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ナストとフラスト
2話【ナストとフラスト】
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面倒ごとはさっさと済ませてしまいたいとでも言わんばかりに、森の調査は翌日に行われることになった。調査メンバーは、フラスト様、護衛、植物学者、そして僕の四人だ。
僕は与えられた服――紺色の軍服に身を包んだ。外でフラスト様の後ろを歩くなら、身なりだけでもまともにしていろと言われたのだ。しかし僕の体のサイズに合う軍服はなく、ベルトをしっかり締めないとズボンがずり落ちてきてしまう。
ダボダボの軍服を着た僕を見て、フラスト様は鼻で笑った。
「悪いな。子ども用の軍服がなかった」
「僕は子どもじゃありません」
「はっ、そうかい。そうだな。夜になると大人以上だ」
「……」
実は、フラスト様とまともに話したのは昨日が初めてだった。だから彼がこんなにも……こんなにも、僕のことを軽蔑しているなんて知りもしなかった。好まれていないことは分かっていたが……まさかここまでとは。
彼と話していると心が膿むように痛むし、苦しい。
そういえば、僕は今まで一度も誰かに悪意を向けられたことがなかった。
僕は唇を噛み、俯いたまま馬車に乗り込んだ。馬車にはすでに護衛と植物学者が座っていた。彼らは僕をまじまじと見つめ、「ほう」やら「おー」やら漏らしている。
隣に座っている護衛が僕に話しかける。
「君が噂の?」
「噂、ですか?」
「あ、あはは。いや、まあ」
「どんな噂ですか?」
「いやあ、えっと。その」
護衛が口ごもっているときにフラスト様が馬車に乗り、ついでに口を挟んだ。
「〝ヴァルアお気に入りの男娼〟」
「えっ、あっ、いやあ、その」
護衛の口ぶりからして、フラスト様が言ったことは本当に噂になっているのだろう。
「僕は男娼なんかじゃ――」
「いえいえ! それだけじゃないよ! 教会の――」
「〝司祭さえも夢中にさせた名器持ち〟」
またもやフラスト様が横取りした。僕が顔を歪めていると、護衛はさらにフォローしようと口を開く。
「それだけでもない! 絶世の美男子、顔に負けない美しい体、それからすごくエロい下着を付けているとか――」
どこからそんな噂が漏れているんだろう。どれも全然フォローになっていない。当然嬉しくもない。
僕は護衛を無視して植物学者に挨拶することにした。
「はじめまして。ナストといいます。足手まといかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね、ナスト様」
植物学者はおっとりとした口調でそう返し、すぐに調査資料に目を戻した。よかった。彼は僕のことを性的な目で見ていないようだ。
ホッとしたのも束の間、いつの間にか顔を寄せていた護衛が、僕の首元で鼻をヒクつかせた。
「わ。なんか良いにおいする……」
「ちょっと! フラスト様! なんかこの人気持ち悪いです!! 席変えてください!!」
そう訴えてもフラスト様は知らん顔だ。
「仕方ないだろう。お前が悪い」
「どうしてですか!」
「お前が赤ちゃんみたいな匂いを体から発しているからだ」
「僕は赤ちゃんなんかじゃありません!! どうしてみんなそう言うんですか!?」
「お前がそんな匂いを発しているからだろう」
「そもそも赤ちゃんの匂いってなんですか!?」
調査資料を読みながら、植物学者がポソッと呟いた。
「おそらく保湿パウダーのせいでしょうなあ」
「保湿パウダー? まさかお前、未だに幼児用の保湿パウダーを体に塗っているのか……?」
「知りませんよ!! それはアリスに聞いてください!!」
「くだらん。どうでもいい」
司祭様にもヴァルア様にも、赤ちゃんの匂いがすると言われたことがある。それがもし毎朝毎晩体につけられているあの保湿パウダーが原因なら、即刻パウダーを変えてもらわなくてはいけない。なぜなら僕は子どもでも、ましてや赤ちゃんでもないのだから。
目的地に到着した。馬車を降りるなり、フラスト様の指示が飛んでくる。
「護衛はナストを守れ。傷一つでも付けてはいけない。分かったな」
「はい!」
「植物学者は護衛と共に行動し、例の植物を探せ。ついでにナストに植物について教えろ」
「はい」
