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追放されたり、悪魔に溺愛されたり、ざまぁしたりするTS聖女は王子様なんです。

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「第三王子ジャン・エトワール。あなたを、エトワール王家より追放処分とします。今後はエトワールの姓を名乗る事は許されません」

 宰相のファボンが淡々と告げる。ここは国王の謁見室。僕は両親である国王と王妃の前にひざまずき、宰相からの追放宣告を受けた。

「かしこまりました。お受け致します」

 僕は深く頭を下げた。父上は溜息をつき、母上は鼻で笑う。

「ジャンよ、もう少し王子らしく振る舞っておれば、こんな事にはならなかったぞ。せっかく予言という素晴らしい力を持っておるのに、冒険者などという下賤の輩と戯れおって」

 父上が僕の友人達を軽んじているのは以前から知っているが、「下賤の輩」と聞くたびにに悲しい気持ちになる。

「父上。以前にもお話ししました通り、冒険者は国にとって有益な存在です。彼ら程モンスター退治に長けた者達はおりません。僕は彼らが国に反乱を起こさないように、王家のイメージアップに努めているのです」

 これは事実だった。僕は生まれつき女性に変身する能力を持っていて、変身すると未来が見える。あいまいなイメージ映像しか見えないが、それは対象の人物に起こる未来。それを王家の人々に予言として伝える事で、僕は彼らを守って来た。

 ある日の事。父上の未来に、民衆からの反乱が見えた。指揮しているのは冒険者達。それがいつ起こるのかまではわからなかったが、僕はその事を父上に伝えた。そして冒険者達と触れ合う事で、反乱を未然に防ごうとしたのだ。

 未来のイメージは、現在の行いを変える事で変化する。だが、今のところ冒険者反乱のイメージは変化していない。

「ふん。ならば早々に全員捕らえてしまえば良いのだ。もしくは冒険者ギルドなど解体だ」

「まだ反乱など起こしていない、無実の者を捕らえるのですか? それに冒険者ギルドを解体するのは危険すぎます。モンスターに対処出来なくなりますよ」

 この話はもう何度もしているのだが、父上の心には響かないようだ。そのやりとりを聞いていた母上が舌打ちをする。

「いい加減になさい、ジャン。そんな馬鹿な事ばかり言っているから、せっかくの婚約も破棄されてしまったのですよ」

 冷たく言い放つ母上。僕の元婚約者メアリー・シュリーレンは公爵令嬢。まだ会って日も浅く、恋愛感情は芽生えていなかった。だが少なくとも嫌われてはいなかった筈だ。

「その事ですが母上。僕はどうしても納得がいきません。メアリーとは昨日も会って親交を深めました。婚約破棄をされたのはその後との事ですが、僕に落ち度があったようには思えないのです」

 僕の弁解に、母上は不快感をあらわにする。

「あなたに母上と呼ばれるだけで寒気がするわ。浅ましいあの女の子供の癖に。陛下が戯れに遊んであげただけの妾(めかけ)。あなたにはあの女の血が流れている。きっと態度にも、あの女のような浅ましさが無意識に出るのでしょう。王家からの婚約破棄ならばまだしも、公爵家からの破棄とは前代未聞。恥さらしもいいところです。これをあなたの落ち度と言わずしてなんとしますか? それがあなたの追放への決定打になりました。さようならジャン。今後はあの女の姓でも名乗るといいわ」

 冷たく言い放つ母上。僕を産んだ母、ジャネットは父上の側室だった。その事を知ったのは五年前。十五歳の時だった。

 母は僕が生まれるとすぐに亡くなってしまったらしい。僕と同じように予言の力を持っていて、父上はそんな母に心酔していたそうだ。

 正妻である母上に、僕が疎まれるのもやむを得ない。とは言え、やはり「あの女」呼ばわりには悲しさを覚える。

「わかりました。最後に一つだけ。僕がこれまで残した予言の数々が事実なのはご存知だと思いますが、今後も王家には厄災が襲いかかる筈です。もしかしたら何者かによる呪いの類いかも知れません。それを回避するには僕の予言が必要不可欠かと。もしよろしければ、僕を予言者として雇って頂けませんか? もちろん、王家からの追放は受けます。ですが、母上の事も、父上の事も、王家の皆様の事も心配なのです」

 本心からの言葉だった。僕の予知では王家の人々は不幸のどん底まで落ちる。それを救いたい一心で、恥を忍んでのお願いだった。

「あなたの心配など受けたくありませんし、必要もありません。ルキタール地方のバイエルラ村から評判の良い予言者を、既に呼んであります。今夜にはこの王都、リーファスに到着するでしょう」

 バイエルラ村と言えば、リーファスから一ヶ月はかかる距離。母上は相当前から僕の追放を画策していた事になる。だが母上は、その事を隠す気も無いようだった。

「ふふっ。その顔。気づいたようね、ジャン。そうよ、あなたは私にとって邪魔者以外の何者でも無いわ。理由なんてなんでもいい。とにかく王家から追放したいのよ。陛下も私に賛同してくださいますわよね?」

 母上はそう言って、父上に話を振った。

「ああ、もちろんだともライナ。お前の言う事に異論などあるものか」

 父上はそう言って微笑んだ。父上は、母上の美しさの虜。基本的に母上の言いなりだ。僕の母が死んだのは、母上の命令で父上が暗殺したという噂まである程だ。

「ふふっ、聞いたでしょうジャン。もう一秒たりともあなたの顔など見たくないわ。早く出て行って」

 母上は追い払うような手振りをした。

「わかりました。では父上も母上も、お元気で」

 僕は深く頭を下げ、その場を立ち去った。

 ◆◆◆◆◆◆◆

「と、言うわけで! 僕は今日から正真正銘の貧乏人だ! よろしく頼むよ、みんな!」

 僕の馴染みの場所、「冒険者ギルド」。昔から城を抜け出しては、ここへやって来ていた。冒険者登録は成人となる十五歳から可能で、その頃から通っているから今年で五年目だ。

