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第2章 いざ異世界

13、なだれこむ(★)

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 まだカイリが百花の世界にいた頃、退院する時医師からは定期的に診察を受けるようにと言われていた。けれど彼が滞在した数ヶ月の間に、それに行くことは一度もなかった。

 カイリ自身はすっかり元気になっていたし、本人の「診せる必要なんてないよ。むしろ何度も病院行ったら、僕がこっちの人間じゃないってばれるかも」という言葉に、それもそうかもと思って足が遠のいていたのだ。

(迂闊だった……。何のために経過観察が必要なのかって言ったら、きっと、こういう事態を招かないようにだったのに)

 カイリの咳き込む音に本能が反応して、百花はまどろみから現実に引き戻された。それまでの眠気が嘘のように吹き飛び、目の前で身体を折り曲げて咳をするカイリを見て、血の気が引いた。

(まさか……再発したってこと? それともやっぱり、ここのカイリはわたしの世界に来たカイリとは別人なの?)
 
 疑問の答えは出ない。
 ただあるのは、カイリが病気であるという事実だけ。

 焦って家を飛び出そうとした百花だったが、玄関のドアをあけて吹き込んで来た冷気に身を縮こまらせた。外套がないと外にはいけないと取りに戻ったところで、カイリがもう階段を降りて追いついて来てしまった。

「どこいくつもり!?」

 カイリはものすごい剣幕で怒っていた。怒鳴られて、その迫力にびくりと身をすくませる。まごついている間にカイリは突進するかのような勢いで百花に近づいてきて、彼女が手にしていた外套をもぎとって床に捨てた。

「あっ、ちょっと──」

 それを拾うべく百花は手を伸ばしたが、身をかがめる前にカイリの腕の中にとらわれてしまった。

「なんで自分のせいなんて言うの」
「だって、カイリ……」

 どう言っていいのかわからずに百花は押し黙った。カイリは力をこめながら「なんで逃げるの」と一段低い声でつぶやいた。

「逃げたわけじゃないよ! わたしに何かできることないかって思って──」
「思って?」
「……それをちょっと落ち着いて考えたくて……」
「それで? 外に出てどこいくつもりだったの」
「……わかんないけど……」
「こんな夜更けに外に出たら危ないに決まってるでしょ」
「──ごめん」

 カイリの言っていることが正論すぎて、ぐうの音も出ない。百花はカイリの腕の中でしおれた。

「別にモモカが気にすることじゃないから」

 カイリは普段通りの調子で言った。

「自分の身体のことはよく知ってる。しばらくは大丈夫だから心配いらない」
「しばらくはって……その後はどうなるの?! こっちの国では死病なんでしょ?」
「仕方ないよ」
「そんなこと言わないで、治す方法探そうよ!」
「治らないよ。魔法もきかないし、薬だってない。かかったら運が悪かったと諦めるしかない」
「そんな!」

 このまま何もできずにカイリの死を看取るなんて、絶対にいやだった。百花はあふれる涙を止めもせずに「諦めたくないよ!」と叫んだ。

「魔法がだめなら、薬を探そうよ! カイリ、あんなに頑張って勉強してたじゃん!  薬草図鑑もう一回調べてーー」

 まくしたてる百花の唇に、急にカイリが自分の唇を押し当ててきた。驚く百花と至近距離で目を合わせて、舌をねじこんでくる。

(な、何!?)

 急な展開に百花の唇はわなないた。その震えごと吸い取るように、カイリが口付けを深める。いつの間にか彼が百花を抱きしめる力は強く、硬直している百花を安心させるように背中をさすっていた。

 彼は相変わらずキスが上手で、長い時間を経て唇が離れた時、百花の息は上がっていた。

「な……なんでこんなこと……」

 混乱する百花に対してカイリは「うるさいから」と一言。その平然とした調子に「何それ!」と百花は文句を言った。

「それより、何かできることを探して……」
「だからそれがうるさいんだってば」

 鬱陶しそうにカイリは顔を歪めた。

「僕はもう病気を受け入れてる。同じ病気の母親をずっと見て来たからね」
「そんなことない! 方法さえ見つければーー」
「またふさぐよ」

 今度は物理的に、カイリが手のひらで百花の口元を押さえた。

「もがもが! もがもがもがーーーー!」

 ちょっと、離してよ! と主張したものの、カイリは冷めた目で彼女を一瞥すると「埒が明かない」と吐き捨てた。

(そりゃこっちだって簡単に引き下がるわけにいかないよ!)
 
