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春の章 辛口男子は愛想が欲しい
3、イベント当日、大わらわ
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5月5日。雲ひとつない青空の下、ステファンフーズの水戸工場には、たくさんの人が集まっていた。
来場者プレゼントのレトルトセット目当ての人たちは朝早くから並んで待っていたし、ステファンフーズのマスコットキャラ『すぱんだ君』(水色と白のパンダ)も子供達に大人気だ。
わたしたちステファンゲーミングのブースは、駐車場エリア内。物販ブースのすぐ向かい側にあった。隣ですぱんだ君がわちゃわちゃしているおかげで、うちのブースも結構子供達の目に止まってるみたい。
「カードゲームのプロと戦おう!! 挑戦者大募集!!」というのぼりをたてて、テントの中には長机に座ったチームの3人。
神経衰弱かマルバツゲーム(5×5マス)を子供達に選んでもらって、勝負する。もちろん、買っても負けても景品あり。
とっつきやすいゲームにしたおかげで、うちのブースにも人が集まっている。
それはとっても喜ばしいことなんだけど──。
「……これは……誤算でしたね」
イベントが始まって1時間。わたしと佐伯さんは少し離れた場所からブースを眺めていた。
わたしの言わんとしていることを、佐伯さんももちろん気づいていて「……思った以上に差が出たな」と呟いた。
わたしたちの誤算。それは──ノイ君、おいちゃん、コオリ君の3人の中で、明らかに人気に差が出ていること。
一番人気はノイ君。満面の笑みで、楽しそうに子供たちと勝負する様子に惹かれて、あとからあとから子供たちが集まってくる。
次点はおいちゃん。のんびりムードが好きな子供たちが、リラックスした表情で遊んでいる。
そして……コオリ君。
閑古鳥が鳴いている……。明らかにすいているのは、彼の顔が硬い……というより怖いからだろう。
「うーん……コオリ君って、ぱっと見はちょっと冷たいイメージですもんね」
「しかも口を開いても、その印象は大して変わらないからな」
「ぶはっ。さ、佐伯さん……」
わかるけど! とってもよくわかるけど!
コオリ君って必要なことしか話さないから、つっけんどんに見えちゃうんだよね。性格自体は冷たいわけじゃないし、優しいところもあるんだけれど。
その奥深さは、初対面の子供には絶対に伝わらない。
子供との勝負が終わって顔をあげたコオリ君が、列に並ぶ子供たちの差を見て眉間にしわを寄せた。
ああっ! 今そんな顔したら怒ってると思われちゃうっ!
次の順番を待っていた男の子が微妙な顔になってる。
これはまずいっ!
「わたし、ちょっと行ってきます!」
いてもたってもいられなくて、佐伯さんの返事を待たずにわたしはコオリ君のそばへと走った。今まさに腰が引けてる男の子の肩をぽんっとたたく。
「ようしっ! このお兄さん強いから、お姉さんが助っ人してあげよっかなー。どっちで勝負する?」
コオリ君は突然のわたしの参戦に目を見開いていたけれど、目配せしたら小さくうなずいた。男の子(5歳くらいかな)は「──じゃあ、マルバツゲームする!」と元気よく言う。後ろで見守っているお母さんも、和やかに「がんばれー」と微笑んだ。
な、なんとか空気が柔らかくなった。
幸いコオリ君は顔にはまったく出ないけれど、接待プレイというものは頭にあるらしく、すごくいい勝負の末に男の子に花を持たせた。
「やった! 景品なに?」
「おめでとー! この箱から好きなおもちゃをひとつどうぞっ」
本当はコオリ君が渡す役目なんだけど、わたしが先に景品箱を持って男の子に見せる。男の子はニコニコと満面の笑みで、車のおもちゃを選ぶとお母さんと一緒に、すぱんだ君の方へ歩いて行った。
よし、この調子でわたしが呼び込みするしかないっ。
「おーいっ! こっちのお兄さんも強いんだよー! すいてるし、狙い目だよっ!」
ぶんぶんと手を振って主張してみせると、ちょっとしたざわめきの後に少しずつ子供たちの列に変化があらわれる。ノイ君は「あっちのこわーいお兄ちゃん、みんなが遊んでくれなくて寂しいんだってー」なんて茶化しながら、コオリ君の方を指差した。
