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春の章 辛口男子は愛想が欲しい

6、もうばれた!

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「ちょっと相談したいことがあるんだけど──この後いいかな?」

 着替えを済ませて控え室から出てきたノイ君が、わたしを見つけるなり言った。

 配信中は普段通りの明るさを見せていたノイ君だけれど、この時は声音もトーンダウン。どこか冴えない表情に、一緒に出てきたおいちゃんもコオリ君も心配そうだ。

 ノイ君、一体どうしたんだろう? 
 とくに悩んでいるようなそぶりはなかったけど……調子が悪いとか……? それとも体調面で何かあった?
 彼が相談したいことの予想はできなかったけれど、わたしは真面目にうなずいた。

「いいよ。じゃあちょっとどこかで話して帰ろうか」

 今日は岩盤浴はなしにして、わたしたちは駅前にあるファミレスに入った。日曜日の夜遅い時間だし、店内にお客さんはほとんどいなくて、静かなものだった。センシティブな話題なら賑やかな方がと思ったんだけれど……これなら向かいにあるコーヒーショップにすれば良かった。

 ちらりとノイ君を伺うと、意外にもさっきのような灰色の雰囲気はなくなっている。
 口笛なんて吹きながら「たまにはスイーツいこうかなぁ」なんて呟いている。

 悩み事が深くて、甘い物が食べたいんだろうか。
 わたしも疲れた時はチョコレート食べたくなるし。

 結局、お互いドリンクバーだけ注文して、ノイ君は炭酸を、わたしはアイスカフェラテをいれた。

「──で、悩みってなに?」

 ノイ君の成績は悪くないし、配信も視聴者数が伸びている。SNSのフォロー数だって右肩上がりだ。
 でも、コオリ君みたいに数字に見えないところで悩むってことは大いにありえる。
 
 わたしの視線に、ノイ君はへらりと笑った。

「あ、ごめん。それ嘘」
「──は?」
「だってほら、普通に誘っても断られちゃうかなぁと思ったから」

 つまり、悩みがあるのはただの口実で、わたしをファミレスに連れ込みたかっただけと……。

「なあんだ」

 ホッと安心した気持ちと、紛らわしいと憤慨する気持ちと。マーブル模様の心中になりながら、わたしは背もたれに体を預けた。

「別に普通に言えば良かったのに」
「そしたらふくちゃん、来なかったでしょ?」
「えー? ……うーん……それはわからないけど」

 一応ごまかしてはみたけれど、ノイ君の言う通りだったかもしれない。
 ノイ君は「それに、ふくちゃんに大事な話があるのは本当だし」と微笑んだ。

「ねえふくちゃん。ふくちゃんってもしかして『にんじん』だったりする?」

 瞬間、わたしの手からコップがすべり落ちそうになった。あわててつかみ直したから、落ちたりはしなかったけれど、がたんと音をたててテーブルにコップが置かれる。

「なっ、なんで!? 関係ないない! 知らない知らない!」

 焦って口から出た言葉の稚拙さに、言った直後から後悔しかない。
 これじゃ『わたしです』って言ってるようなものだ。事実ノイ君は「やっぱりね」なんてニヤニヤしている。

「ふくちゃん、焦りすぎ。もう俺わかっちゃったから」

 ノイ君は鋭い。
 そもそもカードゲームで相手を読む能力に長けている彼は、隠されたものを見つけ出すのが本当に得意だ。
 言い逃れる言葉も思いつかなくて、わたしは重くため息をついた。

 誰にもばれずに続けたかったのに……。

「お願い、内緒にして。コオリ君には特に!」

 わたしのこの反応も読んでいたんだろう。ノイ君はやっぱりねと呟いた。

「最近ふくちゃん、なーんかおかしかったもんね。俺たちが配信してるときずっとスマホ見てニヤニヤしてるし。顔あげたと思ったら、コオリの方ばっかり見てるし」
「え……そ、そんなだったの……?」

 全然自覚してなかった! でも確かにコメント入れまくってたし、コオリ君の反応ひとつひとつ確かめてた……かも。
 うわー……恥ずかしい。

 赤面するわたしに「それで、なんでそんなことしてるわけ?」とノイ君から質問が投げかけられる。

 どこまで話そうか……。
 カフェオレを飲んでインターバルをとりながら、ノイ君を見つめる。彼は大きな目をきらきらと輝かせて、首を突っ込んでくる気まんまんだ。
 うわー……面倒臭いことになりそう。いや、もうなってる。
 
 ノイ君に事情を話す? それとも話さない? もしくは濁す?

 この三択の中でどれが一番いいだろう。
 ノイ君ほどじゃないとしても、懸命に先の予測をたてて──。

 あれこれ濁しても容赦なく突っ込まれそうだし、話さないと突っぱねても「じゃあコオリに言っちゃおう」なんて脅されるに決まってる。
 
 結論。事情を話して、味方になってもらうしかない!

