上 下
23 / 42

第23話 戦略的撤退。

しおりを挟む
 俺が次の行動を考えている数秒のうちに、緑爪の足元の鼠は、加速度的にその数を増やして行く。

 このままでは前衛の三人が危ない。まずは時間を稼ぐ必要がある。

(ドラザエモン! 巨大な猫に変化するのじゃ! だが間違っても奴らを喰ってはいかんぞ!」

(わかった!オレに任せて銀杏ねぇちゃん!)

 ドラザエモンが宙返りし、ドロンと煙に包まれる。煙が晴れると、そこには見上げる程に巨大な化け猫が一匹出現した。

「うにゃー! 食っちゃうぞー!」

 ドラザエモンがシャー!と鼠共を威嚇する。

 ビクーン!と震え、動きを止める鼠たち。効果てきめんだ。

「あらドラちゃん。可愛い猫ちゃんに変化したのねぇ。猫鍋にしたら、さぞかし美味しいでしょうね。私の爪の毒で、グツグツと肉を溶かして、ドロドロの汁にしてから煮込んであげるわ」

 ドラザエモンの全身の毛がブワッと逆立つ。

(銀杏ねぇちゃん、こいつ怖いよー!)

 ジリジリと後ずさるドラザエモン。

(戦う必要はないからな、ドラザエモン。おそらくお主一人でむかっても、切り刻まれるのがオチじゃ。どうにかして、また奴の動きを止めなくてはならぬ。それまでの時間稼ぎじゃ。もしやられそうになったら、逃げても構わぬぞ)

(う、うん。本音はもう、逃げたいけど......)

 ブルブルと震えるドラザエモン。

「うふふ。可哀想に......そんなに怯えてしまって。だけどうちの子たちもね、ドラちゃんを見てとっても怯えているのよ。だからね、その変化を解いてほしいの。そうしたら、あなたを猫鍋にして食べるなんて事、しないわ。それどころか、抱きしめていい子いい子してあげるわ。どうかしら?」

 目を細め、舌舐めずりする緑爪。

(騙されてはならぬぞ、ドラザエモン。そやつに抱きしめられでもしたら最後、殺されてしまうに決まっておる)

(うん、わかってる)

「おっぱいも触らせてあげるわ」

「えっ!」

 明らかに動揺するドラザエモン。なんかモジモジしている。

(こらこら、どこまで助平なのじゃお主は。嘘に決まっておるじゃろう)

(わっ、わかってるよ!)

「騙されないぞ、緑爪! 白金様を足蹴にしたお前を!オレは許せないんだ!」

 そう言ってもう一度威嚇するドラザエモン。

「へぇ、そう。残念ねぇ。ならいいわ。駆け引きはお仕舞い。私があなたを殺して、それから鼠たちに村人をご馳走してあげればいいだけの事」

 緑爪は煙管を胸元にしまい、左手の爪を鋭く伸ばした。鼠たちも緑爪の影の中へと消えて行く。

(引け、ドラザエモン! 全力で逃げるのじゃ!)

 緑爪は遊ぶのをやめて戦う事にしたようだ。ならば逃げるしかない!

「うにゃにゃ!」

 ドラザエモンは俺の指示に素直に従い、脱兎の如く逃げ出した。

「逃がさないわよ!」

 緑爪は前傾姿勢で駆け出した。だがその動きは数秒ともたなかった。

「くっ、何よこれ! 動けない!」

 緑爪は走り出す態勢のまま、ピタリと動きを止めた。

(どうやら間に合いましたね!奴の周囲に蜘蛛の粘糸で網を貼りました! 今はまだ夜明け前。雨でも降らない限り、肉眼では見えないはずです!)

 木蓮の声が俺の頭に響く。流石は木蓮、出来る男!

