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私は役立たず、なんかじゃない!

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「アルフィエット・バートリー! お前との婚約を破棄する!」

「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった私こと神楽坂萌。会社の飲み会で酔っ払って、二次会のカラオケで大好きなアニソンも歌えず、ノリについていけなくてお酒ガブ飲みで酔い潰れてた筈なのに......。

 気がついたら知らない世界。ふかふかのベッドで目覚めた私が、「夢かな......」なんて思いつつドレッサーに座って寝癖を直していたその時。部屋に飛び込んできたのがこの人なのだ。

「あの、すいませんがどちら様ですか?」

「なっ......! 婚約者であるこの第三王子、フレッド・エミュールの顔と名前を忘れたのか!?」

「はー、王子様なんだ。いや、まぁ全然知らないですけど......ていうか、ここはどこなんでしょうか?」

 王子様を名乗る金髪の青年は確かに彫りが深く、ヨーロッパ系なお顔立ち。全然好みの顔じゃないけどね。そして何故か日本語を喋っている。

「き、貴様ぁ......! この僕をここまで侮辱するとは......! 許さん! 親に抗議してやる!」

 フレッド王子は白い顔を真っ赤にし、部屋を飛び出していった。全く短気な人だなぁ。ってか、マジで誰なんだよ......。私、アルフィエットって名前じゃないし......。

 気を取り直してドレッサーの鏡を見る。うん、この顔も私じゃないぞやっぱり。でも夢にしては随分と意識がはっきりしてるな。

 試しにほっぺたを思いっきりビンタしてみる。バッチーンとね。

「いったぁーい!」

 ほっぺに赤く手の形がついてしまった。だが痛みのショックで混乱していた意識が正常に戻り始める。

 ああ......そうだ。今の私は神楽坂萌じゃなくて、「剣の聖女」アルフィエット・バートリー。それは間違いないんだ。

 ただ寝起きに前世の記憶が蘇ってきたせいで、混乱してしまっていたのだ。

 いやはや......私って異世界からの転生者だったんだね。平和な日本に生まれて地味にひっそりと育ち、恋人も作らずオタ活にいそしんだ生粋の夢女子。ゲームの推しキャラをアプリ課金やグッズ購入で養い、常に金欠だった。

 でも幸せだった。推しキャラとの甘い性格を日々妄想してた。あんな事やこんな事も......。そして三十歳の若さであの世へ旅立ったんだよね......多分。記憶が途切れてるから確かじゃないけど、きっとそうなんだろう。

 最後まで純潔守ったよ私。今世においても、成人する十八歳の今までしっかりガードしてきた。

 あの婚約者フレッド王子にでさえ、手も握らせた事はない。前世の地味な顔と違って、今世の私はアイドル並に可愛い。フレッド以外にも求婚者は沢山いたんだけど、好みじゃないから全部振ってやったんだ。さすがに王子様は断る訳には行かなかったけど......。

 やっぱ三次元の男には興味がわかないっていうか......理想が高すぎるんだろうね私。前世で推してたゲームのキャラみたいな男子、どこかにいないかな。

 っていうかフレッドは何で怒ってたんだっけ? 婚約破棄された理由はなんだ?

 そこだけどうしても思い出せない。うーん......。

 私がうんうん唸っていると、禿げた中年が部屋に飛び込んで来た。

「おいアルフィエット! 剣精霊召喚の儀で、一人も剣精霊を呼び出せなかったらしいな! 全く、この恥さらしめが!」

「はぁ? あんた誰?」

「この後に及んでふざけた事を......!」

 ゆでだこみたいに顔を真っ赤にしているハゲ。ああ、思い出した。この人、私のお父さんだ。それにフレッドが怒っていた理由もわかった。

「ああ、お父様でしたか。確かに剣精霊は呼び出せませんでしたが、国王派陛下は『ドンマイじゃアルフィエット』って言って笑ってましたよ。親指も立ててましたし」

「それは陛下がお優しいからだ! お前と婚約していたフレッド王子は怒り心頭だぞ! お前との婚約を破棄するそうだ! この役立たずが!」

 役立たず。それが親の言う言葉だろうか。ハゲは私を道具としか思っていないのだ。愛情なんて、カケラも持ち合わせていない。毒親だ。お母様が生きていたら、きっと私を庇ってくれたのだろうけど......私が幼い時に病気で逝ってしまった。

