【短編】謙虚なおっさんは最凶の邪竜〜愛する家族を殺されたおっさん、「世界喰らいの邪竜」となって復讐を開始する。謝っても手遅れです〜

アキ・スマイリー

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転生した邪竜は、家族を愛するおっさんになっていた。

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「お前達を私のパーティーから外し、国外に行ってもらう事にした。悪く思わないでくれ」

 時は夕暮れ。場所は迷宮都市「ロバロガルダス」の郊外。Cランクの冒険者パーティー「暁の歌声」のリーダー、ステインが三人の仲間にそう告げた。

「ハァ!? 俺たちをクビにして、挙句の果てに国外追放だ!? ざけんじゃねぇぞおっさん! 誰のお陰であんた、今までやって来れたと思ってんだ!」

 肉体派支援術師、バリンホルトがステインに食ってかかる。

「そうよ! あんたは大して強くもない雑魚共を剣で狩るだけ! 私達の働きがパーティーに貢献してたって何でわからないの!?」

 可憐な聖女、シューペルファも眉間に皺を寄せて唾を飛ばす。

「ああ、違いない! それに僕のバフがなけりゃ、この先やってくのは絶対に無理だね!」

 メガネの魔術師、オリコロバスも鼻息を荒くする。

 まだ年若い三人に囲まれるステインは、長身だが強そうには見えない。容姿は中々のハンサムで、四十歳を目前にした中年特有の落ち着き。年上好きの女性ならコロリと虜になってしまうかも知れないナイスミドルだ。

「言いたい事はよくわかる。だが、お前達の悪行を見逃す事は出来ない。多数の目撃者から連絡を受けているんだ。被害者からもね。我慢出来なくなってようやく、と言った様子だったよ」

 少し悲しげな表情で、ステインは静かに言葉を返す。

「ハッ! 俺たちが一体何してたって!? 言ってみろや!」

 バリンホルトがステインの胸ぐらを掴む。ステインは一切抵抗せず、両手を上げた。

「盗みに恐喝、暴力に破壊だな。昨日の夜、ライテラ通りで暴れていただろう? 『猪突猛進亭』の看板娘、シュアネの証言も得ている。憲兵に突き出せば二十年は牢屋から出てこれないだろうな。だが被害にあった人々は、国外追放で許すと言ってくれた。そうすれば、訴えるつもりも無いと。だから大人しく、隣国のコワッサダルトンに行くといい。馬車のチケットと住む家、当分の生活費、働く場所も用意しておいた」

 ステインの周到さに、バリンホルトは何も言えなくなった。そして静かにステインの胸ぐらから手を離し、シューペルファとオリコロバスを振り返える。二人は何も言わずに肩をすくめて見せた。

「納得してくれたみたいだな。ではこれを受け取ってくれ」

 ステインは自身のリュックから金貨の入った巾着袋、新しい家や働く場所が記された地図、そして馬車のチケット三枚を彼らに手渡す。

「おい見ろ! 金貨がこんなに入ってやがる!」

「すごいわね! しばらく遊んで暮らせるんじゃない!?」

「いや、それよりも欲しいものがあるんだ。何に使うか、話し合って決めよう」

 三人は巾着袋を開けて目を輝かせている。それは何かあった時の為に、とステインが密かに貯めていた金だった。

「チッ。こんなに金があったならもっと贅沢させてくれたら良かったじゃねーか。ドケチ野郎が」

「そうよ。おまけに難易度の低いクエストばかり受けて来るからランクも全然上がらないし」

「むしろ、僕たちパーティー抜けて正解かもね。もう随分戦い方も身についた。こんなおじさんの世話にならなくたってやっていけるよ」

 好き勝手な事を言う三人に、ステインは肩をすくめる。

「全て、お前達を一人前の冒険者として育てる為にやってきた事だ。お前達も、もう十九歳。無事成人して冒険者学校も卒業し、プロになって一年が経つ。後は自分達で学ぶしかないだろう」

 三人は孤児だった。それをステインが教会から引き取り、男手一つで今日まで育て来たのだ。いわば親代わりである。

「ハッ! そうかよ! じゃあこの金は手切れ金って事で遠慮なくもらってくぜ! もうテメェの顔見なくて済むと思えばせいせいする! あばよおっさん!」

「ふん! 帰ってきて欲しいって言っても、もう遅いんだからね! バカ! じゃあね、おと......おじさん!」

「ちょうど自立のタイミングだったんだよ。隣国コワッサダルトンにもダンジョンはあるし、活躍の場はいくらでもあるさ。それじゃあ行こう、二人とも。えっと......さよなら、おじさん」

 三人は少し寂しそうにしながらも、踵を返してその場を去っていった。ステインはしばらくその場に立ち尽くし、愛する子供達の背中を見送った。

 その夜。ステインは「猪突猛進亭」で夕食を取り、麦酒を飲んでいた。看板娘のシュアネは、彼に品物を運ぶ度に礼を言う。

「ステインさん、今日は本当にありがとうございます。ですが、すいません。結果的にお子さん達を国外追放する事になってしまって......」

「いや、いいんだ。むしろ皆さんの寛大さに感謝しているよ。投獄ではなく、追放で済んだのだから。あの子達は少々やり過ぎた。大勢の人々に迷惑をかけたし、叱って済む問題ではなくなってしまった。私の育て方に問題があったのかも知れないと反省しているよ。だが彼らが向かった先には私の友人がいる。彼女なら、きっと彼らに足りないものを補ってくれると思うんだ」

 シュアネに空になったジョッキを渡しながら、ステインは微笑んだ。

 バリンホルト達三人に行くように指示した働き口。それはモンスターによって殺されてしまった人々を弔い、残された家族と向き合う仕事だった。辛い仕事だが、きっと彼らの心に変革が起きる。ステインはそう信じていた。

 それからしばらく、ステインは食事を楽しんだ。だが、やはり家族抜きの食事は寂しいものがある。彼は深い溜息をつくと、最後の麦酒を飲み干し立ち上がった。

「シュアネ、お勘定を頼むよ」

「はぁい」

 シュアネが伝票を持って席にやってくる。ステインはほぼ全財産を子供達に渡した為、すっかり寂しくなった懐から銀貨を取り出した。

「お待ち下さい、ステイン様!」

 そこへやってきたのは全身鎧を着込んだ人物。ステインの冒険者仲間、フィルだ。ステインと同じくらいの長身で、面頬付きの兜によって素顔は見えない。

 フィルは最高ランクであるSランクの冒険者で、「魔剣王」の二つ名を持つ凄腕の魔術剣士だ。そしてステインの「真の実力」を知る人物でもある。

「やぁ、フィル。そんなに慌てて、一体どうしたんだ?」

 フィルは息を荒くしていた。走ってきたのだろう。

「一杯! 一杯だけでいいので、酒を付き合って下さい!」

 フィルは人差し指をピンと立ててそう言った。

「はははっ。なんだそんな事か。お安い御用だ。シュアネ、お勘定は先延ばしにするよ」

「はい、わかりました。お二人共、何飲みます?」

「私は麦酒をもう一杯」

「ボクは葡萄酒をお願いします」

「かしこまりました!」

 シュアネは笑顔で答えると、カウンターに戻って行った。

 ステインとフィルは着席すると、雑談しながら酒を待つ。

「お待たせしました」

 シュアネが運んで来た酒で乾杯する。フィルは可動式の面頬を少し持ち上げ、顔を隠したままクイッと葡萄酒を飲んだ。

「ふふっ。相変わらず警戒しているな。君のその姿を見たところで、多分誰も気づかないと思うぞ。予想外すぎてな」

「いえいえ。念には念をです。所でステイン様、呼び止めたのは大事な話があったからなんです」

「だろうね。話してくれ」

 ステインがそう促すと、フィルは周囲を見回した。客達は皆それぞれの話に盛り上がっていて、誰もステイン達を見ている者はいない。

「今日の出来事なんですが......Sランクの冒険者パーティー『不死鳥の翼』から追放された者がいるんです。モンスター使いのフーザギオン。ステイン様もご存知ですよね」

