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うっかり者の帝国官僚

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シバー少尉がバンザイ三唱した夜より数週間前のことである、ザンス帝国技術省の会議室で一人の企業エンジニアが帝国官僚たちに説明していた。

「...というわけで、マナ列車の運行頻度は2日に1本が限度です」

マナ列車はマナで動く列車で、速度も輸送量も馬車を遥かに上回る。 しかし、マナ列車には2つの問題があった。 1つは専用道路のコスト。 300kmに及ぶ長大な専用道路を敷設するコストは莫大である。 もう1つはマナの問題。 列車がマナを大量に消費するため、列車が一本走ると沿線のマナが枯渇してしまう。 マナが回復するまでは、次のマナ列車は走れないし沿線で魔法も魔道具も使えない。

技術者の説明に対し、会議に出席する帝国官僚から意見が噴出する。

「それでは莫大な費用をかけて専用道路を作る意味がない」

「陛下ご自身が思いついたアイデアだ。 この際、採算は無視して作ってしまおう」

「いや、それでは陛下ご自身が納得されまい」

「列車のマナ消費量は減らせないのか?」

官僚たちの発言が収まるのを待ってエンジニアが口を開く。

「列車のように大きくて重いものを高速で動かすのですからマナ消費量はどうしても多くなります。 マナ石を大量に調達できれば問題解決なのですが...」

マナ石はマナの残りかすであるマナカスをマナに戻す石として知られる。 マナは魔道具や魔法によりエネルギーを抽出されるとマナカスへと変わる。 マナカスは放っておいても自然にマナへ戻るが、それには時間がかかる。 マナ石はマナカスがマナへ戻るプロセスを促進してくれるのだ。

マナ石のこの作用はマナ石に住み着くマナムシに由来する。 いや、「住み着く」という表現は正しくないかもしれない。 マナムシが分泌した物質が硬化して長年のうちに堆積したのがマナ石なのだから。

官僚の1人が意見を述べる。

「大量と言うが、具体的にどれぐらいのマナ石が必要なのかね?」

「この場で具体的な数字は申し上げられませんが、マナ列車の専用道路に沿ってマナ石で石垣を作る感じでしょうか」

「石垣300kmぶんのマナ石か... 膨大な量となるのは明白だな」



そこで、別の官僚がエンジニアにうっかり尋ねる。 尋ねてしまった。

「ところで、沿線のマナの回復に時間がかかるのは何故なぜなんだい?」

講釈こうしゃく好きのエンジニアがこのチャンスを見逃すはずもない。 右手の人差し指でメガネをくいっとかけ直すと、彼は鋭く言い放つ。

「ほほう! ご存じありませんでしたか」

エンジニアの意気込んだ様子を見て、官僚たちは長々とした説明が始まることを知った。 気遣わしげな表情を浮かべる者、うっかり者の官僚にとがめるような視線を送る者、あきらめたように腕組みをして天井を見上げる者、エンジニアを制止しようと右手を伸ばしつつ口を開きかける者など反応は様々だ。

せっかくのチャンスを制止されては一大事。 エンジニアは大慌てで説明に突入する。

「マナは水に溶けた塩のようなものです。 真水に塩水を加えたとき塩分が自然と真水の部分に移動するのと同じように、マナはマナ濃度が低いエリアに流入します」

こうして説明を始めてしまえばもう安心。 この期に及んで説明を中断させる無粋者などよもやおるまい? エンジニアは落ち着いたペースになって語り始めた。

「マナが消費されてマナカスになると、周辺エリアに存在するマナがマナカスと入れ替わるようにしてマナカス・エリアマナカスが生じたエリアに入ってきます。 マナカスがマナではないのでマナカス・エリアのマナ濃度が下がったことになるわけですね」

憮然とした表情でエンジニアの説明に耐える官僚たち。 「マナマナうっせえよ」と口の中で呟く者も。 しかしエンジニアは、そんな彼らに構わず悠々と説明を続ける。

「マナカスとマナが入れ替わる形で場所を変えるのは、カスと言えどマナと同じ世界に属する物質であり重なって存在できないからです。 マナもマナカスも物質を通過しますが、マナとマナカスは互いを通過できません」