「聖女の役目を果たせなければ、役立たず。そう仰りたいのですか」

「当たり前だ! お前が神託で聖女と認定された時、私がどれほど嬉しかったかわかるか!? その日からずっと、お前を聖女として教育してきた! 苦労してきたんだ! それが今日で全部無駄になった! もはやお前の顔など見たくない! 追放だ! この家から出て行け! 今すぐにだ!」

 そう言って私に指を差すハゲ。私は怒りを通し越して呆れていた。なんて自己中心的な人間なのだろう。こんな人間が私の父親だなんて、とても恥ずかしい。

「わかりました、出て行きます。もう二度とこの家には戻りません。さようならお父様。ご機嫌よう」

 私はドレッサーから立ち上がり、近くに置いてあった肩掛けポーチを取る。そしてハゲの横を通りすぎ、玄関まで走る。

 外へ飛び出した後も走り続けた。イライラとした気持ちを振り払うように。やがて疲れて立ち止まり、一度だけ家の方を振り返る。

 ハゲは出てきていなかった。呼び止められる事もなかった。本気で私に出て行って欲しかったのだろう。それならもう、あんな家に未練はない。

 私は一人でも生きて行く。生き抜いて見せる。貯金も結構あるしね!

 私が住んでいた場所は、クライハーゲット。バイルセン国の王都だ。父は牧師をやっていて、それなりに人々の信頼もあったようだった。私も一緒に教会に行き、仕事を手伝いながら聖女としての心得を教わってきた。

 だけどもう、家には帰らないと誓った。
 行くあても何もない私。とりあえず知ってる人がいない場所に行こう! と思い立って、馬車を使って王都の郊外まで移動。

 王都の周囲をぐるりと囲む巨大な壁。それは魔族から人々を守る為の物。そう、この世界には人々を襲う魔族と呼ばれる存在がいるのだ。怖い。

 御者さんの話では、王都を出て森を抜けた所に開拓村があり、開拓者を募っているそうだ。そこになら私の居場所があるかも知れない。と思ったのだが、今は行かない方が良いらしい。

 森はかなり深く、抜けるのに時間がかかる。もしも夜になった場合、魔族に遭遇する可能性が高いとの事だった。こんな若さで魔族に殺されるのは嫌だ。仕方なく、郊外をトボトボと歩く私。

「そんなに遠いのかぁ......」

 ちなみに村とは逆の方向、近い場所に商業都市もあるらしいのだが、いきなり行って仕事や家を確保出来るか自信がない......。

 旅なれしている商人や冒険者ならまだしも、私は世間知らずのお嬢ちゃんに過ぎない。騙されて借金を背負わされ、奴隷堕ちする未来しか見えない。

 今日は何処か宿屋を探そう。一泊して、明日の早朝開拓村に行けばいい。

 なんやかんやでもうお昼。まずはお腹を満たそうかな。パンケーキとか食べたいなぁ......。

 ああ......私の推し、聖剣騎士の「エクスカリバー」もパンケーキが好きなんだよ。一緒に食べられたら幸せだなぁ。

 前世の記憶が蘇った事で、私の二次元男子愛は再燃していた。だけどこの世界にはスマホとかゲームとか無い。テレビもないし、アニメもない。ないない尽くしの生き地獄みたいな世界。魔族までいるし。

 ああもう! エクスカリバーは私が養わなきゃ行けないのに、課金もグッズ購入も出来ないじゃないの! この気持ち、何で発散すれば良いの!?

「エクスカリバー!」

 私は叫んだ。私が愛してやまない推しキャラの名前を、思いを込めて高らかに。

 行き交う人々が驚いた顔で私を見つめ、ヒソヒソと囁き合っている。ヤバイ奴だと思われたかも知れない。

 だけどその時、信じられない事が起こった。天から雷が落ちたのだ。それも私の目の前に。

 それ自体は別にいい。確率は低いが、起こり得ない事じゃない。つまり信じられない事ってのは、この後に起こった事。

 雷が落ちた場所に、突然地面に刺さった剣が現れたのだ。その形は、まごうことなき私の推しキャラの宿る聖剣。そう、聖剣エクスカリバーだ。

 エクスカリバーは石畳を粉砕し、地面に突き刺さって輝きを放っている。人々が何事かと集まってくる。ガヤガヤと喧騒が行き交う中、私はまるで吸い寄せられるように剣に近づいた。そしてそれを手に取る。