「ああ、知っている。だが何故だ? 彼はこの迷宮都市ロバロガルダスにおいて屈指のモンスター使い。『不死鳥の翼』にとっても無くてはならない存在だと思うが」

 ステインの言葉に、フィルはうなずく。

「その通りです。実力は申し分無いのですが、彼が追放になったのには別の原因があります。フーザギオンは最近、冒険者学校を卒業したばかりの若者達をそそのかして、悪事を働かせていたらしいのです」

「なんだって!?」

 ステインの心臓がドクンッと強く跳ね上がる。

「これはあくまでも噂なのですが......フーザギオンは人間をモンスターに変える研究をしていたとか。その為に若くて純粋な若者に悪事を働かせ、その心に生まれた罪悪感を種にしてモンスターに変えている、と。自慢気に話しているのを聞いた者がいます。冗談だと思って聞き流していたようですが」

 フィルの話を聞いて、ステインはほぼ確信を得ていた。すなわち自分の子供達も、フーザギオンにたぶらかされてしまったのだと。

「フーザギオンは現在行方不明。悪い予感がします。ステイン様のお子さん達も、冒険者学校を卒業して一年。奴に狙われる可能性が高いです。くれぐれもお気をつけ下さい。ボクが伝えたかった話は以上です」

 フィルは話を終えると、葡萄酒を飲み干した。するとステインはうつむき、何かに思いを巡らすように頭を抱えた。

「ああ......! 私は、なんて事をしてしまったんだ......! どうしてあの子達を、もっと信じてあげられなかったんだ......!」

 何やら落ち込んでいるステインを見て、フィルは全てを察した。

「ステイン様、詳しい事情は分かりませんが、お子さん達が居なくなってしまったのですね? 探しに行くならボクも手伝いますよ!」

「ありがとう、助かるよ......! では今すぐに行こう!」

「はい!」

 ステインは店の勘定を済ませ、「猪突猛進亭」を後にする。

「私は彼らが行きそうな場所を当たってみる! 君は冒険者ギルドや酒場、情報が集まりそうな場所を探ってみてくれ! 一時間後、冒険者ギルドで会おう」

「わかりました!」

 フィルが走って行くのとは反対方向に、ステインは走った。まずは街の南、馬車乗り場。聞き込みをするが、三人は来ていないようだった。

(彼らはまだ街の中にいる。国外に出る事をやめ、何処かに隠れているのかも知れない。もしくは、あの金で少し遊んでから出発するつもりか)

 ステインは彼らの身を心から案じた。早く見つけて、間違いを正したい。フーザギオンの邪悪さを伝え、目を覚まさせてやりたい。そんな思いばかりが頭を巡った。

 馬車乗り場の次は自宅、商店街、三人が親しくしていた友人の家などを訪ねた。だが、手がかりは一向に掴めない。

「バリンホルト! シューペルファ! オリコロバス! みんな、一体どこにいるんだ! 私が悪かった! 戻って来てくれ!」

 ステインは三人の名前を叫びながら、街の中を彷徨い続けた。

「ああ、そいつらなら見たぜ。あんたとパーティー組んでたガキ共だろ、Cランクのおっさん」

 聞き込みを続けるステインにそう答えたのは、Bランクの冒険者パーティー「鋼の進撃」である。筋肉質な男四人で構成された、一見ゴロツキにも見えるガラの悪いパーティーだ。

「本当ですか!? 何処で見たんですか!?」

 ようやく辿り着いた有益な情報に、目を輝かせるステイン。

「こっちだ。案内してやるよ」

「ありがとうございます!」

 ステインは何の疑いもなく彼らについて行く。だが彼らが案内した先は裏路地の行き止まり。バリンホルト達の姿は見えない。

「あの、彼らは何処に?」

 ステインが尋ねると、四人の男達はゲラゲラと笑う。

「知るかよ、そんなガキ共。まんまと騙されやがって。出すもん出せば無事に返してやるぜ。俺は知ってんだ。あんた、金貨をたんまり溜め込んでるんだろ?」

 ステインはガッカリした。情報は偽物。また振り出しである。

「ああ、どうやって知ったかは興味有りませんが、その金ならもう無いですよ。子供達にあげてしまったので。では、失礼します」

 ステインは立ち去ろうとするが、男達に囲まれてしまう。

「おい待ちな! 話聞いてなかったのかよテメェ! 有り金全部出せや!」

「急いでいるのですが......わかりました。これが私の全財産です」

 ステインは懐から巾着袋を取り出した。男達はニヤつきながらそれを受け取るが、中身が銀貨五枚しか入っていない事に腹を立て、ステインを袋叩きにした。

「Cランクの雑魚のくせに舐めた真似しやがって! そのままくたばれ!」

 男達は悪態をつきながら去っていく。ステインはしばらく倒れていたが、男達が去った後で素早く立ち上がる。彼は激しく叩きのめされたにも関わらず、全くの無傷だった。

(時間を無駄にしてしまった。急がなければ)

 ステインは駆け出し、聞き込みを開始する。だが有益な情報が得られぬまま、時間だけが過ぎて行く。

 一時間が経過した。ステインはフィルと落ち合う約束をした冒険者ギルドに向かう。だがその途中、突如としてモンスターの大群が出現した。人型の青いモンスター。正確な数は分からないが、視認出来るだけでも十数体はいる。それが街の往来をいきなり埋め尽くし、人々を襲い始めたのだ。

 騒然となる人々。偶然近くにいた冒険者達と共に、ステインも剣を抜いてモンスター達との戦闘を開始した。

「モンスターの襲撃です! みなさん、教会に避難して下さい!」

 ステインは戦いながら、付近の住民を教会へと促した。大きな街では教会は避難所の役割を持っている。広い上に地下にも収容施設があり、非常時に備えた保存食もあるからだ。

 だがモンスターの襲撃が発生したのは、数百年ぶりの大事件だった。何故なら街の周囲には強固な城壁が築かれ、その入り口は兵士によって守られている。そもそもモンスターは滅多に街へは近づかないのだ。

(何故、街の中にモンスターが!?)

 ステインは疑問を抱いたが、とりあえず今は目の前の事態を収拾するのが先決だと判断した。

 住民達を守る為、ステインは冒険者達と共に戦った。対するモンスター達は中々強い。ステインが本気を出す程ではなかったが、他の冒険者達は皆苦戦している。

「このモンスターおかしいぞ! なんだか人間みたいだ!」

 誰かが叫ぶ。ステインは背筋がゾッとした。

 この場に一斉出現したモンスターの大群。その肌は海のように青く、髪と瞳は炎のように赤い。確かに異質な姿。だが誰もが最も異質だと感じたのは、彼らが身につけている衣服。それは人間が着ている物と全くの同一。

 ステインは当初、その衣服は人間から奪ったものなのだろうと判断していた。だが、本当は違う。そう、わかっていた。本当はわかっていた。

 ステインの深層意識は早い段階で真実に気付いていたが、それを無意識に拒否していた。その為、その結論には中々至らなかったのだ。

 すなわち、このモンスター達は人間の成れの果て。フィルが話していた、フーザギオンの実験によってもたらされた存在。

「みなさん! このモンスターは人間です! 殺してはいけません! 魔術を使える方は『束縛の呪文』を使って彼らを捕らえて下さい!」

 ステインは冒険者達に呼びかけながら、自身も「束縛の呪文」を使用してモンスター達を拘束していく。この呪文は光のロープを出現させ、対象の全身を縛る効果がある。

「俺だ、ナキオン! 元に戻ってくれ!」

 誰かがモンスターに語りかける声。それを耳にしたステインは、そちらを見る。そこには剣を握りしめた冒険者が、女性型のモンスターと対峙していた。

「オプリガーディオ!」

 ステインは素早く「束縛の呪文」を唱え、モンスターを束縛した。

「ナキオン!」

 冒険者は光のロープで動けなくなったモンスターを抱きしめ、涙した。

「辛いでしょうが、今は元には戻せません。ですが術者を問い詰めれば、きっと元に戻せる筈です。術者は私が見つけます。どうか希望を捨てずに、待っていて下さい」

 ステインはそう言って、項垂れる冒険者の肩に手を置いた。

「ありがとう。あんた、名前は?」

「私はステイン。あなたと同じ冒険者です。では」

 ステインは彼をその場に残し、術者を探し始めた。おそらく術者はフーザギオン。ステインはそう確信していた。

「うおお! モンスター殺したら人間になったぜ!」

 ステインが街を駆け回る中、聞き覚えのある声がそう叫ぶのが聞こえた。この声は、おそらくBランクパーティー「鋼の進撃」。ステインは急いで声のする方へと向かう。そこは人通りの少ない路地裏。どうやら恐れていた事態が起こってしまったようだ。

