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だから私は君を殺す。
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「おいアキラ! 僕はこのパーティーを抜けるぞッ! あんたみたいなおっさんの仲間なんて、もうウンザリなんだよッ!」
「なんだって!?」
支援術師ガーフィールの脱退宣言に、肝を冷やすおっさん冒険者のアキラ。
モンスターの住処であると同時にお宝の宝庫でもある「ダンジョン」に入って五日目。ようやく地下五十階まで到達したアキラ達。
五十階以下は強力なモンスターが出現する高難易度領域だが、現在はフロアにいくつか点在する安全地帯でキャンプ中だ。ほのかに発光する壁のお陰で周囲は見渡せるが、ずっと地下にいるせいで今が朝か夜かはわからない。
(何故『今』なんだ? 抜けたいなら、ダンジョンに入る前に言えばいいものを......)
アキラは深い溜息をついた。ガーフィールは入って間もない新人だったが、その強力なバフに全員が助けられていた。パーティーがAランク昇格出来たのも、ガーフィールの力による所が大きい。
「ちょっと待ってくれガーフィール君。君のバフが無ければこの先は越えられない。敵はどんどん強くなって行くからね。もちろん地上に戻る事だって容易じゃないだろう。お願いだから抜けるなんて言わないでくれ。地上に戻ったら、また改めて話し合おうじゃないか」
アキラは優しく、落ち着いた口調で彼を諭した。彼はこの世界「ルーンアース」とは別の世界「地球」の住人。そこでとある訪問販売業の中間管理職をやっていた。
そこで大勢の部下を育てて来たアキラだったが、とりわけ若い社員には手を焼いたものだ。彼らは基本ワガママであり、絶対に自分のスタイルを崩さない。
このルーンアースに来てからも、アキラは若者に苦労している。叱ったり怒鳴ったり、上から押さえつけるのは逆効果。指示は「お願い」の形を取り、注意する際は優しく諭さなくてはならない。
「私もオースティンもファエルラも、君にはとても助けてもらっている。だから報酬の山分けも多く分配しているじゃないか。頼りにしてるんだよ。なぁ二人とも」
「ああ、間違いない」
「悔しいけれど、事実よね」
パーティー結成時からの仲間、魔術師のオースティンと弓使いのファエルラも、アキラの言葉に笑顔で頷く。ちなみに彼らは夫婦。年齢はどちらも三十代で子供はいない。
アキラはこの世界に来て四年の四十四歳で、まだ二十代前半であるガーフィールとは親子程の年齢差がある。
「うるせーよこのトンチキがッ! あの程度の報酬で満足できるか! 俺はな、あんたらみたいな年寄りの世話をする為に支援術師になった訳じゃねーんだ。俺の力は、もっと凄いパーティーで生かされるべきだ。例えばSランクパーティーの【白き翼】とかでな!」
ガーフィールはそう言ってニヤリと笑う。
「そんな事言わないでくれ、ガーフィール君。出会った頃の君は駆け出しで、私たち【夜明けの鐘】と一緒に成長して来たんじゃないか。ずっと一緒に戦わせて欲しいって言ってただろう?」
アキラがガーフィールと出会ったのは一か月程前。その頃のガーフィールは謙虚で大人しい青年だった。だがアキラ達と共に様々な依頼をこなして行く中で、彼はメキメキと頭角を現していった。そう、ガーフィールはまごう事なき天才だったのだ。
だが急激に成長してしまった事で、ガーフィールはすっかり増長してしまった。アキラ達の事も最初は敬っていた筈なのに、今では呼び捨ての年寄り扱いだ。
「ずっと一緒に戦わせて欲しい、だぁ? そんな事は言ってねー! 神に誓って言っちゃいねぇ! それにさっきも言ったが、もうウンザリなんだよ! 俺は新しい仲間とパーティーを組む事にした! あんたらは俺の偉大さを噛み締めながらここで野垂れ死ぬのさ! ざまぁみろ!」
盛大にアキラ達を罵った後、中指を立てるガーフィール。だがアキラはへこたれない。再びガーフィールの説得を試みる。この話し合いに、文字通りパーティーの「命運」がかかっているからだ。
「私たちの態度が気に入らなかったと言うなら謝るよ。そして改める。だからどうすれば君が戻ってくれるのか、教えてくれないか」
低姿勢でガーフィールの反応を伺うアキラ。オースティンもファエルラも口は挟まない。彼らはこれまで、どんな苦難も一連托生で乗り越えて来たからだ。
「おー、じゃあ教えてやるよ! 俺はなぁ、テメーらの悟り切った目が気に入らねぇ! おせっかいや親切も気に入らねぇ! この偽善者共が! どうしても戻って欲しけりゃ土下座しな! そうしたら考えなおしてやらんでもねぇぜ!」
ガーフィールはふんぞり返ってアキラたちを指差し、それから地面を指差した。
「わかった。それで君が戻ってくれるなら」
アキラはオースティン、ファエルラと目線を合わせる。二人は頷いた。
そして三人はひざまずき、床に頭を擦りつけた。迷いはなかった。だがあろう事か、ガーフィールはアキラの頭を踏み付け唾を吐く。
「ハハッ、無様だなぁ! テメーらプライドねぇのかよ! しかし、どうすっかな。うーん......いや、やっぱ無理だわ。今更戻ってくれって言われても『もう遅い』ってやつだわな。【白き翼】の入団条件は、このダンジョンの地下五十階以下に出現するアークデーモンの角を持ち帰る事。さっきの戦闘で手に入れたから、あんたらはもう用済みって訳だ。んじゃ、あばよ」
最後にドンッとアキラの頭を思いっきり踏み付け、ガーフィールは立ち去って言った。
三人が顔を上げた時には、もう何処にも姿が見えなかった。アキラはガーフィールに脱出用の「転移の魔術符」を預けていた。彼はそれを使って一人だけダンジョンを脱出したのだ。
「......彼があんな奴だとは思わなかった。残念だよ」
アキラは髪に付いた土を払いながら立ち上がる。
「少し甘やかし過ぎてしまったのかも知れんな。まぁ、去ってしまったものは仕方あるまい。俺たちだけで脱出を試みるとしよう」
オースティンがアキラを元気付けるように、彼の肩に手を置く。
「確かにガーフィールの支援魔術は頼りになったけど、オースティンの攻撃魔術だって凄いじゃない? それにアキラの剣の腕だって」
ファエルラもアキラの肩に手を置き微笑んだ。彼もそれに笑顔で応える。
「ああ、それに君の弓の腕前もな。ありがとう二人とも。さて、それじゃ行くとしよう。これより【夜明けの鐘】はダンジョンからの脱出を図る。準備はいいか!」
「おう!」
「ええ!」
三人は笑い合い、安全地帯を出て元来た道を戻り始めた。
だがたった数十分後、彼らは現実を思い知った。この地下五十階層に置いて、自分達は「弱者」に過ぎないと言う事を。
「ハァッ、ハァッ、頼む二人とも、目を開けてくれ!」
命からがら、どうにか安全地帯に飛び込んだアキラ達。だがオースティンとファエルラの受けた傷は深い。「ポーション」と呼ばれる傷を治す魔術薬を全部飲ませたが、二人の傷は半分程しか癒えなかった。
治癒魔術を使える「聖女」は支援術師以上に数が少なく、アキラ達のパーティーに入ってくれる者はいなかった。だがそれでもこれまでやって来れたのは、やはり支援術師ガーフィールのお陰だったと言える。
「アキラ.....」
オースティンがうっすらと目を開ける。
「オースティン! しっかりしろ! 死ぬな!」
アキラはオースティンの手を握る。彼の手は血の気を失い、すっかり冷たくなっていた。死が近い事はアキラにもわかった。
「俺はもうダメだ。だから一つ、頼まれてくれないか。親友として」
「わかった......聞かせてくれ」
アキラはオースティンの冷たい手をギュッと握る。オースティン、そしてファエルラと共に過ごした四年間。数々の思い出が、彼の脳裏に浮かぶ。くだらない事で喧嘩をしたり、酒を飲んで笑い合ったり、命懸けの冒険から生還して、お互いの無事を喜びあったり。
そんな刺激的で幸せな日々は、もう二度と帰って来ない。そう思うと、自然と涙が溢れてくる。
「王都に戻ったら......西区の奴隷商店に行ってリオル・オートネットという少年を探してくれ。俺とファエルラで身受けする約束をしていたんだ。どうやら俺の生き別れの弟のようでな。時々様子を見に行っていた。奴隷は高額でどうしても金が足りなかったんだが......今日獲得した宝や素材を売ればきっと足りる筈だ。俺の鞄に金貨が入っている。それと合わせて彼を身受けしてやってくれないか」
オースティンはそう言って、床に転がっている鞄を指差した。
「ああ、わかった。だけど君も一緒に行くんだオースティン。死ぬんじゃない」
「ありがとう......だけど、俺はやっぱり行けないよアキラ。リオルの事、よろしく頼む。ファエルラ......先に行ってるよ」
オースティンはそう言って、再び目を閉じた。
「オースティン!」
アキラは叫んだが、彼が再び目を開ける事は無かった。悲しみに打ちひしがれていると、また彼を呼ぶ声がした。
「アキラ......」
ファエルラが目を開けてアキラを見た。彼女は涙を流していた。
「ファエルラ! 良かった! 君も逝ってしまったのかと......!」
「ふふっ。勝手に殺さないでよ。だけどもう、長くはないのは確かね」
薄く笑うファエルラ。その手はやはり冷たかった。
「そんな......! 君まで逝ってしまったら私は......!」
言葉が続かなかった。何を言おうとしたのか、アキラ自身にも分からなかった。
「ねぇアキラ、覚えてる? 私達が初めて出会った日の事」
「ああ、覚えてるよ! 絶対に忘れたりするもんか!」
アキラは早くに両親を失い、天涯孤独だった。当然この「ルーンアース」に転移した後も、身寄りなどある筈も無い。
着の身着のまま、右も左も分からない異世界で途方にくれるアキラに声をかけてくれた男女がいた。それがオースティンとファエルラだった。
住む所のないアキラを自分達の家に招き、冒険者の仕事を紹介してくれた。アキラにとって二人は、かけがえのない仲間であると同時に、命の恩人でもあった。本当の家族だった。
「あの時のアキラったら、まるで小さな子供みたいに怯えていたわ。私達よりも年上だと知った時には驚いた。だってとても若く見えたから。それにとても純粋な目をしていた」
「ああ。だって本当に不安だったからね。だから二人に声をかけられた時、私は心から安心したし、信頼もした。すぐにわかったんだ。この人達は良い人達だってね」
アキラが笑うと、ファエルラも微笑む。
「まったく......本当に素直な人ね。悪い人に騙されないか心配だわ。ふふっ。私ったらまるでお母さんね」
ファエルラの目から涙が溢れる。
「さようなら、アキラ。ごめんね。私、もう、行くね。オースティンの所へ。ああ......だけどもう一度、逢いたかったなぁ。リオル......可愛い、リオル......」
その言葉を最後に、ファエルラは息を引き取った。
「ファエルラ......!」
アキラは声にならない叫びを上げ、二人の大切な家族の体を強く抱きしめた。
(死ねない。私は、二人に大切なものを託された。会うんだ。絶対にリオルに会うんだ......!)