 頭の中は真っ白だった。ただ心臓の鼓動だけが、ドクドクと響いて聞こえる。

 私は深呼吸して、剣を引き抜こうと試みた。

「せぇい!」

 気合いを入れて引っ張った。拍子抜けするくらい剣はあっさりと抜け、私はよろめいて後ろに倒れそうになる。

 それを誰かが抱き止めた。そして、そっと私の耳に囁く。

「大丈夫ですか、アルフィエット様」

「きゃあああーっ!」

 私は悲鳴を上げた。だってその声は......! 

 声の主は私をお姫様のように抱き上げ、微笑んだ。いつのまにか、手の中の剣は消えていた。いや、違う。「彼」がその剣だ。

「初めまして、聖剣の聖女アルフィエット様。驚かせてしまって申し訳ございません。我が名はエクスカリバー。以後、お見知りおきを」

 ひえええーっ! ご本人降臨! 二次元の推しキャラがニ・五次元に! いやいや、こりゃ完全に三次元だ! でも声も顔も、ガチで再現度高い! 全然違和感ないっていいうか、私の妄想そのものっていうか、天使......! いや神.......! 死ぬ! 尊すぎて死ぬ!

「仰げば尊死......!」

「はい?」

 思わずつぶやいた言葉に、微笑んだまま首を傾げるエクスカリバー。

「いえいえ! なんでもないんです! す、すみません!」

 うおおお! 頭がパニック! 心臓破裂しちゃう! ていうか、待て! このシチュエーション、私知ってるよ!

 聖剣エクスカリバーを引き抜いて、抱っこされちゃう奴! これってアレじゃん! 私が前世でハマってた女子向け育成ゲーム「聖剣ナイトラヴァーズ」の冒頭じゃん!

 じゃあ私もしかして! 「聖剣ナイトラヴァーズ」の世界に転生しちゃったって事!

 ヤバイ......。嬉しすぎて涙が止まらない......。

「アルフィエット様! どうしたのですか!? 私が何か無礼な事を......!」

 私の涙を見て慌てるエクスカリバー。

「い、いえ、違うんです。あなたに会えて嬉しくて......! 涙が止まらないんです......!」

 すごい。私エクスカリバーと普通に喋ってる。しかも抱っこされてるし!

「私もあなたにお会い出来て本当に嬉しいです。このたびは召喚していただき、ありがとうございます」

 ん? 召喚? ああ、もしかしてさっき名前を呼んだから......!

「私、出来損ないの聖女だと思ってた」

 そういうと、エクスカリバーは全力で否定する。

「とんでもございません! あなたは百年一人の【聖剣の聖女】様です。聖剣を召喚出来るのはあなただけ。普通の剣の聖女よりも格上なのですよ」

「そうだったんだ......!」

 役立たずじゃなかった......。普通の剣からは精霊を呼び出せない代わりに、私は聖剣を召喚出来る。そこから精霊を呼び出す事も出来るんだ。

「ええ、そうですとも。そして百年前に倒された【破滅の魔女】が、どうやら復活したようなのです。彼女を倒す為には、あなた様のお力が必要です。どうか私と共に戦って下さい」

「はい喜んで!」

 私は即答した。推しと一緒にいられるんだ。迷う理由なんて無い。

 その時、私とエクスカリバーを囲む群衆の中から拍手が聞こえた。拍手の主は中年の男性。多分四十代くらいだと思うけど、中々の美形だ。

「聖剣の聖女アルフィエット様。私どもはずっとあなたの事を見守って参りました。剣精霊召喚の儀の際も、フレッド王子の婚約破棄、お父様であるスリザリッド牧師からの追放も、全て知っております」

 な、何この人......! ストーカー!?

「アルフィエット様、お下がり下さい」

 エクスカリバーが私を下ろして立たせ、守るように前に立つ。きゃっ、カッコいい......♡ ていうか尊い......!