 好きな人がみすみす死ぬのを、何もしないで待つなんてできない。とにかくカイリの気持ちを前向きな方向に変えないとーー。
 百花がなおも言い募ろうとすると、不意にカイリの身体が離れた。と思ったら、脇の下と膝の裏に手をさしこまれて抱き上げられる。

「ぎゃあああっ!!」
「……何その奇声」

 見ると間近にカイリの顔がある。横抱きされているという状況に気づき、百花は赤面した。

「なっ、なっ、なん……」
「つかまっててくれる? 階段危ないから」

 言うなりカイリはすたすたと歩き出した。あまりに不安定な体勢に、思わず百花もカイリの首にしがみつく。カイリは軽快に階段を上がって行くと、自分の部屋のベッドで百花をおろした。部屋の中があまりに寒くて、何の感想よりも先に「寒い!」と身を震わせた。本当に寒い。ここがカイリの部屋じゃなければ、即布団をかぶっているところだ。

 カイリは「知ってる」と平坦な調子で答え、ベッドの脇にあるストーブに魔力をこめた。すぐにそこから暖かい空気が噴出されはじめ、ほっと息をついたところで、カイリがベッドに乗り上がってくる。何かおかしいと思った時には、百花は押し倒されていた。

「ど、どういうこと?」

 まさかの展開に全くついていけない。
 さっきまでの会話だって割と険悪だったはずなのに、なぜか真上から見下ろしてくるカイリの表情が意味深なものに変わっている。

「とりあえず、モモカはいろいろと忘れた方がいいね」
「忘れるって何をーー」

 質問の途中で、カイリは百花の服をまくりあげた。厚手のセーターの下に着ている肌着ごとあげられて、ひんやりとした空気が素肌に刺さる。「ちょっと!」と百花はあわてて洋服を元に戻したが「……邪魔しないでくれる?」とカイリににらまれた。

「いやいや、邪魔するでしょ普通! おかしいから! なんで急にこんなーー」
「すれば忘れる」
「その発想、おかしいから! そんな雰囲気じゃなかったじゃん! 無理! ちょっと待って、カイリ! ストップ!」
「こっちも無理だよ」
「無理じゃない!」

 するりと抜け出そうとするも、今度はうつぶせの状態でベッドに身体を押し付けられる。首の後ろを抑えられ、太ももの上にどっかりと座られれば、腕が自由でも何の意味もなかった。なんだか自分が犯罪者として押さえつけられている気さえする。甘さのかけらもない。

「やめて!」

 抗議のためにじたばたする百花を押さえつけたまま、再びカイリは服をまくりあげた。百花が悲鳴をあげるのと同時に背中に舌をはわせてくる。ぞくりとした感覚が百花の全身を巡った。

「や……やだって……」

 ガムシャラに腕を振り回しても、うつぶせの状態ではたかがしれている。カイリはわざと音をたてながら、百花の背中をなめていった。たまに吸い付かれて、その刺激のたびにびくりと百花の身体がはねる。

「カイリ……冗談だよね……?」
「冗談でこんなことするわけないでしょ」
「でも、なんで急にこんな……」
「だからモモカがしつこいからだって。さっきも言ったけど」
「何それ!」

 なんていう言い草だ!
 憤慨してあばれようとすると上からの圧力が強まり、先ほどより濃厚に背中をなぶられる。ものすごく不本意ながら、百花の性感は高められていった。もう流れに身をまかせていいかと半分くらい思い始めたところで、カイリが百花に覆いかぶさるようにして、耳元に口を寄せた。

「ずっとこうしたかった」

 とどめとばかりに、耳をちろりとなめられる。

「んっ……」

 思わず百花の口から声がもれた。下腹部が疼いてしまい、カイリの思惑通りの反応をしてしまったことがくやしい。

「ずるい……」

(絶対嘘だ! こっちのカイリがそんなこと思うわけない!)

