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第19話 裁定者。
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「なんじゃ、その小僧は」
尊大な態度で、少年は賢者に言い放った。その口調は、まるで老人のようだ。
オースティンに連れられてやって来た、魔術ギルド内にある「裁定者の部屋」。
そこにいたのが、その少年である。年の頃は十二、三歳といった所だろう。
ってか、小僧ってもしかして俺の事? 一応三十五歳なんですけど。君よりずっと年上だよ、と言いたくなったが、やめておく。
この少年、威圧感が尋常ではない。間違いなく、彼が「裁定者」なのだろう。裁定者の恐ろしさは、誰だって知っている。不用意な発言は命取りだ。
「フェイト様、彼がファースの息子、ティムです」
そう言ってオースティンは頭を下げる。え? オースティンって魔術ギルドの最高責任者だよな? ギルドマスターだよな?
裁定者は魔術ギルドの所属の筈だ。何故ギルドマスターが頭を下げる必要があるのだろうか。しかもフェイト「様」と、様付けである。いくら裁定者が恐ろしい存在だとはいえ、態度が卑屈すぎやしないだろうか。
「しつけがなってないのう、オースティン」
「申し訳ありません。ほら、お前も頭を下げろ、ティム」
グイッと頭を押し付けられ、俺も仕方なく頭を下げる。なんなんだ一体。こいつ、そんなに偉いのか?
気にくわねぇ。確かに逆らっちゃいけないのかも知れないが、なんかムカつく!
「良かろう、許してやる。ふむ、ファースの息子とな。確かに面影がある」
フェイトは執務机の椅子から立ち上がり、ツカツカと俺の前に歩み寄る。室内はカーテンが半分しまっており、やや薄暗い。絵画や骨董品などが置いてあるようだが、はっきりとは見えない。
すぐ前に立ち、彼は俺を見上げた。間近で見ると、その顔が更にはっきりする。髪はショートで、珍しい黒髪。大きく鋭く、なおかつ可愛らしい目は意思の強さを感じる。身長は俺の鳩尾(みぞおち)くらいまで。キーラと同程度だろう。
よく見ると、少年ではなく少女にも見える。声も幼く高い声で、男女の判別が付きにくい。
「ふむ、どうやら言いたい事がありそうじゃのう。反抗的な目も、ファースに良く似とるわい。貴様、儂の事が嫌いじゃろう」
挑発するような目つきと声色で、フェイトはそう言った。
「いえ、そんな事はありません」
俺は感情が表に出ないように努めながら、静かにそう言った。
「嘘は良くないのう。虚偽の発言は犯罪じゃ。罰として、舌を切り取らねばならん。もう一度だけ聞くぞティム。貴様、儂の事が嫌いじゃろう」
フェイトは左手の甲を、右手の爪でポリポリと掻きながらそう言った。
心臓を射抜くような視線。ゾクリ、と背中が寒くなる。少年とは思えない迫力だった。選択を間違えれば、死ぬ。
「ティム! 決してフェイト様には、うぐっ!」
言いかけたオースティンの口が、ピタリと塞がる。
「やかましいぞオースティン。少し黙っておれ」
フェイトは左手の人差し指を、ピンと立ててそう言った。
「さぁ、答えよ! ティム・バートリー!」
どっちだ? オースティンはなんて言おうとした? フェイト様に無礼な事は言うな、か?
それとも、決して嘘をついてはいけない、か?
そもそも、何故フェイトはここまで嘘にこだわる? ここまで追求する理由はなんだ?