「お待ち下さい、聖剣騎士エクスカリバー様。私共は、あなた方を支援したい。あらゆる面で、コルーゲン王家はバックアップをお約束致します」

 コルーゲン王家って......! 私のいるバイルセン王国と対立するボードギアス王国を治める王家......!

「いかが致しますか、アルフィエット様。私は現状把握がまだ出来ておりませんので、あなた様の判断に従います。どこまでもお供致しますよ」

 エクスカリバーは私を振り返ってそう言った。

「そうですね。どうしよう......」

 私は思案した。この人は......コルーゲン王家は私を認めてくれている。私を迎え入れようとしてくれている。役立たずの廃棄処分になった私を。

「あなたの名前を聞かせて下さい」

 私は静かにそう返した。

「私はフィアス・チャンドラー。コルーゲン王家に使えし者です。私共の申し出を、お受けいただけますか【聖剣の聖女】アルフィエット様」

 フィアスはそう言って胸に手を当て、うやうやしく頭を下げた。

「はい。お受け致します。ふつつか者ですが、これからどうぞよろしくお願いします」

 王族の前に出ても恥ずかしく無い程度の礼儀作法は習っていた。私も形式にならって礼を返す。

「ありがとうございます、アルフィエット様。私を信頼して下さった事へのお礼は、最大級のもてなしでお応え致します。では参りましょう。あちらに【竜車】を用意しております。地を駆ける竜をご存知ですか?」

 優しく微笑みながら差し伸べられた、フィアスの手を取る私。

「いえ、知りません。そんな竜がいるのですね」

「ええ。ボードギアスは魔術国家。アルフィエット様にとって、未知のものが多くございます。それはきっと、あなた様の好奇心や知的欲求を存分に満たすでしょう」

 フィアスに連れられ、私達を囲む群衆の中を抜けて行く。ここで起こった出来事は、すぐにバイルセン国王の知る所となるだろう。だけど構わない。私は、私を必要とする人達の元へ行く。

 振り返ると、エクスカリバーが無言でついてきていた。私の背後を守るようにしながら、そっと微笑んでいる。

 くっ......! その微笑みの威力メガトン級......! 好きだぁー!

「アルフィエット様、よだれが垂れていますよ。拭いて差し上げますね」

「あひゃっ! しゅみましぇん!」

 エクスカリバーが私のよだれをハンカチで拭いてくれた......! もう死んでもいい......!

 いや、死にたくない! こんな幸せ、もしまた生まれ変わったって手に入るかどうか分からないもん! だったら私は今を生きる! 絶対に死んだりしない! 生きて生きて生き抜いて! もっと聖剣騎士達を召喚していっぱい溺愛されるんだー!

「っっしゃー!」

 私はガッツポーズを取った。フィアスもエクスカリバーも不思議そうに私を見たが、愛しいものを愛でるように、優しく微笑んでくれたのだった。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆(フレッド王子視点・ざまぁ)

 フレッド・エミュール第三王子は、父である国王タルガット・エミュールの呼び出しを受けた。

 何故呼ばれたのか。その理由については察しが付いていた。何故なら王都は「その話題」で持ちきりだったからだ。

 フレッドは重い足を引きずり、どうにか国王の謁見室へと入室した。

「お呼びでしょうか、父上」

 フレッドは国王の前にひざまずく。フレッドの隣には、すでに到着していたアルフィエットの父、スリザリッドがひざまずいていた。

「お呼びでしょうか、ではないわ愚か者めが!」

 謁見室にいる、側近達を含めた全ての者が震え上がる。普段温厚なタルガット国王の怒りは、それは恐ろしいものだった。

「貴様が勝手に婚約を破棄したお陰で、アルフィエットはボードギアスに取られてしまったのだぞ! 代々受け継がれてきた聖女の守り手としての地位を、よりにもよってあの【魔術国家】に奪われるとは、なんたる失態だ!」