「よろしく頼むって、そんな元気に言われてもなぁ」

「おお、ドジで弱っちくてポンコツのDランク冒険者、ジャン王子にまたハクがついちまうぜ」

 ドッと笑う冒険者達。ギルドの中にある酒場は今日も大盛況。昼間っから大賑わいである。口は悪いが、みんないい奴である。

「おいおい、ポンコツは言い過ぎだろ?」

 僕は笑いながらツッコミを入れる。

「いいや、マトを得てると思うぜ? 五年も冒険者やってるのにレベルは1のままだし、ランクはDランク。だがそんなお前がみんな大好きだ! まぁ飲めよジャン。俺の奢りだ」

「ちょっと待てよ。ジャンは俺の酒を飲むのが先だぜ。なぁジャン。もちろん金の事は気にしなくていい」

 次から次へと、目の前に料理が運ばれてくる。全て冒険者仲間達の奢りである。

「しかしその親父もお袋も、マジでクソだな。俺が代わりにぶん殴ってやろうか?」

「いやいや、俺にやらせろ。勇敢だが非力で貧弱なジャンの手を汚させたくねぇ」

「こらこら。仮にも国王だぞ。暗殺されちゃうからやめろって。気持ちは嬉しいけどさ」

 暗殺、か。自分で言っておいて気が滅入る。

「命なんて惜しくねぇよ。ジャンにはみんな世話になってるからな。主に戦闘以外の所で」

「ちげぇねぇ。人探しも物探しも、ジャンの右に出る奴はいねぇからな。家族や恋人、家宝。もう諦めてたモンまで、ジャンは見つけてくれた。しかもタダでな。恩返しは出来る時にやっとかねぇとだ」

 みんながウンウンと頷く。

「ありがとう、みんな。持つべきものは友達だね」

 僕の周囲に集まっている冒険者は男ばかりが十人程。比較的よくつるむ連中だ。腕っぷしが強く、肉弾戦に秀でた者が多い。少し離れた所でこちらを見つめているのは女性の冒険者達で、こちらも十数名程。彼女達は知性的で、魔術に優れている。よく食事をしたり困りごとを手助けしたりしているのだが、男達に遠慮して離れているようだ。

 僕はみんなの顔を見回して、目が潤むのを感じた。城を追放されても、何もかも失った訳じゃない。僕には仲間がいる。その事は、どんな事実よりも僕の支えになった。

「泣くなよジャン。ハンカチなんて誰も持ってねぇぜ。そうだ、ハンカチといや、昨日も現れたそうだぜ」

 男性冒険者の一人が誰ともなしに話し始め、周囲の連中も会話に混ざる。

「ああ、聖女ジャンヌ様か。今度はなんだ?」

「なんでも、頭がおかしくなっちまった貴族のお嬢さんの悪魔払いをしたらしい。ジャンヌ様の聖なるお力で、そのお嬢さんはすっかり元通りになったそうなんだが......ジャンヌ様がそのお嬢さんの涙を拭うのに使ったハンカチ、やっぱり置いて行ったそうだ」

「へぇ。んで、書いてあったのかよ、予言」

「ああ。一週間後に意中の男性と結ばれる。そう書いてあったそうだ。いいなぁ、羨ましいよなぁ。俺も恋人が出来るか予言して欲しいぜ。いやむしろ、ジャンヌ様と恋仲になりてぇなぁ」

 僕は口に含んでいた麦酒をブーッと噴き出す。

「うわっ、なんだよジャン! 汚ねぇな!」

「ご、ごめん!」

 僕は立ち上がって、彼の顔をハンカチで拭く。

「なんだよジャン、ハンカチ持ってるんじゃねぇか。やっぱり王族だな。いや、元王族か」

「まぁな。これくらいは紳士の嗜みだよ」

 そう言いながら彼の顔を拭く。彼はジーッと僕の顔を見ている。

「なんだよ。僕の顔に何かついてるか?」

「いや、なんかよ、ジャンの顔ってジャンヌ様に似てるなぁって思ってよ」

 ギクリ。

「そ、そ、そんな訳ないだろ! だって僕は男だぞ! ジャンヌ様は女じゃないか!」

「うーん、そうだよなぁ。他人の空似ってやつか? でも似てるなぁ」

「マジかよどれどれ。おー、本当だ。よく見りゃそっくりだぜ。双子か?」

 男連中が立ち上がり、ドヤドヤと僕をと取り囲む。

「違うって! もー、気持ち悪いな、離せよ」

 この状況はまずいな。彼らに同性愛の気はないだろうが、本能的に身の危険を感じる。危険を感じると、勝手に変身してしまうかも知れない。「聖女ジャンヌ」に。

「ちょっとジャン! あんたいつまでむさ苦しい連中と戯れてんのよ! 女子の方にも来なさい! みんな待ってるわよ!」

 僕の腕をガッと掴んで、男達の輪から引っ張り出してくれたのは幼馴染の美少女シャーロットだ。

 た、助かった......。

 僕はシャーロットに連れられて、女子達の輪の中に入る。女子の一人が、頬を赤らめながら僕をまっすぐ見つめて僕にこう尋ねた。

「ジャン様♡ メアリー様に婚約破棄されたって本当ですか!」

「ん? ああ、まぁね」

 僕は微笑を浮かべ、静かに返す。

「それじゃあ私にもチャンスがありますね!」

「ちょっと待ちなさいよ! なんであなたなの! ジャン様のお気に入りは私よ!」

「はぁ!? 私に決まってるでしょう! ジャン様はいつも私を見つめているわ!」

 キャーキャーと黄色い声を上げる女子達。僕は何故か女子にも人気がある。まぁ、単純に冒険の役に立つからだろう。

「シャラーップ! 鎮まりなさいよアンタ達! ジャンは私の幼馴染なのよ! 当然、次の婚約者は私。そうよね、ジャン♡」

 シャーロットが、その大きな目で僕を覗き込む。ドノヴァン家の伯爵令嬢である彼女とは、五歳の時から親交がある。彼女はまだ三歳だったが、活発で口も達者だった。その頃から一緒に城を抜け出し、小さな冒険を繰り広げていたものだ。