赤く腫れた目に強い眼差しが宿る。彼はおもむろにテントを張り始めた。キャンプで使う、魔術が施されたテント。畳むととても小さく軽くなる。だが使用時の広さは大人五人が入っても充分横になれる程の余裕がある。
「オースティン。ファエルラ。少し待っててくれ。必ず戻る。それまでの辛抱だよ」
アキラはテントの中にオースティンとファエルラの遺体を寝かせた。そして食べ物の冷蔵などに使う「冷気の宝玉」と呼ばれる魔術道具を中に設置して、外からテントの鍵を閉めた。
アキラは絶対に地上に出る、という強い執念でダンジョンからの脱出を図った。
地下五十階にいるアークデーモンはその身体能力の高さだけで無く、強力な闇の魔術を扱う強敵。他にもこの階層には、不死身のアンデットにして剣の達人であるグレータースケルトン、全てを飲み込むイヴィルボアなど強敵が目白押しである。
なるべくなら戦闘は避けたい。アキラは魔術道具「隠者のマント」を身に纏い、息を潜めて進んだ。これは姿を消す事が出来る便利な道具だが、気配や音、匂いまでは隠せない。慎重な行動が必要である。
アキラは強敵達の横を恐る恐るすり抜け、ようやく上に通じる階段がある部屋へと到達した。だが不運な事に、階段の前にはグレータースケルトンが仁王立ちしていた。その眼球の存在しない暗い眼窩は虚空を見つめている。
だが他のモンスターの姿は見えない。逆を言えば、グレータースケルトンさえ突破出来れば上階に登れる。上階に登っていくにつれ、他の冒険者に遭遇する確率は増える。もし出会えれば、助けてくれる者もいるかも知れない。
アキラは決して自分の力を過信したりはしなかった。本来の実力はCランクかDランクあたりが妥当だろう。オースティンとファエルラがBランクで、彼らとパーティーを組む事でアキラのランクも引き上げられた。そこにガーフィールが加入して、バフの力でAランクに引き上げられただけの事。
ここから脱出するには逃げの一手。そして他の冒険者の力を借りる。それしか無い、とアキラは考えていた。
そーっと静かに。アキラはグレータースケルトンの脇を通り抜けようとした。だがその時、階段を降りてくる者達が。何者か姿はまだ見えないが、男の声とカチャカチャという鎧の音。おそらく冒険者の一団だろう。
グレータースケルトンが警戒態勢を取る。階段の上を見つめながら、カタカタと歯を鳴らす。すると他の部屋からゾロゾロとグレータースケルトン達が集まって来た。
その数およそ二十。アキラは決断した。今階段を駆け上がらなければ、確実に死ぬ。
アキラは猛然と駆け出し、グレータースケルトンの横をすり抜ける。音に気づいたグレータースケルトンは、振り向きざまに剣を振る。アキラは素早くかがみ込んでそれをかわし、さらに走る。剣をかわせたのは勘であり、幸運だった。
希望は階段の上の冒険者。だが、階段を駆け上がり始めたアキラの希望は即座に打ち砕かれた。
上階から降りて来たのは、全身鎧の集団。と言っても中身は無く、鎧だけ。魔力で動く鎧、リビングアーマーだ。ざっと見回しただけでも十はいる。階段はそれらによって完全に塞がれていた。抜けるには、どれか一体だけでも倒さなくてはならない。
後方のグレータースケルトン。前方のリビングアーマー。どちらに進むかは考えるまでもなかった。
(抜けてやる!)
アキラは勢いを緩めず、そのまま階段を駆け上がった。
「私は、リオルに、会うんだ!」
左手に持った盾を前にし、突進する。盾はリビングアーマー一体を見事に突き飛ばした。
(やった!)
アキラは未来が開けた気がした。やれば出来る。思いは通じる。そんな言葉が頭をよぎる。
だがその直後、彼の全身に激痛が走った。そして、首が宙を舞った。
アキラの視界はぐるぐると周り、やがて地面に頭が激突する感触。薄れゆく意識の中で彼が見たのは、リビングアーマーの剣によって滅多刺しにされる自分の体だった。
◆◆◆◆◆◆◆
暗い闇の中。アキラの意識は彷徨っていた。
(ここは一体何処なんだ......。私は死んだ、筈だよな)
遠くに光が見える。アキラの意識はそこを目指して進んだ。時間の概念はなかった。あっという間のような気もしたし、ものすごく時間がかかった気もする。だがとにかく、アキラの意識は光輝く場所へと辿り着いた。
(暖かい......)
光が全身を包む。アキラの意識が形取っていた姿は、全く別のものへと変化していく。
それと共に、一つの記憶が彼の中に甦っていた。
(世界を渡るあなたに、力を一つプレゼント致しましょう)
それは女性の声だった。確か女神ルクス、と名乗っていたように思う。
「称号所持者アキラ・ナカムラの称号発動条件【死】を確認しました。これより称号【不死の聖女】を発動します」
不思議な声が意識に響く。それは女神ルクスの声とも違う、男とも女ともつかない声だった。
「【不死の聖女】発動に伴い、強制クラスチェンジを行います。アキラ・ナカムラのクラス【剣士】をクラス【聖女】に変更。さらに魂・肉体の性能、性別も変化。パッシブスキル【不死】アクティブスキル【生者には死を】【死者には生を】を獲得しました」
アキラの存在など無視するかのように、声は一方的に喋り続けた。アキラも状況を理解する為、黙って声を聞き続ける。
「肉体損壊、生命活動の停止を確認。パッシブスキル【不死】を発動します」
その言葉を最後に、アキラを覆っていた光が消えた。と同時に、海底から水面に浮上する様に意識が目覚めていくのを感じた。
(首が体と繋がっている。私は生き返ったのか......?)
ムクリと起き上がる。場所は五十階の階段の側。周囲に敵はいないようだ。
「一体何が起こってるんだ......?」
アキラは先程聞いた不思議な声を思い返し、夢か現実かの判断しかねていた。
「ん? 今の声、私か? あ、あー、あー、私の声だな。まるで女の声みたいな......え? ええー!?」
アキラは自分の声に驚いた後、自分の姿を見てさらに驚いた。
彼......いや「彼女」は全裸だった。黒髪だった頭髪は長い銀髪になり、大きな目を縁取る長い睫毛も銀色。瞳も銀色。整った鼻梁にぷっくりとした形の良い唇。
顔は小さく、手足は長い。華奢ではあるが、女性的な曲線を描く肉体は蠱惑的だ。年齢的には十代後半といった外見。
(女になってる......! それじゃあ、あの声が言っていた事は現実だったんだ。私は不死の聖女になった。そう言う事なんだな)
アキラは自分の体や顔に触れ、以前とは全く違う姿に変わった事を改めて実感する。
(とりあえず服が必要だな。この格好では流石にまずい。一旦オースティンとファエルラの元へ戻ろう。ファエルラの鞄に女ものの着替えが入っている筈だ。借りるとしよう)
裸足でペタペタと石床を歩くアキラ。彼女の心に、今までのような恐怖心は全くない。全身には力がみなぎり、言い知れぬ自信が心を満たしていた。
「少し、走ってみようかな」
軽い気持ちで駆け出す。だがそのスピードは信じられない程の速度。あっという間に景色が流れていく。
「はははっ! なんだこれ! 気持ちいい!」
アキラは思わず声を上げた。楽しさと嬉しさが込み上げてくる。彼女にはもうわかっていた。意識の外にあった知識が記憶として流れ込んで来る。自分が何者で、何が出来るか。全てわかる。
「今行くよ、オースティン! ファエルラ! また一緒に酒を飲もう!」
ほとんどスキップのように、アキラは猛スピードで駆けて行く。彼女を敵と認識したモンスター達が群がってくる。
「邪魔邪魔! どいてくれ!」
アキラの手足が輝きを放つ。彼女はまるで踊るようにモンスター達に蹴りや拳を打ち込んで行く。
「グゴアアアアアッ」
「グギョォォォォッ!」
アキラが習得した二つのアクティブスキル「生者には死を」「死者には生を」により、命持つ生者であるアークデーモン、イヴィルボアには「死」を。
命を持たない死者であるグレータースケルトンには「生」を与える。仮初めの命を与えていた魔術を消失させる事で、瞬時に滅ぼして行くのだ。
凄まじいスピードで動き回るアキラ。モンスター達の攻撃は一切アキラに当たらない。だがもし当たったとしても、彼女の肉体は一瞬で再生治癒する。粉々に粉砕しようが、ドロドロに溶かそうが、石に変えようが、どんな状態からも必ず元通りに復活する。
何故なら彼女は「不死」だからだ。生半可な不死ではなく、完全なる不死。細胞の劣化も死に繋がる要素の為、それを廃した彼女には老化も存在しない。
強力なAランクモンスター達を雑魚同然に蹴散らしながら突き進むアキラ。
あれほど苦労した道のり。オースティンとファエルラの遺体が待つ安全地帯へは、ものの数分でたどり着いた。
「ただいま! 二人とも、待たせてごめんな!」
テントの鍵を開けて、二人の遺体を抱きしめるアキラ。
「さぁ、起きてくれ。【死者に生を】」
すると遺体は輝きを放ち、その姿を変化させていった。
オースティンもファエルラも金髪の青い目をしていたが、それらが全て銀色に変わる。そして肉体も若々しく変化。アキラ同様十代後半程度の姿になった。
そして二人はゆっくりと目を開ける。
「戻って来たのだな、アキラ」
「あなたの心が、流れ込んでくるわ」
オースティンもファエルラも、全てを理解していた。自分達が一度死に、アキラの......「不死の聖女」の「使徒」として蘇ったと言う事を。自分達やアキラの姿が変わった事にも、違和感は覚えなかった。それを当然の事として受け入れた。
「行こう。私達ならやれる。このダンジョンを踏破できる」
アキラは嬉し涙を溢れさせながら、二人の手を引く。
「そうだな。リオルを迎えに行くのはその後でいい」
「ええ。のんびりいきましょう」
オースティンとファエルラも、喜びの涙を流していた。二人は起き上がり、アキラを抱きしめた。アキラも両手で二人の肩を抱いた。
そして数日後。王都の間近に位置するダンジョン「グリード」における、地下百階までの全てを踏破した冒険者パーティーが現れた。
その名も【夜明けの鐘】。彼らはその名を大陸中に轟かす事になる。
そしてそのメンバー「不死の聖女ラキア」「破壊の王ステイオン」「神の弓ラファエル」も同時に伝説となった。
◆◆◆◆◆◆◆
アキラ達を裏切った支援術師ガーフィールは、ダンジョンを抜けるとすぐに王都へ戻った。そして【白き翼】のリーダー、エイコブの元へと走る。五日もダンジョンの中にいた為時間の把握は出来ていないが、空の明るさと人々の賑わいを観察して昼時だと察しをつける。
(きっと冒険者ギルドにいる筈だ。クエストに出かけていなければ)
エイコブはガーフィールの読み通り、冒険者ギルドの酒場で仲間と食事をとっていた。
息を切らして「白き翼」の座るテーブルへと近づくガーフィール。彼らの人数は六人。今七人目を募集しているらしい。
ガーフィールは近づきながら彼らを観察したが、七人目の姿は見当たらない。どうやらまだ募集は続いているようだ。
「あの、エイコブさん! お待たせしました、アークデーモンの角です!」
ガーフィールは「白き翼」のメンバーが座るテーブルの間近に立ち、鞄から角を取り出した。
「ああ、えっと君は確か......」
エイコブは思い出すように人差し指をこめかみに当てた。だが、うーんと唸るばかりで答える様子はない。
ガーフィールはきっと忘れられてしまったのだろうと判断し、自ら名乗る事にした。
「ガーフィール・リューシカです。支援術師です。お約束通り、ダンジョン【グリード】の地下五十階以下でしか取れないアークデーモンの角! お持ちしましたよ! これで僕をパーティーに加えてもらえるんですよね!」
ガーフィールはそう言ってエイコブに角を差し出した。すると彼に変わって、近くにいた仲間の一人がそれを受け取る。
「ふーん......本物みたいだぜ、エイコブ」
髭の生えた長身の男はそう言って、角をエイコブに投げた。どうやら彼は「鑑定」のスキルが使えるらしい。
「そうか。では君の入団を許可しよう、ガーフィール。アークデーモンの角を獲得した君の力は、充分に我がパーティーに迎えるに値する。だがそれにあたって、元いたパーティーのメンバー達方に挨拶をしたい。近くにいるんだろう? 君の力がいくら強力だろうと、支援術師が一人でモンスターを討伐出来る筈がないからね」