「ご質問にあった『沿線のマナの回復に時間がかかる』についてですが、これはマナカスがマナに自然に入れ替わるペースがマナの消費量に追いつかないということです。 マナ列車では専用道路に配置される多数の魔方陣でマナを集め、集めたマナをコンデンサに蓄えて列車に供給しますが、魔方陣が莫大な量のマナを吸収し続けるうちに沿線のマナ濃度が低下して、マナを集める効率が落ちてしまいます」

「ちなみに、マナカスはマナ石によらず自然とマナへ戻りもしますが、それにはとても長い時間が必要です」

エンジニアの説明が終わっても官僚たちは苦悶の表情を浮かべて何かに耐えるようだったが、やがて1人が口を開く。

「それで... えー、要するにだ。 ひとまず、ひとまず休憩にしよう」



休憩を終えてリフレッシュした一同が再びザンス帝国技術省の会議室に集い、官僚たちは討議を開始する。

「マナ列車によるマナ枯渇がマナ石で解消されるということだったが...」

「うむ」

「マナ石なんて、そこらじゅうにあるんじゃないのか? 集めてくるのが大変ではあるが」

「そう簡単な問題ではありませんぞ?」

「というと?」

「マナ石を持ち去られた地域で、魔道具や魔法の使用に支障が生じます。 魔道具や魔法で消費したマナの回復に時間がかかるわけですからな」

「なるほど、そう言われればそうだな」

「人が住んでいない地域からマナ石を集めてくればいいのでは?」

討議を大人しく聞いていたエンジニアが口を挟む。

「マナ石は人里離れた場所にはあまり形成されませんよ? マナムシがマナカスを餌にして増殖した結果がマナ石なのですから...」

官僚の1人がいささか性急にエンジニアの言葉を遮る。

「うむ! 言われてみればそうかもしれんな」

彼は、長々とした説明に発展することを危惧したのだ。

発言を途中で遮られたのを気にした風もなく、エンジニアは再び喋り出す。

「魔法や魔道具が使われるとマナカスが大量に発生するわけですから、自然に発生する少量のマナカスだけでは大量のマナムシは育ちません。 言わば我々は、魔法や魔道具でマナカスを作り出してマナムシを養殖しているようなものなのです」

そう語り終えるとエンジニアは、満足した様子で深々と椅子に座り直した。

「しかし、そうするとどうしたものかな? 魔道具は我々の生活に欠かせぬもの。 その魔道具の使用に不可欠なマナ石を国民から取り上げるわけにもいかん」

「冷暖房・給湯・給水など、昔に比べて魔道具への依存度が大きくなっていますからね。 住民の反発は必至です」

「マナ石の重要性など、これまで気にしたこともなかったが...」

「国内がダメなら国外から集めてはどうだろうか?」

「というと?」

「クーララ王国からマナ石を採集してくればいい。 かの王国は魔法が発達しているからマナ石が育っているだろうし、魔道具があまり普及していないから我々がマナ石を頂いても問題ないはずだ」

クーララ王国はザンス帝国の南に位置する国である。 強大なザンス帝国の1/10ほどの国力しかないため、ザンス帝国はこれまでにもクーララ王国に数多あまたの要求を突きつけてきた。

「うむ名案だ」「いい考えだ」「うんうん、そうしよう」「賛成」

賛成の意見が相次ぐ中で、ナイブという名の官僚が無邪気に異議を唱える。 

「ちょっと待て、そんなことをすればクーララ王国の住人が困るだろう。 魔道具の代わりに魔法の呪文で生活しているんだ。 マナ石が育つのはマナが消費されてマナカスが生じるからだぞ?」

しかし他の官僚たちが、よってたかって彼の異議を封殺する。

「お前の言ってることは難しくてよくわからん」「しかりしかり」「マナ石の代金を支払えば問題ない」「マナカスで育つんだろ? すぐにまた育つさ」「おいおいナイブ君、空気読もうぜ」「皇帝陛下のアイデアを頓挫させようとは大した度胸じゃないか」「キミの度胸をぜひ陛下にご報告せねばな」「次の戦の一番槍は勇者ナイブで決まりだ」

ナイブが勇者となることを拒んだため、マナ列車用のマナ石をクーララ王国から徴集することが満場一致で決定された。
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