 正直、彼女はかなり魅力的に成長した。僕の黒髪とは対照的な、金色の髪。小さな顔に、クリッとした目。長い睫毛、青い瞳、小さな顔。少し突き出した唇も愛らしい。線は細く華奢ではあるが、女性らしいプロポーション。おそらくすれ違えば、十人中十人が彼女を振り返る事だろう。

「シャーロット、それにみんな、ごめんね。そんな風に言ってくれるのはもちろん嬉しいよ。だけど僕はもう王子じゃない。地位も財産も何もないんだ。こんな僕と婚約しても、君達にとってはきっといい事が無いと思う」

 女子達は静まりかえる。

「地位も財産も関係ないわ、ジャン。それでもみんな、あなたが好きなのよ」

 シャーロットが代表して全員の代弁をする。

「ありがとう。だけど、今回の婚約破棄はどうやら仕組まれたもののようなんだ。僕に深く関わると、みんなに危険が及ぶかも知れない。だから当面のあいだ、僕は婚約もしないし恋人も作らないつもりだ。あ、そろそろ日雇いの仕事を探さなきゃ。もう夕方だ。日が暮れてしまうね」

 みんなが言葉を失う。僕は立ち上がり、女子の輪を離れる。

「みんな、本当にありがとう。家も財産も無い僕に美味しい食事をご馳走してくれて、感謝しか感じないよ。今日はとりあえず日雇いの荷運びでもして、安宿を探そうと思う。僕はもう行くけど、どうぞ食事を楽しんで」

 女子達の悲しげな呼び止めを聞き流しつつ、足早に酒場の出口、スイングドアへと向かう。

「なんだ、もう行くのか、ジャン」

 男友達の一人が、残念そうに僕を振り返る。

「ああ、ごめんな。明日も生きていたら、また飯をたかりにくるよ」

「はっ! お前がそう簡単にくたばるタマかよ! 明日も必ずここへ来い。飲みきれない程の酒と、食い切れない量の飯を用意しておく。もちろん金はいらん」

「うん。ありがとう」

 僕は彼の肩をポンと叩き、酒場を出る。受付嬢から向けられている熱視線。それらを受け流して冒険者ギルドを後にする。

「待ってよ、ジャン!」

 追ってくるのはシャーロットだ。僕は振り返り、彼女を見つめて微笑んだ。

「どうしたの、シャーロット」

「今回の婚約破棄にそんな事情があったなんて知らなかったの。ごめんなさい。軽はずみな事を言ってしまったって反省しているわ。みんなも私も。ただ、あなたを元気づけたかっただけなの」

 少し沈んだ声で、シャーロットは謝罪した。

「わかってるよ。ありがとう」

 僕はシャーロットの髪を撫で、礼を言った。

「あのね、今晩......良かったらウチに来ない? 一人で寂しいなって思ってたところだし、なんならずっと住んでくれても構わないわ」

 潤んだ目で僕を見つめるシャーロット。ドノヴァン家次女である彼女は割と自由奔放で、伯爵令嬢でありながら冒険者をやっているのもその為だ。親もそれを許可している。現在は家を買ってもらって一人暮らししているのだ。

「いや、それは出来ないよ。さっきも言ったけど、君の身に危険が及ぶかも知れない。気持ちだけもらっておくよ。ありがとね」

 僕はシャーロットから離れ、きびすを返す。

「待ってジャン。私なら平気よ。だってS級冒険者だもの。もし仮に王家から暗殺者が来たとしても、返り討ちにして見せる。だからお願い、ウチに来て。あなたが心配なの」

 確かに彼女は強い。リーファスの冒険者ギルドでは唯一のS級冒険者。S級は冒険者のランクでは最高に位置しているのだ。彼女ならば暗殺者を返り討ちにできるのは僕もわかっていたが、彼女の家に行けないのには別の理由があった。

「君の家にお邪魔してもいいんだけど、一つ条件があるんだ。僕と君の寝室は別々にして欲しい」

 僕の提案した条件に、シャーロットは少し残念そうな顔をした。

「と、当然そうするつもりだったわ。そうよ。結婚前の男女が寝室を共にするなんて、ふしだらだもの。ジャンの寝室は、私の部屋とは別に用意する。それでいい?」

「うん。ありがとう。じゃあ、お世話になります」

「はい、お世話します♡」

 シャーロットは嬉しそうに笑って、僕の手を引いた。

 ◆◆◆◆◆◆◆

 僕はシャーロットの家で風呂を浴び、約束通り一人で寝室を使わせてもらった。一通り部屋の中を調べる。なんの変哲もない、一般的な貴族の寝室。ようやく一人になれた僕は、今日の出来事を振り返る。

 婚約破棄からの追放劇。母上が仕組んだ事なのだろうけど、気になる事がある。それをはっきりさせる為、僕はあらかじめ情報収集を行っていた。

 集めた情報を確認する為には、女性に変身する必要がある。

「聖転換」

 呪文を唱えるように言葉を発する。その直後、僕の髪は長く伸びて金色に変わり、肉体は女性のものへと変化する。

「聖装換」

 再び別の言葉を唱える。すると僕の服装は聖女のものへと変化する。上下とも白を基調とした、女性らしいデザイン。金色の装飾があしらわれ、ズボンではなく短めのスカート、そして長めのブーツとハイソックスという姿だ。この姿の時にだけ、僕は「予知」のスキルや魔術を使い、「予言」を行う事が出来る。

