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第2章 いざ異世界

6、なんとなく面白くないこと(カイリ視点)

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「僕には彼女にそんな特殊な力があるようには見えないよ。オウルはなんて?」
「まあ似たようなものだな。料理のセンスはあるみたいなことを言ってた」
「──もうハンスが直接『自白』の魔法でもかけたらどうなの」

 エンハンスは見た目は筋骨隆々で屈強な戦士のようだが、それでいてかなり高位の魔導師としての能力を持っている。相手の意識や感情を奪い、思うがままにさせるような魔法は禁呪とされているが、彼ならば使用可能だった。

「異界渡りの福音は、そんな強硬手段じゃ得られない。そう記録に残ってるって言っただろう? しかも『自白』の魔法を使うにしたって、何をしゃべらせるか決まらないことには使っても無意味だ。俺もまだるっこしいとは思うが仕方ない」
「──本気でモモカが和平を実現できる駒になると思ってる?」

 カイリの質問に「五分五分だな」とエンハンスは答えた。

 彼は、夏に戦端が開かれて以来、一貫して『和平交渉』を主張している。
 軍事力の優劣が目に見えていることを早くから悟り、戦争を続けたことによる国の末路を憂いていた。国王の示すように徹底抗戦をしたところで、そう遠くない未来に無残に散ってしまうだろう。そうなったら敗戦国として帝国に占領され、国民の暮らしだってどうなるかはわからない。

 それならば和平交渉をして、たとえ属国となったとしても今の暮らしを守りたい。
 それがエンハンスの考えで、カイリもその意見には全面的に賛成だ。

 ただエンハンスの兄で第一王子であるリンガードは、国王よりの考えの持ち主で、たとえ和平交渉をするとしても、もう少し踏ん張ってオミの国の底力を示してからが良いという考えだった。呑気すぎるだろうとカイリは思うのだが、リンガードも国王に似て頑固な気質がある。
 そうなると、なかなか徹底抗戦の気運を変えることは難しい。

 最初は国王とリンガードの説得にあたっていたエンハンスだったが、今ではもうさじを投げている。国王がダメならば、他国に和平交渉の仲介をしてもらおうと秘密裏に書簡を送ったりもしたが、色よい返事はもらえなかった。

「まあその子の能力があるなしに関わらず、まず交渉の場にあがるところまでこぎつけないとなぁ」

 大きくのびをしながらエンハンスが呟き、厩舎へと入って行った。すぐにエンハンスは立派な馬をひいて戻ってくる。彼の馬は国一番の器量好しなだけあって、大きくその体躯もたくましい。それにひらりと乗って、エンハンスは「行こう」とカイリを促した。

 今日は二人で隣町まで行き、流通の内情を探る予定である。
 帝国との貿易は戦争が始まったことで分断されている。けれど、国内の各所で闇取引がなされているようなのだ。裏で手を回しているのは誰なのか。どのような品物が売買されているのか。それを探るのだ。
 うまく帝国とつながっている証拠がつかめれば、もしかしたら国王とリンガードを出し抜いて帝国に接触できる可能性もある。

「さて、どうなってるかねぇ」

 馬上の人となったエンハンスは、王族らしい威厳に満ちた笑みを浮かべてから、愛馬に合図を送った。駆け出す様はどの駿馬よりも速く力強い。

「……この冬が勝負、か」

 どんな小さい可能性でも見つけたい。
 エンハンスの思いを感じて、カイリは小さく息をついた。



 隣町での偵察を終えて(証拠を得るところまではいかなかったが、多くの有力情報を得ることはできた)、カイリとエンハンスがハイネの城下町に戻って来たのは、日が暮れてからだった。すでに夜の鐘は鳴った後で、庶民街の大きな通りでは仕事帰りの大人たちでにぎわっている。
 