「なッ……別に俺は──」
「しっ! いいから!」
いつも調子で反論しそうなコオリ君を寸前で止めて「そうだよそうだよ! お兄ちゃん、みんなとゲームしたいってー」と調子を合わせた。
コオリ君の口はちょっとへの字になっていたけれど、子供たちが少しずつ自分のところへと流れてくるのを見て、ほっと息をついていた。
◆
そんなこんなでイベントも終わって、東京駅に特急電車が着いたのは夜の8時。
「今日はお疲れ様。助かったよ」
佐伯さんは柔らかく微笑み、みんなに解散を言い渡してから、先に山手線の方へと去って行った。これから会社に寄るらしい。本当にタフな人だ……。
おいちゃんも「俺ももう帰るわ」と手に持っている大きな紙袋を見て、優しい目になる。早く帰って彼女におみやげを渡したいんだろうっていうのが見え見えだ。
水戸駅であれやこれやと物色していた姿を思い出して、わたしの方までにやけちゃう。
「うん、お疲れ様!」
音符でも飛んでそうな背中を見送ってから、わたしはコオリ君の肩をたたいた。
「この後、少しだけいいかな?」
一瞬だけコオリ君は叱られる直前の子供みたいな顔になった。でもすぐにいつものフラットな表情になって「はい」とうなずく。
ノイ君が「あれ? ごはんでも行くの? 俺も行きたい!」と言ったけれど、わたしは微笑んで首を振る。
「ごはん……っていうより反省会かな? だからごめんね」
反省会、という言葉に、ノイ君は目をぱちくりとさせた後で「そんなのいる?」と首をかしげた。
「──今日の俺には必要だと思う」
神妙な顔でコオリ君の方が答える。コオリ君は『フェンリルの彷徨』では相手の裏の裏まで読み込むのに、リアルだと言葉通りに受け取ってくれる素直さがあった。
「説教とかじゃないから心配しないでいいよ! まあとにかく、今日はここでね。お疲れ様、ノイ君」
「別にそういう心配をしてるわけじゃないんだけど……まあいいや。じゃあ今日は帰って配信でもしよっかなー。さっきふくちゃんSNSアップしてたもんね。ネタにしていいんだよね?」
「もちろんいいよ! がんばって」
「ほーい」
にやりと笑ってから、ノイ君はキャップを深めにかぶり直した。手をひらひらと振って、疲れなんてないみたいに軽やかな足取りで去って行く。
家に帰ってから配信するなんて、ほんと体力あるな……。
「……ノイさんって、すごいですよね。この後配信するなんて」
ぼそりとコオリ君が呟いた。まったくわたしと同じことを考えているから、つい笑っちゃう。
「だよね、わたしも同じこと思った。ノイ君って配信大好きだよね」
コオリ君はうなずく。その表情にどこか翳りがあるのには気づかないふりをして「さ、わたしたちも行こう。さっきは反省会って言ったけど、ほんっと説教じゃないからね。むしろ逆だから」と明るく伝える。
「逆?」
はっきりと首をかしげるコオリ君を見上げて、わたしは微笑んだ。
「慣れないこと頑張ってくれてありがとうってこと」
今日のイベントは、普段のリーグ戦やたまにあるファンミーティングのようなイベントとは全然違う。だって自分たちのことを知らない人ばっかりの中で、人集めをして楽しませるってすごく大変だ。
ノイ君やおいちゃんも多分気疲れはしたと思うけど、コオリ君が一番ストレスがたまったと思う。三人の中ではダントツに人見知りで口下手だもん。
「俺、特にいいところなかったと思いますけど……」
わたしの言葉が意外だったみたいで、コオリ君は何度か瞬きをした。こういう時のコオリ君はあどけない。普段の硬質な雰囲気が和らいで、22歳の大学生らしい顔を見られると、わたしも少しほっとするんだ。
そこから彼の表情が曇らないうちに「何食べたい? カレー? ラーメン?」と聞いた。
一人暮らしのコオリ君は、カレーとラーメンが大好きだ。
普段の食事は大学の近くの定食屋やコンビニで買ったものを食べることが多いらしいけど、時間とお金があれば都内のいろんなお店に出かけて行っていて、そのへんの情報にすごく詳しい。
……まあ辛党なだけあって、ほとんどは激辛メニューがあるようなところばっかりだけど。
コオリ君はまだよくわかってないような顔をしていたけれど、少し黙って気持ちを切りかえたのか「──豊福さん、インドカレー好きですか?」と尋ねてきた。
