上 下
2 / 4

1日目 

しおりを挟む
あれ、なんでだろ。

瞼の裏に、光を感じる。
体の周りに、空気を感じる。
呼吸してる。
心臓が、ドクン、ドクンって胸を叩いてる。

もう、こんな感覚、2度と味わうことないと思ってたのに。
わたし、泡になったんじゃなかったの?
…私、生きてるの?

試しに指を動かしてみる。
ピクリ、と僅かだけど、確かに動いた。
目を、開けてみる。
瞼が重くて動かない。
んー!力をいれて、もう一度チャレンジ。
そして。

暖かな世界が、私を出迎えた。

「っ……」

ここ、は、どこ…?
豪華な、見知らぬ部屋だった。
え、どういうこと?
ゆっくりと上体を起こす。
頬をつねってみる。うん、痛い。
夢、じゃない。
私、生きてるんだ!

信じられない気持ちで、自分の体を見回す。
そして、気づいた。
私の膝元辺りに、誰かの頭がある。
だ、誰…?

明るい茶髪には、見覚えがある。
あの海の中、泡となる、その前に。
この髪をした人が、私を抱き寄せた。

この人が、助けてくれたのかな…?

「ん…」

あ。
その人は微かにみじろぎをして、そのまま目を開けた。
優しげな蒼の瞳があらわになって、私を捕らえる。
ふわり、と。
その綺麗な瞳が細められて、寝起きの無防備な笑みに心臓が飛び跳ねた。
ドキドキドキドキ…!

「姫。よかった。目覚められたんですね。」

目を、そらせない。
心臓が、痛いくらいに高鳴って。
私、どうしちゃったの?
固まっていると、ふっと彼が目を逸らした。
ほっとしたような、寂しいような、不思議な気持ちになりながら、その視線の先を追いかける。

「……!」

たどり着いた先には、私の手と…それに絡まった、彼の手。
手、繋いでる!
い、いつのまに?
一気に右手に意識がいく。
繋いだ手が、熱い。
じわじわと熱が全身に浸食してきて、顔に熱が集まる。
彼はまた、私に視線を戻して、一瞬目を見開いた。
けど、すぐに笑顔になって。

「顔、真っ赤ですね。」

愛しくてたまらない、なんてふうに言うものだから、ますます熱が高まった。


っていうか、この人誰だろう…?

我に帰れば、あれだけ冷めやらなかった熱も簡単にひいていった。
この人、見覚えあるんだけどなあ。
一体、誰だったっけ?
そんな私の疑問に気づいたのだろうか。
彼は少し悲しそうに眉尻を下げて名乗った。

「失礼しました。私はノア。公爵家の長男で……王子の、側近です。」

あっ!と思った。
そうだ、この人、いつも王子の横にいる人だ。
王子と仲良さげに話している姿を見たこともある。
なんですぐに思い出さなかったんだろ…

「姫は王子しか見ていませんでしたからね。私のことを覚えていなくても無理はありません。」

ボボボッと熱が再発した。
こ、この人、私が王子のこと好きだって、知ってる!?
いや、隠していたつもりは、ないんだけど、こう面と向かって言われると恥ずかしいというか…

…それに、終わってしまった恋、だし。

胸に突き刺さるような痛みを感じて、私は俯いた。
ああ、痛いなあ。
痛くて、切ない。
恋した人が、同じ気持ちを向けてくれない。
そんなこと、きっと珍しいことじゃない。
逆に、相思相愛になれることの方が稀なのに。
なのに、この痛みが辛くて。
胸を抑えるように手を添えると、ポン、と優しい温もりを頭に感じた。

「痛い、ですよね。」
「…」

切なさが感じられる口調に、思わず顔を上げた。
ノアは、ただじっと、私を見つめていた。

「分かります。大好きな人がすぐ側にいるのに、その想いが自分ではなく、他の人に向いているのを見るのは、とても辛い…」

声が痛々しくて、芯に迫っていて、この人も同じような気持ちを感じたことがあるのだと、なんとなく悟った。

「私は…俺は、ずっとそうだった。」

一人称が、私から俺に。
敬語が崩れて。
その変化の真意は、分からない。
けど。

「あなたの瞳には、いつも、王子しか映っていなかった。」

それがどれほど苦しく、切なかったことか…

そう言ったノアの瞳には、気のせいでは済ませられないほどの熱が込められていた。
ノア…?

「ここは私の屋敷です。しばらくあなたには、ここで暮らしてもらいます。」
「…!?」

え…

「王子にも、許可はもらってあります。」

王子、のたった3音に胸が痛くなる。
王子は…私のことが、邪魔だったのかな。
だから、私をここに?

「言っておきますが、王子はあなたを邪魔だなんて微塵も思っていませんよ。」

そんな私の心を読んだかのようにノアが微笑んだ。

「私が無理に頼み込んだんです。」
「?」

なんで、ノアが?
私をここで暮らさせるようにと、頼み込んだ?

「姫を口説き落としたいから、チャンスをくれ、と。」
「!?」

え?は、え?
口説き落とすって、何?
チャンスって、どういうこと?
絶賛混乱中の私にノアはクスリと笑みを溢し、

「しばらく私も休暇をもらいました。この屋敷で一緒に過ごしましょう。

その間に、あなたを俺に惚れさせる。覚悟しとけよ?」

ゾワッと鳥肌がたった。
低い声が腰に響く。
さっきとは比にならないほどの熱が全身を駆け巡って。

「その反応を見る限り、まだ俺にも望みはありそうですね。」

そんな私を見て、ノアは満足げに笑ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

不倫がしたいのですね、いいですよご勝手に。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられたのは不倫の承諾。 結婚三年目の衝撃的な出来事に私は唖然となる。 その後、私は不倫を認めるが……

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

処理中です...