 さて、これで準備は完了だ。聖女ジャンヌとなった僕は、右手を前に差し伸べ、「彼」の名前を呼ぶ。

「夢魔キリク。我が呼び声に答えよ」

 すると黒い煙が渦を巻き、やがて人の形を取る。青い髪に赤い瞳。美しい容貌の悪魔。それはひざまずき、僕の右手の甲に口づけをする。

「我が愛しき聖女ジャンヌ。お呼びに預かり光栄です」

 彼はそう言って立ち上がり、僕を抱きしめて唇を重ねて来る。

「んっ......」

 これは彼に対する報酬。最初は嫌悪感しかなかったが、今はもう慣れた。ジャンヌとなった自分の肉体が女である事を、彼に散々思い知らされているからだ。

 彼は当初、王家の滅亡を企んでいた。王家に恨みを持つ魔術師が召喚したらしい。だが僕は予知の力で彼の存在を知ると、取り引きをした。彼はそれに応じたのだ。

 夢魔は人間に淫らな夢を見せ、その精気を搾取する。また、人心を支配したり、気付かれないように姿を消して行動する事が可能だ。

 夢魔に支払える代償は様々だが、その中でも僕が支払えるものは限られていた。体なら、いくら支払っても命を落とすことは無い。精神力さえ鍛えれば、どうとでもなる。そう思っていた。

「はむ、んっ、ちゅっ......」

 キリクは執拗に僕の舌を絡めとる。ようやく解放された時には、僕の体はすっかり火照っていた。

「ん、くぅ......」

 唾液が糸を引く。だがキリクはそれ以上は求めて来ない。僕を焦らして楽しんでいるのだ。

「ふふっ。やはり聖女の味は格別だ。何度味わっても飽きませんよ。今夜も楽しみですね」

 キスはいわば前菜。メインディッシュを後に取っておくのが、キリクのやり方らしい。全く、酷い奴だ。

「く、はぁ......。キリク。まずは調べて来た事を教えて欲しい。母上にはやはり『彼』が関わっているのかい」

「ええ、当たりでした。私の兄、夢魔オーリスが関わっています。あなたの母上ライナは、すっかりオーリスの虜だ。彼の為ならなんでもやるでしょうね。例えば邪魔な予言の聖女を追放しろと言えば追放するし、その為に公爵令嬢の父親を誘惑したりもするでしょう」

「やっぱり、君の兄か」

 王家に恨みを持つ魔術師。彼が自身の命を賭して召喚した夢魔は二人。彼キリクと、その兄オーリス。僕は一度オーリスにも出会っているが、彼は交渉には応じなかった。あくまでも召喚主から与えられた使命を果たそうとしている。

「ええ。彼の力は私よりも強い。対決しようにも神出鬼没。どこに潜んでいるのか私にもわかりません。タイミング良く出会えればいいのですが......それまでは対処療法で行くしかないでしょうね」

「そうだね。それに僕は王家を追放された身。これ以上は王家の安全を守るのは難しそうだ。自分達でなんとかしてもらうしかないだろうね。まぁ、高明な予言者を呼び寄せたらしいから、その方がきっと解決してくれるだろう」

 そうだ。別に僕じゃなくてもいい。僕よりも優れた人間なんて、きっと山ほどいる。

「ええ、ジャンヌ様はもう自由になっていいんですよ。そして自由に、私と愛し合いましょう」

「別に僕は君を愛してなんか......ひぁっ」

 キリクは僕をお姫様抱っこで持ち上げ、ベッドに横たえる。

「もっと素直になって下さい。その方が可愛いですよ」

「可愛くなくていい! 僕は男だっ! くっ、はぁっ」

 キリクは僕の弱い部分を執拗に愛撫し始める。

「今は女性です。では、メインディッシュをいただきましょうか」

「だっ、だめっ! 待って......!」

「待ちません」

 キリクは僕を組み伏せて自由を奪うと、ゆっくりと体を味わっていく。

「本当に素晴らしい体だ。手に余る程のこの豊満なバスト。それに腰のくびれからのヒップラインもたまらない」

「う、うるさい......」

 キリクは言葉によって僕を辱めるのが大好きだった。それによって、男としてのプライドはボロボロにされていく。

「ひどい......奴だ」

「ふふっ。本当は好きなくせに」

 勝手な事を言いながら、キリクは僕をたっぷりと堪能したのだった。

 ◆◆◆◆◆◆◆<王妃視点>

 ところ変わってリーファス城。王妃ライナは予言者の到着を心待ちにしていた。

 第三王子のジャンを追放したのは今朝方の事。その直後から、様々な災難が王妃や王、王家に連なる者達に襲いかかって来ていた。

 王は病に倒れ、意識不明。その兄弟や姉妹、両親などは火災にあったり盗難にあったり、高所から落下、あるいはモンスターに襲われて死にかけたり等。

 王妃ライナの親兄弟も同様。二人の息子、第一王子と第二王子に関しては行方不明になってしまった。

 ライナ自身も、これまでの数々の不倫が明るみに出てしまい、王侯貴族をたぶらかす不埒な女のレッテルが貼られてしまっている。

 この状況を覆すには、予言者に頼るしかない。

(やはりあの女の息子、この私に迷惑しかかけない。予言などというインチキで陛下の心を掴み、王位継承第一位になるなんて、許していい筈がないのよ。当然私の可愛い息子達が、王位を継承するべきだわ! だから追放した! それなのにあの子達が行方不明になるなんて......これでは本末転倒よ! 全く忌々しい、あの女の息子! 追放されたとしても、しっかりこの城を守るべきよ! なんて身勝手なのかしら! 責任を放棄するなんて!)