「大好き!」
わたしは元気よく答える。コオリ君は、かすかに……ほんっとうにちょっとだけ口の端を上げた。
来場者プレゼントのレトルトセット目当ての人たちは朝早くから並んで待っていたし、ステファンフーズのマスコットキャラ『すぱんだ君』(水色と白のパンダ)も子供達に大人気だ。
わたしたちステファンゲーミングのブースは、駐車場エリア内。物販ブースのすぐ向かい側にあった。隣ですぱんだ君がわちゃわちゃしているおかげで、うちのブースも結構子供達の目に止まってるみたい。
「カードゲームのプロと戦おう!! 挑戦者大募集!!」というのぼりをたてて、テントの中には長机に座ったチームの3人。
神経衰弱かマルバツゲーム(5×5マス)を子供達に選んでもらって、勝負する。もちろん、買っても負けても景品あり。
とっつきやすいゲームにしたおかげで、うちのブースにも人が集まっている。
それはとっても喜ばしいことなんだけど──。
「……これは……誤算でしたね」
イベントが始まって1時間。わたしと佐伯さんは少し離れた場所からブースを眺めていた。
わたしの言わんとしていることを、佐伯さんももちろん気づいていて「……思った以上に差が出たな」と呟いた。
わたしたちの誤算。それは──ノイ君、おいちゃん、コオリ君の3人の中で、明らかに人気に差が出ていること。
一番人気はノイ君。満面の笑みで、楽しそうに子供たちと勝負する様子に惹かれて、あとからあとから子供たちが集まってくる。
次点はおいちゃん。のんびりムードが好きな子供たちが、リラックスした表情で遊んでいる。
そして……コオリ君。
閑古鳥が鳴いている……。明らかにすいているのは、彼の顔が硬い……というより怖いからだろう。
「うーん……コオリ君って、ぱっと見はちょっと冷たいイメージですもんね」
「しかも口を開いても、その印象は大して変わらないからな」
「ぶはっ。さ、佐伯さん……」
わかるけど! とってもよくわかるけど!
コオリ君って必要なことしか話さないから、つっけんどんに見えちゃうんだよね。性格自体は冷たいわけじゃないし、優しいところもあるんだけれど。
その奥深さは、初対面の子供には絶対に伝わらない。
子供との勝負が終わって顔をあげたコオリ君が、列に並ぶ子供たちの差を見て眉間にしわを寄せた。
ああっ! 今そんな顔したら怒ってると思われちゃうっ!
次の順番を待っていた男の子が微妙な顔になってる。
これはまずいっ!
「わたし、ちょっと行ってきます!」
いてもたってもいられなくて、佐伯さんの返事を待たずにわたしはコオリ君のそばへと走った。今まさに腰が引けてる男の子の肩をぽんっとたたく。
「ようしっ! このお兄さん強いから、お姉さんが助っ人してあげよっかなー。どっちで勝負する?」
コオリ君は突然のわたしの参戦に目を見開いていたけれど、目配せしたら小さくうなずいた。男の子(5歳くらいかな)は「──じゃあ、マルバツゲームする!」と元気よく言う。後ろで見守っているお母さんも、和やかに「がんばれー」と微笑んだ。
な、なんとか空気が柔らかくなった。
幸いコオリ君は顔にはまったく出ないけれど、接待プレイというものは頭にあるらしく、すごくいい勝負の末に男の子に花を持たせた。
「やった! 景品なに?」
「おめでとー! この箱から好きなおもちゃをひとつどうぞっ」
本当はコオリ君が渡す役目なんだけど、わたしが先に景品箱を持って男の子に見せる。男の子はニコニコと満面の笑みで、車のおもちゃを選ぶとお母さんと一緒に、すぱんだ君の方へ歩いて行った。
よし、この調子でわたしが呼び込みするしかないっ。
「おーいっ! こっちのお兄さんも強いんだよー! すいてるし、狙い目だよっ!」
ぶんぶんと手を振って主張してみせると、ちょっとしたざわめきの後に少しずつ子供たちの列に変化があらわれる。ノイ君は「あっちのこわーいお兄ちゃん、みんなが遊んでくれなくて寂しいんだってー」なんて茶化しながら、コオリ君の方を指差した。
「なッ……別に俺は──」
「しっ! いいから!」
いつも調子で反論しそうなコオリ君を寸前で止めて「そうだよそうだよ! お兄ちゃん、みんなとゲームしたいってー」と調子を合わせた。