「あなた達、モンスターを殺しては......えっ!?」

 そこに倒れているのは、ステインの大切な仲間であり家族。バリンホルト、シューペルファ、オリコロバスの三人だった。

「おおー、Cランクの雑魚オヤジ。こいつら探してたよな? 見つけてやったぜ、感謝しな!」

「おいおい、偶然だろが。モンスターぶっ殺したら、こいつらが化けてやがったんだよ」

「ケケッ。人間のくせにモンスターになるとかクズだな。救えんわ」

「俺の剣にこいつらの汚ねぇ血、ついちまった。おいおっさん、こいつら見つけた報酬と慰謝料よこせ」

 好き勝手な事をのたまう「鋼の進撃」。だが今のステインにとっては、彼らの言葉は意味を持っていなかった。単なる「声」に過ぎなかった。

 それくらい、ステインの心は衝撃を受けていた。

「あの、彼らは、本当に死んでしまったのですか? まだ息があるかも知れません、早く手当を......」

 震える声で尋ねるステイン。

「ああ? あー、心臓ぶっ刺したから死んでる筈だけどよ、心配ならトドメ刺してやるよ。オラ!」

 男の一人が、倒れているバリンホルトの首を剣でザクッと斬り落とす。

「おっ、いいねー。面白ぇじゃん。俺はこの美少女をやっちまおう」

 隣の男が便乗し、シューペルファの首をダンッと斧で断ち切る。

「んじゃ俺、このメガネ野郎に引導渡すわ」

 さらにもう一人の男が、オリコロバスの首をノコギリのような剣を引いて切断した。

「......!」

 ステインの頭は真っ白になった。全身を悪寒が遅い、吐き気を催す。力を失い、ガクリと両膝を地面につく。

「ほらよ、愛しのガキ共と再会だ。ご対面!」

 四人めの男が、切断された三人の髪の毛をまとめて掴み、ステインの前に持ってきて落とした。

 ドシャリと地面に落下する生首。

 ステインは座り込み、彼らの生首を膝に乗せて抱きしめた。すっかり変わり果てた子供達。流れ出す血液が、ステインの胸や腹、膝を濡らす。

「バリンホルト! シューペルファ! オリコロバス! ああ......! 可哀想に! 可哀想に......!」

 ステインの目から涙が溢れる。そして三人を教会から引き取り、育てて来たこれまでの記憶が蘇る。

(ステインさん、本当に良いのですか? 三人とも引き取って頂いて)

(いいんです。私も孤児でしたので。この子達が、どうしても他人とは思えないのです)

 三人の赤ん坊は、まるで天使のような愛らしさだった。

 ステインは彼らに名前をつけ、しばらく仕事をせずに育児に没頭した。生活費は貯金で賄った。貧しいながらも、どうにかこうにか生活していた。

(父ちゃん! これ、プレゼント! へへっ、綺麗だろ?俺の宝物なんだぜ!)

 バリンホルトが綺麗な石を拾って来た。彼が十歳の時だった。

(ありがとうバリンホルト。素敵な石だね。お父さん、一生大事にするよ)

 ステインはその石を磨き、加工して首飾りにした。そしてどんな時も、身につけていた。バリンホルトはそれを見るたびに、ニヤリと笑って嬉しそうに鼻をこすっていたものだった。

(私ね、大きくなったらお父さんのお嫁さんになる!)

 シューペルファはキラキラと輝く瞳でステインを見上げ、あははと笑った。ステインはそんな娘が愛おしくて、抱き上げて頬擦りする。

(ありがとう。お父さん嬉しいよ。だけどきっと、シューペルファには、お父さんよりも好きな人が出来ると思うんだ。だからシューペルファがもっと大きくなって、それでもお父さんの事が好きだったら、もう一度言ってくれるかい?)

(うん! そうする! だってシューペルファ、お父さんの事ずっとずっと大好きだもん!)

 シューペルファは成人した後も、ずっと恋人を作らなかった。彼女は時折、ステインをジッと見つめる時があった。だがステインと目が合うと、プイッとそっぽを向いてしまうのだった。

(父さん、勉強を教えて欲しいんだ)

 体の弱いオリコロバスは、将来魔術師になりたいと言った。そして困っている人を、悪い奴から助けるヒーローになりたいと。

(お父さんの知っている事は全部教えよう。それから、本を買って来てあげるよ)

(ありがとう、父さん!)

 オリコロバスは物覚えが良く、グングンと知識を吸収して行った。ステインが買い与えた本の内容はとっくに暗記してしまったのに、大事そうにいつも抱えていた。寝る時もずっと、本を抱きしめていた。

(だって、父さんが買ってくれた本だもん!)

 そう言って笑う、オリコロバスの笑顔。ステインはこれまで忘れた事などなかった。

 やがて時彼らが十五歳となり、めでたく成人した日。ステインは自分が本当の親ではない事を告げた。そして、これからの人生を好きなように生きて良い、と伝えた。

(だったら俺たち、冒険者になる! 三人で話し合って決めたんだ! 冒険者学校に行って、父ちゃんみたいな立派な冒険者になるって! 俺は支援術師! 自分や仲間を強化して戦うんだ!)

(私は聖女になる! 怪我をした人を治してあげたい!)

(僕は魔術師! 父さんに教えてもらった知識を活かして、悪い奴をやっつけるんだ! だから父さん.....!)

 三人はお互いの顔を見合わせ、せーのと合図した。

(これからも、お世話になります!)

 ステインは込み上げる涙をグッと堪え、三人を抱きしめた。

(みんな......私を、まだ父親と呼んでくれるのか?)

(あったりめぇだろ! 俺たちの父ちゃんは、父ちゃんだけだ!)

(私が大好きなお父さんは、お父さんだけだもん!)

(長生きしてね、父さん! 少なくとも僕達が一人前の冒険者になるまではさ!)

 悪戯っぽく笑って舌を出すオリコロバスに、全員が大笑いした。

 それから三年後。三人は冒険者学校を卒業し、ステインの元へと帰って来た。ずっとソロの冒険者で通して来たステインは、初めてパーティーを組む事にした。愛しい我が子達と共に。

(オヤジ、パーティー名は何にする?)

 十八歳になったバリンホルトは、ステインをオヤジと呼ぶようになっていた。

(そうだな。我々はまだ駆け出しのパーティーだ。まだ夜明け前。だが夢は大きく、そこへ向かって四人で希望の歌を歌っている。だから『暁の歌声』というのはどうだろう)

(あはっ、それいいね! さすがお父さん! センスいいわ!)

(うん、間違いないね! それで決まりだ!)

(おっしゃ! 『暁の歌声』の旗揚げだぜ! 今夜は飲もうぜオヤジ!)

(ああ! 飲もう!)

「猪突猛進亭」に四人の笑い声が響く。楽しかった。幸せだった。一体いつからだろう。三人がステインに対してよそよそしくなってしまったのは。

 ステインは他人行儀になっていく子供達に少し寂しさを感じつつも、これも成長なのだ、自立なのだと自分に言い聞かせていた。

「くっ、ううう......!」

 思い出が、悲しみが、とめどなく溢れてくる。ステインはもはや、身動きひとつ取れない状態まで心を弱らせていた。

「チッ、このおっさんもうダメだわ。どうせ金も持ってねぇだろうし、こっちの死体を漁ってみようぜ」

(やめろ......!)

 ステインの中で、これまで必死に押し殺して来た「怒り」の感情が、沸々と沸き起こって来る。

「おっ、この本なんかいいんじゃねぇか?」

「やめとけ、ボロボロで読めやしねぇ。価値なんかねぇよ」

「それもそうだな」

 本を投げ捨て、踏みつける男。

(やめろ......! それはオリコロバスの本だ......!)

