【短編版】謙虚な剣聖令嬢の剣が早すぎて見えない件。〜え?追放ですか?お役に立てずすいません。お詫びに魔王を瞬殺してきます〜

アキ・スマイリー

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伯爵令嬢は謙虚で最強な剣聖。

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「クラリネッタ・フォーテルミナ! お前をパーティーから追放する!」

「えっ......!? あの、私、何か失敗してしまいましたか? だとしたらごめんなさい」

 ここは魔王討伐の旅の途中で立ち寄った町。その宿屋の一室。就寝の準備をする私の部屋へ、勇者様が怒鳴り込んできた。

 激怒する勇者様に、私は深々と頭を下げて謝った。どうやら彼を怒らせてしまったらしい。

「失敗とかそれ以前の問題だろう! 何度も言ってる事だが、お前モンスターに対して一切剣を抜いてないじゃないか! 剣聖のくせに!」

 あっ、その事か。私の説明が、きっと不充分だったんだ。もう一度、丁寧に説明してみる事にする。

「剣聖は別に私の職業や称号ではなく、村の方々がそう呼んでくださっているだけです。それと、モンスターに対する攻撃の件ですが......私は剣を抜いています。何度も抜いています」

 説明を続けようとしたが、勇者様が怒鳴って口を挟む。

「いやいいやいや! 誰もお前が剣を抜くところを見ていない! しかも実際にモンスターは俺と他の仲間が倒してる! お前はその間、ボーッと突っ立ってるだけだろうが!」

 ああ......。やっぱりあれは、モンスターが死んでいないと思って攻撃していたんだ。私のせいで、余計な手間を取らせてしまった。勇者様には私の他に、優秀な仲間が三人もいる。彼らにも迷惑をかけてしまった。

「あれはですね、私の最初の剣撃でモンスターは死んでいるのです。勇者様達は、死んだモンスターに攻撃なさっていただけなのです。私は色々と無知なもので、勇者様達のあの行為が必要なものだと誤解してました。余計な手間を取らせてしまってすいません」

 もう一度頭を下げる。これできっとわかってくれる筈だ。

「ふざけるな! 俺達が死体と遊んでいただけだと!? 自分の怠慢を棚に上げて、随分と言ってくれるじゃないか! 全く、そんな言い訳を信じる奴がいると思っているのか!? それにすでに敵を切っていただと! ハッ! 俺にお前の剣筋が見えない、とでも言いたいのか!? おとぎ話でもあるまいし、そんな事をハイそうですかと信じられるか! もう何も聞きたくない! 追放だ追放!」

 私に指を差し、唾を飛ばして「追放追放」と流行り言葉のように連呼する勇者様。ああ、こんなにも怒らせてしまうなんて......人に理解を求めるという事は、本当に難しい。仕方ない、家に帰ろう。だけどその前に、きちんとお詫びをしないと。

「あのう......私達は魔王討伐の旅をしてる訳ですよね? ではお詫びと言っては何ですが、私が魔王を倒して来ます」

「はぁ!?」

 絶句する勇者様。私はまた、おかしな事を言ってしまったらしい。

「お前なんかに魔王が倒せる訳ないだろう! しかも一人で!? 馬鹿なのか!? 頭おかしいのか!? これだから世間知らずのお嬢様は嫌なんだ! ああ! もう、めっちゃうざいわお前!」

 叫びながらイライラと頭を掻きむしる勇者様。うーん、どうしよう。お詫びのつもりが更に怒らせてしまったみたいだ。

 ああ、そうか。私なんかに出来るわけがないと思っているから、勇者様はイライラしているんだな。実際にやってしまえば、きっと安心してもらえる。今は無理でも、きっと後から喜んでくれるに違いない。

「あの私、言われた通りパーティーを抜けます。家に帰って、元の暮らしに戻ります。今までありがとうございました」

 何も言わずに魔王を倒そう。無言実行が美徳なんだよって、亡くなったお爺さまもおっしゃっていたし。

「ああ、是非そうしてくれ! ここの宿代もちゃんと自分で払えよ! じゃあな!」

 勇者様はそう言って部屋を出て行く。私の旅ももう終わりか。お父様もお母様も、泣きながら私を送り出してくれたのに。出発したのは今日の朝。一日でクビなんて悲しいよね......。なんだか帰りづらいなぁ。