 わたしはため息をついてから、かいつまんで流れを説明した。ところどころぼかしも入れたけれど、大体ノイ君はそれで理解したようだ。

「コオリは別にあんなもんでいい気がするけどねぇ」
「それはわたしも思うけど、コオリ君自身が変わりたいって思ってるから……」
「それで、あしながおじさんみたいな真似してるってわけ?」

 あしながおじさん!
 言われてみれば確かにそうだ。
 主人公に内緒で支援するところも、それを隠して知り合っているところも、そっくり。
 
「……ノイ君、よくあしながおじさんなんて知ってたね」
「え? そこ驚くとこ? 有名作品でしょ。あらすじくらいは知ってるよ」

 当然のことのようにノイ君が言うから、まあそんなものなのかもしれない。
 確かあしながおじさんって、最後には正体がばれるんだよね。……あれ、おじさんが自分からばらすんだっけ?
 小学生の頃読んだ記憶はあるのに、結末が思い出せない。

 そこが気になり始めたわたしを引き戻すように「ふくちゃん」とノイ君が名前を呼んだ。
 口元を引き結んで真面目な顔に切り替わっている。

「ふくちゃんはいつまでそれやるつもりなの」
「いつまで……?」
「コオリがどうなったらおしまいにするのか決めてるの? ていうか、このままじゃ『にんじん』のコメントがないと話せないやつになるだけなんじゃないの?」

 ……そこも盲点だった。

 今はわたしがアシストすることで、コオリ君の口数は増えている。でも、わたしのコメントがなくなったらどうなるのか。
 配信中に話すことに慣れて、饒舌なままか。
 それとも前と同じ感じに戻ってしまうのか。

「──そこまで考えてなかった……」

 でも、ノイ君の言う通りになる気がする。だってコオリ君はまだ、自分から話すことはしていないもん。受けはうまくなってきたってだけ。

 わたしの表情を見て、ノイ君は「ふくちゃんのそういう思いついたことをまずやってみるってところ、すごく良いと思うけどね」と慰めるような声のトーンになった。
 それからコップの中身を飲み干すと、次の飲み物を求めて席を立つ。
 
 残されたわたしは、三分の一くらい残っているカフェオレの、氷がとけてできた薄い膜を見つめた。ゆるくストローでかきまぜると、それは溶け合っていく。

 コオリ君のためにできること。したいと思ったこと。
 
 閃いた瞬間の高揚感と、彼が話題をふくらませられた時の嬉しさと。
 それを思い出して、ふっと口元がゆるんだ。
 その時、ちょうどノイ君が戻ってくる。

「どしたの?」
「ううん……ちょっと思い出し笑い」

 わたしもカフェオレを飲み干して「多分、ノイ君の言う通りだと思う」と言った。

「でも、もうちょっと続けてみたいの。コオリ君、変わりはじめてる気がするからさ」

 ノイ君は黙って、新たにいれてきたコーヒーに口をつけた。

「だからしばらくは黙っててもらえないかなぁ? ていうか、できれば協力してほしいっていうか……」
「協力って、例えば?」
「ほら、配信の時、それとなーくコオリ君に話をふるとか、コオリ君のコメントを広げるとかさ。そういうやつ」

 ノイ君はあからさまに不満そうに「過保護すぎじゃん?」と口をとがらせた。

「そ、そうかもしれないけどさ! ほら、チームメイトの成長のために、ここはひとつ!」

 ぱんっと手をあわせてノイ君を見つめる。
 協力しなくてもいいから、せめて黙っててほしい!

「──まあいいけど。こういうのってギブアンドテイクが当たり前だよね。俺にはどんな特典があるの?」
「と、特典!?」

 わたしに何が差出せるだろう?
 ぱっと思いついたのは──。

「岩盤浴、1回おごろうか?」
「ぶー、却下」
「じゃあごはん?」
「それもまあ、魅力的だけど──」

 ノイ君はここでピッと人差し指をたてた。

「ふくちゃん、俺の配信にもきてよ。『にんじん』になって」
「えええっ!? 無理!」
「なんでよ」

 即答されたノイ君は、またすねた顔に戻っている。
 いや、そんな顔になるのもわからなくはないんだけれどね……。

「だってノイ君の個人配信って、がっつり昼間じゃん。2時とか普通に仕事真っ最中で、配信見てる暇ないんだよ」

 基本的にメンバーの個人配信はチェックするけれど、ほとんどアーカイブで一部分だけ見るだけだ。だってノイ君なんて長い時は5時間近くやってるし(よく体力あるな!)おいちゃんだってやっぱり昼間にやっていることが多い。その点コオリ君の配信は夜だし、2時間くらいで終わるから、リアルタイム視聴が可能なのだ。

 むむむとしばらくにらみあいを続けて、先に折れたのはノイ君だった。

「まあ確かに、ふくちゃんは色んな仕事があるもんね。──じゃあ俺が夜に配信すればいいってことだね」
「えっ……」
「コオリとかぶらないようにすればいいでしょ? やる時メッセージするから、ちゃんと見に来てよね」

 ノイ君の配信は視聴者数もチームで一番だし、コメント欄も結構活発に動いてる。あえてわたしからのコメントが必要なようには思えないけど……。
 そうは思ったけれどノイ君の満面の笑みと、もはや解決したとでも言いたげな雰囲気にのまれてしまって、結局「……わかった」って言っちゃたんだ。

 ちょっと自覚はあるけど、どうもわたしは押しに弱い……。
 特にノイ君にはよく丸め込まれている気がする。
 これが惚れた弱みってやつなのかもしれない。不本意ながら。

「──ノイ君ってうまいよね、ほんと」
「え? 何がぁ?」
「なんかこう……さ」

 わたしは手のひらを上にして揺らしてみせた。

「こうやって人を手の上で転がすっていうの? そういうやつ」

 ぶはっとノイ君はふきだした。わたしの真似をして「転がしてる? 俺」と楽しそうだ。

「自覚ないの?」
「あるある。めっちゃある」

 ノイ君はニコニコと邪気のない笑みを浮かべている。

「特にふくちゃんは面白いくらいに素直だからさー。転がしがいがあるよねっ」

 その言葉にズキッと胸が痛む。ノイ君に悪気がないのはわかってる。彼がわたしに親しみを抱いてるからこその冗談だって。

 ノイ君は『彼』とは違う。
 わかってる。
 だから──大丈夫。

「またそんなこと言ってー! ノイ君、わたしが年上ってこと忘れてるでしょ!」

 まだ、わたしは笑える。
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