 ステインの眉間に、深い皺が刻まれる。叫びたい。怒りを爆発させ、この男達を八つ裂きにしたい。だがステインにはそう出来ない理由があった。もしも彼が怒れば、

 何故なのか、理由は分からない。だが物心付いた時から、ステインの中には漠然とその思いがあった。

(私は怒ってはいけない。怒ってはいけない)

 必死に怒りを堪えるステイン。だが「鋼の進撃」の暴挙は止まらない。

「おっ、この女手紙なんて持ってやがるぜ」

「マジか。読んでみようぜ」

「おう」

 封をビリッと無遠慮に破る男。

「何々。お父さん、今までそっけない態度取っててごめんね。私はやっぱり、お父さんが大好きです。ずっとずっと、大好きでした。うわ、なんだよこれ、そのおっさんに宛てたラブレターか? 親子で気持ち悪りぃなこいつら!」

 ゲラゲラと笑い、ビリビリと手紙を破り捨てる男。

 ステインの中で、ドクンと何かが動いた。

(怒っては......イケナイ......!)

 自身の胸のあたりをぎゅっと掴み、必死に堪えるステイン。

「おっ、見ろよこいつ金貨持ってるぜ! しかもたっぷりだ!」

「そういやあのおっさん、金は全部子供にやったって言ってたもんな」

「へへッ! これだけありゃしばらく......ん? なんだこりゃ」

 金貨の入った巾着袋から、ピラリと紙が落ちる。

「こりゃ領収書だ。宛名はバリンホルトって書いてあるな。このクソガキの名前だ。あー、腕輪を買ったみてぇだ。四個」

 それを聞いて、別の男がバリンホルトの荷物を探る。

「あったぜこれだ。見事な装飾だ。こりゃ高く売れそうだぜ」

「いや、待て。名前が彫ってある。これはステイン、こっちはバリンホルト、残りもガキ共の名前だ。おまけにパーティー名まで......チッ、こりゃ売り物にならねぇぜクソッ! 無駄に金使いやがって!」

 腕輪を投げ捨てる男。

 ステインは怒りと共に、衝撃を受けていた。子供達は、ステインの事をまだ好きでいてくれたのだ。そっけないような態度を取ってはいたが、やはりお互いを思いやっていた。

 ライテラ通りでの暴行事件も、きっと何か事情があったに違いない。フーザギオンに脅されていた可能性もある。

「まぁいいや、収穫はあったぜ。この金貨をフーザギオンに献上すりゃ、俺たちにもそれなりの地位が貰える筈だ」

(なん......だと......!?)

「鋼の進撃」が去り際に漏らした言葉は、聞き捨てならない言葉だった。

「貴様ら待て! グルだったのか!? 貴様らはフーザギオンの手下なのか?」

 ステインはこれまでに発した事のない音量で、「鋼の進撃」を呼び止めた。

「ああ? あー、そうだよ。このガキ共もな、俺たちがスカウトしたのさ。フーザギオンに引き合わせ、奴の計画を話した。ライテラ通りでひと暴れすりゃ、この街の奴らは助けてやるって言ったら簡単に信じやがってよ。バカだよなぁ。まさか自分達がモンスターにされちまうとは思ってなかっただろうぜ」

 男の返答に、ステインの血は沸騰した。

(私はバカだ......! この子達は、街の人々を守ろうとしていたんだじゃないか......! それなのに私は......! 気づいてあげられなかった! この子達を、傷つけた! 守れなかった......!)

「何故殺した! この子達のモンスター化が計画の一部なら、殺す必要はなかった筈だ!」

 ステインの叫びに、空気がビリビリと震える。四人の男は、その迫力に怯んだ。

「じ、実験だからな。俺たちはモンスターの強さを測る係って訳よ。こいつらがあんまり弱いんで、拍子抜けしちまったぜ。なぁ?」

「ちげぇねぇ! おっさん、あんたトレーナーの素質ねぇわ! ギャハハハ! ハッ......!?」

 笑う男の顔面が、突然鷲掴みにされる。男を鷲掴みにしているのは、ステインの手だった。

 だが、その腕の長さは異様。ステインから男までの距離は三メートル以上ある。腕だけではない。ステインの全身は、ビキビキと音を立てて歪(いびつ)に変化していった。

「それ以上......の子供達を侮辱するな......! ニンゲン共!」

「ヒィッ! 痛ぇッ! イデデデデッ! 離せッ! はなバッ!」

 バチュンッ! とステインの手で握りつぶされる男の頭。血と脳漿が飛び散り、周囲を異臭が漂う。男は失禁していた。

 ステインの体は既に三倍以上大きくなり、全身を黒い鱗で覆われた「竜人」に変化している。

 頭には二本の長いツノ。大きな口に鋭い牙。長い首に長い手足、長い尾。巨大な漆黒の翼を持つ、禍々しき姿。

 それはかつて世界そのものを喰らおうとした存在。伝説に謳われし邪竜「アビス・ヴィルベヒモス」だった。ステインは神々に倒されしその邪竜が、転生した姿だったのだ。

 ステインは殺したその男の体を引き寄せ、肩から噛み付いてバリボリグチャグチャと食い始めた。

「ヒィィィッ! 竜人だ! 逃げろ!」

 残った三人の男達は、一目散に逃げようとする。彼らにも今のステインが「ヤバイ存在」である事は理解出来たようだ。戦おうとする者は、誰一人として居なかった。

「逃す訳がなかろうッ! フンッ!」

 ステインは食いかけの死体をブンッと投げて男達にぶち当てた。高速で激突した死体の威力は凄まじく、三人は吹っ飛んで地面に激突。骨折と全身打撲、裂傷を負い血を流す。

「うっ、うう......!」

 ピクピクと痙攣しながら、それでもなお這いずって進む男達。ステインは翼を広げてその上を飛び越し、彼らの前に降りたった。

「聞くが良いクソ虫共! この俺から逃げる事は絶対に不可能ッ! そして今より貴様らの薄汚い魂をリサイクルし、俺の子供達を復活させる媒体とする! その為に必要なのが恐怖の演出! まずは手足を引きちぎって動けなくし、生きたまま喰らう! 長く痛みと苦しみを味わえるよう、じっくりとな! 覚悟するがいい!」

 そう言って一番近くにいた男の頭をダンッと踏み付けるステイン。

「ウギャッ!」

 男の顔が石畳を砕き、地面にめり込む。

「ハーッハッハッハッ! 苦しめ苦しめ! 苦しみ悶えて、それから死ぬがいい!」

 腕組みをしながら、楽しそうに頭をグリグリと踏み続けるステイン。それを見た残りの二人は、顔面を蒼白にする。

「す、すいませんでした! 助けて下さい! もう悪い事はしません! どうか命だけは!」

 男の一人が身を起こし、土下座をする。だがステインは牙を剥き出して笑い、男の顎を下から蹴り上げた。

「ぶべらっ!」

 男は縦方向にきりもみ回転しながら、空中に上昇。口と鼻から血を吹き出し、赤い円を描いている。

 落下して来た男の首をステインが右手でキャッチ。喉輪をしているような状態で持ち上げている。

「う、ぐ、くるしい.....ご、ごめんなさい、許してください......ぐええッ」

 ステインの右手を両手で掴み、喉輪から逃れようとする男。顔が真っ赤だ。このままでは窒息するだろう。

「フッ。無様だな。だが謝ったところでもう手遅れだ。俺を怒らせてしまった以上、貴様らは全員八つ裂きだ」

 ステインは鼻で笑いながら、ゆっくりと右手の高度を下げて男の両足を地面に着地させた。

「安心しろ。望み通り命だけは助けてやる。魔術によってな。だが貴様はのちに気付く。死こそが苦痛を逃れる最後の手段であるとな」

 ステインは男の首を掴んだまま、彼の右手親指を掴んでブチリとねじ切った。

「ぎゃああああああっ!」

 絶叫する男。ステインは牙がビッシリと生え揃った大口でニヤリと笑うと、千切った指を口に放り込んでゴクリと飲み込んだ。

「手足を引きちぎると言ったが、それは後回しにしよう。まずは手足の指からだ。その後は歯を全部抜き、舌を抜き、目玉をえぐって耳を引きちぎる。手足をもぎ取るのはそれからだな。そして頭だけを残してボリボリと食う。それでも貴様は死なん。永久に苦しむのだ。グハハハハッ!」