(よくやった木蓮! お手柄じゃ)

(いえ、ドラザエモンが時間を稼いでくれたおかげです。銀杏様の指示は、的確でした)

 くぅ、謙虚。どこまでイケメンなんだ木蓮。

(ですが長くは持たないでしょう。時間を稼ぎ、奴を倒す方法を考えなくてはなりません)

(うむ。そうじゃな)

 緑爪は白金を一方的に瀕死状態に追い込んだ化け物だ。おそらく網は破られる。だが今のところは、とりあえず大丈夫なようだ。緑爪はヒステリックにわめき散らし、網を破ろうともがいている。

 あの網は敵を食い止めるには最適だ。だがこちらの攻撃で網を破る恐れもあるし、やすやすとは手出し出来ない。さてどうするか......。

 とりあえずこの隙に、前衛の三人と俺、白金は緑爪から距離を取る。新たに出現した(と思われる)木蓮の狐式神が背中に乗せてくれたので、移動は楽に出来た。ここで一旦、作戦を練る必要がありそうだ。

 緑爪の四方に展開していた狐人と大蜘蛛のペアが四組、それと先程俺たちを運んでくれた狐式神が三匹。現在は俺たちの前方で待機し、護衛してくれている。

 それ以外の仲間は俺と共に円陣を組んでいる。作戦会議の為である。

「銀杏様、私の心眼をもってすれば、網の隙間をぬって矢を撃ち込む事は可能です。いかがでしょうか」

 亜水が素敵なアイディアを寄越す。

 ふむ、良いかも知れない。この位置からでも敵の動きは見えるが、結構離れているので細かい動きまでは見えない。千里眼が使えない今、あらゆる意味で亜水の心眼は役に立ってくれるだろう。

「そうじゃな。では頼む。それから、弓矢ももっと強力な物が必要じゃ。葉月、作れるか?」

 葉月はクスッと笑って、ずっと後ろに回していた両手を前に差し出した。そこには大きな石弓が握られている。

「そうおっしゃると思って、すでに作っておきました。ただ、これを扱える者がいるかしら」

 おおお! やるな葉月! 相変わらず抜け目がない。

「大きな弓だから、力持ちじゃないと使えないよね。日凛でも良いかも知れないけど、多分俺の方が弓の扱いは慣れてると思うから、俺がやるよ」

 猫から子供の姿に戻ったドラザエモンが、ドンと胸を叩く。

「うー、ドラ、やって」

 日凛も異論は無いようだ。ドラザエモンの髪をくしゃくしゃと撫でる。

 日凛、覚醒は解けたけど前より喋れるようになったな。成長してるんだ。素直に嬉しい。日凛は俺の事を異性として愛してるって言ってたけど......俺にとっては可愛い弟みたいな存在だ。当然、恋愛対象にはできない。

 !?なんか普通に恋愛対象がどうとか考えてるぞ俺。あー、乙女化止まんねぇ!