 まぁでも魔王を倒せば、きっと家族や村の人達にも褒めてもらえる。よし、早速今から行動開始だ。

 ベッドに入るつもりで着ていたパジャマを脱ぎ捨て、私は男性のようなズボンとシャツを身にまとう。鎧は持っていない。剣は、亡くなったお爺さまから譲り受けたもの。お爺さまは領主であると共に、勇敢な騎士でもあった。私達家族や自身の領地である村を守る為に戦い、そして亡くなった。モンスターによって殺されたのだ。お爺さまの従える騎士団も全滅してしまった。以来、私はお爺さまの代わりに村を守って来た。

 今は国から派遣された国家騎士団の方々が、私の代わりに村を守っている。だから私は、安心して村を出てくる事が出来た。

 よし、準備完了。行くとしよう。勇者様のお話では、魔王のいる城はずっと南。岩山の向こうにある「魔人国フォログロッサ」にある。

「よーし、出発!」

 この部屋は宿屋の二階の端っこ。壁を通り抜けて外へ飛び出す。そしてそのまま、地面に着地して走り出した。

 ギュンギュンと景色が過ぎ去って行く。南の方向はこっちで合ってるよね。建物や人を通り抜け、私の体はグングン加速して行く。

 私が壁や人を通り抜けたり、すごい速さで動ける事は誰にも言ってはいけないらしい。話すと怖がられるからって、幼い頃お爺さまに注意された。みんなはそんな事、出来ないんだよって。

 だから普段は、なるべくゆっくり動くように心がけてる。でもモンスターを見ると、つい早く動いちゃうんだよね。でも早く倒さないと危ないから仕方ない。例え今回みたいに「何もしてない」と誤解を受けても、モンスターは素早く倒す。もう、人が死ぬのは見たくないのだ。

 南へしばらく進むと岩山が見えた。やっぱりこっちで合ってた。良かった。岩山を突き抜けて更に進むと、城が見えた。きっとここが魔王城だ。

「ふぅ、ついた。思ったより早く着いたな。これなら睡眠時間も確保出来るかも」

 だけど一応、確認はしておこう。私はお城の前に立っている、全身鎧を着たモンスターに質問してみる事にした。

「すいません、モンスターさん。ここは魔王のお城ですか?」

 全身鎧のモンスターは、とてつもない巨体だった。入り口の前に二人立っている。

 ギョロリと見える目で私を睨みつけると、左側のモンスターがドスの効いた声で答えてくれた。

「俺たちはモンスターじゃない。魔人の戦士だ。下等なモンスターと一緒にするな」

 続いて右側のモンスター、じゃないんだよね。魔人の戦士が答える。

「確かにここは魔王様の城だが。ここになんのようだ小娘。誰かの奴隷か? 使いで来たか。それとも吸血志願か?」

 吸血志願。そうか、モンスターじゃないのかもしれないけど、この魔人国フォログロッサに住む「魔人」は、人間を虐げ、血を吸っているんだ。この二人も倒しておいた方がいいのかな。でも今回の目的は魔王だし、とりあえず無視しよう。

「そのどちらでもありません。魔王を倒しに来ました」

 そう告げると、二人の門番は大笑いする。

「お前、頭おかしいのか? お前如きに魔王様が倒せる筈が......」

「失礼します」

 私は笑い続ける門番達の間をすり抜け、閉ざされた門も通り抜ける。また頭がおかしいって言われた。きっと魔王って相当強いんだろうな。だから私には無理だって、みんな思うんだ。

 魔王はどこかな......王様ってのは高いところが好きって聞くし、きっと階段を登って一番奥の部屋とかにいるんだろう。

 私はひたすら最上階を目指した。魔王城は三十階建てだった。めちゃくちゃ高い。その一番奥の部屋に飛び込むと、誰かがイビキをかいて寝ていた。ここは寝室のようだ。薄暗い中、目を凝らす。