 ライナはジャンの顔を思い浮かべ、苛立っていた。そんな折、王妃の私室のドアがノックされる。

「ライナ様。予言者シラハム様が王城にご到着されました」

「そう! やっと来たのね! すぐに謁見室へご案内するのよ!」

「はっ! かしこまりました!」

 ライナは小躍りしながら謁見室へ向かう。そして玉座にて予言者を待った。

「予言者シラハム様をお連れしました」

「お通しして!」

「はっ!」

 予言者シラハムが謁見室の中へ入って来る。見たところ、二十代前半の青年。その美しさは女性と見紛う程だった。長い髪は漆黒で、対照的に肌は真っ白だった。

「お初にお目にかかります、王妃ライナ様。私は予言者シラハム。お呼びに預かり、光栄の至りでございます。噂通りの美しさですね」

 シラハムは膝をつき、うっとりとライナを見つめた。

「あら、ありがとう。あなたの美しさも中々よ。予言の力も相当なものだと聞いているけれど」

「はい。今まで一度も予言を外した事はございません。病に倒れた国王様に代わり、私が必ずや王妃様をお守り致します」

 不遜とも取れる言葉だったが、ライナは満足気に微笑んだ。

「頼りにしているわ、シラハム。この後、私の寝室においでなさい」

「かしこまりました、王妃様」

 深々と頭を下げるシラハム。その口元には、邪悪な笑みが浮かんでいた。

 ◆◆◆◆◆◆◆<ジャン視点>

 翌朝、シャーロットに冒険者ギルドへと誘われた。もちろん僕の姿は男に戻っている。ギルドの中は今日も賑わっていた。

「おおっ! ジャンにシャーロット! お前らパーティー組んだのか?」

「熱いねぇお二人さん!」

「きゃー、ジャン様よ! シャーロット様と一緒よ! お似合いね」

「私もジャン様のお隣に立ちたいわ」

「お二人は幼馴染みなのよ。邪魔しては駄目よ」

 友人達に声をかけられつつ、依頼書が貼ってある掲示板を眺める。

「これがいいわ、ゴブリン退治」

 シャーロットが依頼書をバリッと剥がす。

「Sランクなら、もっと難易度が高い依頼の方が報酬がいいんじゃないの?」

 僕がそう尋ねると、シャーロットは「チッチッ」と指を振る。

「難易度や報酬額は関係ないわ。見るべきは緊急度。いかに依頼者が困っているかを判断して選ぶの」

「なるほど。さすがだねシャーロット」

 僕は素直に感動し、彼女を褒めた。シャーロットは頬を赤く染める。

「まぁね。庶民を助けるのが貴族の務めだもの。さぁ、行きましょ」

 僕とシャーロットは王都リーファスから馬車に乗り、半日程離れた村「サラファリオ」に向かう。そこはハラダッタ伯爵の治める領地だ。

 村に到着し、村長の話を聞く。村の近くに洞窟があり、どうやらそこにゴブリンが住み着いているらしいとの事だった。

「若い娘が、もう何人も行方不明になっています。捜索に出た青年団も、戻って来ません。ただでさえ税収が多く、生活もギリギリで......この上働き手まで減ってしまうと、私達は飢え死にするしかありません。村を守る筈の騎士団の方々は人数が少なく、領主様のお屋敷を守るので手一杯だそうで......相談しても力を貸してくれないのです」

 これは明らかに領主の怠慢だった。責任を放棄し、私腹を肥しているに違いない。

「ハラダッタ伯爵! 貴族の風上にも置けないわ! ゴブリンを退治したら説教してやらなきゃ!」

 憤るシャーロットと共に洞窟へ向かう。聖女ジャンヌに変身していない僕は戦闘の役には立たないが、幸運に守られている。ジャンヌのように予知のスキルや魔術は使えないが、勘が鋭い。だから洞窟やダンジョンでは、道案内や罠の解除に役立つ人材なのだ。

「次はこっちに行ってみて」

「わかったわ!」

 勘に任せて突き進む。結局僕たちは一匹のゴブリンにも会う事なく、捕らえられている村人達を発見した。十人以上いる。

 男女共に服はズタボロで、乱暴を受けた形跡があった。怪我が酷い。早く手当てをしなければまずいかも知れない。シャーロットは剣の腕は確かだが、魔術は使えない。一旦村に戻って医者に見せ、手当てをしてから王都の魔術ギルドに行くしかない。魔術ギルドなら、治癒魔術で完全に治療してもらえる筈だ。

「急いで洞窟をでましょう!」

「あ、待ってシャーロット! 今引き返すのはまずい!」

 走り出すシャーロットに声をかけたが、遅かった。丁度近くを通っていたゴブリンの集団に出くわしてしまう。

「ゴブリンなんて、私の敵じゃない!」

 凄まじい速度で、ゴブリンを斬り捨てていくシャーロット。だがゴブリンはどんどん増えていく。しかも洞窟は狭く、村人を庇いながらの戦闘はかなりの負担だった。ちなみに僕も守られる対象である。

「くっ......!」

 徐々にゴブリンの攻撃をくらい始めるシャーロット。更に奥からは大きめのゴブリン。人間の骨や装飾品を身に纏ったゴブリンシャーマンと、鎧や兜に身を包んだゴブリンチャンピオンだ。

 まずい、ゴブリンシャーマンが闇魔術の呪文を唱え始めた。ゴブリンチャンピオンも、小さいゴブリン達を押し除けながらこちらへ進んで来る。

 ゴブリンシャーマンが呪文の詠唱を終え、先端に髑髏のついた杖から闇魔術を放つ。それは真っ黒な蛇のようにシャーロットに纏わりつき、彼女の体を拘束する。

「いやっ、何これ、動けない! いやっ、いやぁぁぁッ!」

 身動きの取れなくなったシャーロットに、次々と襲いかかるゴブリン達。押し倒し、衣服を破り始める。

「私、Sランクなのに! どうしてこんなザコに! やだぁッ! 助けて! 助けてジャン!」

「シャーロット!」

 僕は叫んだ。奥から歩いて来るゴブリンチャンピオンは、舌なめずりをしながら涎まで垂らしている。その目線の先にあるのはシャーロットの肢体。このままでは彼女の貞操の危機だ。

 大勢の人間に僕の正体を知られてしまうが仕方がない。変身してシャーロットを救わなくては!