エイコブは微笑んで周囲を見回した。ガーフィールは焦った。かつての仲間など、この場にはいない。それどころか、もうこの世にだっていない。ガーフィールはそう確信していた。
「あ、えっと、それが......みんな、死んでしまったんです」
ガーフィールは自分以外の者が仲間候補に上がる事を恐れていた。ライバルは一人でも少ない方がいいという考えだ。だから仲間を見殺しにした。アキラ達を切り捨て、ダンジョンに置き去りにしたのだ。
「なんだって!? じゃあ君一人でダンジョンから脱出して来たって言うのかい? 一体どうやって!?」
ガーフィールは支援術の実力はかなり高かったが、思慮が浅いという欠点があった。しかも思いやりに欠け、相手の気持ちが想像出来ないのだ。
「ああ、脱出用の魔術符を持っていたので、それで脱出して来たんです」
笑顔で答えるガーフィール。その返答を聞いてエイコブは察した。
「君はもしかして、他の仲間を見捨てたのかい?」
恐ろしく低いトーンでエイコブはガーフィールに質問した。だがガーフィールはその声色の変化、つまりエイコブの心情の変化に気づかない。
「はい、そうです。もう役に立たないと思ったので。だから挨拶は必要ないですよ」
爽やかに答えるガーフィール。「白き翼」のメンバー達がどよめく。
「なるほどね。シャラハーン、その角を彼に返却してくれ。ガーフィール君は我がパーティーに相応しくないようだ」
「はいよ。ほら、返すぜ」
エイコブは長身の髭男シャラハーンに角を渡し、シャラハーンは角をガーフィールに投げてよこした。
ガーフィールはショックを受けて、角を取り落とす。だが彼は拾おうとせず、呆然と立ち尽くす。
「な、何故ですか......!? 何故僕を仲間にしてくれないんですか? 仲間を捨ててまで、この角を持ってきたのに......!」
震える声で返すガーフィール。彼は自分の正当性を微塵も疑っていない。
「仲間を見殺しにするような邪悪な人間を、私の仲間に加える事は出来ない! 君には一度引退を勧める! 道徳観念をしっかり学んでから、一からやり直す事だ!」
エイコブは強い口調でそう返した。ガーフィールは眉間に皺を寄せ、涙目でエイコブを睨む。
「ああそうかよッ! じゃあいらねぇッ! お前らなんかいらねぇッ! 俺は別の仲間を探すッ! 頭脳マヌケなテメーらよりも、もっと優秀で見る目のある仲間をな!」
ガーフィールは怒りに任せてアークデーモンの角を蹴り飛ばし叫んだ。
「皆さん聞いてください! 僕はちゃんと仲間に加わる条件を満たしているのに、それを後から覆すこいつらは最低です! だから僕は、別のパーティーに入りたいと思います! 僕は支援術師のガーフィール・リューシカ! Aランクパーティー【夜明けの鐘】に所属していました! 他の連中は大した事ありませんでしたが、僕はSランク級の実力を持っています! 疑う方は鑑定のスキルを僕に使ってみてください! そして是非、僕を仲間に加えて下さい! あ、でもAランク以下のパーティーはお断りです! Sランクのパーティーだけ、僕を誘ってください!」
ガーフィールは熱く演説した。冒険者ギルド内は一瞬、水を打ったように静かになった。だがすぐに喧騒に戻る。
つまり、誰もガーフィールを相手にする者はいなかった。ガン無視である。
「何でだよッ! どうして誰も僕を誘わねーんだッ!」
ガーフィールは激昂した。それを見て「白き翼」のメンバーは呆れたように笑う。
「これが答えだよ、ガーフィール君。みんな先程の我々の会話を聞いていた。興味ないように見えて、みんな聞き耳を立てていたのさ。仲間を見捨てた君を欲しがる者は誰も居ない。それでもまだ冒険者を続けるかい? 【仲間殺しの支援術師】君」
冷めた視線を送るエイコブに対し、ガーフィールは鋭く睨み返す。
「くッ......! 僕は諦めないぞッ! 絶対に新しい仲間を見つけて見せるッ! その時はお前らに復讐してやるからなッ! 覚えてろビチグソ野郎共!」
ガーフィールは踵を返し、冒険者ギルドを後にした。
ガーフィールはそれから数日間、毎日冒険者ギルドへと通った。だがやはり誰にも相手にされない日々が続いた。
そんなある日、大陸中を震撼させる出来事が起こった。全部で七つあるダンジョンの一つ、「グリード」の全百階層を踏破した者が現れたらしい。それは今まで誰一人となし得なかった偉業だった。
成し遂げたパーティーの名前は【夜明けの鐘】。ガーフィールが以前所属していたパーティー。彼が裏切り、見殺しにしたパーティーだ。
(あり得ない。あいつらが僕なしでダンジョンを踏破するなんて)
ダンジョン踏破のニュースが大陸中を駆け巡ったその翌日。ガーフィールは訝しく思いながらも、事実を見極める為冒険者ギルドへ向かった。
(きっと誰かが【夜明けの鐘】の名を騙(かた)っているんだ。その目的はさっぱりわからないけどな)
ガーフィールはそんな風に考えつつ、まだ朝のうちに冒険者ギルドに到着した。普段彼は、朝から晩まで冒険者達に声をかけている。そして誰にも相手にされない事に、最近は慣れ始めていた。
冒険者ギルドは普段よりも賑わっていた。どうやら渦中のパーティー【夜明けの鐘】がギルドに来ているらしい。
人混みを掻き分けて進んでいく。どうやら【夜明けの鐘】はギルドに併設された酒場で朝食を取っているようだった。
酒場で食事を取っている冒険者は十数人。その中でも一際異彩を放つ人物達がいた。その周囲の人だかりが一番多い事から、ガーフィールはその人物達こそが【夜明けの鐘】であると当たりをつけた。
「すみません、お伺いしたいのですが。あちらにいる方々は【夜明けの鐘】のメンバーですか?」
ガーフィールは近くにいた男に質問してみた。彼はガーフィールの顔を見るなり怪訝そうな顔をしたが、渋々と言った様子で答える。
「ああ、そうだ」
ガーフィールの読みは当たっていたようだ。だが、やはり彼が知るメンバーではなかった。
「そうなんですね。それぞれのメンバーの名前ってわかりますか?」
ガーフィールが更に尋ねると、男は面倒臭そうに続ける。
「長い銀髪を後ろで結った、胸のデカイ超絶美人が【不死の聖女ラキア】。肩くらいまでの銀髪で、華奢だが良いケツをしてる美少女が【神の弓ラファエル】。んで、あの羨ましい銀髪優男が【破壊の王ステイオン】だ。それと最近は子供が一人くっついてるが、あいつの名前はリオル。どうやら奴隷らしいぜ」
「なるほど。教えて下さってありがとうございます」
ガーフィールは謙虚な態度で男に礼を言った。もちろん本心ではなく、猫を被っているだけだ。
ガーフィールは【夜明けの鐘】に近づいていく。彼らに話しかけてみる事にしたのだ。
(なんのつもりで、あの役立たず共のいたパーティー名を名乗っているのか。知りたいのはそこんところだ)
ガーフィールの中で渦巻く疑念。それを晴らす為、ガーフィールはついに彼女達に声をかけた。
「あのう、すいません。あなた方は何故【夜明けの鐘】を名乗っているのですか?」
食事をしながら談笑していたパーティーメンバー達が、一斉にガーフィールを見る。冷たい目を向けられると思ったがそうではなかった。彼女達は暖かい目で微笑んだ。
「おや、君か。久しぶりだね。随分と懐かしい気がするよ」
「えっ?」
聖女ラキアの言葉に、ガーフィールは耳を疑った。
「僕を知ってるんですか?」
キョトンとするガーフィール。それを見て彼女たちは面白そうに笑う。
「ええ、良く知ってるわ」
「君は俺たち【夜明けの鐘】のメンバーだったじゃないか」
ラファエルとステイオンがそう答える。
「いや、確かに僕は【夜明けの鐘】のメンバーだったけど、あなた達なんて会った事もありませんよ。まぁ僕は有名だから名前を知られていても不自然ではありませんが、絶対に会った事はないです。ですがまぁいいでしょう。あなた達が嘘をついている理由を教えて下さい」
ガーフィールは彼女達が嘘をついていると断定し、その目的を探ろうとする。
「嘘じゃないさ。私達の名前、文字の順番を並び替えて見てくれないか。例えば、ラキアは逆から読んでくれればいい」
ラキアの言葉に、ガーフィールは半信半疑ながらも言われた通りにする。
「アキラ......!? いやいやありえない。絶対あのおっさんは死んでる。雑魚すぎるだろあいつは。他の二人も名前の由来はわかったけどさ。あんたら見た目が全然違うし、おっさんは性別すら違うじゃねーか。あり得ねーッ! あいつらは死んだッ! あの状況で生きてる訳がねーんだッ! 騙ってんじゃねーぞテメーらッ! 一体何が目的なんだよッ! さっさと答えろこのイカレポンチ共ッ!」
ガーフィールがイラつき本性を現すと、ラキアが嬉しそうに拍手した。
「ああ、それそれ。それでこそ君だ。私達は騙ってなどいないよ。実際に私達は一度死んだ。君に置いてけぼりにされた事がきっかけなのは確かだが、恨んでなどいない。私達は君に頼り過ぎていたんだ。まぁ、まさかあの場面で裏切られるなんて夢にも思っていなかったけどね。そして今はこの通り。不死の聖女として蘇り、仲間も生き返らせた」
ラキアの返答に、周囲の冒険者がどよめく。
「おいおい、ガーフィールが仲間見殺しにしたのはやっぱりマジなのかよ」
「しかもラキア様達を!? なんてふざけた野郎だ!」
「おい、こりゃ重要な供述だ! マスター、すぐに憲兵呼んだ方がいい! 仲間殺しは重大な冒険者規約違反! ガーフィールをしょっぴいてもらうんだ!」
周囲の喧騒にも、ガーフィールの心は一切動じなかった。自分が見捨てた元仲間達が、生き返ってダンジョンを制覇した。その事実こそが、彼の心をガンガンと刺激し続けていたからだ。
「へぇ、そうかよ。じゃあさぞかし爽快な気分だろうね。自分達を陥れた僕が、誰からも相手にされず馬鹿にされているこの状況が」
ガーフィールは悔し涙を流しながら、ラキアを睨みつけた。
「いやいや、とんでもない。私も仲間たちも、君が【仲間殺し】という不名誉な称号を得てしまった事で心を痛めているんだ。だから君に、その名誉挽回のチャンスをあげたいと思う。つまり、もう一度仲間にならないか? このパーティーに戻ってくる気はあるかい?」
ラキアの発言に、再び周囲がどよめく。
「ラキア様、早まっちゃいけねぇ!」
「こんなクズ、許しちゃダメですよ!」
ガーフィールも周囲の冒険者と同意見だったが、ふと考えを改める。
(そうか、こいつらは馬鹿がつくほどのお人好し。そして偽善者だ。僕を仲間に戻す事で、周囲から人徳者と思われたいんだ。それならこっちにも考えがある)
「ふん。そういう事なら戻ってやってもいいぜ。だがそれには条件がある。土下座しろ。床に頭を擦り付けて『お願いします』と言え。そうすりゃ考えてやらんでもないぜ」
ガーフィールはラキア達を指差し、それから床を指差した。周囲の喧騒が強くなるが、そんな事はガーフィールにとってどうでもいい事だった。
「ラキア様! あんな奴の言う事聞く必要ありませんよ! そして僕はあいつが嫌いです!」
ラキアのそばにピッタリと寄り添う少年、リオルがガーフィールに憎しみの目を向ける。
「ふふっ。大丈夫だよ、私の可愛いリオル。そんな事はしないから。さてガーフィール君。これはまるであの時の再現だね。私達が君に戻って欲しいと懇願し、土下座した頭を踏みつけられたあの時と」
周囲から悲鳴が上がる。
「なんてひどい事をするの!」
「ガーフィールの野郎! 憲兵隊はまだか!?」
そしてちょうどそこに、憲兵隊が駆けつけた。
「冒険者ガーフィール・リューシカ! 貴様を冒険者規約第二十二条『故意に仲間を陥れた、または見殺しにした』事による【冒険事故誘発罪】により逮捕する!」
憲兵隊の人数は十人ほど。全員が「脱力の槍」を構え、ガーフィールを囲んでいる。「脱力の槍」は殺傷力はないが、相手の力を奪い身動き出来なくする事が出来る槍だ。
「チッ......! 僕という優秀な人材を闇に葬ろうとした愚行、きっと後悔させてやるぞタンカス共!」
ガーフィールはその場にいる全員に対して、殺意に近い敵意を向けた。憲兵隊達が警戒しながらガーフィールに縄をかけようとしたその時。
「待ってください憲兵隊の方々。ガーフィール君と私はまだ話の途中なんです」
