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エリカの好物

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その頃、アリスは万引きGメンとしてのその日の活動を終えて南の商店街から引き上げるところだった。

アリスは商店街会長の営む衣料品店に立ち寄り、帳場で書き物をしている会長の近くでベルをチンと鳴らした。 Gメンとしての活動の始めと終わりに会長にベルを鳴らすことで、アリスがちゃんとGメンの努めを果たした証とするのだ。

ベルの音を聞き、会長は書き物を中断して顔を上げた。

「アリスちゃんかい? ご苦労さんだったね。 明日もまた頼むよ」

アリスはチンと返答して、商店街を北に向かって歩き始めた。 これから家まで1時間近くも歩かねばならない。 だが最近よく歩くので体力がついたらしく、以前ほど移動が大変ではない。

商店街を出てしばらく歩いていると、後ろからフロスト中尉がアリス目指して駆けてきた。 アリスがGメンとして働いている間、中尉は喫茶店などで時間をつぶしている。 アリスが商店街を出たのを察知して追いかけてきたのだ。 アリスは今日は真面目に指輪発信器を携帯している。

近付いてきた中尉がアリスに文句を言う。

「もう、ひと声かけてくれればいいのに」

チンチン。(そこまでの義理はありません)

「お夕飯の買い物をするから、商店街に戻りましょう」

チンー。(えー)

アリスは抗議のベルを鳴らしたが、けっきょく商店街まで中尉と戻り、中尉が買い物するあいだ待たされることになった。

◇◆◇

シバー少尉が夕食だと言ってテーブルに置いたのは、またしてもエリカの大好物だった。 ややこしくて申し訳ないが、昼食時に用意された大好物とは別の種類の食べ物である。 しかも昼食の好物と違ってあっさりめでボリュームも少ない。

(あ、これなら食べたいかも)

「さあエリカさん、そこの椅子に座って夕食を頂きましょう。 椅子に座りましたか? ちゃんと座ってくださいね」

(言われなくても座るわよ)

エリカは椅子に座り好物に大皿に盛られた手を伸ばす。 この好物は手で掴んで食べるのだ。 作りたてでホカホカの好物を口元に持って来ると香ばしい香りが漂って来る。 腹は空いてないが2つぐらいなら食べられそうだ。 エリカは口を開けてカプッと好物にかぶりついた。 外はカリッとしていて中はとろーりとクリーミー。 外側のカリッとした部分は塩味で、クリーミー部分は濃厚な旨味と自然な甘味。 好物がもたらす美味しさに負けじと、エリカは夢中になって口を動かす。

(美味しい美味しい、さすがは私の好物)

「エリカさん、ちゃんと食べてくれてます?」

(食べてるわよモグモグ)

エリカはあっという間に1つ目をたいらげ、大皿から2つ目を手に取った。

大皿から好物が1つ減ったのに気づき、シバー少尉は目を細めて喜ぶ。

「あっ、1つ目を食べ終えて2つ目ですか。 いい感じですー」

3つ目を食べ終えて4つ目を口元まで持ってきたとき、好物に仕込まれていた麻痺薬が効果を発揮しエリカの体は痺れた。

「あ、な..こ...」

エリカの口から不明瞭な音が漏れ、右手に掴んでいた好物がポロリと床に落ちる。 腕を持ち上げることも出来ず、エリカは両腕を体の両脇にダランとぶら下げた状態で椅子に座るだけとなった。 口や舌も麻痺してしまって、口の端からヨダレが糸を引いて垂れる。

「エリカさーん、好物が床に落ちちゃいましたよ?」

どことなくコソッとした声音でシバーが話しかけて来た。

エリカは身動き1つできないが意識は明瞭である。

(どうしたの? 体が痺れて動けない。 さっきまで元気だったのに)

「拾わないんですか? あっ、もしかして拾えないとか?」

(いつだったかラットリングの魔法で体が麻痺したときみたい。 でも一体どうして? さっきまで元気で食欲もあったのに。 このまま動けなかったらどうしよう。 姿が見えないから誰にも助けてもらえないし。 どうしようヤバイ。 私は不死身だから餓死と復活の繰り返し?)

「しかたないなー、じゃあ私が拾いますね」

そう言ってシバー少尉は床に落ちた好物を拾い上げ、ゴミ箱に捨てに行く。 エリカはパニック続行、頭の中を目まぐるしく思考が駆け巡る。

(原因はなに? なんか悪いものでも食べた? まさか今の好物のせい? でも、味は変じゃなかったし、仮に今の好物がバイ菌に汚染されてても、そんなにすぐに体調が悪化するかな? そもそも食べ物が原因なのかしら? 何かの拍子に頚椎に異常が生じて全身の運動神経が麻痺したとか? ほんとヤバいどうしよう。 ヨダレ垂れちゃってる。 シバー少尉に見られたら恥ずかしい)

ゴミ箱から戻ってきたシバー少尉は自分の席に戻らず、エリカの席のほうへとやって来る。

「ねえエリカさん、そこに居ますよね?」

(シバー少尉は私の存在に気づいてるけど私の状態に気づいてないし、仮に私が麻痺してることに気づいても原因とか調べようもないし。 透明って病気になるとマジやばい)

「居るならベルを鳴らしてくださーい」

(鳴らせないのよ...)

「それとも鳴らせないんでしょーか?」

(分かってくれた? その通りなの!)

シバー少尉はエリカの座る席のすぐ後ろまで来ると、エリカが座る辺りに両手を持ってきて色々と動かす。

「エリカさんは、例えばこのへんにいるわけですか」

少尉はエリカがちゃんと椅子に座っているかどうかを確認しようとしているのだ。

少尉の手がエリカの顔や肩に当たる。

(ちょっと、何をしてるの少尉? やめてちょうだい)

だが、少尉にはそれを知覚できない。

「うーん、ちっとも分からない。 さすがはファントムさん」

シバー少尉は自室に入ると、毛布をずるずると引きずって部屋から出てきた。 そして毛布をエリカのいる辺りにバサッと広げる。 少尉は一体何をしたいのか? その答えはすぐに明らかになった。

「毛布が消えた! やっぱりエリカさんはここにいる」

少尉はエリカの所在を確認するために毛布を広げたのだ。 毛布が透明になればエリカがそこに居るというわけである。

少尉はケータイ・テレホンをどこからか取り出すと、大佐を呼び出した。

「こちらシバー少尉。 サワラジリの確保に成功しました!」

「よくやった少尉。 すぐにそちらへ向かう」

シバー少尉は大佐との会話をエリカから隠そうともしなかった。 もはやエリカに会話を聞かれても構わないのだ。 この後エリカは《支配》されるまで痺れっぱなしだし、《支配》後には完全に軍のコントロール下に置かれる。

エリカは毛布の下でシバー少尉の言葉を聞き、シバー少尉の背信に驚きながらもホッとする。 シバー少尉は「確保」と言った。 ということは、エリカの体の痺れはシバー少尉が薬物か何かで引き起こしたものであるはずだ。

(病気とかじゃなくて良かった。 薬が原因なら痺れはそのうち治まる。 そのときには少尉にお仕置きが必要ね。 土下座くらいじゃ許さないわよ)

エリカはまだ、軍が自分を《支配》するつもりであることを知らなかった。 エリカを痺れさせて一時的に自由を奪うだけでは意味がないから、軍は必ずその先に何かを企んでいるに違いないのだが、エリカの頭はそこまで回らなかったのだ。
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