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第2章 いざ異世界
12、不覚(カイリ視点)
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カイリにもたれてかかってきた百花は、半ば目を閉じて今にも眠ってしまいそうだ。ここで寝るのはまずいと、カイリは小さく百花を揺さぶる。
「ちょっと、眠いなら部屋に行くよ」
カイリの呼びかけに「いやまだ……」と百花は不服そうだが、これ以上酒を飲むのは無理だろう。カイリはそう判断して、百花を支えて立ち上がらせた。
「飲みたいならまた違う日に付き合うから」
「やだ、だってまだ……聞いてないし……」
「何を?」
「病気のことぉー」
百花はそこだけ声を張り上げたが、そこからまた意識が沈みそうになっている。カイリはため息をついて「そんなの……話すことなんてないよ」と低い声を落とした。百花は無反応だ。
「……もう」
仕方ないなと呟いて、カイリは百花の前にしゃがんだ。
「ほら、おぶってあげるから乗って」
「えー……うーん……」
ぼやっとしてないでと声をあげると、渋々百花はカイリの背中にしがみついてきた。ふわりと酒と彼女の香りが漂い、カイリの脳を刺激する。しっかりと腕を自分の首元にまわさせて、カイリは立ち上がった。足を持つ時に百花は「スカートが……」と恥じらいを見せたが「長い丈なんだから気にしなくていいでしょ」とカイリはぴしゃりと言い放つ。しかもスカートの下にもショースという長い靴下を履いているのだから、そう心配することはない。カイリ自身そう言い聞かせながら、百花をおぶって彼女の自室へと連れて行った。
「ほら」
少々手荒にベッドの上におろして、靴だけは脱がせてやる。移動の間に百花は完全に眠ってしまったようで、荒い呼吸を繰り返すだけで特に反応はなかった。
「慣れないことするから……」
カイリは苦笑しながら、百花に布団をかけた。クッション型の暖房器具にも魔力を注入して、もぐしてやる。部屋の中は冷え込んでいたが、布団の中はあたたかくなるだろう。
しばらくカイリは眠る百花の顔を眺めていたが、ベッドの端に腰をおろすと、そっと手のひらを百花の頬にそわせた。白くきめ細かい肌は、カイリの手にすいつくようだった。
彼女はいつのまにかカイリの心の内側に潜り込んで来た。最初はいやで仕方なかったのに、いつのまにか絆されていて、大事な存在になっている。
だからこそ、病気のことを知られるわけにはいかなかった。
穏やかな寝顔は安らかで、無性に彼女に触れたくなった。頬の柔らかさだけでなく、他の部分も、もっと知りたい。昨日触れた唇の柔らかさを思い出してしまい、そうなったら止められなかった。
「ごめんね」
そっとつぶやいて顔を寄せていく。彼女の唇は昨日と同じで弾力があり、今はエールの香りがした。何度も角度を変えて口付けていると「うぅ……ん」と彼女が身じろぎした。うっすら目が開いてカイリを見つめたが、まだぼんやりしているようですぐにまぶたがおりる。
「──おやすみ、モモカ」
最後に頬をなでてから立ち上がり、カイリは部屋に出ようとした。ドアを開けようとしたところで、忌まわしい感覚におそわれる。
あ、と気づいた時には咳がこみあげてきた。
どうやら酒を飲んだせいで、身体の抵抗力が低下してしまったようだ。治癒魔法が解けてしまった。
ごほっ、ごほっと体を折り曲げるように咳こんでしまう。早く治癒魔法をかけるか、この部屋を出ないと……そう思いながらも咳に付き合っていると「……カイリ!」という泣きそうな声がした。
「な……」
寝ていたはずじゃなかったのかとカイリが驚いて振り向くと、ベッドに身体を起こした百花が目を見開いてカイリを見つめていた。彼女はすぐさまベッドからおりたち、一瞬ふらつきながらもカイリの元へかけて来る。
「咳の音で目が覚めたの。やっぱり! カイリ、病気治ってないんでしょ!」
涙目になって百花がカイリの背中をさする。その手をカイリは振り払い「だいじょうぶ……かまわないで……」と背を向けた。
「そんなことできるわけないでしょ!」
百花は叫ぶように言い放って、なおもカイリにすがりついてきた。先ほどまで酔っ払って前後不覚だったと言うのに、一気に覚醒したようだ。執拗に背をさすってくるモモカを何度も振り払っていると「今、オウル呼んでくるから!」と百花が決心した声で言った。
(それはまずい)
すりぬけようとする百花の手首をつかまえる。はっとした表情で百花がカイリを見上げる。その目からはすでに大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。
「泣き……すぎ……」
どうして泣いているのか、と問いたいが、まずは治癒魔法をかけなければならない。咳込む合間にちょっと待つように百花に言って、カイリは治癒魔法をかけた。百花はそばで光がカイリに吸い込まれていく様を凝視していた。
「……もう大丈夫」
すぐに息が整って、カイリは折り曲げていた背をまっすぐたてた。最後に一つ咳払いをして「驚かせてごめんね」と謝った。百花は「今の魔法って何?」と不安そうにカイリを見つめてくる。
「治癒魔法だよ」
「治ったってわけじゃないよね?」
「うん、ただ症状を抑えただけ」
「──やっぱり病気だったんだね」
カイリはそれには答えなかった。
もはや百花はカイリの病気に確信を得ている。今更何を言っても無駄なことだった。百花はしばらくカイリからの答えを待っていたが、やがてうつむくと「……ごめんなさい」と絞りだすような声で謝った。
「わたしの……せいだ……」
「は? なんでそうなるの」
「ごめん、カイリ……本当に、ごめん」