「ヒィィィッ! 嫌だ! そんなの嫌だ! やっぱり殺してくれぇーッ!」

「ん? 死にたいのか? 死にたくないと言ったり、死にたいと言ったり、随分ワガママな奴だな。よし、では殺してやる。だが存分に苦しませてからだがな。さっき宣言した拷問は全部やるから覚悟しろ。それと一つ、貴様らにいい事を教えてやる」

 そこまで言って、ステインは一呼吸置いた。土下座をしていたもう一人と、地面に頭をめり込ませていた男も顔をあげる。三人はゴクリと同時に唾を飲み込んだ。

「貴様らの魂は俺がリサイクルする、とさっき言ったよな? それを媒介にして俺の子供達を復活させる訳だが......リサイクルされた魂はどうなるか、知りたくないか?」

 ステインの質問に三人は不安で心臓が破裂しそうだったが、ようやく一人が声を絞り出す。

「し、知りたいです」

 それを聞いて、ステインは目を閉じて頷く。

「そうか、では教えてやる。貴様らの魂はな、消えて無くなる。本来魂というものは、何度でも生まれ変わる「転生」の権利を持っている。リサイクルはその権利を剥奪してしまうのだ。だがそのお陰で俺の子供達は生き返る事が出来る。ありがとうよ、クズ共」

「なっ......!」

 衝撃を受ける男達。

「そ、そりゃあんまりだ! 転生出来るなんて知らなかったけど、知った以上は生まれ変わりたいぜ!」

「そうだぜ! 俺、次は美少女に生まれ変わりたい!」

「俺はチート持ちのイケメンに......!」

 好き勝手に要望を訴える男達。

「黙れクソ虫共!」

 ステインは背中の翼を大きく広げて羽ばたいた。その風圧により三人の体は宙に舞い、再び地面に落下する。

「ぎゃああーッ!」

 強く全身を打つ三人。だが、まだ絶命はしない。

「貴様らに転生などされてみろ! 世の中の迷惑にしかならんわ! ならば綺麗さっぱり抹消するのが世の為人の為、そして俺の為だ! 俺はこの復讐が終わっても、貴様らへの恨みは忘れん! 一生、死ぬまで恨むぞ! だから消す! いいな! 返事!」

「はい!」

 三人は素早く正座し、元気よく返事を返した。

「うむ、良い返事だ! ではこれから貴様らの拷問を始める!」

「はい!」

「よろしい! では開始!」

「うッぎゃあああああああああああーッ!」

 三人の断末魔が、滅多に人が通らない路地裏に響き渡った。

 数十分後。ステインは肉片となった「鋼の進撃」達を満足そうに眺めた。そしてバリンホルト、シューペルファ、オリコロバスの首を大事そうに抱える。

「今、生き返らせてやるからな」

 ステインは子供達の首と体を魔術で繋げ、彼らの遺体を抱きしめる。

「前世で神々と戦っていた頃は、こんなに愛おしい存在が俺に出来るなど、想像もしていなかったぞ」

 ステインは三人の髪を優しく撫で、それから呪文を唱える。

「レッスレ・クティオ!」

 蘇生の呪文。それは別の人間の魂を触媒とする事で可能となる、禁じられた魔術。世界広しと言えども、この呪文を知っているのは「邪竜アビス」くらいなものである。

 ステインが四人のゲスな冒険者を殺害し獲得した魂は四つ。そのうちの三つを使用し、呪文は成功。子供達は見事、息を吹き返した。

「よし。これでこいつらは大丈夫だ。目覚めるまで待っていたいところだが、俺の姿を見たらきっと怯えてしまうだろう。だからお前に任せるぞ、フィル」

 ステインは路地裏の通路脇に向かって声をかけた。するとそこに隠れていた「魔剣王」フィルが剣を構えながら姿を表した。

「ボクを知っているのか、邪竜アビス」

「ほう。お前こそ、この姿を見て俺がアビスだとわかるのだな。伝説では、俺の事はどう伝えられているのだ?」

「見たまんまだよ。黒い竜は他にもいるかも知れないが、その真っ赤な目に金色の瞳が最大の特徴さ」

「なるほどな」

 ステインは「ふむ」と顎に指を当てる。

「正確に伝わっているとは意外だな。一体誰が文献に残したのか......まぁいい。ところでさっきも言ったが、こいつらを頼むぞフィル。俺の大事な子供達だ。おまえにしか頼めん」

 ステインは腕組みをしながらそう言った。

「彼らを我が子と呼ぶのか、邪竜アビス。彼らはボクの友人、世界最強の冒険者ステインの子供達だ。彼と邪竜が一体どんな関係だって言うんだ。答えろ!」

 フィルの声は、少し震えていた。しかしそれも無理はない。「原初の神々」と肩を並べ、「破壊の神」「世界を喰らうもの」などの異名を取る伝説の邪竜が目の前にいるのだから。

「関係も何も、本人だ。そうだな......ではステイン、つまりしか知らないのトップシークレットを言おうか? この迷宮都市ロバロガルダスが属するグリンザニア公国の王、グリンザニア公爵の御令嬢フィーリア姫」

 ステインの発言にギクリとしたように身を震わせ、それからゆっくりと剣を納めるフィル。

「た、確かにその事を知るのはステイン様だけです。では本当にステイン様なのですか? 何故そのようなお姿に......」

「うむ。少し長くなるが聞くがいい」

 ステインは自身が怒ってはいけないと感じていた事、子供達をパーティーから追放した事、フーザギオンの実験でモンスター化した人々の事、そして自分の子供達もモンスター化し、冒険者に殺された事を話した。

「俺は怒りで前世の姿になった。そしてその冒険者『鋼の進撃』を殺し、奴らの魂をリサイクルして子供達を復活させたのだ」

「なるほど......」

 フィルはステインの話に納得した様子で、彼の子供達のそばにしゃがみ込んだ。彼らは横たわったまま、スースーと寝息を立てている。

「人を殺す事は犯罪ですが、ボクも同じ立場ならそうしたでしょう。『鋼の進撃』は冒険者の風上にも置けない連中でしたね。Bランクに上がる為には『裁定者』フェイト様の面接をクリアしなくてはならない筈ですが......そんな非道な連中がクリア出来たのは疑問です」

「確かにな。俺の考えでは、Bランクに昇格した事で奴らに驕りが生じたのだろう。それまでは、きっと真っ当な連中だったんだろうよ。やはり謙虚さは大事だな。この俺のように」

 ステインは親指と人差し指を開いて顎に当て、ふふんと鼻を鳴らした。

「そ、そうですね......」

 世界を滅ぼす力を持つ邪竜が本当に謙虚さを保っているのか、フィルは少し不安になった。が、それを表に出さないように努める。

「では子供らを頼むぞフィル。俺が去った後、教会に避難させてやってくれ。俺をステインと信じてくれたのだろう?」

「はい! もちろんです! お任せくださいステイン様!」

 フィルは自身の胸を拳で叩き、力強く頷いた。

「よろしく頼む。そろそろここは戦場になるからな。クククッ......」

「えっ? それはどう言う......」

 不敵に笑うステインに、フィルが質問しようとしたその時。空から怒号のような大声が響いた。

「フーハッハッハッハッ! ロバロガルダスに住まいし凡人共よ! 我が余興は充分に楽しんだか!? 貴様らを襲ったモンスター共は、かつては貴様らの友人であり家族であった! 反撃してうっかり殺し、その正体に気づいた者もいる事だろう!」

 ステインとフィルは大声に反応して空を見た。声の主はステインと同様の「竜人」。だがその鱗は緑色。眼球の色は白で、瞳は黒い。

「あれは一体......!」

「おそらくフーザギオンだろう。あそこに見えているのは幻影だがな。このロバロガルダスの各所に同時出現している筈だ。奴は人間のモンスター化に成功し、自らもモンスターとなったのだ」

「何ですって!?」

 ステインの発言は仮説だったが、彼はほとんど確信を得ていた。フィルも即座に状況を理解し、剣を抜く。

「成敗します!」

「おいおいちょっと待て。子供達を避難させてくれと言っただろう。しかもあれは幻影。本物を探し出すには空から見た方が早い。よって飛行能力が必要だろうな。すなわち、あいつの相手は俺がする」

