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第7話 悪魔の薬。

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「それでね、勇者セレスティンが言ったんですよ。マルコ、お前はクビだ! 役立たずは出て行け、ユティファは俺のものだ! ってね。ひどいでしょ?」

 今日初めて会ったばかりの女の子二人を前にして、僕は上機嫌で身の上話を語っていた。正直お酒を飲むのは久しぶりで、僕はかなり酔っている。

 タラスクは有言実行とばかりに、あっさりと彼女達を連れてきた。まぁ、それはある意味、納得出来る事だった。

 タラスクは現在、頭に生えているツノを隠している。一見すると長身で黒髪の美青年。体もがっしりと逞(たくま)しい。しかも彼は口がうまい。女性経験もきっと豊富だ。ナンパの成功率はかなり高いに違いない。

「えー、それって寝取られじゃん! マジ最悪だね、勇者って」

「ほんとほんと。マルコ君、かわいそかわいそ。お姉さんが癒してあげるね。おいでー、よちよち」

 ここは食事処「走り回るウサギ亭」。四人がけのテーブルで僕の正面に座るお姉さんに手招きされ、僕は彼女の胸に顔を埋めた。彼女の名前は......えっと、なんだっけ。

 ああ、そうだ。ルナさんだ。

「おいおい、ずるいぞマルコ。一人でいい思いしやがって。フィリアちゃん、俺たちもイチャイチャしようぜ」

「えー、どうしよっかなぁー。なんてね、いいよ。タラスクって超イケメンだし」

「だろ? ほら、こっちこいよ」

「はーい♡」

 ルナさんの友達、フィリアさんがタラスクの隣に移動する。つまり僕とタラスクは、それぞれが女の子達と密着している。

「ねぇ、その勇者セレスティンだけどさ、今どこにいるか知ってる?」

「え? いや、知らないけど......どうして?」

 ルナさんの質問に、僕はとぼけて見せた。本当は魔通信を使う事で居場所は分かる。だけどなんとなく、言わない方が良い気がしたのだ。

「んー、いやさ、マルコ君の前で言うのもなんか申し訳ないんだけど......アイツに抱かれるのチョー気持ちいいんだよね。アイツ、薬持っててさ。それ打たれるとマジでハイになっちゃうの。それでさ、アイツのってデカいじゃん? だからもっかいくらい、抱かれてもいいかなって思って」

 え......!? 薬!?

「そ、それってもしかして、危ない薬なんじゃ......!」

「うーん、そうかもね。でも別に、危ないとかはどうでもいいかな。気持ち良ければいいから」

「なっ......!」

 僕は愕然とした。なんて危機管理の甘い人なんだろうか。快楽主義者、ってやつか。

 そしておそらくセレスティンも快楽主義者。今日偶然あった女性が、偶然セレスティンの毒牙にかかっていた。そんなの出来すぎてる。きっと奴は相手を選ばない。女と見ればすぐに薬を使い、抱いているのだ。なんて下劣な奴だろう。きっと他にも被害者は大勢いる筈だ。

 もしかしたらユティファにも、その薬を使ったのかも知れない。そして彼女をも、肉欲の虜にしてしまったのだ。

「あの、でも、依存性とかあったら大変じゃないですか。もうセレスティンには関わらない方がいいですよ。それにもちろん、その薬にも」

 僕は真剣に、ルナさんを見つめた。まだ出会ったばかりだけど、彼女の事が心配だった。

「あー、マルコたんったらお説教モードだぁ。そんな悪い子には、お姉さんがお仕置きだよ」

 ルナさんはそう言って、近くにあったお酒の瓶を持ってラッパ飲みした。

「えっ! お水で割らないんですか!?」

 それは強い酒で、水や氷で割るタイプのもの。だがルナさんは酒を口に含んだままでニッコリと笑い、僕の唇へキスをした。

「んぅっ!」

 口の中に酒が流れ込んでくる。強烈なアルコールに喉が焼けそうになる。

「うああ、目が、回る......」

 やばい、このままでは......。もし今誰かが危険に晒されたら、対処出来ない。集中出来ないから、未来予知も出来ない。

 絶体絶命のピンチだ!