「ボク、気、送る。矢、強くなる」

 悶える俺をよそに、日凛がそう言って葉月の持つ弓矢に触れる。すると弓矢が、ほんのり輝き始めた。

「ありがとう日凛。弓矢が強くなったみたいだ」

 笑いあう、ドラザエモンと日凛。どうやらすっかり打ち解けたようだ。良かった。

「それじゃ、はい、ドラちゃん。矢は一本しかないから、しっかり集中して撃つのよ」

 葉月が強化された弓矢をドラザエモンに渡す。それを嬉しそうに受け取るドラザエモン。

「うん、頑張るよお母さん。だからおっぱい触らせて」

 ガン、と日凛がドラザエモンの後頭部をなぐる。

「ってぇ! 何すんだよ日凛! 冗談通じないんだもんなぁ」

「うー!エッチな事、駄目! ボク、許さない!」

「わかった、わかったって!」

 再度にぎりこぶしを作る日凛に、両手をあげて降参の意を示すドラザエモン。その様子を見て、おかしそうに笑う葉月。

「累火、お主も力を送るのじゃ。ドラザエモンにな。さすればこやつの力は何倍にもなるじゃろう。頼めるか?」

 累火はずっと泣きながら、白金に向かって「祈祷」で力を送っていた。ドラザエモンに力を送ると言う事は、白金の回復を一旦止めると言う事。

 俺の顔を見つめ、ふるふると首を振る累火。白金が心配なのだろう。

「良いのじゃ、累火。白金はこの程度で死ぬような男ではない。あの緑爪を倒したら、また白金に力を送ってくれれば良い。じゃから、頼む」

 少し悩んだように目を伏せ、こくりと頷く累火。白金の前で跪(ひざまず)いていたが、すっと立ち上がる。

 そしてドラザエモンの方を振り返り、祈祷を始めた。徐々に光を失っていく白金の体と相反するように、ドラザエモンの体が輝き始める。

「うわぁ、すごい! 力がみなぎってくるよ! ありがとう累火おねぇちゃん!」

 もりっと力こぶを作って見せるドラザエモン。累火はそれを見てクスッと笑う。良かった、やっと笑顔になった。

 白金、少し待っててくれよ。きっとあいつを倒して、それからゆっくり治療してやるからな。

 俺は白金の髪を撫で、冷たくなった頰に手を当てた。

 胸が苦しい。こんな気持ち、初めてだ。コイツを失いたくない。今の俺には、それが全てだった。

「俺が囮になります。式神を使って、奴の注意を逸らしましょう。その隙にドラザエモンが矢を放つ。それでいかがでしょうか、銀杏様」

「うむ、良いぞ。その作戦で行こう」

 木蓮の指示で、三匹の狐式神が飛び立つ。

 そんな木蓮の颯爽とした姿を見ても、前のような胸の高鳴りは感じなかった。

 ああ、俺、白金の事、好きになっちゃったんだ。そう確信せざるを得なかった。

「銀杏様、私が心眼で見ている光景を、神通力でお読み取りください」

「う、うむ!」

 亜水の声にハッとなる。いけない。集中しなきゃ。

 俺は「司令塔」の能力で、亜水が今見ている光景を見た。真っ暗な中に、いくつかの光が見える。その光は、人の姿をしていた。

「光が見えるでしょう。実際には『見えている』のとは少し違いますが......。それは生き物を示す光です。私は慣れているので、どの光が誰なのかわかりますが、銀杏様にはまだお分りにならないと思いますので、私が集中して見ている光をお読み取りください。それが緑爪です」

 確かに、亜水が一点集中して見ている光がある。そしてその周囲には、白くぼんやりとした網のようなものが見える。

「肉眼では見えない網も、私の心眼ならこの通りです。視覚に頼りすぎると、見えなくなるものもあるますからね。この網の抜け道を突っ切って、矢を放ちましょう」

「心得た」

 俺は亜水から受け取ったイメージを、そのままドラザエモンに送る。ドラザエモンも最初は戸惑っていたが、すぐに慣れた。

「いけるか、ドラザエモン」

「うん! 緑爪の奴、木蓮お兄ちゃんの式神に気を取られ始めた。今だ!」

 すでに弦を引き絞っていたドラザエモンは、ピシュン!と矢を放った。

 数秒の後、緑爪の叫び声が聞こえてきた。それは耳を覆いたくなるほど、恐ろしい声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された猫耳令嬢、転生してOLになる。〜特技は暗殺です〜

アキ・スマイリー
ファンタジー
公爵令嬢ミーナ・キャティは、猫耳族。 彼女は令嬢でありながら、猫耳族の特性により、類稀なる暗殺士の才能を持つ。 その技術と強さを買われ、勇者パーティに迎えられるミーナ。そして王子でもある勇者と、婚約までしていた。だが、勇者の突然の婚約破棄! そしてパーティ追放! ミーナは失意のあまり冒険者となり、やがてSSS級の暗殺士に。そしてひょんなきっかけで異世界「地球」に転生する。 生まれ変わったミーナは、全ての記憶を失っていた。そして成長し、平凡なアラサーOLに。 だがその運命は、決して平凡では終わらない。そんな猫耳令嬢の、恋と冒険の物語。 表紙、および作中挿絵画像はイラストACより、イラストレーター「I」様の著作権フリーイラストです。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...