コオリ君の口はちょっとへの字になっていたけれど、子供たちが少しずつ自分のところへと流れてくるのを見て、ほっと息をついていた。
◆
そんなこんなでイベントも終わって、東京駅に特急電車が着いたのは夜の8時。
「今日はお疲れ様。助かったよ」
佐伯さんは柔らかく微笑み、みんなに解散を言い渡してから、先に山手線の方へと去って行った。これから会社に寄るらしい。本当にタフな人だ……。
おいちゃんも「俺ももう帰るわ」と手に持っている大きな紙袋を見て、優しい目になる。早く帰って彼女におみやげを渡したいんだろうっていうのが見え見えだ。
水戸駅であれやこれやと物色していた姿を思い出して、わたしの方までにやけちゃう。
「うん、お疲れ様!」
音符でも飛んでそうな背中を見送ってから、わたしはコオリ君の肩をたたいた。
「この後、少しだけいいかな?」
一瞬だけコオリ君は叱られる直前の子供みたいな顔になった。でもすぐにいつものフラットな表情になって「はい」とうなずく。
ノイ君が「あれ? ごはんでも行くの? 俺も行きたい!」と言ったけれど、わたしは微笑んで首を振る。
「ごはん……っていうより反省会かな? だからごめんね」
反省会、という言葉に、ノイ君は目をぱちくりとさせた後で「そんなのいる?」と首をかしげた。
「──今日の俺には必要だと思う」
神妙な顔でコオリ君の方が答える。コオリ君は『フェンリルの彷徨』では相手の裏の裏まで読み込むのに、リアルだと言葉通りに受け取ってくれる素直さがあった。
「説教とかじゃないから心配しないでいいよ! まあとにかく、今日はここでね。お疲れ様、ノイ君」
「別にそういう心配をしてるわけじゃないんだけど……まあいいや。じゃあ今日は帰って配信でもしよっかなー。さっきふくちゃんSNSアップしてたもんね。ネタにしていいんだよね?」
「もちろんいいよ! がんばって」
「ほーい」
にやりと笑ってから、ノイ君はキャップを深めにかぶり直した。手をひらひらと振って、疲れなんてないみたいに軽やかな足取りで去って行く。
家に帰ってから配信するなんて、ほんと体力あるな……。
「……ノイさんって、すごいですよね。この後配信するなんて」
ぼそりとコオリ君が呟いた。まったくわたしと同じことを考えているから、つい笑っちゃう。
「だよね、わたしも同じこと思った。ノイ君って配信大好きだよね」
コオリ君はうなずく。その表情にどこか翳りがあるのには気づかないふりをして「さ、わたしたちも行こう。さっきは反省会って言ったけど、ほんっと説教じゃないからね。むしろ逆だから」と明るく伝える。
「逆?」
はっきりと首をかしげるコオリ君を見上げて、わたしは微笑んだ。
「慣れないこと頑張ってくれてありがとうってこと」
今日のイベントは、普段のリーグ戦やたまにあるファンミーティングのようなイベントとは全然違う。だって自分たちのことを知らない人ばっかりの中で、人集めをして楽しませるってすごく大変だ。
ノイ君やおいちゃんも多分気疲れはしたと思うけど、コオリ君が一番ストレスがたまったと思う。三人の中ではダントツに人見知りで口下手だもん。
「俺、特にいいところなかったと思いますけど……」
わたしの言葉が意外だったみたいで、コオリ君は何度か瞬きをした。こういう時のコオリ君はあどけない。普段の硬質な雰囲気が和らいで、22歳の大学生らしい顔を見られると、わたしも少しほっとするんだ。
そこから彼の表情が曇らないうちに「何食べたい? カレー? ラーメン?」と聞いた。
一人暮らしのコオリ君は、カレーとラーメンが大好きだ。
普段の食事は大学の近くの定食屋やコンビニで買ったものを食べることが多いらしいけど、時間とお金があれば都内のいろんなお店に出かけて行っていて、そのへんの情報にすごく詳しい。
……まあ辛党なだけあって、ほとんどは激辛メニューがあるようなところばっかりだけど。
コオリ君はまだよくわかってないような顔をしていたけれど、少し黙って気持ちを切りかえたのか「──豊福さん、インドカレー好きですか?」と尋ねてきた。
「大好き!」
わたしは元気よく答える。コオリ君は、かすかに……ほんっとうにちょっとだけ口の端を上げた。
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