 タルガットは顔を真っ赤にし、こめかみには青筋を浮かべている。そして目は炎を宿したかのように血走っていた。

「し、しかし父上! あの出来損ないは剣聖霊召喚の儀において、ただの一人も精霊を召喚出来なかったではないですか! きっと偽物です! 本物は別にいるのです!」

「私もそう思います」

 同調するのは、アルフィエットの父スリザリッドだ。

「たわけ! 予言者オーリンの神託が、これまで一度として間違った事があったか!? だからこそ、ワシはあの場でアルフィエットの失敗を許した! ドンマイじゃ、とな! そしてやはりその判断は間違いではなかった! アルフィエットは百年に一人しか現れぬという【聖剣の聖女】だそうではないか! 民衆の話では聖剣エクスカリバーを召喚し、そこから聖剣騎士を呼び出したそうだ! 【聖剣の聖女】は一人いれば幾万の兵力にも匹敵する! そんな貴重な国宝とも言える要人を......! かたや婚約破棄! かたや追放! なんと愚かな者どもよ! 死罪にしても飽き足りぬわ!」

 タルガットの怒声は、部屋全体をビリビリと震わせた。側近の中には、あまりの恐ろしさに泣き出す者までいた。

「どうかお許しを父上! なんでもします! 命だけは! どうか命だけは!」

「私も反省しております! 娘を探し出し、連れ戻します!」

 ガタガタと震えながら土下座するフレッドとスリザリッド。

「連れ戻すだと!? 出来ぬ事を言うなスリザリッド牧師よ! 最初から貴様になど、何も期待してはおらぬわ! なんでもすると言ったなフレッド! では貴様はたった今より、開拓者だ! スリザリッドと共に開拓村へ行け! 開拓には早くても十年以上はかかるだろう! その間の食事は全て自給自足! 住む場所も自分で確保せよ! 開拓が終わるまで、決して戻ってくる事は許さん! 良いな!」

 厳しく言い放つタルガット。フレッドもスリザリッドも反論したい気持ちでいっぱいだったが、とてもそんな事が許される状況ではなかった。

「かしこまりました......」

 二人は震えながら床に頭を擦り付け、泣き続けるのであった。

 ◆◆◆◆◆◆◆(アルフィエット視点)

「ふああ~。幸せ......」

「それは良かったです」

 バイルセン国を離れて、既に数日経った。竜車の速度は異常に早く、魔術回廊と呼ばれる不思議な道を通って移動。本来なら三か月はかかる距離らしいのだが、ほんの数時間で私達はボードギアスに到着した。

 まさに国賓といった最上級の扱いを受け、私は存分にリッチでVIPな生活を送っていた。

 そんなある朝の事。私は今、聖剣騎士エクスカリバーのお膝で膝枕をしてもらっている。

 ボードギアスの王都、ラハキュールカ。その王城の一室を与えられた私。エクスカリバーには部屋はなく、私と同室だ。

 一つの部屋に一組の男女。とくればやる事は一つ!

 いや、一つじゃない! いっぱいあるよ私の妄想! てな訳で、まずは昔から憧れていた膝枕耳かきをお願いしてみたのだ。

「さて、では初めますよアルフィエット様」

「はい! お手柔らかにお願いします!」

 エクスカリバーの繊細な指が、私の髪を撫でる。そしてもう片方の手は、耳かき棒を私の耳へと挿入する。

「いきます」

「ふあああっ!」

 き、気持ちいいーっ! 自分でするのと、全然違う......!

「このへんとか、どうですか?」

「ひゃっ、しゅごく、気持ち、いいれす......!」

 カリカリと優しく私の中を引っ掻くエクスカリバー。たまらない、この多幸感......!

「さぁ、いいですよ。次は反対の耳を」

「ふぁい......」

 私はくるりと向きを変え、顔をエクスカリバーのお腹の方へ向ける。見上げると、天使のような笑顔......!

 し、死ぬ......! またしても尊死......!

「さぁ、いきますよ」

「お願いしまふ......」

 カリカリカリカリ。ああ......一生このままでもいい。私の耳垢、無限に湧き出て来い......。そしてエクスカリバー様に取って頂くのよ......。

「ところでアルフィエット様。私に聞きたい事があるとおっしゃっていませんでしたか? 良ければ今、耳かきしながらお答えしますよ」

「ふえっ!? この状態で!? えっと......! じゃあ他の聖剣を呼び出す方法をお願いしましゅ!」

 気持ち良すぎて呂律が回らない。

「はい、いいですよ。では説明しますね。剣精霊の召喚にはマナと呼ばれる、生き物の持つエネルギーが必要です。これは成長と共に溜まっていき、アルフィエット様には十八年分のマナがありました。通常の剣精霊を呼び出すには、一年分のマナが必要になります。ですが聖剣はその十倍。十年分のマナが必要です」

「じゅ、十倍......!? って事は、私は十八年分のうち、十年分をエクスカリバーに使ったって事? じゃあ後二年経つまで、もう呼び出せな......ふあっ、そこ、らめぇーっ」

 耳の奥、気持ちいいっ......!