 せっかくだからオウルの店で夕食にしよう。そうエンハンスが提案し、二人でオウルの店へと入っていくと「いらっしゃいませー」と明るい声に迎えられた。オウルとおそろいのえんじ色のエプロンをかけた百花が笑顔で駆け寄ってくる。

「あ、カイリ! おかえりなさい! お疲れ様」

 百花はカイリに微笑むと、ついで隣に立っているエンハンスに視線を移した。

「カイリの同僚の方かな? いらっしゃいませ」
「はじめまして、モモカ。君の話はカイリから聞いてるよ。俺はハンス。よろしくね」

 サラサラと偽名を名乗り微笑むエンハンスに、百花は「えー、カイリがわたしの話を? 嬉しいなぁ。あ、まさか悪口じゃないですよね!?」と素直に返している。

「それはちょっとここでは言えないな」
「嘘! どっち!? 今後のためにも、後でこっそり教えてください!」

 和やかに会話を始める二人がなんとなく面白くなくて「あいてる席座ってるよ」とカイリは先に店内へと歩を進めた。エンハンスもすぐに追いかけてきて、カウンターに並んで座る。

「明るくて良さそうな子だね。いきなり知らない世界に迷い込んだんだし、もっと悲壮感漂ってるのかと思ったけど」
「……ただ能天気なだけじゃない」
「お前も言うねぇ」

 エンハンスは楽しそうにケラケラ笑い、注文を取りに来たウエイトレス(百花は他で接客していた)にエールとつまみの品を注文した。そうして飲食を進めて、お互い満腹になった頃合いで「カイリ」と百花がトレイに何かをのせてやってきた。

「これ」

 言いながら置かれたのは二つの小鉢で、中にはクリーム色の液体が入っている。

「ちょっと試作してみたの、プリンていうデザートでこのカラメルソースをかけて食べるんだけど」

 説明しながら百花はミルクポットから茶色い液体をその小鉢に注いだ。とろみがあって、もったりと小鉢の中で広がっていく。

「ちょっと味見してみてほしいなぁなんて……」

 どうかなぁと百花は期待と不安をこめた眼差しでカイリを見つめてくる。カイリが答えるより先に「いいの? そりゃあ是非いただかせてもらうよ」とエンハンスがスプーンを手に取り、プリンをすくって口に運んだ。チリっと胸に何かが走ったのに気づかないふりをして、カイリも無言でプリンを一口食べる。

 最初はほろ苦かったが、後からまろやかな甘さが広がる。液体だと思っていたクリーム色は、もっと弾力があって口の中でとろけていった。

「うまい!」

 エンハンスは目を丸くして、かきこむようにしてプリンを食べている。カイリももう一度食べてみて、しっかり味わった後で「うん、僕も美味しいと思う」と百花を見た。

「ほんと!? よかったぁ」

 朝食の席で見せるような満面の笑顔が、今はなんだか見ていられなくて、すぐに視線をそらす。動揺に気づかれないように、カイリは集中してプリンを食べた。その間エンハンスがあれこれと百花に話かけていたが、なんとなくそれが耳障りだった。

 百花は嬉しそうにプリンの入っていた小鉢を下げて「ごゆっくり」と二人の元から離れていった。その後ろ姿が厨房に入るのを見届けたエンハンスは「確かに実際会ってみないとわからないものだな」とあごをなでる。

「あの子、ひょっとしたらひょっとするかもしれない」
「今ので何がわかったの?」

 ただのデザートの試食じゃないか、とカイリは呆れた顔をしてみせたが、エンハンスは微笑み「お前だって感じただろう?」と同意を求めてくる。

「別に何も」
「ふーん……それならいいけど」

 エンハンスは上機嫌に口笛を一度吹いた後「今度お前の家に朝食を食べにいくかな」とうそぶいた。

「やめてくれ」

 無意識に地を這うような声で答えた後で、そんな自分の声にカイリが驚いていると、エンハンスは楽しそうに笑った。
 
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