フラスト様が僕に視線を送る。
「お前は護衛から絶対に離れるな。分かったな」
「は、はい。あの、フラスト様は……?」
「俺は単独で行動をする。二手に分かれた方が効率がいいからな」
「……」
「なんだ。そんな目で俺を見るな鬱陶しい」
僕は一体どんな目でフラスト様を見ていたのだろう。そんな、汚らわしいものを見るみたいに僕を見ないでほしい。
フラスト様は一刻でも早く僕たちと……僕と離れたいようで、足早に森の中に姿を消した。
「僕、どうしてこんなにフラスト様に嫌われているのでしょうか……」
思わずそう呟いてしまった。
すると護衛がアハハと笑い、僕の背中を叩いた。
「気にしないでいいよ! フラスト様とヴァルア様はなんというか……普段からとても仲が悪くてね! というか、フラスト様がヴァルア様のことを毛嫌いしているのかな。だから、ヴァルア様と密接な関係を持つ君のこともちょっとアレなだけだよ。君は悪くない!」
「どうしてフラスト様はヴァルア様のことを嫌いなのでしょうか……」
「さあ? でも兄弟ってそんなもんじゃない?」
護衛の言葉に、植物学者は頷いた。
「大貴族の兄弟関係はかなりややこしいのでね。フラスト様は将来大公様となる長男。大きな責任と重圧をお持ちです。一方、ヴァルア様は三男。それも、自由気ままなお方です。その上大公様のお気に入り。そりゃ、フラスト様は思うところがあるでしょうな」
ましてやヴァルア様は男性の恋人を許された方ですし、と植物学者は付け足した。
「それに、フラスト様はナスト様のことを嫌ってなんかいませんよ。あなたがいないところでは、好意的なことをおっしゃってました。だから本人の前ではあんな態度だったことにびっくりしましたよ」
「まさか」
「本当です。とても美しいとか、目を奪われるから困るとか、そんなことを」
にわかには信じられない。おそらく植物学者の優しさからくる嘘だろう。
ぼんやりと立っている僕に、植物学者が手招きした。
「さ、ナスト様。せっかくの機会です。植物のお勉強をしましょう」
「は、はい!」
そうだ。フラスト様のことで悩まされるためにここに来たわけじゃない。少しでも調査の役に立ちたいし、今後役に立てる知識を身につけておかねば。
「いいですか。これはツユリグサという薬草でして――」
僕は植物学者に教わったことを調査資料の余白にメモをした。
僕は与えられた服――紺色の軍服に身を包んだ。外でフラスト様の後ろを歩くなら、身なりだけでもまともにしていろと言われたのだ。しかし僕の体のサイズに合う軍服はなく、ベルトをしっかり締めないとズボンがずり落ちてきてしまう。
ダボダボの軍服を着た僕を見て、フラスト様は鼻で笑った。
「悪いな。子ども用の軍服がなかった」
「僕は子どもじゃありません」
「はっ、そうかい。そうだな。夜になると大人以上だ」
「……」
実は、フラスト様とまともに話したのは昨日が初めてだった。だから彼がこんなにも……こんなにも、僕のことを軽蔑しているなんて知りもしなかった。好まれていないことは分かっていたが……まさかここまでとは。
彼と話していると心が膿むように痛むし、苦しい。
そういえば、僕は今まで一度も誰かに悪意を向けられたことがなかった。
僕は唇を噛み、俯いたまま馬車に乗り込んだ。馬車にはすでに護衛と植物学者が座っていた。彼らは僕をまじまじと見つめ、「ほう」やら「おー」やら漏らしている。
隣に座っている護衛が僕に話しかける。
「君が噂の?」
「噂、ですか?」
「あ、あはは。いや、まあ」
「どんな噂ですか?」
「いやあ、えっと。その」
護衛が口ごもっているときにフラスト様が馬車に乗り、ついでに口を挟んだ。
「〝ヴァルアお気に入りの男娼〟」
「えっ、あっ、いやあ、その」
護衛の口ぶりからして、フラスト様が言ったことは本当に噂になっているのだろう。
「僕は男娼なんかじゃ――」
「いえいえ! それだけじゃないよ! 教会の――」
「〝司祭さえも夢中にさせた名器持ち〟」
またもやフラスト様が横取りした。僕が顔を歪めていると、護衛はさらにフォローしようと口を開く。
「それだけでもない! 絶世の美男子、顔に負けない美しい体、それからすごくエロい下着を付けているとか――」
どこからそんな噂が漏れているんだろう。どれも全然フォローになっていない。当然嬉しくもない。
僕は護衛を無視して植物学者に挨拶することにした。
