」
「は、はい……。難しいでしょうか……」
「難しいも何も……無理……」
「え……」

 そんな。無理だなんて。それじゃあ家族がみんな……

「お、お願いします。来月までに用意しないと、借金取りの人が……家族を……」

 それでだいたいのことを察してくれたのか、お姉さんが哀れみをたっぷり込めた目で僕を見た。

「借金があるのね? 金貨百枚?」
「はい……延滞してるのが、百枚……」
「つまり、もっとあると……」
「はい……五千枚……」
「はぁぁぁ……。とりあえず、来月中に金貨百枚を用意しないと、家族が痛い目に見ると……」
「はい……」
「兄弟は何人いるの?」
「僕を入れて……六人です」
「親御さんは?」
「どっちも死にました……」
「……」

 受付のお姉さんは悩みに悩んだ末、震える指で求人の紙をいくつかカウンターに載せた。

「高給だけれど……正直、オススメできないものばかりよ」
「はい……ありがとうございます……」

 受付のお姉さんが、一枚ずつ説明してくれる。

「まずは……冒険者の求人よ。年齢や二次性の条件はなし。働き方によって稼げる額は変わってくるけれど、魔物討伐をメインにできるなら、これが一番手っ取り早く稼げるわ。頑張れば、月に金貨百枚を稼げるかも」
「おお……」
「ただ、当然だけど一番命の危険を伴う職業よ。あなた、武器は使える?」
「全くと言っていいほど使えません……」
「そう……。じゃあ、冒険者は難しいかしら……」
「はい……。他のを……」

 次に説明してくれたのは……予想通り、夜のお仕事だ。

「本当に……本っ当に、十六歳以下の子どもになんて紹介したくないんだけど……。一カ月で金貨百枚稼ぐには、これが確実……」
「……」
「ベータのなら一回で金貨三枚。三十四回お仕事をすれば、金貨百枚稼げるわ」
「は、はい……」
「オメガなら……一回で金貨三十枚。四回お仕事をすればいいわ」

 オメガの一回が思っていたより少ないと思ったけれど、よく見たら女性のオメガ対象の金額だった。
 男性オメガの求人は見当たらない。

「あの……男性オメガだと、どうなるんですか……?」
「男性オメガ? 男性オメガの金額なんて、どうして気にするの?」
「えっ、いや、あの、えっと。ただの好奇心で……」
「ああ、そういうこと。私にも分からないわ。誰も、商人ギルドに男性オメガの求人なんて出さないの。男娼をするような男性オメガには所有者がいて、みんなそっちに声をかけるから」
「……」

 所有者、か。

 沈んだ顔をしている僕に、お姉さんが優しく話しかける。

「安心して。商人ギルドに回ってくるものは比較的安全よ。借金取りや人買いに連れて行かれる人たちとは全然違うから。その分給金も安いけれど……」
「……これは、仲介料も含めた料金ですか?」
「いいえ、差し引いた料金よ」
「それなら、たぶん商人ギルドの方がいっぱいもらえる」
「……」

 怖い。怖いけれど、もうこうするしかないんだ。

「じゃあ……これで――」
「待って」
「……?」
「まだあるわ、求人」

 お姉さんは、最後に一枚の紙をカウンターに置いた。

「十八歳未満のベータ男性限定だけど。セドラン侯爵家が、使用人を募集しているの」
「セドラン侯爵……? 使用人……?」
「セドラン侯爵はこの町の領主様。使用人は、メイド……いえ、男の子だからボーイね」

 お姉さん曰く、セドラン侯爵家は侯爵令息のために、十八歳未満のベータ男性をボーイとして募集しているらしい。
 お給金は月に金貨二十枚だけど(それでもすごい……!)、歩合制だから頑張れば(あと気に入られれば)プラスアルファでもらえるらしい。

「でも……金貨百枚は厳しいですよね……?」
「いいえ。あなたなら、確実に百枚もらえるわ」
「えっ?」

 お姉さんは求人紙に書かれた一文を読み上げる。

「『住み込みの仕事・月末支払です。当面の生活資金として、初月に限り、家に残す家族一人につき金貨二十枚を別途お支払いします』」
「えーーーー!? なんでぇぇぇ!? なんでこんなくれるのーーー!?」
「貧しい家は、日稼ぎでキツキツの仕事をしている人たちがほとんどだからじゃないかしら」
「それにしても金払いがよすぎますよ……」
「侯爵様だからね。お金持ちだから」
「ひぇぇ……。お金持ちしゅごい……」

 こんなの、侯爵様のボーイを選ぶに決まっている。

「僕、ボーイします!」
「分かったわ。でもね……」

 受付のお姉さんがちょっと苦い顔をした。

「応募しても、誰でも採用されるわけじゃないの」
「えっ」
「一度侯爵家のお屋敷に行って、執事と面談をして、気に入られたら採用。気に入られなかったら不採用」
「……」

 お姉さんが僕に顔を寄せ、囁いた。

「ちなみに、今まで面談した人たちは十人いて――」
「……」
「八人が不採用、二人は採用されたけど半月で解雇されたわ」
「……」

 なるほど。お姉さんが、夜のお仕事を「確実に稼げる仕事」と紹介した理由も、ボーイの求人を最後に出した理由もよく分かった。
 ほぼ、ないような求人だからだ。

 それでも――

「応募します!」
「そう、ね。応募するのはタダだから。試しに応募してみましょう」
「はい!」

 覚悟はしていたけれど、夜のお仕事をしなくて済むならそのほうがいい。
 まずは侯爵家ボーイを目指す。これがダメなら夜のお仕事をしよう……!
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