「聖転換!」

 体が輝き、女性に変化した体が金色の長髪をなびかせる。

「聖換装!」

 衣服が輝く。次の瞬間には純白を金の装飾で縁取った衣装が、僕の体を包んだ。

「聖剣デュランダル!」

 右手から光が放たれ、それは剣の形を取る。

「あのお姿は、ジャンヌ様! 聖女ジャンヌ様に違いない! 王都に行った際に見た事がある!」

 村人の一人、青年が叫ぶ。どよめく村人達。安心させてあげたいが、今はシャーロットを救出するのが先だ。

「ハァッ!」

 僕はシャーロットに群がるゴブリン達を剣の一振りで消し飛ばす。剣から放たれる光には、モンスターや闇魔術を滅ぼす威力があるのだ。

 剣の力でシャーロットを縛る黒蛇を滅ぼし、抱きしめる。

「怖かったね! もう大丈夫だからね!」

「ジャン? ジャンヌ様? ジャンはジャンヌ様だったの?」

「そうなんだ! だけど説明はもう少し待って!」

 僕はシャーロットを横たえ、そのまま剣舞を踊るようにゴブリン達を駆逐していく。

 悲鳴をあげながら逃げていくゴブリン。だが逃がさない。僕の「予知」は、自分以外の生物なら対象に出来る。つまり奴らの逃げる方向は全て把握出来ている。村人やシャーロットを酷い目に遭わせたこいつらは、徹底的に滅ぼす!

 チャンピオンやシャーマンも含め、全てのゴブリンを消滅させると、僕はシャーロットの元へ戻った。

「大丈夫? 今傷を癒すからね」

 僕は光魔術「治癒の光」を使い、シャーロットの傷を癒した。

「ありがとうございます、ジャンヌ様」

 力なく微笑むシャーロット。その目には涙が溢れている。

「敬語なんていらないよ。お察しの通り、僕はジャン。聖女ジャンヌの正体は僕さ。生まれつき、女性に変身出来る力を持っていてね。女性になると未来が見える。その能力を使って、予言していたんだ」

「そうだったの! 素晴らしいわジャン! あなたの事、もっと好きになりそう!」

「ふふっ、ありがとう。僕も好きだよ、シャーロット」

 僕はシャーロットを立ち上がらせ、村人達の元へと戻る。

「皆さま、これまでジャンと名乗り男装をしていましたが、本当の名はジャンヌと申します。これから魔術を使い、皆さまの傷を癒します。その後は私とシャーロットの先導で洞窟を脱出致しましょう」

 僕は村人達の傷を順番に癒した。皆口々に、聖女ジャンヌへの感謝の言葉を述べていた。

「皆さま、私が普段ジャンという青年の姿である事は、決して誰にも話してはいけません。約束していただけますか?」

 村人達もシャーロットも、僕の正体をバラさないと約束してくれた。僕達は無事に村人達をサラファリオ村まで送り届けた。

「あとはハラダッタ伯爵に説教ね」

 僕達はハラダッタ伯爵の住む館へと赴いた。話に聞いていた通り、館は騎士団によって守られていた。シャーロットが自分の父、グイル・ドノヴァン伯爵の名を出し、中へ通してもらう。ちなみに僕は、ジャンヌの姿のままだ。

「一体どう言う事なんですか、ハラダッタ伯爵! 領民を守るのが、領主の務めでしょう!」

 シャーロットは激昂していた。凄まじい拍力に、ハラダッタ伯爵も縮みあがる。

「わ、私は悪くない! 全ては王妃ライナ様の指示だ。出来る限り村にかかる金を節約し、税をこってり搾り取れと。そしてその九割を王妃に納めよとのご命令なのだ。従わなければ、私も家族も殺されてしまう。仕方がなかったんだ......!」

 泣き崩れるハラダッタ伯爵。

「なんて事......! 王妃様の差し金だったなんて」

 愕然とするシャーロット。

「これはもしかして、他の村や町も同じ被害にあっているかも知れないよ。冒険者ギルドに戻って、少し調べてみよう」

「ええ、そうね。わかったわ」

 僕とシャーロットは今後の方針を決め、伯爵を許した。それからジャンヌの予言によって正しい道へと導く。それは王都リーファスの商業ギルドの長、ドンコルド・ラートスの力を借りると言うもの。

 ドンコルドは冒険者ギルドを後押しする人物であり、私設軍隊も持っている。そしてかなりの年上ではあるが、僕の対等な友人だ。また、王家に縛られない唯一の権力者とも言える。

「ドンコルドへは、私が話を通しておきます。きっと村を守る力を貸してくれるでしょう。それから、税収は軽減し、村人の暮らしやすい村にして下さい。ライナ王妃へは、もうお金を献上する必要はありません。あなたや家族の生活を守り、残ったお金をドンコルドへの報酬とすると良いでしょう」

 僕は聖女ジャンヌとして、ハラダッタ伯爵を優しく諭した。

「お導きをありがとうございます、聖女ジャンヌ様!」

 ハラダッタ伯爵は、僕にすがるように泣きじゃくった。

 ◆◆◆◆◆◆◆

 それから数日間、僕とシャーロットは近隣の町や村での困りごとを解決しつつ、王妃ライナの支配から解放して回った。皆困窮している為、報酬は少なかった。だがそれ以上に得られた情報は大きかったし、何より困っている人の立てるのは嬉しかった。