「はじめまして。ナストといいます。足手まといかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね、ナスト様」
植物学者はおっとりとした口調でそう返し、すぐに調査資料に目を戻した。よかった。彼は僕のことを性的な目で見ていないようだ。
ホッとしたのも束の間、いつの間にか顔を寄せていた護衛が、僕の首元で鼻をヒクつかせた。
「わ。なんか良いにおいする……」
「ちょっと! フラスト様! なんかこの人気持ち悪いです!! 席変えてください!!」
そう訴えてもフラスト様は知らん顔だ。
「仕方ないだろう。お前が悪い」
「どうしてですか!」
「お前が赤ちゃんみたいな匂いを体から発しているからだ」
「僕は赤ちゃんなんかじゃありません!! どうしてみんなそう言うんですか!?」
「お前がそんな匂いを発しているからだろう」
「そもそも赤ちゃんの匂いってなんですか!?」
調査資料を読みながら、植物学者がポソッと呟いた。
「おそらく保湿パウダーのせいでしょうなあ」
「保湿パウダー? まさかお前、未だに幼児用の保湿パウダーを体に塗っているのか……?」
「知りませんよ!! それはアリスに聞いてください!!」
「くだらん。どうでもいい」
司祭様にもヴァルア様にも、赤ちゃんの匂いがすると言われたことがある。それがもし毎朝毎晩体につけられているあの保湿パウダーが原因なら、即刻パウダーを変えてもらわなくてはいけない。なぜなら僕は子どもでも、ましてや赤ちゃんでもないのだから。
目的地に到着した。馬車を降りるなり、フラスト様の指示が飛んでくる。
「護衛はナストを守れ。傷一つでも付けてはいけない。分かったな」
「はい!」
「植物学者は護衛と共に行動し、例の植物を探せ。ついでにナストに植物について教えろ」
「はい」
フラスト様が僕に視線を送る。
「お前は護衛から絶対に離れるな。分かったな」
「は、はい。あの、フラスト様は……?」
「俺は単独で行動をする。二手に分かれた方が効率がいいからな」
「……」
「なんだ。そんな目で俺を見るな鬱陶しい」
僕は一体どんな目でフラスト様を見ていたのだろう。そんな、汚らわしいものを見るみたいに僕を見ないでほしい。
フラスト様は一刻でも早く僕たちと……僕と離れたいようで、足早に森の中に姿を消した。
「僕、どうしてこんなにフラスト様に嫌われているのでしょうか……」
思わずそう呟いてしまった。
すると護衛がアハハと笑い、僕の背中を叩いた。
「気にしないでいいよ! フラスト様とヴァルア様はなんというか……普段からとても仲が悪くてね! というか、フラスト様がヴァルア様のことを毛嫌いしているのかな。だから、ヴァルア様と密接な関係を持つ君のこともちょっとアレなだけだよ。君は悪くない!」
「どうしてフラスト様はヴァルア様のことを嫌いなのでしょうか……」
「さあ? でも兄弟ってそんなもんじゃない?」
護衛の言葉に、植物学者は頷いた。
「大貴族の兄弟関係はかなりややこしいのでね。フラスト様は将来大公様となる長男。大きな責任と重圧をお持ちです。一方、ヴァルア様は三男。それも、自由気ままなお方です。その上大公様のお気に入り。そりゃ、フラスト様は思うところがあるでしょうな」
ましてやヴァルア様は男性の恋人を許された方ですし、と植物学者は付け足した。
「それに、フラスト様はナスト様のことを嫌ってなんかいませんよ。あなたがいないところでは、好意的なことをおっしゃってました。だから本人の前ではあんな態度だったことにびっくりしましたよ」
「まさか」
「本当です。とても美しいとか、目を奪われるから困るとか、そんなことを」
にわかには信じられない。おそらく植物学者の優しさからくる嘘だろう。
ぼんやりと立っている僕に、植物学者が手招きした。
「さ、ナスト様。せっかくの機会です。植物のお勉強をしましょう」
「は、はい!」
そうだ。フラスト様のことで悩まされるためにここに来たわけじゃない。少しでも調査の役に立ちたいし、今後役に立てる知識を身につけておかねば。
「いいですか。これはツユリグサという薬草でして――」
僕は植物学者に教わったことを調査資料の余白にメモをした。
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