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第2章

第11話 骨董品店①

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パジャマに着替えたイシダタミ・ゴザロウは、銀縁メガネを外しナイトテーブルに置いた。

ベッドに入り、掛け布団をかぶる。

「しかし今日は驚かされた」 いい年をした大人が、まさか防壁の上から放尿とは。

ここはゲータレード市のホテルの一室。 ゴザロウはエクレア小国の軍務局監査部に所属する上級公務員。 彼はゲータレード市の軍備を点検するため軍務局から派遣されてきた。 視察の理由は、ゲータレード市の南西に位置するシド王国でハーフオークが王位に就いたから。 ハーフオークは好戦的で知られる種族だ。

「それにしても... フゥ」

ゴザロウは溜息をついた。

「トラブル続きだな。 ナイトリングからの質問状だけでも大変なのに、シド王国でクーデターとは」

            ◇

ナイトリングは妖精の一種。 高い戦闘力を誇り、忠誠を誓いたがる習性を持つ。

数百年前、妖精界から迷い込んだナイトリングの一群は人間界を流浪したすえエクレア小国を仕えるべき主君と見定めた。 小国ながら独立不羈ふきを保ち周辺の亜人や妖精を公正かつ寛容に扱う高潔なエクレア小国を、主君に値すると認めた。 ナイトリングに独特の習性は集団単位でも発揮される。

エクレア小国の西部に住みよい領地を分け与えられたナイトリングたちは、自らを『妖精騎士団』と称し、エクレア小国の虎の子の戦力となった。 タメリク帝国に内外から圧迫される現在、妖精騎士団はエクレア小国の命綱だ。

ところが妖精騎士団は最近のエクレア小国の品行を気に入らず、質問状を送って寄越した。 彼らは我慢がならないのだ。 タメリク帝国への譲歩を繰り返し弱小種族を見殺しにするエクレア小国に。 妖精騎士団はエクレア小国に求めている。 ナイトリングの主君にふさわしい高潔で勇敢な振る舞いを。

            ◇

「幸いにも、ゲータレード市の隣がナイトリングの領地。 ハーフオークの王も直ちにゲータレード市に攻め込まないさ」

ナイトリングの勇猛さは近隣諸国に一目置かれる。

「だがナイトリングの忠誠心が低下する今、妖精騎士団の戦闘力も低下。 タメリク帝国と対立せずナイトリングの忠誠を維持する上手い方法は無いものか...」

思考のテーマが広がり過ぎたのを自覚し、ゴザロウは眠ることにした。 3日間続いた視察も今日で終わり。 明日は休暇で、ゲータレード市の観光を楽しむ予定。 この町には一部マニアの間で噂のアンティーク・ショップがある。 骨董品の収集を趣味とするゴザロウは、そのショップに行くのを楽しみにしていた。

           ◇◆◇

翌日。

「ここが例のショップか」

ゴザロウの衣服は昨日と同じグレーのスーツ。 銀縁メガネも昨日と同じ。

ショップの木製のドアを開くと、ドアに取り付けられたベルが音を立てる。 チリリーン。

「さぁて、どんな宝物があるかな」

店内を眺め回すゴザロウの目に留まったのは、大量の妖精コイン。 さほど希少でないとはいえ他のショップなら1枚ずつ丁重に陳列される品が、この店では店主が座るカウンターの脇に積み上げられている。

積み上げられた妖精コインを凝視するゴザロウに、店主が声を掛ける。

「いらっしゃい」

「そこに積んであるのは妖精コインかい?」

「そうだよ。 5枚ほどどうだい?」

まとめ売りを試みる店主。 在庫がダブついている。

「いや結構」

妖精コインならゴザロウも何枚か持っている。 虹色に輝く美しいコインは眺めていて飽きないこと満月のごとし。 でも大量に持っていても仕方がない。 ましてや5枚もいらない。

「安くしとくよ」

「いくらだい?」

買いはしないが訊いてみた。

「5枚で75万モンヌだ」

ほぅ、15万モンヌか。 ゴザロウは瞬時に1枚あたりの値段をはじき出した。 エリートの彼にとって75÷5は計算ではない。 暗記している計算結果を引き出す作業だ。

「安いな」買わないけど。

「頻繁に売りに来る人がいるんだよ。 どこで手に入れるのか知らんが」

店主の言葉を気に留めず、ゴザロウは骨董品でひしめく店の奥へ足を踏み入れた。

           ◇◆◇

店内を一巡りして、ゴザロウは思う。

(コレクター垂涎の希少品も置いているが... 妙な店だな)

再び店内を一巡りして、ゴザロウは違和感の理由を特定した。

(わかった! この店は落差が激しいんだ)

落差とは、陳列される骨董品の価値の落差。

(この店の目玉商品は3つだけ。 "シルフの羽衣" と "トサカヘビの鱗"。 それに "アクアライト"。 それ以外は埃をかぶった陳腐な品だ)

3種の宝物はいずれも複数が販売されている。 1つでも入手が極めて困難な品を、この店はどうやって複数入手したのか?

(おまけに、3種とも品質は最高クラス。 アクアライトもクイックリング級だ)

アクアライトは水色がとても美しい宝石だが、空気に触れると色褪せ始める。 だから採取してすぐコナガラムシの粉末を溶かした水に漬けるが、水に漬けるまでに要した時間で美しさに差が出る。 アクアライトは美しさに応じて5つの等級に分けられ、クイックリング級は最上位。 クイックリング級の評価を得るには、採取後のアクアライトを神速とも言うべき素早さでコナガラ溶液に漬けねばならない。
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