 やはり母上、王妃ライナは相当な悪事を働いていた。私腹を肥して庶民を虐げる、典型的な圧政者と言える。

「やれやれ、本当に困った人だ」

 僕はほとほと呆れ果て、思わずそう呟いた。

「どうするジャン。革命を起こす気なら、いつでも仲間は集められるわよ」

 シャーロットは真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。

「いや、僕は武力行使を好まない。なるべくなら話合いで解決したいんだ」

「......ジャンらしいわね。わかったわ」

「ありがとうシャーロット。力を貸してくれるかい?」

「ええ、もちろん」

 エトワール王家が属する「ルーデウス王国」。王国が治める町や村を、その後も僕達は解放して回った。

 そんなある日。王家の紋章を付けた馬車が二台、冒険者ギルドへとやってきた。

「冒険者ども! ここにジャン・ブラックはいるか!」

 横柄な態度で乗り込んでくる、王妃ライナの側近クロネルだ。護衛の騎士達も四人いる。

 そんな彼をギロリと睨む僕の友人達。ちなみに僕は現在、産みの母の姓であるブラックを名乗っている。

「僕ならここです!」

 友人達が暴れ出す前に、僕は名乗り出た。そして駆け寄る。

「何かごご用ですか?」

 笑顔で問いかける僕に、クロネルが「フン」と鼻息を鳴らす。

「王妃ライナ様が貴様をお呼びだ。今すぐ王城に来い」

「母上が? わかりました」

 顎でしゃくって、僕を馬車へ乗れと指図するクロネル。僕はそれに従い、先頭の馬車へと歩く。

「待ってジャン! 王妃を助けるつもり!?」

 叫ぶシャーロット。クロネルが怪訝そうな顔で彼女を睨む。

「それは母上の出方次第だ。まずは話し合う。こちらの要望を受け入れてくれるなら、助けてあげたい」

 僕の返答にシャーロットは困ったような笑顔を浮かべる。

「そうね。まぁ、そう簡単には受け入れてくれないでしょうけど......頑張って」

「うん、頑張るよ」

 僕はシャーロットに手を振り、馬車へと乗り込んだ。

 ◆◆◆◆◆◆◆

 数日ぶりに訪れたリーファス城は、すっかり荒れ果てていた。立派だった園庭には雑草が生い茂り、ゴミが投げ捨てられている。城の中に入ると異臭がした。

「ほとんどの部屋で病人が寝ている。そして誰も看護をしていないのだ」

 クロネルが疲れた声でそう言った。よく見ると彼の目は、死んだ魚のように精気がない。

「王妃様、ジャンをお連れしました」

「挨拶はいい! 早く通しなさい!」

 ヒステリックに叫ぶ母上の声。クロネルはビクリと体を震わせ、僕を謁見室へと通した。

「来たわねジャン......待ってたわ」

 母上の顔は憔悴しきっていた。痩せこけた姿は、まるでミイラのようだ。

「ふふっ、ひどい姿でしょう......もう誰も私を抱いてくれなくなったわ。私を溺愛していた、あの予言者シラハムでさえも......」

 そう言って遠くを見つめる母上。だが僕はその言葉を無視した。

「お久しぶりですね母上。僕は追放された身。今更何の御用でしょうか」

 僕は少し冷たい口調でそう言い放った。王家を救いたい気持ちはまだ残っている。だが、やはり母上の行ってきた悪事は見逃せないものがある。しっかり反省してもらわなければならない

「随分と偉そうな口をきくようになったわね。要件は一つよ。この城に戻って来なさい。あなたが望んでいた予言者として、雇ってあげる。ありがたく思うのね」

 薄く笑う母上。

「おや、それはおかしいですね。評判の良い予言者を雇った筈では? 先程、シラハムという予言者の名前をおっしゃっていましたが」

 僕の言葉に、ビシッと母上の眉間に縦皺が刻まれる。

「あの男の予言は全部デタラメよ! お陰でこの有り様! 誰も彼も、王家の者はただ死を待つだけ! 魔術師ギルドもお手上げの状態よ! さぁ、早くなんとかしなさい!」

 唾を撒き散らして喚く母上。僕はポーチから一枚の書状を取り出した。これは母上に搾取されていた町や村のリストだ。

「その前に母上。一つ約束して欲しいのです。これ以上、国民を苦しめないで頂きたい。無用な搾取をやめ、贅沢な暮らしを諦めて下さい。そしてもっと、国民に愛される統治者となって下さい。父上が病気から回復なされたら、大事にして下さい。愛してあげて下さい。決して、裏切らないで下さい。これらの条件が飲めるのであれば、僕は力をお貸しします。もう一度予言の力で、王家の方々から災難を振り払ってお見せします」

 僕は真剣な目で母上を見つめた。だが母上は顔を真っ赤にし、体をブルブルと震わせる。

「あんたなのジャン! あんたがあの生意気な商人、ドンコルドに指図していたのね! お陰で私もお城もこの有り様よ! お金がちっとも入って来ないんだもの! 私は派手な暮らしが好きなの! そうじゃないなら、生きている意味がないわ! 私がこうなったのはあんたのせい! あんたのお陰でお金も無くなったし使用人も逃げた! 親兄弟はみんな病気になった! あんたのせい! みーんなあんたのせい! 早く責任取りなさいよ! あんたにはね、私達を助ける義務があるのよ!」