「ですが......!」

「気持ちはわかるが、任せておけ。俺は世界を滅ぼせる邪竜だぞ。あんな雑魚に負ける訳がなかろう」

「......わかりました。では、よろしくお願いします!」

「うむ!」

 ステインは翼を広げ、力強く羽ばたいてその場から飛び立って行った。


 一方その頃フーザギオンは、清々しい気持ちで演説を続けていた。

「この我を追放したSランクパーティー『不死鳥の翼』の連中も返り討ちにした! 皆殺しだ! この街において残るSランク冒険者は『魔剣王』フィルのみ! だが奴も我の前には無力! 即座に死に絶えるだろう! 絶望するが良い、凡人共! 貴様らに残された道は二つ! このまま死に絶えるか、我が配下のモンスターとなって生き延びるか! さぁ、選ぶがいい! 十分間与えよう! 生き延びたいものは、建物の外へ出て土下座せよ! 死にたいものは、そのまま隠れ続けるがいい! ではカウントを開始する!」

 フーザギオンは街の各所にある時計台の一つを見た。現在の時刻は夜八時丁度。八時十分になったら、殺戮を開始する。土下座しているものにはモンスターの細胞を植え付け、モンスター化させる。

(クククッ。この竜の力は偉大だ。あの忌々しい『不死鳥の翼』の連中も、『炎の吐息』の一撃で灰になった。いい気味だ。我を嘲り、侮辱し、迫害し、追放した罰だ。何が最強の冒険者パーティーだ。全く笑わせる。結局、我の力でパーティーの強さを保っていたのだ。そんな事にも気づかないとは、愚かな連中よ)

 フーザギオンはかつての仲間達の死に様を思い出し、悦に浸る。すると宙に浮かぶ彼の足元を駆け抜ける影が四つ、視界の端に見えた。

 場所は街角。先頭を走る者は長身に全身鎧。その後ろには筋肉質な青年と眼鏡をかけた細身の青年、そして純白の衣装に身を包んだ美しい少女が続く。

(あの鎧は『魔剣王』! 間違いない。クククッ、我はついているな。あれを殺せば、さらにハクが付くというものよ)

 フーザギオンは下へ目掛けて滑空し、四人の前に立ち塞がった。

「くっ! 貴様、フーザギオンだな!」

 魔剣王フィルは後ろの三人を庇うように両手を広げ、彼らに「逃げろ」と指示を出す。

「ほう、我が何者かわかるのか? 中々の慧眼だな、魔剣王」

「竜になっても、マヌケ面がそのままだぞフーザギオン。一度鏡を見た方がいい」

 そう言いながら剣を抜き、油断なく構えるフィル。後ろにいた三人は、素直に逃げ去っていく。

「この我を侮辱するとは......早死にしたいようだな魔剣王!」

「死ぬのはお前だ、フーザギオン! ルークス・グラディウス!」

 フィルは呪文を唱え、剣に光を纏わせる。

「面白い、やってみろ! ケイオス・アウラ!」

 フーザギオンも呪文を唱え、全身に闘気をまとう。それは接近戦を受けて立つ、という合図でもあった。

 右足を一歩踏み込んだフィル。その一歩の距離は尋常ではなく、一瞬でフーザギオンとの間合いを詰める。

 上方から振り下ろされる剣撃。フーザギオンはそれを左腕で受け止め、そのまま左へと弾く。

「くっ! 硬いな!」

 一瞬体勢を崩すフィル。

「当然だ!」

 闘気をまとった竜の鱗の強度は鋼鉄以上。フーザギオンは剣王フィルの高い実力を知っていはいたが、それでも受け切れると確信していたのだ。

「はぁぁぁッ!」

 フィルの剣撃のスピードは凄まじかった。あらゆる方向から打ち込まれてくる。フーザギオンは冷静に両腕、両膝を使ってそれを弾いていく。そして弾いた直後に追撃。だがフィルは巧みにそれをかわした。重そうな鎧を着けているわりに、異常な程機敏である。

 一進一退の攻防。フィルの強さは、「不死鳥の翼」全員と比較しても圧倒的だった。

(まぁ、それでも我の敵ではないがな)

「ふんッ!」

「うっ!」

 フーザギオンはフィルの両腕を内側から開くように弾き、後方へと退け反らせた。

「クククッ! 死ねぇッ!」

 大きく息を吸い込むフーザギオン。フィルはその動作に危険を感じ、咄嗟に剣を構えて防御の姿勢を取る。

(そんなもので防げるかッ! 灰になれッ!)

 フーザギオンが口から「炎の吐息」を吹き出す瞬間。フィルは素早く呪文を唱えた。

「ルクス・オービス!」

 フィルの正面に、光の障壁が出現する。フーザギオンの吹き出した「炎の吐息」が、その障壁へと激突する。

「ぐっ......!」

 フィルは剣を前方に構え、障壁に魔力を送っている。だがその腕は「炎の吐息」の威力に押され、今にも吹き飛びそうだ。

(クククッ! もう一息!)

 フーザギオンは「炎の吐息」を出し切ると、もう一度息を吸い込んだ。今度は先程よりも大きく。その瞬間、フーザギオンは隙だらけだったが、フィルは「炎の吐息」を警戒して「光の障壁」を張ったままだ。

(今度こそ死ね!)

 フーザギオンはもう一度「炎の吐息」を吹き出す。その威力は先程の倍。フィルは障壁ごと後方へと後ずさって行く。

「ぐぅぅッ!」

 光の障壁にヒビが入り、フィルの体が吹き飛ぶ。

「うあああああッ!」

 フィルの鎧が空中で溶解、飛び散って行く。だが鎧を失った肉体は、滅びる事なく地面に落下した。

「むっ!?」

 フーザギオンはフィルの姿を見て驚いた。その容姿はどう見ても女だったからだ。金色の長い髪、小さく美しい顔、女性らしく豊かな曲線を描く体。身にまとう衣服は貴族のもの。

「あの顔、見た事があるな......そうだ、この国の」

 そこまで言いかけた時、フーザギオンの左肩に痛みと衝撃が走った。

「彼女の事は忘れろ。今すぐにだ」

「ぐッ......!」

 いきなり話しかけられた事に驚き、振り返るフーザギオン。自身の肩に何者かの指が食い込み、血が吹き出している。

「貴様、何者だッ!?」

 顔を見ようとさらに身をよじったフーザギオン。だが次の瞬間、それは叶わなくなる。

 彼の左肩から下。腕の全てがねじ切られたのだ。

「グッぎゃあああああああッ!」

 絶叫するフーザギオン。直後、彼の背骨に衝撃。蹴られた、と感じた時には吹っ飛んでいた。

「ぐあああああああッ!」

 家屋に激突する! フーザギオンは残った右腕と両脚を防御に回そうとしたが間に合わない。手足を広げたまま、民家の壁をぶち破った。

「きゃああッ!」

「うわぁ!」

 中にいる住民達が叫ぶ。だがギリギリ彼らに当たる事はなく、フーザギオンの体は再び壁を突き破り、民家から飛び出す。

 その後も何軒もの民家を突き破り、森の木々を倒し、岩山を貫通して行くフーザギオン。

「ぐあああああああッ!」

(いつになったら止まるんだ!?)

 彼の心も体も悲鳴をあげていた。だが岩山を突き抜けた先で、それは唐突に終わった。待ち受けていた黒い影が、フーザギオンの胸を貫いたのだ。

「グフッ......!」

 血液が口から溢れる。黒い影の右腕が、フーザギオンの心臓のあたりに突き刺さっているのが見える。

「俺とした事が、つい怒りに任せて蹴り飛ばしてしまった。フィーリアが心配だ。もう殺すぞ、フーザギオン」

 黒い影は真っ赤な目に、金色の瞳を輝かせながらそう言った。

「あ、あなた様はもしや、破壊の神アビス・ヴィルベヒモス......!」

 フーザギオンは、その黒い影の容姿には心辺りがあった。彼が敬愛する混沌の神ケイオス。そのケイオスさえもが恐れた破壊神。または世界を喰らう者。または魂を奪う黒き邪竜。

「復活なされたのですね。ううっ、ですが何故、私を殺そうとなさるのですか」

 フーザギオンが問うと、アビスは怒りに満ちた表情で彼を睨む。

「貴様は俺の愛する女を傷つけ、愛しい我が子らを間接的に殺した。その罪、万死に値する。よって死ね」

「お、お待ちください! 私はあなた様のお役に立ちます! どうか、どうかお助けください! ご慈悲を!」

 フーザギオンは涙を流して懇願した。アビスが言う女や子供が誰の事なのかはさっぱり分からない。それにアビスが「愛」を語る事自体に違和感を感じたが、それに異論を唱える事など出来ない。