俺は考えた。生き残る為に、必死に頭を回転させた。答えは、二つに一つ。
よし、決めた。
「ああそうさ! 俺はあんたが大嫌いだよ、フェイト! これで満足か!?」
俺は正直に、思いをぶちまけた。するとフェイトはニヤリと笑う。
「そうじゃ、それで良い。儂に嘘は通じぬ。相手が嘘をつくと、左手の甲が痒くてたまらなくなるからのう。もう儂の前で嘘をつくなよ。それとな」
フェイトは真顔になり、俺の胸にトンと人差し指を押し付ける。
「不遜な態度は改めよ。儂はあまり寛大ではないのでな」
「ぐあああああっ!」
全身に激痛が走る。筋肉が硬直、痙攣し、痺れる痛みは骨まで達していた。
がくりと両膝を床につく。痛みは去ったが、まだ目がチカチカする。
「いきなり攻撃って、これは犯罪じゃ、ないのかよ」
相手の承認なく怪我を負わせた場合、それは「傷害罪」にあたる筈だ。
「愚かな。知らんのか? 裁定者はいかなる行動も許され、罪にはならないのじゃ。別名を免罪者、とも言う」
「知ってるよ。言ってみただけだ」
俺は悪態をつきながら、フラフラと立ち上がる。
「ティム、頼むから行儀良くしてくれ」
オースティンが、やや悲しそうな目で俺を見つめる。彼がそんな表情をするのは珍しかった。父さんと母さんが死んだ、あの日以来だ。
「ごめん。気をつけるよ」
俺は反省した。彼が、心から俺を心配していると理解したからだ。
「オースティンに免じて、これで許してやるとしよう。今後は気をつけるようにな。さて、それでは用件を聞こうか」
ようやく本題に入れる。俺が口を開こうとすると、オースティンが手を上げてそれを制した。ここは素直に従おう。
「フェイト様。実は先日お話ししたように、闇ギルドの一件にはティムも関係しているのです。彼はあなた様の【裁定】に同行し、真実を知りたいと申しております。どうか、ティムの同行をお許し頂けないでしょうか」
オースティンはそう言って、深々と頭を下げた。
「ほう、それは面白い。良かろう、同行を許可する。だが、邪魔になりそうなら即座に排除するぞ。良いな」
「ははっ! ありがとうございます! 感謝致します!」
オースティンはまた深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、フェイト様」
俺もオースティンに倣い、深く頭を下げた。
「口の利き方がわかって来たではないか。よし、では時が訪れたら連絡をする。今はまだ、【裁定】の時ではないのでのう。一旦帰るが良い」
フェイトはそう言って踵を返し、執務机へと戻って行った。
「かしこまりました。それでは失礼致します」
「失礼します」
オースティンと一緒に頭を下げ、部屋を出る。
「ティム、お前は一度家に帰れ。【裁定】は命がけだ。戦闘になる事も珍しくない。フェイト様は、基本的に一人で行動なさる方。お前の事を守ってくださる保証は無い」
「そうだな。シュミラにちゃんと話しておかなきゃならないな」
「そう言う事だ。そして自分の身は自分で守れ。絶対に死ぬな。私はシュミラの悲しむ顔を、もう見たくないのでな」
そう言って、俺の肩に手を置くオースティン。
「わかってる。俺だって同じ気持ちさ」
オースティンに微笑み、俺はその場を後にした。
左手首に嵌められた、愛用の「腕時計」を見る。これは魔術機構の品で、小型ながらも時間がわかるすぐれものだ。「探索士」は二十四時間ごとに構造が変わる迷宮において、常に時間を把握しておかねばならない。
今は午前十一時半。昼食の時間には間に合った。
俺はキッチンに立つシュミラの後ろ姿を思い出しながら、家路を歩いて行った。
尊大な態度で、少年は賢者に言い放った。その口調は、まるで老人のようだ。
オースティンに連れられてやって来た、魔術ギルド内にある「裁定者の部屋」。
そこにいたのが、その少年である。年の頃は十二、三歳といった所だろう。
ってか、小僧ってもしかして俺の事? 一応三十五歳なんですけど。君よりずっと年上だよ、と言いたくなったが、やめておく。
この少年、威圧感が尋常ではない。間違いなく、彼が「裁定者」なのだろう。裁定者の恐ろしさは、誰だって知っている。不用意な発言は命取りだ。
「フェイト様、彼がファースの息子、ティムです」
そう言ってオースティンは頭を下げる。え? オースティンって魔術ギルドの最高責任者だよな? ギルドマスターだよな?
裁定者は魔術ギルドの所属の筈だ。何故ギルドマスターが頭を下げる必要があるのだろうか。しかもフェイト「様」と、様付けである。いくら裁定者が恐ろしい存在だとはいえ、態度が卑屈すぎやしないだろうか。
「しつけがなってないのう、オースティン」
「申し訳ありません。ほら、お前も頭を下げろ、ティム」
グイッと頭を押し付けられ、俺も仕方なく頭を下げる。なんなんだ一体。こいつ、そんなに偉いのか?
気にくわねぇ。確かに逆らっちゃいけないのかも知れないが、なんかムカつく!