 とても大きなベッド。大人が十人以上余裕で寝れそうな大きさだ。そこに裸の男女。男性が一人と、女性が九人。ぐっすり寝ているようだ。起こすのは申し訳ないが、人間を襲う悪い人達。罪悪感は少なめだ。

「あのう、すいません。魔王がどこにいるか知りませんか?」

 私は靴を脱いでベッドに上がり、男の人に声をかけた。

「ふがっ。なんだ貴様! どこから入った!?」

 ギョッとして目を丸くする男性。暗い金髪に白い肌。口には鋭い牙が見える。

「起こしてごめんなさい。私は魔王を倒しに来たんです。どこにいるか知りませんか?」

「なッ......!」

 男性は絶句した。

「貴様のような小娘が、俺を......!?」

 小娘って、門番にも言われたけど私成人してるよ?十八歳だし。

「という事は、あなたが魔王ですか?」

「そうだ。チッ、ゴミ虫め。俺の眠りを妨げおって......死ぬが良い!」

 男性は素早く身を起こし、右手を突き出した。そして手のひらから閃光を放つ。当たる訳にはいかない。私は素早く閃光をかわした。閃光は寝室の壁を派手に破壊し、凄まじい轟音を響かせた。くらえば人間など木っ端微塵だろう。だが、当たらなければ問題はない。

 そしてこれだけの轟音が鳴り響いても、女性達が目覚める様子はなさそうだ。だが、間もなく誰かがやって来るだろう。

「では、失礼します」

 私は剣で魔王の首を斬る。私の剣撃は一瞬だから痛みはない筈だ。......って昔お爺さまがおっしゃっていた。

「......!」

 魔王は目を見開いたまま動きを止めた。すでに絶命している。が、首が転がり落ちるのは数分後。それまではこのままだ。

 あ、そうだ。手紙を残しておこう。もう人間を襲わないように、自粛してもらわなきゃ。私はポーチから紙とペンを取り出し、手紙を書いてベッドに置いた。

「これでよし。家に帰ろう。失礼しました」

 私はベッドから降りると靴を履き、家路に着く。途中で宿屋の料金を払っていない事に気づき、立ち寄って精算。その後改めて家へと走る。

 着いた。丘の上にある大きな館。ここが私の家、コルテニアス領を治める伯爵家だ。

「ただいま戻りました」

 お父様とお母様はまだ起きていた。私の顔をみると、二人とも大喜びで出迎えてくれた。

「おかえりクラリネッタ! 早かったな!」

「おかえりなさい、クラリネッタ! 一日でも離れるのは辛いわ!」

 二人は私を抱きしめて号泣する。

「お父様、お母様。私、魔王を倒しました」

「おお! 本当かクラリネッタ! でかしたぞ! さすが父さんの娘だ!」

「本当に立派になって......! ところで勇者様達はどうしたの?」

 私はパーティーから追放された事と、一人で魔王を倒した事を両親に伝えた。

「そうか......仕事の成果を認めてもらえなかったのは残念だが、お前はしっかり結果を出した。きっと勇者様も喜んでくださるだろう」

「そうね。勇者様達だけでなく、きっと国王様も喜んでくださるわ。そういえばクラリネッタ、夕食はもう食べたの?」

「ええ、もういただきました」

「そう。なら、お祝いは明日にしましょうね。今日はお風呂に入ってもう寝るといいわ」

 お母様はそう言って私の頭を撫でた。私はもう大人なんだけどなぁ。お母様は結構子供扱いしてくる。まぁ別に嫌じゃないけどね。

 私は一仕事終えた満足感を味わいながら、ゆっくりと入浴を楽しんだ。

 ◆◆◆◆◆◆◆(勇者視点・ざまぁ)

 クラリネッタが魔王を倒した数日後。人間国ルーデウスの町や村では、一つの噂で持ちきりだった。

「聞いたかおい! 魔王が倒されたってよ! 魔人国フォログロッサが降伏したらしい! 王都に使者が訪れたそうだ! 早朝、ドラゴンに乗ってな!」

 勇者セレスティンが昼食を取る為に立ち寄った、とある村のとある食堂。食事をとっていると、周囲の客がその話題で盛り上がっていた。

(そんな訳ないだろうが。俺達はまだ旅の途中。馬を使ってはいるが、魔の山まではあと一ヶ月はかかる。そこからさらに、山の麓にある洞窟を抜けるか、危険な山越えをしなければならないんだ。そうする事で初めてフォログロッサに到達出来る。誰も行けるはずがない、俺たち以外は)