ラキアが「待った」をかける。
「しかし聖女ラキア様。この男はあなたを陥れて殺した重罪人ですよ」
憲兵隊の一人がそう言ってガーフィールを指差す。
「ええ、それはもちろんわかっています。ですがやはり、私は彼にチャンスを与えたい。ちなみになんですが、「罪」と言うものは死者にも適用されるものでしょうか」
ラキアはそう言って静かに微笑む。
「いえ。死んだ者に罪は残りません。極悪人でさえも、極刑である死によって罪は消滅します」
憲兵隊の一人が、戸惑いながらもそう答える。
「なるほど。ではもし仮に。私が彼を殺してすぐに生き返らせたら、それは罪になりますか? そして一度死んだ彼の罪は消えますでしょうか」
そう言いながらラキアはテーブルの椅子から立ち上がった。そして憲兵隊の間に割って入り、ガーフィールの真正面に立つ。
「ええっと......それは非常に難しい質問ですね。ですが我が国の刑法の基準で考えますと、ラキア様もガーフィールも最終的に罪は無効になります」
憲兵隊の隊長らしき年配の男がそう答える。ガーフィールはそのやりとりに、不穏な気配を感じ取った。
「おいあんた、一体何をする気だ」
恐る恐る、ガーフィールはラキアにそう尋ねる。
「おや、聞いていなかったかい? 私は君を一旦殺す事にした。そしてすぐに生き返らせてあげるよ。それで私達を見殺しにした君の罪は消えるそうだ。良かったね」
ポンポンとガーフィールの肩を叩くラキア。周囲からも賛同の声が集まる。
「おおー! いいねいいね! やっちまえラキア様! そんな奴ぶっ殺せ!」
拍手喝采が巻き起こる。
「くッ......!」
ガーフィールは助けを求めるようにステイオンやラファエルを見る。だが彼らもラキアの考えに賛成のようだった。
「ああ、それは名案だなラキア。他人の苦しみを知る一番の方法は、自分もそれを体験する事だ。ガーフィールはきっと命の重みを知る事が出来るに違いない。私達が味わった苦しみの一旦もね」
「そうね。それになんとかは死ななきゃ治らないって言葉もあるくらいだし。一度死んでみるのも悪くない考えだわ」
ステイオンとラファエルは、軽く世間話をする様な口調でそう述べた。そして彼らのもう一人の仲間、少年リオルも深く頷く。
「僕も賛成ですラキア様。僕の大好きなラキア様、そして兄さんと姉さんを殺した奴を簡単には許せません」
リオルの声には憎悪がこもっていた。ガーフィールは背筋に寒いものが走り、ラキアの手を払い除けながら後ずさる。
「い、嫌だ! 僕は死にたくない! 生き返らせるだって? 一体どこにそんな保証があるって言うんだ!」
「それは......私を信じてもらうしかないかな」
ラキアはそう言って右手を掲げる。
「ヒィィッ! 信じられるかッ! 信頼なんてものに命を賭けられるかよォッ! どけぇッ! ゴロンバイ・セクトバル!」
ガーフィールは魔術「速度強化」の呪文を唱え、凄まじいスピードで憲兵隊の包囲とラキアをすり抜けた。
「あっ、野郎逃げやがった!」
背後に冒険者達の声を聞きながら、ガーフィールは一目散にギルドを飛び出した。
走る。走る。走る。魔力を大きく注いだ「速度強化」の効果は絶大だった。あっという間に王都の外へ通じる城門まで到達。
だがすでに犯罪者として顔が割れている可能性が高いガーフィールは、城門を通らずに城壁を越える事を選択。
「グローデン・ファマカル!」
魔術「脚力強化」の呪文を唱えたガーフィール。走りながら跳躍し、城壁に飛び付く。そしてそのまま駆け上がって行く。
(もう少し、もう少し!)
壁を登りきる寸前、ガーフィールは上を見た。そしてそこで、思いがけないモノに遭遇する。
「やぁ。どこに行くんだい?」
それは城壁の上に腰掛けているラキアだった。
「うわぁぁぁーっ!」
ガーフィールは度肝を抜かれ、駆け上る勢いを失い落下。このまま地面に頭をぶつければ死ぬ。
(怖い! 死ぬの怖い!)
恐怖しながらも死を覚悟したガーフィールの体は、しかし地面に激突する事なく柔らかいものに受け止められた。
「危なかったね、ガーフィール君。このまま落下して頭が割れるのは、とても痛いと思う。全身の骨も折れて激痛を伴うだろうしね。だけど安心してくれ。君はちゃんと私が殺してあげるから。痛みは感じない筈だよ」
ガーフィールをお姫様を抱える様に抱き止めたのはラキアだった。
「ごめんなさい! 僕、心を入れ替えます! 許してください! 殺さないで下さい!」
ガーフィールは涙を流して命乞いをする。ラキアはそれを見て微笑んだ。まるで女神のように美しく、慈愛に満ちた笑顔だった。
「私はとっくに君を許しているんだよ、ガーフィール。だから君を殺すんだ。【生者には死を】」
ラキアはガーフィールを左手一本で抱え、右手をかざした。それはガーフィールの額に触れ、温かさで包み込む。
(ああ......なんて温かい手なんだ。だけど僕はこれから死ぬんだな。故郷に残して来たお父さんとお母さんは元気かな。いつも僕の事を心配していたな。ああ、それなのに僕は、そんな事も忘れて自惚れていた。人を陥れ、見殺しにしてしまった。死ぬと言う事は、とても恐ろしい事なのに......どうして分からなかったんだろう。自分と同じように、他の人も苦しんだり怖がったり、喜んだりすると言う事を。もう、お父さんにもお母さんにも顔向け出来ないな。だけど僕が死んだら、少しは悲しんでくれるのかな。ごめんなさい。ごめんなさい......)
死を目前にして、ガーフィールの心には様々な感情と後悔が渦巻いていた。そしてそのまま眠るように死を迎えた。
その後彼は、ラキアの使徒「フィルガ」として蘇る。死の恐怖を味わう事で、すっかり心を入れ替えたフィルガ。冒険者達に今までの非礼を詫び、改めて【夜明けの鐘】のメンバーに加わる事となったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
それから数ヶ月の時が流れ、春。
「カンパーイ!」
夕暮れ。今日の冒険を終えた【夜明けの鐘】は、十五歳となった元奴隷の少年「リオル」の成人を冒険者ギルドにて祝っていた。
「みんなありがとう。明日からは僕も晴れて冒険者学校の生徒。三年後には【夜明けの鐘】に入団出来る。みんなみたいな立派な冒険者になってみせるよ」
麦酒をグイッとあおったリオルは、赤い顔でそう言った。
「それはどうかな。冒険者ってのは口が悪くなきゃ務まらないんだぞ。年上に向かって堂々と『このトンチキがッ!』とか言わなきゃならないんだ」
リオルの実兄ステイオンがニヤリと笑う。
「なぁステイオン。酒の席で毎回そのネタ言うのやめてくれないか。君ってドSなのか? なぁ、どうなんだ?」
支援術師のフィルガが、笑顔と怒り顔が混じった様な顔でステイオンの肩に腕を回す。それを見てクスクスと笑うリオル。
「ふふっ。あんな大人になっちゃダメよリオル。あなたはそのままでいい。きっと素敵で強くてカッコいい冒険者になるわ」
リオルの義姉ラファエルが悪戯っぽく笑う。
「僕は二人を尊敬してるよ姉さん。人柄は勿論だし、魔術師としても一級以上だしね。フィルガの事は嫌いだったけど、人間味のある反面教師として見習う事にしたんだ」
「おいおいリオル。君まで僕をダメ人間扱いするってのかい? やれやれ、最近じゃイイ事しても偽善者と言われるしなぁ。まぁ、そう言われるのも悪くないけどね」
フィルガはそう言って、このパーティーのリーダーであるとびきりの美女を見る。
「わかって来たじゃないかフィルガ。偽善者と呼ばれる事は必ずしも悪い事じゃあない。良い事をしてると認められているんだから。成長したね」
「ま、まぁね。僕は君を尊敬してるから。君みたいになりたいんだ」
ラキアに褒められて顔を赤らめるフィルガ。それを見てリオルは頬を膨らませる。
「ダメだよフィルガ。ラキア様は僕のものなんだから」
「何がダメなんだよ! 尊敬してるって言っただけだろ!」
「いいや違うね。絶対にその目は恋しちゃってる目だよ」
ヤキモチを妬く少年を見て、元おっさんの美女はやれやれと肩をすくめる。
「私みたいなのよりも、世の中にはいい女が沢山いる。リオルはもっと広い視野を持つべきだ。君は美少年だから、学校に通えばきっとモテるぞ。そしたら女の子なんて選び放題さ」
「嫌です! 僕はラキア様が好きなんです! ラキア様以外の女性なんて考えられません!」
大きな声で叫ぶリオル。それを聞いた周囲の冒険者達が、ひやかしたり口笛を吹いたりする。
「ラキア様は僕の事が好きじゃないんですか!? いつもあんなに可愛がってくれるのに!」
「リオル、ストップストップ。落ち着いて。私はちゃんと君を愛しているよ。だけど君にはもっと相応しい女性がいるんじゃないかと思っただけさ」
リオルの唇に指を当て、彼をなだめるラキア。
「ラキア、元男だって事を気にしてるんならお門違いだぞ。最近のお前は完全に女だ。俺ですらムラムラしてしまう程にな。リオルの気持ち、ちゃんと受け止めてやれ」
ステイオンはいい事を言った風にドヤ顔をするが、ラファエルに思いっきり腕肉をツネられて悲鳴を上げた。
「あ、ええっと......。い、いいのかな。私は、だって、リオルの父親って言ってもいいくらいのおじさんだったんだよ。確かに今はいい女になったなって自覚もしてるけど......気持ち悪くない?」
「気持ち悪くないです! だって僕がそう思ってるなら、とっくに嫌がってる筈じゃないですか! 僕はラキア様の全てが好きなんです! 愛してるんです! 冒険者学校を卒業したら、結婚して下さい!」
「ふえぇっ!? け、結婚!?」
突然のプロポーズに戸惑うラキア。フィルガも落ち着かない様子で見守っている。
「リオルが好きなんでしょう、ラキア。いいんじゃないかな、恥ずかしがらなくても。あなたはとっても魅力的よ。女の私から見てもね。それに元男だって事はメリットにしかならないと思う。だって、男の気持ちが良くわかってるって事だもの。さぁ、勇気を出して」
ラファエルがラキアの手をぎゅっと握る。ラキアの手は震えていた。
「ラキア、僕も君に憧れているけど、リオルにだったら譲ってもいいと思ってるよ。幸せになって欲しい」
フィルガも立ち上がり、ラキアの肩に手を置いた。
「俺も同意見だぞラキア。リオルの保護者として、お前とリオルの交際を認めてやってもいい」
ステイオンはニヤリと笑う。
「でも......私なんかでいいのかな。後悔しないかな。結婚って、一生一緒にいるって事なんだよ?」
不安気なラキアを、リオルは立ち上がって抱きしめる。
「僕はラキア様が好きです! ラキア様も僕を好きだと言ってくれている! なら何を後悔するんでしょうか! 僕はあなたを必ず幸せにします! つべこべ言わず、黙ってついて来て下さい!」
「......! はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
涙混じりの声で答えるラキア。冒険者ギルド内に歓声が巻き起こる。
ラキアとの婚約を勝ち取ったリオルは泣きながらガッツポーズ。冒険者達に次々と酒を奢られて酔いつぶれていた。
ステイオンとラファエルはいい雰囲気になって先に帰り、フィルガは【白き翼】のメンバーと飲んで騒いでいる。
二人きりになったラキアとリオル。
「うーん、ラキア様。大好きです......」
寝言を呟くリオルの頬に、ラキアはそっとキスをした。
「私も大好きだよ。リオル。君が目覚めたら、成人祝いをプレゼントしてあげよう」
そう言って微笑むと、ラキアはリオルを抱き上げた。そして酒場の勘定を済ませ、夜の街へと消えて行ったのだった。
「なんだって!?」
支援術師ガーフィールの脱退宣言に、肝を冷やすおっさん冒険者のアキラ。
モンスターの住処であると同時にお宝の宝庫でもある「ダンジョン」に入って五日目。ようやく地下五十階まで到達したアキラ達。
五十階以下は強力なモンスターが出現する高難易度領域だが、現在はフロアにいくつか点在する安全地帯でキャンプ中だ。ほのかに発光する壁のお陰で周囲は見渡せるが、ずっと地下にいるせいで今が朝か夜かはわからない。
(何故『今』なんだ? 抜けたいなら、ダンジョンに入る前に言えばいいものを......)