「ふふっ、可愛いですねアルフィエット様は。大丈夫ですよ。モンスターを討伐した際に、奴らの体内から魔石という物が取れます。これは一個で一か月分のマナを補充出来るので、これを集める事で、また召喚が可能になります」

「モンスター? 魔族とは違うの? ひああっ」

「魔族は高い知能を持ち、大陸の各地に隠れ住んでいます。夜にのみ行動する種族で、人間を食料とする残忍な連中です。モンスターは大陸の各地にあるダンジョンにのみ存在します。知能は低いですが、宝を守る本能で侵入者を排除しようとします。魔石はこのモンスターの方から獲得出来ますよ。はい、耳かき完了です」

 終わってしまった......私は残念に思いながらも体を起こし、ベッドに腰掛けるエクスカリバーの横へと座る。

「なるほど......ボードギアスの人達も私にダンジョンの宝を取って来て欲しいみたいだし、ダンジョンに行けば一石二鳥って訳だね!」

「ええ、その通りです。彼らの目的は世界平和だと言っていましたね。本当かどうかは怪しいですが......ダンジョンの財宝を平和の為に使うとの事。ならば【破滅の魔女】を討伐して世界を守ろうとする私達と目的は一緒です。彼らの力を借り、ダンジョン攻略に勤しみましょう」

「はい! 頑張ります!」

 その時「ぐきゅるー」っと私のお腹の虫が鳴る。

「あ、あはは......ごめんなさい」

 さっき朝食を食べたばかりなのに......私は恥ずかしくなってうつむいた。

「ふふっ。アルフィエット様は育ち盛りなのですね。私は沢山食べる女性、好きですよ。では、フィアス様にお願いして【おやつ】を用意してもらいましょう」

 エクスカリバーはそう言うと、ベッド脇の台座に置いてあるベルを取って鳴らした。

 すると少しして、ノックの音。

「はぁい、どうぞ」

「失礼致しますアルフィエット様。いかがなさいましたか」

 深々と頭を下げる美形紳士なフィアスさん。彼はこの王宮の執事長であり、国王の護衛隊長でもあるらしかった。そんな偉い人に世話してもらうって、なんだか贅沢だ。

「アルフィエット様が【おやつ】をご所望です。山盛りのパンケーキをお持ち頂いてもよろしいですか?」

 エクスカリバーがそう告げると、フィアスさんは再びお辞儀をする。

「かしこまりました。たっぷりのハチミツとバター、生クリームも添えてお持ち致しましょう。少しだけお待ちください」

 フィアスさんが部屋を去る。待っている間、私はまたエクスカリバーに質問をしてみた。

「破滅の魔女って、どんな人なの? 会えばわかるのかな」

「いえ、残念ながらわかりません。ですが、魔女が召喚する【魔剣】の存在は、我々聖剣騎士には感知する事が可能です。魔女は人々に災いをもたらそうとする際、必ず魔剣を召喚します。その時が、彼女を見つけるチャンスでしょう」

「なるほど......」

 そんな話をしていると、コンコンと再びノックの音。

「はぁい、どうぞ」

 私の許可で入室してきたのは、メイドの少女。おそらく私と同じくらいの年齢。黒髪に黒い瞳、真っ白な肌。吸い込まれそうな程に美しい容姿だった。

「失礼致します......」

 メイドの少女は微笑んではいたが、どこか悲しそうな、儚い微笑みに見えた。

「パンケーキ、お待たせ致しました。こちらに置いてよろしいですか?」

 少女は部屋に設置してある丸いテーブルを指し示した。

「あ、はい、そこでお願いします」

「かしこまりました」

 少女はパンケーキが山と積まれたお皿を持ち、テーブルに置こうとした。だがパンケーキの量が多すぎて、予想より重かったのだろう。手が震え、パンケーキタワーがぐらりと傾く。