 勇者セレスティンや仲間達は噂を鵜呑みにしなかった。だが「魔王討伐支援金」を受け取る為に立ち寄った冒険者ギルドで、それが事実だと思い知る事になる。

「勇者御一行様。あなた方への支援金は打ち切りとなりました」

「何......!? どういう事だ!」

 驚く冒険者ギルドの受け付け嬢は、どこか冷めた目でセレスティンを見つめる。

「まだご存知ありませんか? 魔王はすでに倒されたのですよ。あなた方が追放した伯爵令嬢、剣聖クラリネッタ様によって」

「馬鹿な......! そんな馬鹿な事があってたまるかぁ!」

 怒鳴るセレスティンを、仲間達がなだめる。

「落ち着けセレスティン。あんな無能にそんな事出来る訳ねぇ。誤報に決まってるぜ」

 武術家ゴルディアスが、太い腕をセレスティンの肩に回す。

「な、何かの間違いではありませんか? 倒せる倒せないの前に、移動時間を考えれば不可能です。空でも飛ばない限りは」

 聖女の異名を取る魔術師、シェマルタが控えめに発言する。

「いえ、事実です。クラリネッタ様が国王様に話した内容によれば、走って行った、とおっしゃっているそうです」

 受付嬢は淡々と返す。

「それこそありえんだろう! 吾輩は足には自信があるが、走って魔の山に到達しようとするならば、一年以上かかるぞ!」

 弓使いの中年、バナタールが口髭をさすりながら反論する。

「皆さま、ここで私に反論していても、真実は見えませんよ。嘘だと思うのなら、国王様に真偽を問いただしてはいかがでしょうか」

 受付嬢が、眼鏡をクイッと上げながら言い放つ。それはもっともな意見だった。

「わかった。ではそうしよう。行くぞ、みんな! 俺に掴まれ!」

 セレスティンの掛け声を合図に、三人の仲間が彼の肩に手を置く。

 セレスティンは首にかけていた首飾りを握りしめながら叫ぶ。

「転移の首飾り、発動!」

 四人の体が光を放ち、次の瞬間には姿を消す。

 次に四人が姿を表したのは、人間国ルーデウスの王都リーファス。その王城前だ。転移の首飾りは、あらかじめ場所を記憶させておくことで、その場所に一瞬で移動出来る魔術道具だ。

「なっ......! き、貴様ら何者だ!」

 セレスティンは驚く門番に挨拶をする。

「驚かせてすまない。俺は勇者セレスティン。国王モルドフ陛下に謁見したい」

 すると六人いる門番達はキョトンとする。そして薄ら笑いを浮かべながら返答を返す。

「ああ、元勇者一行の方々ですね。陛下より、おいでになったらお通しするように申しつかっております。どうぞお通りください」

 元勇者。セレスティンはその言葉が引っかかった。だが門番に問いただしたところで意味はないだろうと感じ、何も言わずに門を通る。

 しばらく歩き、謁見の間。ここへ勇者一行が入るのは、魔王討伐へ出立した時以来だ。あの時国王によって召集されたのが、セレスティンと三人の仲間、そしてクラリネッタだった。

 謁見の間に入り、国王の前にひざまずく四人。国王は不機嫌そうな顔で、頬杖をついている。

「陛下、お久しぶりでございます。今日はお伺いしたい事があって参りました」

 深々と頭を下げるセレスティン。仲間達もそれにならう。

「聞きたい事とな。ふむ、まぁ察しはついておる。支援金のことだな」

 国王は不機嫌な態度を崩さぬままでそう言った。

「はい。なんでも魔王が倒されたとか......ですがあり得ません。私達は魔の山まであと一か月で届く距離まで近づいておりました。あの村から先に、人間の住む場所はありません。私達より先に魔王を倒そうとするならば、もっと先に出発している者がいたか、私達を追い抜いたかどちらかです。ですが、そんな者達がいたと言う話は聞いた事がありません」