アキラは深い溜息をついた。ガーフィールは入って間もない新人だったが、その強力なバフに全員が助けられていた。パーティーがAランク昇格出来たのも、ガーフィールの力による所が大きい。
「ちょっと待ってくれガーフィール君。君のバフが無ければこの先は越えられない。敵はどんどん強くなって行くからね。もちろん地上に戻る事だって容易じゃないだろう。お願いだから抜けるなんて言わないでくれ。地上に戻ったら、また改めて話し合おうじゃないか」
アキラは優しく、落ち着いた口調で彼を諭した。彼はこの世界「ルーンアース」とは別の世界「地球」の住人。そこでとある訪問販売業の中間管理職をやっていた。
そこで大勢の部下を育てて来たアキラだったが、とりわけ若い社員には手を焼いたものだ。彼らは基本ワガママであり、絶対に自分のスタイルを崩さない。
このルーンアースに来てからも、アキラは若者に苦労している。叱ったり怒鳴ったり、上から押さえつけるのは逆効果。指示は「お願い」の形を取り、注意する際は優しく諭さなくてはならない。
「私もオースティンもファエルラも、君にはとても助けてもらっている。だから報酬の山分けも多く分配しているじゃないか。頼りにしてるんだよ。なぁ二人とも」
「ああ、間違いない」
「悔しいけれど、事実よね」
パーティー結成時からの仲間、魔術師のオースティンと弓使いのファエルラも、アキラの言葉に笑顔で頷く。ちなみに彼らは夫婦。年齢はどちらも三十代で子供はいない。
アキラはこの世界に来て四年の四十四歳で、まだ二十代前半であるガーフィールとは親子程の年齢差がある。
「うるせーよこのトンチキがッ! あの程度の報酬で満足できるか! 俺はな、あんたらみたいな年寄りの世話をする為に支援術師になった訳じゃねーんだ。俺の力は、もっと凄いパーティーで生かされるべきだ。例えばSランクパーティーの【白き翼】とかでな!」
ガーフィールはそう言ってニヤリと笑う。
「そんな事言わないでくれ、ガーフィール君。出会った頃の君は駆け出しで、私たち【夜明けの鐘】と一緒に成長して来たんじゃないか。ずっと一緒に戦わせて欲しいって言ってただろう?」
アキラがガーフィールと出会ったのは一か月程前。その頃のガーフィールは謙虚で大人しい青年だった。だがアキラ達と共に様々な依頼をこなして行く中で、彼はメキメキと頭角を現していった。そう、ガーフィールはまごう事なき天才だったのだ。
だが急激に成長してしまった事で、ガーフィールはすっかり増長してしまった。アキラ達の事も最初は敬っていた筈なのに、今では呼び捨ての年寄り扱いだ。
「ずっと一緒に戦わせて欲しい、だぁ? そんな事は言ってねー! 神に誓って言っちゃいねぇ! それにさっきも言ったが、もうウンザリなんだよ! 俺は新しい仲間とパーティーを組む事にした! あんたらは俺の偉大さを噛み締めながらここで野垂れ死ぬのさ! ざまぁみろ!」
盛大にアキラ達を罵った後、中指を立てるガーフィール。だがアキラはへこたれない。再びガーフィールの説得を試みる。この話し合いに、文字通りパーティーの「命運」がかかっているからだ。
「私たちの態度が気に入らなかったと言うなら謝るよ。そして改める。だからどうすれば君が戻ってくれるのか、教えてくれないか」
低姿勢でガーフィールの反応を伺うアキラ。オースティンもファエルラも口は挟まない。彼らはこれまで、どんな苦難も一連托生で乗り越えて来たからだ。
「おー、じゃあ教えてやるよ! 俺はなぁ、テメーらの悟り切った目が気に入らねぇ! おせっかいや親切も気に入らねぇ! この偽善者共が! どうしても戻って欲しけりゃ土下座しな! そうしたら考えなおしてやらんでもねぇぜ!」
ガーフィールはふんぞり返ってアキラたちを指差し、それから地面を指差した。
「わかった。それで君が戻ってくれるなら」
アキラはオースティン、ファエルラと目線を合わせる。二人は頷いた。
そして三人はひざまずき、床に頭を擦りつけた。迷いはなかった。だがあろう事か、ガーフィールはアキラの頭を踏み付け唾を吐く。
「ハハッ、無様だなぁ! テメーらプライドねぇのかよ! しかし、どうすっかな。うーん......いや、やっぱ無理だわ。今更戻ってくれって言われても『もう遅い』ってやつだわな。【白き翼】の入団条件は、このダンジョンの地下五十階以下に出現するアークデーモンの角を持ち帰る事。さっきの戦闘で手に入れたから、あんたらはもう用済みって訳だ。んじゃ、あばよ」
最後にドンッとアキラの頭を思いっきり踏み付け、ガーフィールは立ち去って言った。
三人が顔を上げた時には、もう何処にも姿が見えなかった。アキラはガーフィールに脱出用の「転移の魔術符」を預けていた。彼はそれを使って一人だけダンジョンを脱出したのだ。
「......彼があんな奴だとは思わなかった。残念だよ」
アキラは髪に付いた土を払いながら立ち上がる。
「少し甘やかし過ぎてしまったのかも知れんな。まぁ、去ってしまったものは仕方あるまい。俺たちだけで脱出を試みるとしよう」
オースティンがアキラを元気付けるように、彼の肩に手を置く。
「確かにガーフィールの支援魔術は頼りになったけど、オースティンの攻撃魔術だって凄いじゃない? それにアキラの剣の腕だって」
ファエルラもアキラの肩に手を置き微笑んだ。彼もそれに笑顔で応える。
「ああ、それに君の弓の腕前もな。ありがとう二人とも。さて、それじゃ行くとしよう。これより【夜明けの鐘】はダンジョンからの脱出を図る。準備はいいか!」
「おう!」
「ええ!」
三人は笑い合い、安全地帯を出て元来た道を戻り始めた。
だがたった数十分後、彼らは現実を思い知った。この地下五十階層に置いて、自分達は「弱者」に過ぎないと言う事を。
「ハァッ、ハァッ、頼む二人とも、目を開けてくれ!」
命からがら、どうにか安全地帯に飛び込んだアキラ達。だがオースティンとファエルラの受けた傷は深い。「ポーション」と呼ばれる傷を治す魔術薬を全部飲ませたが、二人の傷は半分程しか癒えなかった。
治癒魔術を使える「聖女」は支援術師以上に数が少なく、アキラ達のパーティーに入ってくれる者はいなかった。だがそれでもこれまでやって来れたのは、やはり支援術師ガーフィールのお陰だったと言える。
「アキラ.....」
オースティンがうっすらと目を開ける。
「オースティン! しっかりしろ! 死ぬな!」
アキラはオースティンの手を握る。彼の手は血の気を失い、すっかり冷たくなっていた。死が近い事はアキラにもわかった。
「俺はもうダメだ。だから一つ、頼まれてくれないか。親友として」
「わかった......聞かせてくれ」
アキラはオースティンの冷たい手をギュッと握る。オースティン、そしてファエルラと共に過ごした四年間。数々の思い出が、彼の脳裏に浮かぶ。くだらない事で喧嘩をしたり、酒を飲んで笑い合ったり、命懸けの冒険から生還して、お互いの無事を喜びあったり。
そんな刺激的で幸せな日々は、もう二度と帰って来ない。そう思うと、自然と涙が溢れてくる。
「王都に戻ったら......西区の奴隷商店に行ってリオル・オートネットという少年を探してくれ。俺とファエルラで身受けする約束をしていたんだ。どうやら俺の生き別れの弟のようでな。時々様子を見に行っていた。奴隷は高額でどうしても金が足りなかったんだが......今日獲得した宝や素材を売ればきっと足りる筈だ。俺の鞄に金貨が入っている。それと合わせて彼を身受けしてやってくれないか」
オースティンはそう言って、床に転がっている鞄を指差した。
「ああ、わかった。だけど君も一緒に行くんだオースティン。死ぬんじゃない」
「ありがとう......だけど、俺はやっぱり行けないよアキラ。リオルの事、よろしく頼む。ファエルラ......先に行ってるよ」
オースティンはそう言って、再び目を閉じた。
「オースティン!」
アキラは叫んだが、彼が再び目を開ける事は無かった。悲しみに打ちひしがれていると、また彼を呼ぶ声がした。
「アキラ......」
ファエルラが目を開けてアキラを見た。彼女は涙を流していた。
「ファエルラ! 良かった! 君も逝ってしまったのかと......!」
「ふふっ。勝手に殺さないでよ。だけどもう、長くはないのは確かね」
薄く笑うファエルラ。その手はやはり冷たかった。
「そんな......! 君まで逝ってしまったら私は......!」
言葉が続かなかった。何を言おうとしたのか、アキラ自身にも分からなかった。
「ねぇアキラ、覚えてる? 私達が初めて出会った日の事」
「ああ、覚えてるよ! 絶対に忘れたりするもんか!」
アキラは早くに両親を失い、天涯孤独だった。当然この「ルーンアース」に転移した後も、身寄りなどある筈も無い。
着の身着のまま、右も左も分からない異世界で途方にくれるアキラに声をかけてくれた男女がいた。それがオースティンとファエルラだった。
住む所のないアキラを自分達の家に招き、冒険者の仕事を紹介してくれた。アキラにとって二人は、かけがえのない仲間であると同時に、命の恩人でもあった。本当の家族だった。
「あの時のアキラったら、まるで小さな子供みたいに怯えていたわ。私達よりも年上だと知った時には驚いた。だってとても若く見えたから。それにとても純粋な目をしていた」
「ああ。だって本当に不安だったからね。だから二人に声をかけられた時、私は心から安心したし、信頼もした。すぐにわかったんだ。この人達は良い人達だってね」
アキラが笑うと、ファエルラも微笑む。
「まったく......本当に素直な人ね。悪い人に騙されないか心配だわ。ふふっ。私ったらまるでお母さんね」
ファエルラの目から涙が溢れる。
「さようなら、アキラ。ごめんね。私、もう、行くね。オースティンの所へ。ああ......だけどもう一度、逢いたかったなぁ。リオル......可愛い、リオル......」
その言葉を最後に、ファエルラは息を引き取った。
「ファエルラ......!」
アキラは声にならない叫びを上げ、二人の大切な家族の体を強く抱きしめた。
(死ねない。私は、二人に大切なものを託された。会うんだ。絶対にリオルに会うんだ......!)