 何しろ相手は神。それもフーザギオンなどは足元にも及ばない強大にして邪悪なる竜人。逆らうなどもっての他だ。

 フーザギオンは、心の底から恐怖していた。

「俺に慈悲などあると思うか? 貴様は死ぬ。それはもはや決定事項だ。そしてその魂は俺がリサイクルし、禁呪発動用のエネルギーとして活用してやる。つまり貴様はもう、二度と生まれ変わる事は出来ん」

 アビスの宣告に、フーザギオンは戦慄を覚えた。

「そんな! お許しを! お許しを!」

「ククッ。今さらもう遅いわ。我が女と子供らを巻き込んだ事を、後悔しながら死ぬがいい」

「そ、それは一体誰の事......! ガフッ」

 言いかけたフーザギオンだったが、言い終える前にアビスが心臓を握り潰す。

 盛大に吐血し、白目を剥くフーザギオン。彼はガクリとうなだれ、そのまま絶命した。


 ステインは絶命したフーザギオンの心臓を、彼の肉体から抜き取って眺めた。

「心臓の形は誰も皆、同じだ。だが性格はそれぞれ全く違う。このフーザギオンというクソ虫は自分の犯した罪に対しての自覚が薄い。これだから傲慢な輩は好かぬのだ。皆俺のように謙虚であれば良いものを」

 ステインは心臓を口に放り込み、溢れ出す血液をゴクゴクと飲み干しながらそれを食べた。

「これで此奴の魂は獲得出来た。体は不味そうだから食うのはやめておくか。首はフィーリアへの土産として、持っていくとしよう」

 ステインは「竜人」フーザギオンの首を爪の一閃で切り取ると、小脇に抱えて羽ばたいた。

 最高速度で空を飛ぶ。フィーリアが倒れている場所へは、ものの数秒で帰還する事が出来た。

「うッ......!」

 着地と同時にステインの体に衝撃が走る。彼は衝撃に耐えきれず、その場に倒れた。

「フィー、リア......」

 すぐそばに倒れているフィーリアへと手を伸ばし、ステインはそのまま気を失った。


 柔らかい感触に頭が支えられている。そう感じながら、ステインは目を覚ました。

「ステイン様! 気が付いたんですね。良かった!」

 目の前にフィーリアの顔。彼女は美しい笑顔でステインを見つめている。頭に感じる柔らかさは、どうやら彼女の膝枕のようだ。

「私は......戻ったのか」

 ステインは自身の両手を見た。黒い鱗の生えた竜ではなく、人間の手だった。

「そのようです。ボクが目覚めた時、ステイン様が近くに倒れていました。その時には、既に人間の姿でしたよ」

 フィーリアは微笑みながら、ステインの髪を愛おしそうに撫でた。

「ステイン様が元に戻って、本当に良かったです。邪竜のままだったらどうしようかと思いました」

 クスッと笑うフィーリア。

「私も同感だよ。断片的にでは覚えている。邪竜アビスとなった私が、いかに残虐な行いをしたのかを。もう二度と、あんなものになるのは御免だ。すまない、起こしてくれるかい?」

 フィーリアに抱き起こされたステインは、眉根を揉んでため息をつく。

「きっと怒りが引き金なんだ。強い怒りや憎しみを感じると、私はアビスになってしまう。しかし復讐を果たし、怒りが発散された事で変身が解けたのだろう。ふぅ......やはり怒るとロクな事がないな。今後はまた、穏やかな生活を送らなくてはな」

「そうですね」

 二人は立ち上がり、握手を交わす。

「ところで君の方は大丈夫なのか? アビスとなった私が駆けつけた時、君は炎の吐息によって倒されていた」

「ええ、大丈夫です。ボクが普段身に付けているのは『浄火の鎧』と言って、致死量のダメージを受けても身代わりとなって持ち主を守ります。破壊されると、この腕輪に戻って修復されるんです」

 フィーリアはそう言って、右手首につけた腕輪をステインに見せた。

「ほう、そりゃまた随分と便利な代物だな」

「我が家に伝わる家宝です。子供の頃、宝物庫に忍び込んで手に入れたんです。あの日が、ボクにとっての冒険の始まりでした」

 懐かしそうに遠くを見つめるフィーリア。ステインはフッと笑う。

「君はその頃から、お転婆姫だった訳だ」

「ふふっ、そうです! お転婆はボクの代名詞ですよ!」

 ガッツポーズを取るフィーリア。二人は顔を見合わせて笑う。

「さて、それじゃ教会に行こうか『フィル』。子供達が待ってる」

「ええ、行きましょう! それに街の人々も、脅威が去った事を知れば安心する筈です!」

 フィーリアが腕輪に指を触れると、彼女の全身を白銀の鎧が覆った。ステインと「フィル」は頷き合い、教会へと駆け出す。

 途中、十数人の倒れている人々を救出。体を光の縄で拘束されていた所をみると、モンスター化が解けた人々だろうと察する。

「私はフーザギオンと対峙した時、彼の心を読んだ。彼の命を奪う事でしか、皆のモンスター化は解けないようだった」

「では、ステイン様のお陰ですね。皆さん、また家族に会えますよ」

「ああ......そうだな」

 涙ながらに感謝の言葉を口にする人々。彼らを引き連れ、再び教会を目指すステインとフィル。

 程なくして教会に到着した二人。両開きの扉に付いているノッカーを叩き、フィルが大声で叫ぶ。

「ボクは魔剣王と呼ばれる、冒険者のフィルです! 皆さん、モンスターの脅威は去りました! 家に帰れますよ!」

 かんぬきを外す音がし、扉が内側へと開く。教会の神父が二人とモンスター化の解けた人々を迎え入れ、教会内は歓喜の渦に包まれた。

「ナキオン!」

「あなた!」

 そこにはステインが手助けした夫婦もおり、彼らはお互いの無事を確かめ抱き合った。そしてステインに深々と頭を下げる。

「あの時はありがとうございました。あなたが駆けつけてくれなければ、俺はモンスター化した妻を殺さなくてはならなかったでしょう」

「いえ、私はあの時出来る事をしたまででです。悪の元凶であるモンスター使い、フーザギオンを討伐したのは魔剣王フィル。彼にこそ、感謝するべきですよ」

「そうだったのですね。ですが、あなたのお陰で俺たちが救われたのは事実です。ありがとうございました」

 夫婦はステインに感謝を告げた後、大勢の人々に囲まれているフィルの下へと駆けて行った。

 ステインは常に、自分の立ち位置を崩さなかった。必要以上に英雄視されるのを嫌った。怒りや憎悪のない平穏な生活を送る為、本能的に目立つ事を避けているのだ。

 子供達を育てる為、報酬目当てで高難易度の依頼を受ける事もあった。その場合フィルと共に行動していたが、その手柄は全てフィルへと渡していた。

 ステインの本来の実力は、Sランクの冒険者が十人束になっても敵わない程の強者。剣も魔術も超一流の「魔術剣士」なのだ。だがステインは実力を隠し、「剣士」を名乗っている。

 そんな事もあり、フィルはステインを「世界最強の冒険者」と密かに呼んでいるのである。

 人々がそれぞれ喜びを分かち合う中、ステインは我が子らを探した。人混みを掻き分けて奥へ行くと、寄り添うようにしながら周囲を見回している三人を見つけた。

 三人の怪我は「アビス」の魔術によって完治していたが、彼らの体や衣服は自身の血によって血まみれだった。

「バリンホルト! シューペルファ! オリコロバス!」

 ステインは叫んだ。感極まってしまい、少し声が裏返る。三人もステインを見つけ、彼に向かって駆け出した。

「親父!」

「お父さん!」

「父さん!」

 ステインは両手を広げ、三人はそこへ飛び込んだ。

「ごめんなお前達。信じてあげられなくてごめんな。辛い思いをさせた。お前達は街の人たちを、助けようとしてくれてたんだな。それなのに私は......!」

 三人を抱きしめ、震える声で謝罪するステイン。三人は泣きじゃくりながら首を振る。

「悪いのは俺たちだ! あんな奴に騙されて! 親父にも酷い態度を取った! 全部、俺たちをモンスターに変える為の企みだったのに! ごめんな親父! ごめん!」

 自分の顔を手で覆い、嗚咽を漏らすバリンホルト。

「お父さんの事、私大好きなのに! あんな風に意地悪するの、本当は嫌だった! だけど、みんなを守りたくて。だからパーティーから追放されたって思った時、苦しかった。怖かったの。お父さんと離れ離れになるって思ったら、悲しくて涙が止まらなかった」