泣きながら百花は部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
だだだっと階段を駆け下りる音がする。あわててカイリはそれを追いかけた。
「ちょっと、眠いなら部屋に行くよ」
カイリの呼びかけに「いやまだ……」と百花は不服そうだが、これ以上酒を飲むのは無理だろう。カイリはそう判断して、百花を支えて立ち上がらせた。
「飲みたいならまた違う日に付き合うから」
「やだ、だってまだ……聞いてないし……」
「何を?」
「病気のことぉー」
百花はそこだけ声を張り上げたが、そこからまた意識が沈みそうになっている。カイリはため息をついて「そんなの……話すことなんてないよ」と低い声を落とした。百花は無反応だ。
「……もう」
仕方ないなと呟いて、カイリは百花の前にしゃがんだ。
「ほら、おぶってあげるから乗って」
「えー……うーん……」
ぼやっとしてないでと声をあげると、渋々百花はカイリの背中にしがみついてきた。ふわりと酒と彼女の香りが漂い、カイリの脳を刺激する。しっかりと腕を自分の首元にまわさせて、カイリは立ち上がった。足を持つ時に百花は「スカートが……」と恥じらいを見せたが「長い丈なんだから気にしなくていいでしょ」とカイリはぴしゃりと言い放つ。しかもスカートの下にもショースという長い靴下を履いているのだから、そう心配することはない。カイリ自身そう言い聞かせながら、百花をおぶって彼女の自室へと連れて行った。
「ほら」
少々手荒にベッドの上におろして、靴だけは脱がせてやる。移動の間に百花は完全に眠ってしまったようで、荒い呼吸を繰り返すだけで特に反応はなかった。
「慣れないことするから……」
カイリは苦笑しながら、百花に布団をかけた。クッション型の暖房器具にも魔力を注入して、もぐしてやる。部屋の中は冷え込んでいたが、布団の中はあたたかくなるだろう。
しばらくカイリは眠る百花の顔を眺めていたが、ベッドの端に腰をおろすと、そっと手のひらを百花の頬にそわせた。白くきめ細かい肌は、カイリの手にすいつくようだった。
彼女はいつのまにかカイリの心の内側に潜り込んで来た。最初はいやで仕方なかったのに、いつのまにか絆されていて、大事な存在になっている。
だからこそ、病気のことを知られるわけにはいかなかった。
穏やかな寝顔は安らかで、無性に彼女に触れたくなった。頬の柔らかさだけでなく、他の部分も、もっと知りたい。昨日触れた唇の柔らかさを思い出してしまい、そうなったら止められなかった。
「ごめんね」
そっとつぶやいて顔を寄せていく。彼女の唇は昨日と同じで弾力があり、今はエールの香りがした。何度も角度を変えて口付けていると「うぅ……ん」と彼女が身じろぎした。うっすら目が開いてカイリを見つめたが、まだぼんやりしているようですぐにまぶたがおりる。
「──おやすみ、モモカ」
最後に頬をなでてから立ち上がり、カイリは部屋に出ようとした。ドアを開けようとしたところで、忌まわしい感覚におそわれる。
あ、と気づいた時には咳がこみあげてきた。
どうやら酒を飲んだせいで、身体の抵抗力が低下してしまったようだ。治癒魔法が解けてしまった。
ごほっ、ごほっと体を折り曲げるように咳こんでしまう。早く治癒魔法をかけるか、この部屋を出ないと……そう思いながらも咳に付き合っていると「……カイリ!」という泣きそうな声がした。
「な……」
寝ていたはずじゃなかったのかとカイリが驚いて振り向くと、ベッドに身体を起こした百花が目を見開いてカイリを見つめていた。彼女はすぐさまベッドからおりたち、一瞬ふらつきながらもカイリの元へかけて来る。
「咳の音で目が覚めたの。やっぱり! カイリ、病気治ってないんでしょ!」
涙目になって百花がカイリの背中をさする。その手をカイリは振り払い「だいじょうぶ……かまわないで……」と背を向けた。
「そんなことできるわけないでしょ!」
百花は叫ぶように言い放って、なおもカイリにすがりついてきた。先ほどまで酔っ払って前後不覚だったと言うのに、一気に覚醒したようだ。執拗に背をさすってくるモモカを何度も振り払っていると「今、オウル呼んでくるから!」と百花が決心した声で言った。
(それはまずい)
すりぬけようとする百花の手首をつかまえる。はっとした表情で百花がカイリを見上げる。その目からはすでに大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。
「泣き……すぎ……」
どうして泣いているのか、と問いたいが、まずは治癒魔法をかけなければならない。咳込む合間にちょっと待つように百花に言って、カイリは治癒魔法をかけた。百花はそばで光がカイリに吸い込まれていく様を凝視していた。
「……もう大丈夫」
すぐに息が整って、カイリは折り曲げていた背をまっすぐたてた。最後に一つ咳払いをして「驚かせてごめんね」と謝った。百花は「今の魔法って何?」と不安そうにカイリを見つめてくる。
「治癒魔法だよ」
「治ったってわけじゃないよね?」
「うん、ただ症状を抑えただけ」
「──やっぱり病気だったんだね」
カイリはそれには答えなかった。
もはや百花はカイリの病気に確信を得ている。今更何を言っても無駄なことだった。百花はしばらくカイリからの答えを待っていたが、やがてうつむくと「……ごめんなさい」と絞りだすような声で謝った。
「わたしの……せいだ……」
「は? なんでそうなるの」
「ごめん、カイリ……本当に、ごめん」
泣きながら百花は部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
だだだっと階段を駆け下りる音がする。あわててカイリはそれを追いかけた。
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