赤く腫れた目に強い眼差しが宿る。彼はおもむろにテントを張り始めた。キャンプで使う、魔術が施されたテント。畳むととても小さく軽くなる。だが使用時の広さは大人五人が入っても充分横になれる程の余裕がある。
「オースティン。ファエルラ。少し待っててくれ。必ず戻る。それまでの辛抱だよ」
アキラはテントの中にオースティンとファエルラの遺体を寝かせた。そして食べ物の冷蔵などに使う「冷気の宝玉」と呼ばれる魔術道具を中に設置して、外からテントの鍵を閉めた。
アキラは絶対に地上に出る、という強い執念でダンジョンからの脱出を図った。
地下五十階にいるアークデーモンはその身体能力の高さだけで無く、強力な闇の魔術を扱う強敵。他にもこの階層には、不死身のアンデットにして剣の達人であるグレータースケルトン、全てを飲み込むイヴィルボアなど強敵が目白押しである。
なるべくなら戦闘は避けたい。アキラは魔術道具「隠者のマント」を身に纏い、息を潜めて進んだ。これは姿を消す事が出来る便利な道具だが、気配や音、匂いまでは隠せない。慎重な行動が必要である。
アキラは強敵達の横を恐る恐るすり抜け、ようやく上に通じる階段がある部屋へと到達した。だが不運な事に、階段の前にはグレータースケルトンが仁王立ちしていた。その眼球の存在しない暗い眼窩は虚空を見つめている。
だが他のモンスターの姿は見えない。逆を言えば、グレータースケルトンさえ突破出来れば上階に登れる。上階に登っていくにつれ、他の冒険者に遭遇する確率は増える。もし出会えれば、助けてくれる者もいるかも知れない。
アキラは決して自分の力を過信したりはしなかった。本来の実力はCランクかDランクあたりが妥当だろう。オースティンとファエルラがBランクで、彼らとパーティーを組む事でアキラのランクも引き上げられた。そこにガーフィールが加入して、バフの力でAランクに引き上げられただけの事。
ここから脱出するには逃げの一手。そして他の冒険者の力を借りる。それしか無い、とアキラは考えていた。
そーっと静かに。アキラはグレータースケルトンの脇を通り抜けようとした。だがその時、階段を降りてくる者達が。何者か姿はまだ見えないが、男の声とカチャカチャという鎧の音。おそらく冒険者の一団だろう。
グレータースケルトンが警戒態勢を取る。階段の上を見つめながら、カタカタと歯を鳴らす。すると他の部屋からゾロゾロとグレータースケルトン達が集まって来た。
その数およそ二十。アキラは決断した。今階段を駆け上がらなければ、確実に死ぬ。
アキラは猛然と駆け出し、グレータースケルトンの横をすり抜ける。音に気づいたグレータースケルトンは、振り向きざまに剣を振る。アキラは素早くかがみ込んでそれをかわし、さらに走る。剣をかわせたのは勘であり、幸運だった。
希望は階段の上の冒険者。だが、階段を駆け上がり始めたアキラの希望は即座に打ち砕かれた。
上階から降りて来たのは、全身鎧の集団。と言っても中身は無く、鎧だけ。魔力で動く鎧、リビングアーマーだ。ざっと見回しただけでも十はいる。階段はそれらによって完全に塞がれていた。抜けるには、どれか一体だけでも倒さなくてはならない。
後方のグレータースケルトン。前方のリビングアーマー。どちらに進むかは考えるまでもなかった。
(抜けてやる!)
アキラは勢いを緩めず、そのまま階段を駆け上がった。
「私は、リオルに、会うんだ!」
左手に持った盾を前にし、突進する。盾はリビングアーマー一体を見事に突き飛ばした。
(やった!)
アキラは未来が開けた気がした。やれば出来る。思いは通じる。そんな言葉が頭をよぎる。
だがその直後、彼の全身に激痛が走った。そして、首が宙を舞った。
アキラの視界はぐるぐると周り、やがて地面に頭が激突する感触。薄れゆく意識の中で彼が見たのは、リビングアーマーの剣によって滅多刺しにされる自分の体だった。
◆◆◆◆◆◆◆
暗い闇の中。アキラの意識は彷徨っていた。
(ここは一体何処なんだ......。私は死んだ、筈だよな)
遠くに光が見える。アキラの意識はそこを目指して進んだ。時間の概念はなかった。あっという間のような気もしたし、ものすごく時間がかかった気もする。だがとにかく、アキラの意識は光輝く場所へと辿り着いた。
(暖かい......)
光が全身を包む。アキラの意識が形取っていた姿は、全く別のものへと変化していく。
それと共に、一つの記憶が彼の中に甦っていた。
(世界を渡るあなたに、力を一つプレゼント致しましょう)
それは女性の声だった。確か女神ルクス、と名乗っていたように思う。
「称号所持者アキラ・ナカムラの称号発動条件【死】を確認しました。これより称号【不死の聖女】を発動します」
不思議な声が意識に響く。それは女神ルクスの声とも違う、男とも女ともつかない声だった。
「【不死の聖女】発動に伴い、強制クラスチェンジを行います。アキラ・ナカムラのクラス【剣士】をクラス【聖女】に変更。さらに魂・肉体の性能、性別も変化。パッシブスキル【不死】アクティブスキル【生者には死を】【死者には生を】を獲得しました」
アキラの存在など無視するかのように、声は一方的に喋り続けた。アキラも状況を理解する為、黙って声を聞き続ける。
「肉体損壊、生命活動の停止を確認。パッシブスキル【不死】を発動します」
その言葉を最後に、アキラを覆っていた光が消えた。と同時に、海底から水面に浮上する様に意識が目覚めていくのを感じた。
(首が体と繋がっている。私は生き返ったのか......?)
ムクリと起き上がる。場所は五十階の階段の側。周囲に敵はいないようだ。
「一体何が起こってるんだ......?」
アキラは先程聞いた不思議な声を思い返し、夢か現実かの判断しかねていた。
「ん? 今の声、私か? あ、あー、あー、私の声だな。まるで女の声みたいな......え? ええー!?」
アキラは自分の声に驚いた後、自分の姿を見てさらに驚いた。
彼......いや「彼女」は全裸だった。黒髪だった頭髪は長い銀髪になり、大きな目を縁取る長い睫毛も銀色。瞳も銀色。整った鼻梁にぷっくりとした形の良い唇。
顔は小さく、手足は長い。華奢ではあるが、女性的な曲線を描く肉体は蠱惑的だ。年齢的には十代後半といった外見。
(女になってる......! それじゃあ、あの声が言っていた事は現実だったんだ。私は不死の聖女になった。そう言う事なんだな)
アキラは自分の体や顔に触れ、以前とは全く違う姿に変わった事を改めて実感する。
(とりあえず服が必要だな。この格好では流石にまずい。一旦オースティンとファエルラの元へ戻ろう。ファエルラの鞄に女ものの着替えが入っている筈だ。借りるとしよう)
裸足でペタペタと石床を歩くアキラ。彼女の心に、今までのような恐怖心は全くない。全身には力がみなぎり、言い知れぬ自信が心を満たしていた。
「少し、走ってみようかな」
軽い気持ちで駆け出す。だがそのスピードは信じられない程の速度。あっという間に景色が流れていく。
「はははっ! なんだこれ! 気持ちいい!」
アキラは思わず声を上げた。楽しさと嬉しさが込み上げてくる。彼女にはもうわかっていた。意識の外にあった知識が記憶として流れ込んで来る。自分が何者で、何が出来るか。全てわかる。
「今行くよ、オースティン! ファエルラ! また一緒に酒を飲もう!」
ほとんどスキップのように、アキラは猛スピードで駆けて行く。彼女を敵と認識したモンスター達が群がってくる。
「邪魔邪魔! どいてくれ!」
アキラの手足が輝きを放つ。彼女はまるで踊るようにモンスター達に蹴りや拳を打ち込んで行く。
「グゴアアアアアッ」
「グギョォォォォッ!」
アキラが習得した二つのアクティブスキル「生者には死を」「死者には生を」により、命持つ生者であるアークデーモン、イヴィルボアには「死」を。
命を持たない死者であるグレータースケルトンには「生」を与える。仮初めの命を与えていた魔術を消失させる事で、瞬時に滅ぼして行くのだ。
凄まじいスピードで動き回るアキラ。モンスター達の攻撃は一切アキラに当たらない。だがもし当たったとしても、彼女の肉体は一瞬で再生治癒する。粉々に粉砕しようが、ドロドロに溶かそうが、石に変えようが、どんな状態からも必ず元通りに復活する。
何故なら彼女は「不死」だからだ。生半可な不死ではなく、完全なる不死。細胞の劣化も死に繋がる要素の為、それを廃した彼女には老化も存在しない。
強力なAランクモンスター達を雑魚同然に蹴散らしながら突き進むアキラ。
あれほど苦労した道のり。オースティンとファエルラの遺体が待つ安全地帯へは、ものの数分でたどり着いた。
「ただいま! 二人とも、待たせてごめんな!」
テントの鍵を開けて、二人の遺体を抱きしめるアキラ。
「さぁ、起きてくれ。【死者に生を】」
すると遺体は輝きを放ち、その姿を変化させていった。
オースティンもファエルラも金髪の青い目をしていたが、それらが全て銀色に変わる。そして肉体も若々しく変化。アキラ同様十代後半程度の姿になった。
そして二人はゆっくりと目を開ける。
「戻って来たのだな、アキラ」
「あなたの心が、流れ込んでくるわ」
オースティンもファエルラも、全てを理解していた。自分達が一度死に、アキラの......「不死の聖女」の「使徒」として蘇ったと言う事を。自分達やアキラの姿が変わった事にも、違和感は覚えなかった。それを当然の事として受け入れた。
「行こう。私達ならやれる。このダンジョンを踏破できる」
アキラは嬉し涙を溢れさせながら、二人の手を引く。
「そうだな。リオルを迎えに行くのはその後でいい」
「ええ。のんびりいきましょう」
オースティンとファエルラも、喜びの涙を流していた。二人は起き上がり、アキラを抱きしめた。アキラも両手で二人の肩を抱いた。
そして数日後。王都の間近に位置するダンジョン「グリード」における、地下百階までの全てを踏破した冒険者パーティーが現れた。
その名も【夜明けの鐘】。彼らはその名を大陸中に轟かす事になる。
そしてそのメンバー「不死の聖女ラキア」「破壊の王ステイオン」「神の弓ラファエル」も同時に伝説となった。
◆◆◆◆◆◆◆
アキラ達を裏切った支援術師ガーフィールは、ダンジョンを抜けるとすぐに王都へ戻った。そして【白き翼】のリーダー、エイコブの元へと走る。五日もダンジョンの中にいた為時間の把握は出来ていないが、空の明るさと人々の賑わいを観察して昼時だと察しをつける。
(きっと冒険者ギルドにいる筈だ。クエストに出かけていなければ)
エイコブはガーフィールの読み通り、冒険者ギルドの酒場で仲間と食事をとっていた。
息を切らして「白き翼」の座るテーブルへと近づくガーフィール。彼らの人数は六人。今七人目を募集しているらしい。
ガーフィールは近づきながら彼らを観察したが、七人目の姿は見当たらない。どうやらまだ募集は続いているようだ。
「あの、エイコブさん! お待たせしました、アークデーモンの角です!」
ガーフィールは「白き翼」のメンバーが座るテーブルの間近に立ち、鞄から角を取り出した。
「ああ、えっと君は確か......」
エイコブは思い出すように人差し指をこめかみに当てた。だが、うーんと唸るばかりで答える様子はない。
ガーフィールはきっと忘れられてしまったのだろうと判断し、自ら名乗る事にした。
「ガーフィール・リューシカです。支援術師です。お約束通り、ダンジョン【グリード】の地下五十階以下でしか取れないアークデーモンの角! お持ちしましたよ! これで僕をパーティーに加えてもらえるんですよね!」