「危ない!」

 私は即座に立ち上がり、テーブルの方へダッシュしてパンケーキのお皿をガッとおさえた。そして崩れかけたパンケーキタワーを口で支える。あ、一枚かじっちゃった。美味しい。

「も、申し訳ございません!」

「大丈夫! 一緒にテーブルに置こう!」

 私はメイドさんと一緒にパンケーキの乗ったお皿をテーブルに置く。チラッとエクスカリバーを見ると、彼はベッドに腰掛けたままで微笑んでいた。きっと私の行動が、メイドさんの救出に間に合うとわかっていたのだろう。

「あ、あの、本当に、私......! 申し訳ございません!」

 失敗しかけたのが余程悔しかったのか、メイドさんは大粒の涙をこぼして泣き始めた。

「大丈夫だよ。パンケーキは無事だし、誰も怪我してない。ねぇ、良かったら一緒に食べない? 沢山あるし」

「ええ!? いえ、そんな! 私なんかがご一緒なんて出来ません!」

 手を顔の前でブンブン振って拒否するメイドさん。

「私が一緒に食べたいの。きっとフィアスさんは良いって言うわよ。ねぇ、エクスカリバー」

「はい、私もそう思います。誰もアルフィエット様のご機嫌を損ねるような真似はしないでしょう。つまり、あなたはアルフィエット様とパンケーキを一緒に食べるべきなのです」

「......!」

 言葉に詰まるメイドさん。どうして良いか困っているようだ。

「まずは名前を教えて欲しいな。私はアルフィエット。あなたは?」

「あ、私は、クロエ・ロレンツォです」

 控えめな態度で名乗るクロエ。私はテーブルの椅子を引き、彼女に勧めた。

「どうぞ座って。さぁ、エクスカリバーも。一緒に食べましょう」

 私が着席したのを見計らって、エクスカリバーがニコニコと座り、クロエが静々と座る。

「これは直感なんだけど、私達友達になれると思うんだ。クロエ、これからも一緒におやつを食べてくれる?。私、あなたの事が好きなの」

 前世ではコミュ症で、一人も友達がいなかった私。信じられないくらいにスラスラと言葉が出てくる。嫌われないかな、とか、押し付けがましいかな、とかは頭の片隅にある。だけど言えてしまうのだ。自分の気持ちを遠慮なく。それはとても気持ちの良い事だった。

「はい! 私なんかで良かったら喜んで! 私もアルフィエット様の事、好きです!」

 満面の笑みで、パンケーキを頬張るクロエ。

「うー! 美味しい!」

 膨らんだほっぺたが可愛い。

「どれどれ、じゃあ私も!」

 私はパンケーキをナイフでカットすると、バターを乗せてたっぷりのハチミツをかける。

「待ってくださいアルフィエット様。私が食べさせて差し上げます」

 エクスカリバーがパンケーキをフォークで突き出し、私の口元に持ってくる。

「はい、あーん」

「あーん」

 推しにパンケーキをアーンしてもらえるなんて......! 尊死案件......!

 パクっと頬張る。口いっぱいに幸せが広がる。

「ふむぅー! 美味しい!」

 私は自分の両頬をおさえ、足をバタつかせた。推しに食べさせてもらうパンケーキは、それくらい美味しかった。

「アルフィエット様可愛い! じゃあ今度は私が食べさせてあげますね!」

 クロエも私にパンケーキを食べさせてくれる。生クリームがたっぷりだ。

「ありがとうクロエ! うまうま! パンケーキうまうま!」

 友達と推しにパンケーキを食べさせてもらえるなんて、なんて最高なおやつタイムなのだろう。もう死んでもいい......! いや、やっぱ死ねない!

 クロエとの友情を育みつつ、エクスカリバーとの絆を深め、もっともっと溺愛してもらうんだ!

 そしてダンジョンを攻略して、他の聖剣騎士も召喚して......うへへ。じゅるり。

 いや、そんな不謹慎な目的じゃなくて! 魔女を倒す為、私は聖剣騎士を集めるんだ! 覚悟しろよ魔女!

 そして聖剣騎士に溺愛......! 頑張るぞー!

 さぁ、私の冒険は今始まったばかり! みんな、応援よろしくね!

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