「良かろう、許してやる。ふむ、ファースの息子とな。確かに面影がある」
フェイトは執務机の椅子から立ち上がり、ツカツカと俺の前に歩み寄る。室内はカーテンが半分しまっており、やや薄暗い。絵画や骨董品などが置いてあるようだが、はっきりとは見えない。
すぐ前に立ち、彼は俺を見上げた。間近で見ると、その顔が更にはっきりする。髪はショートで、珍しい黒髪。大きく鋭く、なおかつ可愛らしい目は意思の強さを感じる。身長は俺の鳩尾(みぞおち)くらいまで。キーラと同程度だろう。
よく見ると、少年ではなく少女にも見える。声も幼く高い声で、男女の判別が付きにくい。
「ふむ、どうやら言いたい事がありそうじゃのう。反抗的な目も、ファースに良く似とるわい。貴様、儂の事が嫌いじゃろう」
挑発するような目つきと声色で、フェイトはそう言った。
「いえ、そんな事はありません」
俺は感情が表に出ないように努めながら、静かにそう言った。
「嘘は良くないのう。虚偽の発言は犯罪じゃ。罰として、舌を切り取らねばならん。もう一度だけ聞くぞティム。貴様、儂の事が嫌いじゃろう」
フェイトは左手の甲を、右手の爪でポリポリと掻きながらそう言った。
心臓を射抜くような視線。ゾクリ、と背中が寒くなる。少年とは思えない迫力だった。選択を間違えれば、死ぬ。
「ティム! 決してフェイト様には、うぐっ!」
言いかけたオースティンの口が、ピタリと塞がる。
「やかましいぞオースティン。少し黙っておれ」
フェイトは左手の人差し指を、ピンと立ててそう言った。
「さぁ、答えよ! ティム・バートリー!」
どっちだ? オースティンはなんて言おうとした? フェイト様に無礼な事は言うな、か?
それとも、決して嘘をついてはいけない、か?
そもそも、何故フェイトはここまで嘘にこだわる? ここまで追求する理由はなんだ?
俺は考えた。生き残る為に、必死に頭を回転させた。答えは、二つに一つ。
よし、決めた。
「ああそうさ! 俺はあんたが大嫌いだよ、フェイト! これで満足か!?」
俺は正直に、思いをぶちまけた。するとフェイトはニヤリと笑う。
「そうじゃ、それで良い。儂に嘘は通じぬ。相手が嘘をつくと、左手の甲が痒くてたまらなくなるからのう。もう儂の前で嘘をつくなよ。それとな」
フェイトは真顔になり、俺の胸にトンと人差し指を押し付ける。
「不遜な態度は改めよ。儂はあまり寛大ではないのでな」
「ぐあああああっ!」
全身に激痛が走る。筋肉が硬直、痙攣し、痺れる痛みは骨まで達していた。
がくりと両膝を床につく。痛みは去ったが、まだ目がチカチカする。
「いきなり攻撃って、これは犯罪じゃ、ないのかよ」
相手の承認なく怪我を負わせた場合、それは「傷害罪」にあたる筈だ。
「愚かな。知らんのか? 裁定者はいかなる行動も許され、罪にはならないのじゃ。別名を免罪者、とも言う」
「知ってるよ。言ってみただけだ」
俺は悪態をつきながら、フラフラと立ち上がる。
「ティム、頼むから行儀良くしてくれ」
オースティンが、やや悲しそうな目で俺を見つめる。彼がそんな表情をするのは珍しかった。父さんと母さんが死んだ、あの日以来だ。
「ごめん。気をつけるよ」
俺は反省した。彼が、心から俺を心配していると理解したからだ。
「オースティンに免じて、これで許してやるとしよう。今後は気をつけるようにな。さて、それでは用件を聞こうか」
ようやく本題に入れる。俺が口を開こうとすると、オースティンが手を上げてそれを制した。ここは素直に従おう。
「フェイト様。実は先日お話ししたように、闇ギルドの一件にはティムも関係しているのです。彼はあなた様の【裁定】に同行し、真実を知りたいと申しております。どうか、ティムの同行をお許し頂けないでしょうか」
オースティンはそう言って、深々と頭を下げた。
「ほう、それは面白い。良かろう、同行を許可する。だが、邪魔になりそうなら即座に排除するぞ。良いな」
「ははっ! ありがとうございます! 感謝致します!」
オースティンはまた深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、フェイト様」
俺もオースティンに倣い、深く頭を下げた。
「口の利き方がわかって来たではないか。よし、では時が訪れたら連絡をする。今はまだ、【裁定】の時ではないのでのう。一旦帰るが良い」
フェイトはそう言って踵を返し、執務机へと戻って行った。
「かしこまりました。それでは失礼致します」
「失礼します」
オースティンと一緒に頭を下げ、部屋を出る。
「ティム、お前は一度家に帰れ。【裁定】は命がけだ。戦闘になる事も珍しくない。フェイト様は、基本的に一人で行動なさる方。お前の事を守ってくださる保証は無い」
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「そう言う事だ。そして自分の身は自分で守れ。絶対に死ぬな。私はシュミラの悲しむ顔を、もう見たくないのでな」
そう言って、俺の肩に手を置くオースティン。
「わかってる。俺だって同じ気持ちさ」
オースティンに微笑み、俺はその場を後にした。
左手首に嵌められた、愛用の「腕時計」を見る。これは魔術機構の品で、小型ながらも時間がわかるすぐれものだ。「探索士」は二十四時間ごとに構造が変わる迷宮において、常に時間を把握しておかねばならない。
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