ガーフィールはそう言ってエイコブに角を差し出した。すると彼に変わって、近くにいた仲間の一人がそれを受け取る。
「ふーん......本物みたいだぜ、エイコブ」
髭の生えた長身の男はそう言って、角をエイコブに投げた。どうやら彼は「鑑定」のスキルが使えるらしい。
「そうか。では君の入団を許可しよう、ガーフィール。アークデーモンの角を獲得した君の力は、充分に我がパーティーに迎えるに値する。だがそれにあたって、元いたパーティーのメンバー達方に挨拶をしたい。近くにいるんだろう? 君の力がいくら強力だろうと、支援術師が一人でモンスターを討伐出来る筈がないからね」
エイコブは微笑んで周囲を見回した。ガーフィールは焦った。かつての仲間など、この場にはいない。それどころか、もうこの世にだっていない。ガーフィールはそう確信していた。
「あ、えっと、それが......みんな、死んでしまったんです」
ガーフィールは自分以外の者が仲間候補に上がる事を恐れていた。ライバルは一人でも少ない方がいいという考えだ。だから仲間を見殺しにした。アキラ達を切り捨て、ダンジョンに置き去りにしたのだ。
「なんだって!? じゃあ君一人でダンジョンから脱出して来たって言うのかい? 一体どうやって!?」
ガーフィールは支援術の実力はかなり高かったが、思慮が浅いという欠点があった。しかも思いやりに欠け、相手の気持ちが想像出来ないのだ。
「ああ、脱出用の魔術符を持っていたので、それで脱出して来たんです」
笑顔で答えるガーフィール。その返答を聞いてエイコブは察した。
「君はもしかして、他の仲間を見捨てたのかい?」
恐ろしく低いトーンでエイコブはガーフィールに質問した。だがガーフィールはその声色の変化、つまりエイコブの心情の変化に気づかない。
「はい、そうです。もう役に立たないと思ったので。だから挨拶は必要ないですよ」
爽やかに答えるガーフィール。「白き翼」のメンバー達がどよめく。
「なるほどね。シャラハーン、その角を彼に返却してくれ。ガーフィール君は我がパーティーに相応しくないようだ」
「はいよ。ほら、返すぜ」
エイコブは長身の髭男シャラハーンに角を渡し、シャラハーンは角をガーフィールに投げてよこした。
ガーフィールはショックを受けて、角を取り落とす。だが彼は拾おうとせず、呆然と立ち尽くす。
「な、何故ですか......!? 何故僕を仲間にしてくれないんですか? 仲間を捨ててまで、この角を持ってきたのに......!」
震える声で返すガーフィール。彼は自分の正当性を微塵も疑っていない。
「仲間を見殺しにするような邪悪な人間を、私の仲間に加える事は出来ない! 君には一度引退を勧める! 道徳観念をしっかり学んでから、一からやり直す事だ!」
エイコブは強い口調でそう返した。ガーフィールは眉間に皺を寄せ、涙目でエイコブを睨む。
「ああそうかよッ! じゃあいらねぇッ! お前らなんかいらねぇッ! 俺は別の仲間を探すッ! 頭脳マヌケなテメーらよりも、もっと優秀で見る目のある仲間をな!」
ガーフィールは怒りに任せてアークデーモンの角を蹴り飛ばし叫んだ。
「皆さん聞いてください! 僕はちゃんと仲間に加わる条件を満たしているのに、それを後から覆すこいつらは最低です! だから僕は、別のパーティーに入りたいと思います! 僕は支援術師のガーフィール・リューシカ! Aランクパーティー【夜明けの鐘】に所属していました! 他の連中は大した事ありませんでしたが、僕はSランク級の実力を持っています! 疑う方は鑑定のスキルを僕に使ってみてください! そして是非、僕を仲間に加えて下さい! あ、でもAランク以下のパーティーはお断りです! Sランクのパーティーだけ、僕を誘ってください!」
ガーフィールは熱く演説した。冒険者ギルド内は一瞬、水を打ったように静かになった。だがすぐに喧騒に戻る。
つまり、誰もガーフィールを相手にする者はいなかった。ガン無視である。
「何でだよッ! どうして誰も僕を誘わねーんだッ!」
ガーフィールは激昂した。それを見て「白き翼」のメンバーは呆れたように笑う。
「これが答えだよ、ガーフィール君。みんな先程の我々の会話を聞いていた。興味ないように見えて、みんな聞き耳を立てていたのさ。仲間を見捨てた君を欲しがる者は誰も居ない。それでもまだ冒険者を続けるかい? 【仲間殺しの支援術師】君」
冷めた視線を送るエイコブに対し、ガーフィールは鋭く睨み返す。
「くッ......! 僕は諦めないぞッ! 絶対に新しい仲間を見つけて見せるッ! その時はお前らに復讐してやるからなッ! 覚えてろビチグソ野郎共!」
ガーフィールは踵を返し、冒険者ギルドを後にした。
ガーフィールはそれから数日間、毎日冒険者ギルドへと通った。だがやはり誰にも相手にされない日々が続いた。
そんなある日、大陸中を震撼させる出来事が起こった。全部で七つあるダンジョンの一つ、「グリード」の全百階層を踏破した者が現れたらしい。それは今まで誰一人となし得なかった偉業だった。
成し遂げたパーティーの名前は【夜明けの鐘】。ガーフィールが以前所属していたパーティー。彼が裏切り、見殺しにしたパーティーだ。
(あり得ない。あいつらが僕なしでダンジョンを踏破するなんて)
ダンジョン踏破のニュースが大陸中を駆け巡ったその翌日。ガーフィールは訝しく思いながらも、事実を見極める為冒険者ギルドへ向かった。
(きっと誰かが【夜明けの鐘】の名を騙(かた)っているんだ。その目的はさっぱりわからないけどな)
ガーフィールはそんな風に考えつつ、まだ朝のうちに冒険者ギルドに到着した。普段彼は、朝から晩まで冒険者達に声をかけている。そして誰にも相手にされない事に、最近は慣れ始めていた。
冒険者ギルドは普段よりも賑わっていた。どうやら渦中のパーティー【夜明けの鐘】がギルドに来ているらしい。
人混みを掻き分けて進んでいく。どうやら【夜明けの鐘】はギルドに併設された酒場で朝食を取っているようだった。
酒場で食事を取っている冒険者は十数人。その中でも一際異彩を放つ人物達がいた。その周囲の人だかりが一番多い事から、ガーフィールはその人物達こそが【夜明けの鐘】であると当たりをつけた。
「すみません、お伺いしたいのですが。あちらにいる方々は【夜明けの鐘】のメンバーですか?」
ガーフィールは近くにいた男に質問してみた。彼はガーフィールの顔を見るなり怪訝そうな顔をしたが、渋々と言った様子で答える。
「ああ、そうだ」
ガーフィールの読みは当たっていたようだ。だが、やはり彼が知るメンバーではなかった。
「そうなんですね。それぞれのメンバーの名前ってわかりますか?」
ガーフィールが更に尋ねると、男は面倒臭そうに続ける。
「長い銀髪を後ろで結った、胸のデカイ超絶美人が【不死の聖女ラキア】。肩くらいまでの銀髪で、華奢だが良いケツをしてる美少女が【神の弓ラファエル】。んで、あの羨ましい銀髪優男が【破壊の王ステイオン】だ。それと最近は子供が一人くっついてるが、あいつの名前はリオル。どうやら奴隷らしいぜ」
「なるほど。教えて下さってありがとうございます」
ガーフィールは謙虚な態度で男に礼を言った。もちろん本心ではなく、猫を被っているだけだ。
ガーフィールは【夜明けの鐘】に近づいていく。彼らに話しかけてみる事にしたのだ。
(なんのつもりで、あの役立たず共のいたパーティー名を名乗っているのか。知りたいのはそこんところだ)
ガーフィールの中で渦巻く疑念。それを晴らす為、ガーフィールはついに彼女達に声をかけた。
「あのう、すいません。あなた方は何故【夜明けの鐘】を名乗っているのですか?」
食事をしながら談笑していたパーティーメンバー達が、一斉にガーフィールを見る。冷たい目を向けられると思ったがそうではなかった。彼女達は暖かい目で微笑んだ。
「おや、君か。久しぶりだね。随分と懐かしい気がするよ」
「えっ?」
聖女ラキアの言葉に、ガーフィールは耳を疑った。
「僕を知ってるんですか?」
キョトンとするガーフィール。それを見て彼女たちは面白そうに笑う。
「ええ、良く知ってるわ」
「君は俺たち【夜明けの鐘】のメンバーだったじゃないか」
ラファエルとステイオンがそう答える。
「いや、確かに僕は【夜明けの鐘】のメンバーだったけど、あなた達なんて会った事もありませんよ。まぁ僕は有名だから名前を知られていても不自然ではありませんが、絶対に会った事はないです。ですがまぁいいでしょう。あなた達が嘘をついている理由を教えて下さい」
ガーフィールは彼女達が嘘をついていると断定し、その目的を探ろうとする。
「嘘じゃないさ。私達の名前、文字の順番を並び替えて見てくれないか。例えば、ラキアは逆から読んでくれればいい」
ラキアの言葉に、ガーフィールは半信半疑ながらも言われた通りにする。
「アキラ......!? いやいやありえない。絶対あのおっさんは死んでる。雑魚すぎるだろあいつは。他の二人も名前の由来はわかったけどさ。あんたら見た目が全然違うし、おっさんは性別すら違うじゃねーか。あり得ねーッ! あいつらは死んだッ! あの状況で生きてる訳がねーんだッ! 騙ってんじゃねーぞテメーらッ! 一体何が目的なんだよッ! さっさと答えろこのイカレポンチ共ッ!」
ガーフィールがイラつき本性を現すと、ラキアが嬉しそうに拍手した。
「ああ、それそれ。それでこそ君だ。私達は騙ってなどいないよ。実際に私達は一度死んだ。君に置いてけぼりにされた事がきっかけなのは確かだが、恨んでなどいない。私達は君に頼り過ぎていたんだ。まぁ、まさかあの場面で裏切られるなんて夢にも思っていなかったけどね。そして今はこの通り。不死の聖女として蘇り、仲間も生き返らせた」
ラキアの返答に、周囲の冒険者がどよめく。
「おいおい、ガーフィールが仲間見殺しにしたのはやっぱりマジなのかよ」
「しかもラキア様達を!? なんてふざけた野郎だ!」
「おい、こりゃ重要な供述だ! マスター、すぐに憲兵呼んだ方がいい! 仲間殺しは重大な冒険者規約違反! ガーフィールをしょっぴいてもらうんだ!」
周囲の喧騒にも、ガーフィールの心は一切動じなかった。自分が見捨てた元仲間達が、生き返ってダンジョンを制覇した。その事実こそが、彼の心をガンガンと刺激し続けていたからだ。
「へぇ、そうかよ。じゃあさぞかし爽快な気分だろうね。自分達を陥れた僕が、誰からも相手にされず馬鹿にされているこの状況が」
ガーフィールは悔し涙を流しながら、ラキアを睨みつけた。
「いやいや、とんでもない。私も仲間たちも、君が【仲間殺し】という不名誉な称号を得てしまった事で心を痛めているんだ。だから君に、その名誉挽回のチャンスをあげたいと思う。つまり、もう一度仲間にならないか? このパーティーに戻ってくる気はあるかい?」
ラキアの発言に、再び周囲がどよめく。
「ラキア様、早まっちゃいけねぇ!」
「こんなクズ、許しちゃダメですよ!」
ガーフィールも周囲の冒険者と同意見だったが、ふと考えを改める。
(そうか、こいつらは馬鹿がつくほどのお人好し。そして偽善者だ。僕を仲間に戻す事で、周囲から人徳者と思われたいんだ。それならこっちにも考えがある)
「ふん。そういう事なら戻ってやってもいいぜ。だがそれには条件がある。土下座しろ。床に頭を擦り付けて『お願いします』と言え。そうすりゃ考えてやらんでもないぜ」
ガーフィールはラキア達を指差し、それから床を指差した。周囲の喧騒が強くなるが、そんな事はガーフィールにとってどうでもいい事だった。
「ラキア様! あんな奴の言う事聞く必要ありませんよ! そして僕はあいつが嫌いです!」