 タラスクを見ると、彼もフィリアさんとキスをしていた。きっと同じように口移しで酒を飲まされているのだ。

 ああ、ダメだ。きっとタラスクも泥酔してしまう。

「ねぇ、お二人さん? 私たちと、いい事しましょう?」

 ルナさんの囁き声。タラスクが「いいね」と言っている声が遠くに聞こえる。

 僕は無理矢理席を立たされ、ふらふらと歩く。そして店の外へと連れ出される。お会計の事が気になったが、店の人に注意されなかった事を考えると、誰かが払ったのだろう。

 僕とタラスクは、ひとけの無い路地裏に連れ込まれた。そのまま僕は押し倒された。タラスクも、壁に寄りかかった状態でフィリアさんに迫られているのがチラリと見えた。

 ああ、目が回る。やばいよ。僕の童貞が奪われちゃうよ。十八年間守り抜いてきた童貞が、ついに......。

「ふふふッ。何期待してんのさ。あんたみたいなモヤシ野郎に興味なんて無いよ。あるのは、その鞄に入った金貨袋だけ。食事処で奪うのは目立つから連れ出しただけさ。んじゃ、悪いけどもらってくよ。あの薬は高額だからね。普通に稼いでたんじゃ、継続して買うことなんて出来ないのさ。だけどまぁ、あんたもいい思いしたんだ。悔いはないだろう?」

 ルナさんがそう言って高笑いする。ああ、そうか。僕達はカモにされたんだ。ただの、金ヅルだったんだ......。

 危険のない筈の私生活。僕は極力そこでは未来予知を使わない。何故ならそんな事をすれば、なんの驚きや刺激もない味気ない人生になってしまうからだ。

 だが、こんな事になるくらいなら。使っておけば良かったのかも知れない。そして誰も信用せず、植物のように静かで穏やかな人生を送れば良かったんだ。

 何も探求せず。誰とも関わらず。好奇心を押し殺して。

「きゃあ!」

 突然、タラスクの近くにいた筈のフィリアさんが、僕の側へと倒れ込む。ルナさんがフィリアさんを助けおこす。

「何すんのよ!」

「女を突き飛ばすなんて最低ね!」

 叫ぶフィリアさんとルナさん。そして、その視線の先にはタラスク。彼の表情は怒りに満ちていた。

「そりゃこっちのセリフだ! よくも俺たちを騙しやがったな! だが生憎と俺はあらゆる耐性を持ってるんだ。酒だって水と変わらねぇのさ。酔えねぇのはつまらないが、たまにこう言う事してくる輩もいるんでね。そんな時は役立つのさ。大丈夫か、マルコ」

 タラスクが僕を助け起してくれた。僕は彼の体にしがみつき、どうにか立つ。

「ありがとう。うう、気持ち悪い」

 吐き気がする。そんな僕の背中を、タラスクは優しく撫でてくれた。

「ちょっとそこで休んでろ。金はすぐに取り返してやる」

 そう言って、指の関節をポキポキと鳴らすタラスク。

「ハァ!? あんた女殴る気!?」

「あったりメェだボケ! 俺の大事な親友をこんなにしやがって。女だろうがなんだろうが、マルコを傷つける奴は容赦しねぇ!」

 メキメキと音を立てながら、タラスクの頭にツノが生えていく。

「覚悟しろ!」

「ヒィィィッ! ちょっ、ねぇ、あんたら助けてよ! 大事な太客がやられるのを黙って見てる気!?」

 ルナさんが叫ぶと、どこからともなく怪物が集まってくる。その数、ざっと十人程。そのほとんどが醜い海洋生物と、人間を足したような姿だった。

「おい兄ちゃんよ。この女どもはな、俺らの大事な客なんだ。魔薬【デビル・エクスタシー】のな。この女どもに大人しく金払って消えりゃ、死なずに済むぜ」

「ほー、おもしれぇ。誰に向かってそんな生意気こいてんのか、今からわからせてやるよ」

 タラスクの全身に鱗が生え、その姿は半人半龍の姿となる。

「タラスク、僕も......」

「いいや、お前は座ってな」

 立ちあがろうとする僕を、右手で制するタラスク。

「お前はさ、いつも誰かの為に戦ってる。困ってる奴は見過ごせない性格だ。そしていつも誰かの盾になって、ボロボロになって、それでもその誰かを守ろうとする。お前がみんなを守るってんなら、一体誰がお前を守るんだ?」

「そ、それは......」

 僕は言葉に詰まった。自分の身は自分で守らなければならない。だけど今の僕には、それすらも出来そうに無い。

「お前を守るのは俺だ。お前がみんなを守るなら、俺はそのお前を守る。何があっても守ってやる。だから今は、ゆっくり休め」

「タラスク......!」

 僕は目頭が熱くなり、大粒の涙がボロボロと溢れた。

「さぁて、どっからでもかかってきな! 神すら恐れる龍人タラスクの力、見せてやるぜ!」

 タラスクはそう言って、怪物達をクイクイッと手招きした。







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