 母上の怒声を聞くことで、僕の中で何かが音を立てて崩れた。

 助けられない。この人は無理だ。僕には救えない。

 もしも彼女を救えば、代わりに大勢の人が苦しむ事になる。彼女には罪悪感が無い。だから反省もしない。

 救えないんだ。僕には。

「さようなら、母上。きっともう、二度とお会いする事はないでしょう」

 僕はきびすを返して謁見室を後にした。母の怒声や側近クロネルの引き止める声が聞こえたが、全て遮断した。もう、何も答えたくはなかった。

 城を出ようとすると、エントランスに一人の男が立っていた。長身に長い黒髪。そして白い肌。僕は今ジャンの姿だから予知のスキルは無い。だが勘は鋭いから彼が何者なのかはすぐに察しがついた。

「あなたが予言者シラハムですね。そしてその正体は、夢魔オーリスだ」

「くくく。ご名答。さすがは聖女ジャンヌ。我が弟が見染めた女だ」

 シラハムの顔がぐにゃりと歪む。口が大きく裂け、鋭い牙が無数にのぞく。

「言っておくけど、今の僕は男だよ」

「ほう。そうか。なら、男のままではいられなくしてやろう」

 シラハムの体がバリバリと裂け、中から赤黒い姿の異形の怪物が現れる。こいつはまずい。確かにジャンの姿のままでは死ぬ。

「聖転換!」

 黒髪が金色になびき、胸が大きく膨らんでいく。

「聖装換!」

 服装が白を金で縁取ったものに変化。

「聖剣デュランダル!」

 右手から放たれた光が、剣を形作る。

「我が呼び声に答えよ、夢魔キリク!」

 仕上げにキリクを呼んだ。一人では勝てないかもしれないと踏んだからだ。

「ジャンヌ様! 下がって下さい、奴は危険です!」

 キリクが僕を庇って前に出る。そして次の瞬間。空中で激しい打ち合いが始まった。黒い影が、素早く何度も交差する。刃がぶつかる音と衝撃音は聞こえるが、二人の姿はほとんど影しか見えない。

 だが、ジャンヌになった僕には「予知」のスキルでオーリスの動きがわかる。視覚では捉えられていないが、おおよその位置は把握していた。

「ジャンヌ様、今です!」

「うん!」

 キリクの合図で、僕は聖剣デュランダルを振りかぶって跳躍。キリクに一撃をもらって怯んでいるオーリスを、斜めに斬り捨てた。

「グギャアアアー!」

 断末魔の悲鳴。僕は着地して、地面に落ちたオーリスにもう一度剣を振るう。心臓を突き刺す為だ。夢魔はそこまでやらないと死なないらしい。

「はぁーッ!」

 聖剣の切先で、オーリスの心臓を貫く。

「グギョォォォォッ!」

 凄まじい唸り声を上げながら、オーリスは消滅していった。

「ふぅ、やった......」

「いえ、ジャンヌ様。どうやら私達はオーリスの結界に囚われている。いつの間にか、夢の中へ意識を移されていたようです。

「なんだって!?」

 僕が叫ぶと同時に、城が崩れ始める。

「私は先に現実世界へ戻ります! そしてジャンヌ様を目覚めさせますので!」

 姿を消すキリク。直後、唇に柔らかい感触。

 僕はハッと目を覚ます。目の前には、僕にキスをするキリクの姿。僕は彼を押しのけ、周囲を見回す。

「オーリスは!?」

「どうやらもう去ってしまったようですね。ですがきっと、また姿を現すでしょう。王家が完全に滅ぶまで、彼は追撃の手をゆるめない。しかし今はそれより......」

「んうぅーっ!」

 再び僕の唇を奪うキリク。だが僕はどうにか彼の腕から逃れて立ち上がる。

「僕はもう、王家を救うつもりはない。だから厳密に言えばオーリスは僕の敵ではない。だけどオーリスの方は、きっと僕が邪魔だと思っているんだろう。そして母上をとことん追い詰める気なんだろう。確かに母上のやっている事は間違っているし、そのうちしっかり国民に謝罪はさせるつもりだ。でも、それでもオーリスのやり方は気に食わない。僕は彼とは違う方法で、王家の人々に反省を促すつもりだ。そしてその時にはきっと、エトワール王家はやり直せる筈なんだ」

 城の外へ踏み出す。冷たく薄暗い城から出た事で、全身に太陽の暖かさを感じる。

「革命は起こしたくはない。だけどそれしか手段がなくなってしまった時は、覚悟を決めるしかないだろう」

 再び冒険者ギルドへと歩きながら、僕はキリクに話しかける。

「そうですか。ではその時は私もお手伝いしますよ。もちろん報酬は頂きますがね」

 そう言って僕の肩を抱くキリク。

「さぁ、まずはさっき協力した分の報酬を頂きましょうか。そこの路地裏に入って下さい」

「ええ!? いやだよ外でなんて......せめてそこの宿屋で休憩させてくれ」

 僕は王城から少し歩いた場所にある宿屋を指さす。

「ふふっ、いいでしょう。ではじっくりと......」

「じっくりはダメだ。シャーロットが待ってる」

「また裏腹な事を。本当はじっくりと愛して欲しいくせに」

「うるさい!」

 またキスをしてこようとするキリクの顔をおしのけながら、僕は歩いた。

 そしてこれからの事を考える。衰退しきった王家では、もはや国民達が統治者として認めないだろう。

 状況は既に出来上がっている。革命へと動き始めている。

「覚悟を決めるか......」

 ポツリとつぶやく。

「おや、ついにあのプレイをしてくれる覚悟を決めたのですね。では早速必要なものを揃えてまいります」

 目を輝かせるキリク。

「ばっ! 馬鹿! 違うよ、勘違いするな! あんな恥ずかしい格好、僕がする筈ないだろ!」

「いいえ、もう撤回出来ませんよ。しっかり覚悟を決め、部屋で待っていて下さい。あ、シャワーは浴びないで下さいよ。私はあなたの汗も好きなので」

「馬鹿......変態」

 姿を隠す気がないキリクと戯れながら、僕は少し遠のいた王城を静かに見上げたのだった。




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