ラキアのそばにピッタリと寄り添う少年、リオルがガーフィールに憎しみの目を向ける。
「ふふっ。大丈夫だよ、私の可愛いリオル。そんな事はしないから。さてガーフィール君。これはまるであの時の再現だね。私達が君に戻って欲しいと懇願し、土下座した頭を踏みつけられたあの時と」
周囲から悲鳴が上がる。
「なんてひどい事をするの!」
「ガーフィールの野郎! 憲兵隊はまだか!?」
そしてちょうどそこに、憲兵隊が駆けつけた。
「冒険者ガーフィール・リューシカ! 貴様を冒険者規約第二十二条『故意に仲間を陥れた、または見殺しにした』事による【冒険事故誘発罪】により逮捕する!」
憲兵隊の人数は十人ほど。全員が「脱力の槍」を構え、ガーフィールを囲んでいる。「脱力の槍」は殺傷力はないが、相手の力を奪い身動き出来なくする事が出来る槍だ。
「チッ......! 僕という優秀な人材を闇に葬ろうとした愚行、きっと後悔させてやるぞタンカス共!」
ガーフィールはその場にいる全員に対して、殺意に近い敵意を向けた。憲兵隊達が警戒しながらガーフィールに縄をかけようとしたその時。
「待ってください憲兵隊の方々。ガーフィール君と私はまだ話の途中なんです」
ラキアが「待った」をかける。
「しかし聖女ラキア様。この男はあなたを陥れて殺した重罪人ですよ」
憲兵隊の一人がそう言ってガーフィールを指差す。
「ええ、それはもちろんわかっています。ですがやはり、私は彼にチャンスを与えたい。ちなみになんですが、「罪」と言うものは死者にも適用されるものでしょうか」
ラキアはそう言って静かに微笑む。
「いえ。死んだ者に罪は残りません。極悪人でさえも、極刑である死によって罪は消滅します」
憲兵隊の一人が、戸惑いながらもそう答える。
「なるほど。ではもし仮に。私が彼を殺してすぐに生き返らせたら、それは罪になりますか? そして一度死んだ彼の罪は消えますでしょうか」
そう言いながらラキアはテーブルの椅子から立ち上がった。そして憲兵隊の間に割って入り、ガーフィールの真正面に立つ。
「ええっと......それは非常に難しい質問ですね。ですが我が国の刑法の基準で考えますと、ラキア様もガーフィールも最終的に罪は無効になります」
憲兵隊の隊長らしき年配の男がそう答える。ガーフィールはそのやりとりに、不穏な気配を感じ取った。
「おいあんた、一体何をする気だ」
恐る恐る、ガーフィールはラキアにそう尋ねる。
「おや、聞いていなかったかい? 私は君を一旦殺す事にした。そしてすぐに生き返らせてあげるよ。それで私達を見殺しにした君の罪は消えるそうだ。良かったね」
ポンポンとガーフィールの肩を叩くラキア。周囲からも賛同の声が集まる。
「おおー! いいねいいね! やっちまえラキア様! そんな奴ぶっ殺せ!」
拍手喝采が巻き起こる。
「くッ......!」
ガーフィールは助けを求めるようにステイオンやラファエルを見る。だが彼らもラキアの考えに賛成のようだった。
「ああ、それは名案だなラキア。他人の苦しみを知る一番の方法は、自分もそれを体験する事だ。ガーフィールはきっと命の重みを知る事が出来るに違いない。私達が味わった苦しみの一旦もね」
「そうね。それになんとかは死ななきゃ治らないって言葉もあるくらいだし。一度死んでみるのも悪くない考えだわ」
ステイオンとラファエルは、軽く世間話をする様な口調でそう述べた。そして彼らのもう一人の仲間、少年リオルも深く頷く。
「僕も賛成ですラキア様。僕の大好きなラキア様、そして兄さんと姉さんを殺した奴を簡単には許せません」
リオルの声には憎悪がこもっていた。ガーフィールは背筋に寒いものが走り、ラキアの手を払い除けながら後ずさる。
「い、嫌だ! 僕は死にたくない! 生き返らせるだって? 一体どこにそんな保証があるって言うんだ!」
「それは......私を信じてもらうしかないかな」
ラキアはそう言って右手を掲げる。
「ヒィィッ! 信じられるかッ! 信頼なんてものに命を賭けられるかよォッ! どけぇッ! ゴロンバイ・セクトバル!」
ガーフィールは魔術「速度強化」の呪文を唱え、凄まじいスピードで憲兵隊の包囲とラキアをすり抜けた。
「あっ、野郎逃げやがった!」
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ガーフィールは涙を流して命乞いをする。ラキアはそれを見て微笑んだ。まるで女神のように美しく、慈愛に満ちた笑顔だった。
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(ああ......なんて温かい手なんだ。だけど僕はこれから死ぬんだな。故郷に残して来たお父さんとお母さんは元気かな。いつも僕の事を心配していたな。ああ、それなのに僕は、そんな事も忘れて自惚れていた。人を陥れ、見殺しにしてしまった。死ぬと言う事は、とても恐ろしい事なのに......どうして分からなかったんだろう。自分と同じように、他の人も苦しんだり怖がったり、喜んだりすると言う事を。もう、お父さんにもお母さんにも顔向け出来ないな。だけど僕が死んだら、少しは悲しんでくれるのかな。ごめんなさい。ごめんなさい......)
死を目前にして、ガーフィールの心には様々な感情と後悔が渦巻いていた。そしてそのまま眠るように死を迎えた。
その後彼は、ラキアの使徒「フィルガ」として蘇る。死の恐怖を味わう事で、すっかり心を入れ替えたフィルガ。冒険者達に今までの非礼を詫び、改めて【夜明けの鐘】のメンバーに加わる事となったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆
それから数ヶ月の時が流れ、春。
「カンパーイ!」
夕暮れ。今日の冒険を終えた【夜明けの鐘】は、十五歳となった元奴隷の少年「リオル」の成人を冒険者ギルドにて祝っていた。
「みんなありがとう。明日からは僕も晴れて冒険者学校の生徒。三年後には【夜明けの鐘】に入団出来る。みんなみたいな立派な冒険者になってみせるよ」
麦酒をグイッとあおったリオルは、赤い顔でそう言った。
「それはどうかな。冒険者ってのは口が悪くなきゃ務まらないんだぞ。年上に向かって堂々と『このトンチキがッ!』とか言わなきゃならないんだ」
リオルの実兄ステイオンがニヤリと笑う。
「なぁステイオン。酒の席で毎回そのネタ言うのやめてくれないか。君ってドSなのか? なぁ、どうなんだ?」
支援術師のフィルガが、笑顔と怒り顔が混じった様な顔でステイオンの肩に腕を回す。それを見てクスクスと笑うリオル。
「ふふっ。あんな大人になっちゃダメよリオル。あなたはそのままでいい。きっと素敵で強くてカッコいい冒険者になるわ」
リオルの義姉ラファエルが悪戯っぽく笑う。
「僕は二人を尊敬してるよ姉さん。人柄は勿論だし、魔術師としても一級以上だしね。フィルガの事は嫌いだったけど、人間味のある反面教師として見習う事にしたんだ」
「おいおいリオル。君まで僕をダメ人間扱いするってのかい? やれやれ、最近じゃイイ事しても偽善者と言われるしなぁ。まぁ、そう言われるのも悪くないけどね」
フィルガはそう言って、このパーティーのリーダーであるとびきりの美女を見る。
「わかって来たじゃないかフィルガ。偽善者と呼ばれる事は必ずしも悪い事じゃあない。良い事をしてると認められているんだから。成長したね」
「ま、まぁね。僕は君を尊敬してるから。君みたいになりたいんだ」
ラキアに褒められて顔を赤らめるフィルガ。それを見てリオルは頬を膨らませる。
「ダメだよフィルガ。ラキア様は僕のものなんだから」
「何がダメなんだよ! 尊敬してるって言っただけだろ!」
「いいや違うね。絶対にその目は恋しちゃってる目だよ」
ヤキモチを妬く少年を見て、元おっさんの美女はやれやれと肩をすくめる。
「私みたいなのよりも、世の中にはいい女が沢山いる。リオルはもっと広い視野を持つべきだ。君は美少年だから、学校に通えばきっとモテるぞ。そしたら女の子なんて選び放題さ」
「嫌です! 僕はラキア様が好きなんです! ラキア様以外の女性なんて考えられません!」
大きな声で叫ぶリオル。それを聞いた周囲の冒険者達が、ひやかしたり口笛を吹いたりする。
「ラキア様は僕の事が好きじゃないんですか!? いつもあんなに可愛がってくれるのに!」
「リオル、ストップストップ。落ち着いて。私はちゃんと君を愛しているよ。だけど君にはもっと相応しい女性がいるんじゃないかと思っただけさ」
リオルの唇に指を当て、彼をなだめるラキア。
「ラキア、元男だって事を気にしてるんならお門違いだぞ。最近のお前は完全に女だ。俺ですらムラムラしてしまう程にな。リオルの気持ち、ちゃんと受け止めてやれ」
ステイオンはいい事を言った風にドヤ顔をするが、ラファエルに思いっきり腕肉をツネられて悲鳴を上げた。
「あ、ええっと......。い、いいのかな。私は、だって、リオルの父親って言ってもいいくらいのおじさんだったんだよ。確かに今はいい女になったなって自覚もしてるけど......気持ち悪くない?」
「気持ち悪くないです! だって僕がそう思ってるなら、とっくに嫌がってる筈じゃないですか! 僕はラキア様の全てが好きなんです! 愛してるんです! 冒険者学校を卒業したら、結婚して下さい!」
「ふえぇっ!? け、結婚!?」
突然のプロポーズに戸惑うラキア。フィルガも落ち着かない様子で見守っている。
「リオルが好きなんでしょう、ラキア。いいんじゃないかな、恥ずかしがらなくても。あなたはとっても魅力的よ。女の私から見てもね。それに元男だって事はメリットにしかならないと思う。だって、男の気持ちが良くわかってるって事だもの。さぁ、勇気を出して」
ラファエルがラキアの手をぎゅっと握る。ラキアの手は震えていた。
「ラキア、僕も君に憧れているけど、リオルにだったら譲ってもいいと思ってるよ。幸せになって欲しい」
フィルガも立ち上がり、ラキアの肩に手を置いた。
「俺も同意見だぞラキア。リオルの保護者として、お前とリオルの交際を認めてやってもいい」
ステイオンはニヤリと笑う。
「でも......私なんかでいいのかな。後悔しないかな。結婚って、一生一緒にいるって事なんだよ?」
不安気なラキアを、リオルは立ち上がって抱きしめる。
「僕はラキア様が好きです! ラキア様も僕を好きだと言ってくれている! なら何を後悔するんでしょうか! 僕はあなたを必ず幸せにします! つべこべ言わず、黙ってついて来て下さい!」
「......! はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
涙混じりの声で答えるラキア。冒険者ギルド内に歓声が巻き起こる。
ラキアとの婚約を勝ち取ったリオルは泣きながらガッツポーズ。冒険者達に次々と酒を奢られて酔いつぶれていた。
ステイオンとラファエルはいい雰囲気になって先に帰り、フィルガは【白き翼】のメンバーと飲んで騒いでいる。
二人きりになったラキアとリオル。
「うーん、ラキア様。大好きです......」
寝言を呟くリオルの頬に、ラキアはそっとキスをした。
「私も大好きだよ。リオル。君が目覚めたら、成人祝いをプレゼントしてあげよう」
そう言って微笑むと、ラキアはリオルを抱き上げた。そして酒場の勘定を済ませ、夜の街へと消えて行ったのだった。
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