 セレスティンは静かにそう進言した。国王は真っ直ぐにセレスティンを見つめている。いや、睨んでいると追った方が良いかも知れない。

「噂は聞いておらぬのか。剣聖クラリネッタがお主らに追放処分を受けた後、走って魔王の城へ行き、魔王を打ち倒したのだ」

「そ、その話は聞きましたが......とても信じられません。人間のなせるわざではないかと。陛下はそのお話を信じたのですか?」

 国王の額にピキッと青筋が浮き出る。どうやらセレスティンの発言が、国王の怒りを倍増させてしまったらしい。

「使いの者が来たのだ。魔人国フォログロッサからな。かの者は、手紙を持っていた。クラリネッタが魔王を討伐した際に残したものらしい。それにはこう書いてあったそうだ。我が名はクラリネッタ。今後一切、人間に手を出すな。もしも手を出せば、音もなく、誰にも気づかれる事もなくその者を殺す、と。魔王が殺されたのは夜。だが、誰も気づいた者はいなかったらしい」

 静かに語られた国王の言葉は、真実味を帯びていた。今更嘘だと否定出来る雰囲気ではない。

「ま、まさかあいつ、本当に剣のスピードが早すぎて......俺たちには見えなかったと言うのか」

 セレスティンは一人事のようにそう言った。それに対し国王が続ける。

「ところで元勇者セレスティンよ。貴様、ワシの最推しのクラリネッタを勝手に追放しおったな。ワシがあれほど推しておったと言うのに、なぜ追放した。それも勝手に。弁明せよ」

 国王は冷静に言葉を紡いでいるが、静かな怒りが潜んでいる。それはその場にいる誰もが感じた事だった。

「そ、それはその......クラリネッタが敵を前にしても剣を抜かなかったからです。注意しても改善する様子もなかったので、追放いたしました」

 セレスティンは冷や汗を垂らしながら、おずおずとそう言った。

「ほう。クラリネッタはお前に注意されて、なんと弁明したのだ?」

 国王の声は、静かだが迫力があった。

「は、はい。私は何度も剣を抜いていますと。敵は自分の最初の一撃で死んでおり、皆さまの攻撃は無意味。そう言っていました」

 セレスティンがそう答えると、国王は「ふむ」と頷いた。

「それを聞いて、お前はどう思ったのだ元勇者セレスティンよ。まさか信じなかったのか?」

「ぐっ。し、信じられる筈がありません。そんな荒唐無稽な絵空事など。彼女は嘘つきの愚か者です。陛下、今一度真偽をお確かめに......」

「馬鹿者!」

 国王の怒声に、その場にいた誰もが震え上がる。

「フォログロッサの使者が嘘をついていたとして、彼らになんの得があると言うのだ! 少しは考えてものを言え! クラリネッタのその言葉の裏付けは、魔王を倒したという実績が示しておる! 真の愚か者は貴様だセレスティン! ワシの選んだ者を勝手に追放した罪、これは不敬罪にあたる! 仲間達も同罪! 罰として、全員クラリネッタへの謝罪文を書いてもらう! 懲罰房にて、三日三晩、食事と睡眠なしでだ! 当然魔王討伐パーティーは解任! 支援金も無しだ! 良いな!」

 国王の下した裁定に、セレスティンは「そんな!」と叫びそうになった。だがそんな事をすれば状況はさらに悪くなるだろう。

「かしこまり、ました......」

 セレスティンは深々と頭を下げ、仲間達もそれにならったのだった。

 ◆◆◆◆◆◆◆(クラリネッタ視点)

 魔王を倒した翌日。王都リーファスに魔人国フォログロッサから使者が来たらしい。それからさらに数日後。私は魔王討伐の功績を認められ、王都に招かれた。私の住むコルテニアス領から王都までは、馬車で一か月かかる。ダッシュすれば一瞬で着くが......せっかくお迎えの馬車が来てくれたので、それに揺られてのんびりやって来た。

 そして国王モルドフ陛下への謁見を許され、現在に至る。

「お、お、お招きいただきまひて、ありがとうございまふ!」

 緊張しすぎて噛んでしまった......!