 目を真っ赤に腫らし、ステインに抱きつくシューペルファ。

「この国を出る前に、父さんに渡したいものがあったんだ。だけど僕達は、知らないうちにモンスターに変わってしまっていた。父さんへのプレゼントも、きっとその時どこかへ無くなってしまったんだと思う。ごめんね。気がついた時には、フィルさんがそばにいた。父さんが助けてくれたんだって、そう教えてくれたんだ。そうなんでしょ、父さん! 僕達知ってるよ! 父さんが本当は、誰よりも強いんだって事!」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、オリコロバスはそう言って笑った。

「ああ、そうさ! お父さんはな、お前達を守る為なら、誰よりも強くなれる! どんな敵にだって負けはしないんだ! お前達を、世界一愛しているからだ!」

 ステインは三人を、強く抱きしめた。

「親父! 俺も、親父を尊敬してる! 信頼してる! 照れ臭いけど言うぜ! 愛してる! 世界一最強で最高の親父だよ!」

「お父さん! 大好き! 私のお父さん! 離れたくないよ! 世界一優しい、素敵なお父さんだよ!」

「父さん! 父さんは僕達のヒーローさ! 世界一カッコいい父さんだ!」

 三人もステインを抱きしめる。その様子を遠くから眺めていたフィルも、面頬に隠れた顔は涙でびしょ濡れになっていた。

「良かったですね、ステイン様......」

 そしてフィルはその後、街を救った英雄として祭り上げられる事となる。一方ステインは、子供達と一緒に冒険者としての日常を取り戻した。

 ライテラ通りでの暴行事件がフーザギオンの企みよるものだとわかり、子供達は国外追放を免れたのである。

 だがそれから数日が過ぎたある日。朝食を取り終わった後のキッチンのテーブルで、三人はステインに旅立ちを宣言した。

「急にどうしたんだ。もうお前達の罪は不問になったんだぞ。Bランクの昇格試験に向けて、稽古をつけてやろうと思っていたのに」

 ステインは戸惑っていた。彼らが旅立つ理由が思い当たらないからだ。

「自分達の力を試してみたくなったんだ。確かにこのまま親父と一緒にいれば、俺たちもBランクに昇級出来る。だけど、本当は目立ちたくないんだろ? 親父はCランクのままでいるのが都合がいい。だから強いのにランクアップしないんだって、フィルさんが言ってたぜ」

「うっ。まぁ、確かにそうだが......」

 子供達と冒険を続ける内に、Bランク昇級も悪くないとステインは思い始めていた。四人一緒なら、ステインが悪目立ちする事も無いだろうと踏んでいたのだ。

「私達も本当はお父さんと一緒にいたい。離れたくなんかない。だけど、みんなで話し合って決めたの。お父さんを自由にしてあげようって。あと、これ......」

 シューペルファは鞄から封筒入りの手紙を出し、ステインに渡した。

「国外追放の話が出た時、出がけに渡そうと思って書いたんだ。結局渡す前にモンスター化しちゃって、そのままどこかに無くしちゃったんだけど......また書き直したんだ。私の素直な気持ちだよ」

 顔を真っ赤にしてうつむくシューペルファ。ステインは既に内容を知っていたが、何も言わずに微笑んだ。

「ありがとうシューペルファ。後で読ませてもらうよ」

「うん。それを読むたびに、私の事を思い出してね」

「ああ。読まなくても、忘れはしないけどな」

 ステインは手を伸ばし、涙ぐむシューペルファの髪をそっと撫でた。

「無くしたと言えば父さん、ごめん。僕、父さんに買ってもらった本を無くしちゃったんだ。探したんだけど、どうしても見つからなくて......また同じ本を買って欲しいんだけど、いいかな? 自分で買えばいいのかも知れないけど、やっぱり父さんからプレゼントで貰いたいんだ」

 オリコロバスはそう言って、まっすぐにステインを見た。眼鏡の奥に見える目は、少し潤んでいる。

「それはもちろん構わないが、同じ本でいいのか? あの本はもう読み尽くしただろう?」

「いいんだ。だってあの本に書かれている全ての文章に、父さんとの思い出が詰まっているから。父さんに教えてもらった時の事が、読むたびに蘇ってくるんだ」

「そうか......わかった。今日買ってあげよう。お前が出発する前に、必ず渡すよ」

「ありがとう、父さん!」

 オリコロバスは満面の笑みを浮かべた。

「親父、それとな。本当は国外追放された日に渡した買ったんだけど、無くしちまってたもんが見つかった。質屋にあったんだよ。きっと拾った奴が売ったんだろうが、速攻で買い戻したぜ。ほら、これが親父の分だ」

 バリンホルトが鞄から四つの腕輪を取り出し、その中の一つをステインに寄越した。

「これは......!」

 ステインはその腕輪を知っていた。「鋼の進撃」が子供達を殺して荷物を物色していた時出てきたものだ。

 ステインは黄金に輝くその腕輪をじっくりと眺めた。装飾が施された面とは逆の面に、「『暁の歌声』名誉団員ステイン・ユグドラシル」と彫ってある。

「全員分あるぜ。これは言ってみれば、仲間の証だ。俺たちは三人で『暁の歌声』を引き継ぐ。だけど親父はずっと俺たちのリーダーで、大事な仲間だ。パーティーからは抜けてもらうけどよ、俺たちの事、見守ってくれよな」

「ああ......もちろんだよ。ありがとう。ありがとう......!」

 ステインの中でこれまでこらえてきたものが一気に溢れ、涙となって流れ落ちる。

 ステインは泣きながら、腕輪を右手首にはめる。それは朝に反射して、眩しく輝いた。

「どうだ? 似合うか?」

「似合うぜ親父!」

「素敵よ、お父さん」

「カッコいいよ、父さん!」

 子供達もそれぞれ腕輪をはめ、それを上に掲げた。ステインもそれに倣う。

「『暁の歌声』は、まだ明けぬ空に美しく響く!」

 四人はお互いの腕を重ね合わせ、高らかに叫んだ。

 子供達が巣立っていく。その事にステインは寂しさを覚えつつも、その成長に感慨深さを感じていた。

 その日の夕方。ステインは馬車乗り場で子供達を見送った。フィルも一緒だ。

 オリコロバスには、約束通り「魔術入門」を再びプレゼントした。

「大事にするよ、父さん」

「ああ、今度は無くすなよオリコロバス。二人の想い出だからな」

「うん。もう絶対に無くしたりしないよ。一生大事にする」

「ふふっ、そうか」

 オリコロバスの頭をクシャクシャと撫でるステイン。

「行ってくるね。大好きだよ、お父さん」

「ああ、行っておいで。お父さんも大好きだよ、シューペルファ」

「嬉しい!」

 頬にキスをされ、顔を赤くするステイン。

「俺たちの成長に、度肝を抜かれるぜきっと。じゃあな、親父! 体に気をつけろよ!」

「おう。お前も元気でな! バリンホルト!」

 拳を合わせ、肩を叩き合うステインとバリンホルト。

「みんな、元気でね! いってらっしゃい!」

 フィルが全身鎧姿で三人に手を振る。三人は笑顔で手を振り返し、馬車に乗り込んだ。

「行ってきます!」

 三人は馬車の客席からステインとフィルに手を振った。そして二人から馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

 寂しそうに遠くを見つめるステインの肩に、フィルがポンと肩を乗せる。

「ステイン様、『猪突猛進亭』に行きませんか? ボク、なんだか飲みたい気分なんです」

「それは奇遇だなフィル。私も全く同じ気分だ。もし良かったら、朝まで付き合ってくれないか?」

「ええ、もちろんです。今夜は寝かせませんよ」

 二人は肩を組み、日が落ち始めた商店街へと笑いながら歩いて行くのだった。




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