 そう思うのに、拒みきれないのが悲しい。
 耳に息を吹きかけられ、百花が体を震わせた瞬間、身体が仰向けに戻った。みるとカイリは今にも泣きそうな顔で百花を見つめている。

「な、なんで……」

 そんな顔するの。驚いて絶句する百花の頬にカイリは唇を寄せた。

「お願いだから、受け入れて」

 そのまま強く抱きしめられて、反射的に背中に手をまわしてしまう。抱きしめて気づいたのは、カイリが身体を震わせていること。

 ここで百花はようやく、一つの可能性に気づいた。

(もしかしてカイリも不安なのかもしれない)

 病気のことを受け入れていると言っても、少しずつ自分の身を蝕まれていくのは想像できないくらいの苦痛だろう。死ぬのを仕方ないと思っていたとしても、死にたいと思っているわけじゃない。

 急にカイリがか細い存在に思えて、百花は自分の腕に力を込めた。
 守ってあげたい、不安を吹き飛ばしてあげたい。
 そう願ってしまえば、もう目の前のカイリを拒絶する選択肢がなくなってしまっていた。

(ほんとわたしって……カイリに弱いなぁ)

 こくりとうなずくと、カイリがその動きにしっかりと気づいて顔をのぞきこんでくる。何か言わないとと思うけれど適切な言葉が思いつかなくて、百花は無言のままカイリに手を伸ばした。それがもう返事として受け取られ、カイリは微笑み、百花の腕にくるまれるよう自ら顔を近づけてくる。
 
 何度もキスをして、次第に深くお互いの口内を探り合う。カイリの手が百花の服の裾からもぐりこみ、胸のふくらみにふれた。

「んっ……」

 ひんやりとした指先が柔らかさを確かめるように、ゆっくりと胸をもみ、やがて頂きに触れてくる。自分のものとは思えない甲高い声で反応してしまい、百花ははっと口を押さえた。

 カイリは嬉しそうに口の端をあげて百花を起き上がらせると、手早く彼女の服を脱がせた。肌が外気にふれて一瞬鳥肌がたったが、先ほどカイリがつけたストーブの熱のおかげで寒くはない。カイリもすぐに上半身裸になって、再び百花に触れてくる。細いけれどしっかり筋肉がついていて、無駄なところがないカイリの身体に、百花は顔を赤らめた。

「……何考えてるの?」

 カイリは再び百花を寝かせ、むきだしの胸に舌をはわせながらささやいた。ちろりと先端をなめながら、上目遣いで百花を見つめて来る。その目には情欲が揺れて、青色が妖しく光って見えた。

 ぞくりと背筋を快感が抜けるのを感じながら「……いろ……いろ」と百花は答える。喘ぎながらだったから、この一言を言うのも一苦労だ。カイリは「ふうん」と目を細めて、手を百花の太ももに移した。

 内腿をなでられても、その先に進まれても、百花は声をあげてしまう。
 下着の内側に指が侵入して、秘めたる場所をなぞられた時は「あぁっ……」と思わず大きな嬌声がもれた。

「……モモカ……」

 熱い息とともに下着もはぎとられ、カイリの指が中へと入って来る。その異物感に百花は再び喘いだ。指が動くたびに下腹部が疼いて、どんどんと何かが溢れてくる感覚がする。久しぶりだからか、念願かなったからか、百花はどうしようもなく濡れていた。

「も……ダメ……」

 すすり泣く百花にカイリは微笑み、指を抜いた。すぐに自分のズボンと下着をはぎとると、自身を百花にあてがう。ぞくりと快感の予感がする。百花はカイリを見つめ「好き」と声に出さずに呟いた。ただそれだけで涙がこぼれた。カイリとは目が合っていなかったから、きっと彼は気づいていない。それで良かった。

 カイリがゆったりと身体をすすめてくる。
 久しぶりだから、割り開かれる痛みがあった。けれど、それでも百花のなかは潤っていたから、難なく彼を受け入れる。全てが入った時、ずんと重い衝撃とともに快感が身体を駆け抜けた。

「……カイリ……」

 キスがしたいと息も絶え絶えになりながら伝えると、カイリは百花の望みを叶え、まるで食べてしまうかのように百花の唇全部を包み込むようなキスを落とした。そのまま律動が始まり、百花の喘ぎは全てカイリの口の中に飲み込まれていく。

「んうっ……」

 最初はゆっくりと探るような動きだったのが、だんだんと強くなっていく。強く突かれた拍子に唇が離れて、そこからはもうカイリは切羽詰まった表情で動いた。悩ましげな顔には普段の少年らしさはない。久しぶりに見た男としてのカイリだった。

「──くっ……」

 カイリが小さくうめいて、百花の中で彼自身が膨張する。それに合わせるように百花の膣も収縮を繰り返した。熱いものを子宮の奥に感じ、満たされていく。

(……好き……)

 心の中でつぶやいて、百花はカイリの背中に手をまわした。汗ばんだ背中は快感の余韻で震えている。力なく百花の上に覆いかぶさるカイリを抱きしめて、百花は目を閉じた。
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