「はっはっはっ! そんなに固くなるなクラリネッタ。魔王討伐パーティー結成の時にも話したが、そなたの祖父、グルジオ・フォーテルミナはワシの側近にして旧友よ。かつては聖騎士団長として名を馳せた男。惜しい男を亡くしたと、日々悲しみに暮れておった。だが、その孫娘がこんなに立派に成長したのを見る事が出来た。ワシは本当に幸せだぞ」

「いえ、そんな、立派だなんて......! 恐縮です!」

 お爺さまが聖騎士団長から伯爵になったのは知っていたけど、まさか国王様と旧友だったなんて......びっくりだ。

「恐縮せんでも良い。魔王を倒したその腕前と度胸、流石はグルジオの孫といったところだな。時にクラリネッタよ。そなたをこのまま伯爵令嬢としておくのは惜しい。我が元で、聖騎士にならぬか? フォログロッサが手を引いたとは言え、我が国にはまだ危険なダンジョンや野生のモンスターが多く存在している。それらから民衆を守る役目を、是非そなたにも担って欲しいのだ」

 私は驚いた。私自身、陛下に仕えるつもりで家を出てきたのだ。もちろん両親や妹、弟には話して来た。みんな心よく送り出してくれた。

「この身に余る光栄でございます。ただ、一つだけお尋ねしたい事がございます。聖騎士は自ら率先して困っている人々を助けに行けますか? それとも、城や町、村の防衛が主たる仕事で、人々の救出やモンスター退治は命令があった時だけですか?」

 私がそう尋ねると、陛下は「む?」と目を丸くした。

「ふっ、そなたの言う通り、聖騎士は基本的に自由行動は出来ん。国王の命令には絶対服従。規律ある行動が求められる。ふむ、なるほどな。そなたは自由を好みそうだ。聖騎士には向いておらぬかも知れぬ。では冒険者はどうだ? 普通の冒険者ではなく、ワシの直属の冒険者だ。とは言っても、基本的には自由。王家のバックアップがある以外は普通の冒険者と変わらん」

 陛下は実に楽しそうにそう言った。

「はい、是非。実は私は、幼い頃から冒険者に憧れていました。剣術は祖父から教わったのですが、その時に王属冒険者の話も聞いていたのです。祖父も元々は冒険者から王属冒険者となり、そして聖騎士になったと聞いています。私も王属冒険者になりたいです。そして祖父と同じように、落ち着いたら聖騎士になりたいと思います」

 私のその返答に、陛下はニヤリと笑う。

「ふふっ。そなたは本当にグルジオに似ておるな。良かろう。では王属冒険者仮免許を発行する。しばらく城に滞在するが良い。それからな、まずは冒険者学校に通ってもらうぞ。来月はちょうど四月。今は新入生を募集しておる。通学期間は二年。学校に通っている間は仮免扱いだ。冒険者ギルドの依頼も受注できるが、プロの冒険者と一緒のパーティーを組まなくてはならぬ。見事卒業出来た暁には、本免許が授与される。精進するが良い」

「はい! 頑張ります!」

 私は元気いっぱいに、笑顔たっぷりで返事をした。

 一ヶ月後。王城で散々世話になった私は、すっかり国王様やその側近の方々、そしてメイドの皆さんとも仲良しになっていた。

「クラリネッタ! 元気でな! 頑張るのだぞ! 辛くなったらいつでも帰って来て良いからな!」

 陛下はまるで父親のような台詞で、私を見送ってくれた。

「ありがとうございます陛下! 頑張って来ます!」

 大臣達や、使用人の皆さんも、手を振って見送ってくれる。

「クラリネッタ様ー! お達者でー!」

「はい! 行ってまいります!」

 馬車の中から手を振りかえし、私は冒険者学校へと出発した。

 これからどんな生活が待っているのだろう。きっと、心躍るような冒険の日々が、私を待っているに違いない。

 期待と不安を胸に、私は馬車に揺られて行ったのだった。
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