ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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 獣らしく唸っていた紅葉君の動きが、怯えるように止まる。胸ぐらを掴んでいた力も弱まったので、その隙に抜け出す。
 結構締められていたので、制服の首元がよれてしまった。後で紅葉君に請求せねばいけない。
 軽く噎せながら体勢を直す。落ちた杖も拾って、視線を上げると……スイがいた。


 何でいるの? 私の後つけるの大好きだね。
 なんて冗談はさておき。犬飼さんからの依頼で何やかんやとスイの社に行けなかったので、しびれを切らしてわたしのところにきたらタイミングよくピンチを助けた、といった感じか。
 助けてくれたのは本当にありがたいんだけど、溢れ出る殺気がすごい。空もゴロゴロいってるし、社から出ても結構力使えるんじゃないかな……。


 ひとまず、スイの怒りを鎮める方が先な気がする。うん、このままだと紅葉君が危ない。紅葉君に何かあったら、凛と木葉ちゃんが悲しむから。
 若干ふらつく体を杖で支え、スイに笑顔を向ける。


「スイ、遊びに行けなくてごめんね。迎えに来てくれたの?」
「うん。ねぇリッカ、それ、殺していいよね」


 決定事項なの? それはちょっと困るなぁ。


「いいよ、放っておいても。それより、早くスイと遊びたいな」


 笑顔浮かべてるつもりだけど、口の端が引き攣りそう。うん、スイの妖力の強さを嫌ってほど感じたから、一刻も早く紅葉君から気を逸らして意識をわたしに向けなければ。
 暗雲立ち込めてきた空気が少し和らいだ時に、スイに飛びかかる一匹の狼。


「ーーっ、ごほっ」


 狼の牙がスイに届くことはなく、軽く払っただけで地面に叩きつけられた。苦しそうに噎せて掠れた息を吐き出している。
 わたしのそばにいた紅葉君がそれを見た瞬間、周囲に咆哮が響く。唸りながら、牙を剥き出しにしてスイに飛びかかる。
 もう、馬鹿なのかなこの双子は! 木葉ちゃんも木葉ちゃんだよ、全く。


 力の差を、わかっているのに。わかっていて敢えて飛びかかった。少しでも兄から気を逸らすために。
 馬鹿だな。あやかしは、本当に馬鹿だ。
 すっと目を細めた圧倒的強者は、虫でも払うように手を軽く振る。それだけで、双子の狼は吹っ飛ぶ。木に体を打ち付けたら、骨が折れて死んでしまうかもしれない。


 学生鞄から紙とペンを出して、殴り書きだけど文字を書いて2匹の狼に向かって飛ばす。
 式神は、作るなら本当は和紙と墨の方が精度は上がるんだけど、普通の紙とペンで代用できないことはない。効果はかなり弱くなるけど……クッションぐらいなら、作れる。


 木にぶつかるより先に式神が膨らんで、飛んできたあやかしを包み込む。
 一応あれ、あやかしを捉えるための術なんだけど……ただの紙とペンで作った即席式神なので、すぐに術が解ける。


「リッカ、どうして? ぼく……」
「助けてくれたんだよね、ありがとう。でもいいの。遊ぼう、スイ。この間見せてくれた本の続きが読みたいな」
「……うん、わかった。行こう、リッカ」


 差し出されたスイの小さな手を取って、わたしは小雨の降る中雨城さんの屋敷に向かって歩き出す。あやかしは頑丈なので、式神で受け止めたし多分大丈夫だと思う。


 明日からどうしようかなーと考えていたら、雨城さんの部下が車で迎えに来てくれた。  
 社にスイがいないから、わたしのところにいるだろうと来てくれたみたい。スイと一緒に並んで座って、雨城さんのお屋敷に着くまでわたしはジト目で詰め寄られる羽目になった。
 文句なら犬飼さんに言って欲しい。わたしから進んで依頼を受けたわけじゃないのに。


 部下がくれた傘を差して、社まで歩く。
さっきまでパラついていた雨が止んでいる。傘も必要なかったようだ。車内とはうって変わって、ご機嫌な足取りで私の手をしっかりと握って進んでいく。
 ひんやりとした冬の空気に包まれながら、社の中へ入る。社の中は、丁度いい温度に保たれている。


「じゃん! リッカ、これやろう」


 自慢げに掲げたのは、木製の、積み木。スイにしては珍しいチョイス。
 トランプみたいに座って頭を使うより、走り回ったり生み出した水を操って遊ぶ方が好きみたいなのだ。社の中で独りで遊んでいたからか、相手がいないと出来ない遊びをしたがる。
 鬼ごっことか、隠れんぼとか、体を動かしたいみたいだ。普段、社の中にいるから運動不足なのかなぁ。


 積み上げたブロックから、崩さないように一つずつ抜いていく遊びである。集中力のないわたしは、ぶっちゃけこういう遊びは苦手な方なのだ。すぐに崩してしまうから、つまらない。
 ……すごいキラキラした目で見てくるから、やるけどさ。


 ワクワクした顔で積み木を順調に積み上げたスイとジャンケンをして、わたしが先になった。最初から崩すことはないと思うけど……。
 プルプルしながら引き抜こうとして、震えた手がブロックに当たって、ガラガラと無情な音を立てて崩れる積み木。


「…………ごめん」
「だ、大丈夫だよ! もう一回やろう?」


 ものすごい気を遣わせてしまった。
 ジャンケンには勝つのに、積み木ではことごとく負ける。一つ目が引き抜けても、大体二つ目で崩れてしまう。
 向いていない……ここまで出来ないって、ある? わたし割りと何でもこなせる気がしてたけど、もしかしてポンコツだったりする?


 落ち込むわたしを見て、崩れた積み木を素早く片付けたスイが持ってきたのは、トランプ。
 やろうやろうとテンション上げて言ってくれるけど、絶対気を遣ってくれてるのが伝わってくるから、申し訳なさすぎる。


 トランプでジジ抜きをして、ひとしきり遊んだ後はおやつタイム。あやかしは基本食事を必要としないけど、食べたり飲んだりは出来るらしい。
 スイが好んで食べるのは、チーズケーキ。焼き菓子が好きなようで、ガトーショコラだったりタルトだったり、色々出てくる。


 オレンジジュースをストローで吸い上げながら、タルトを頬張る。もぐもぐしながら時間大丈夫かなーと考えて、そういえば社の中には時計がひとつも無いことを思い出す。
 曰く、時計があるとわたしが気にしてしまうんじゃないかと不安になるそうな。雨城さんから聞いた話だけど。


 いつもより早く来たから、しばらく遊べるだろうと余裕ぶっこいていたら気がつけば外は真っ暗。冬だから日が落ちるのが早いことを忘れてた……。
 わたしは暗くても別に、いいんだけど。雨城さんがやたらと心配してくるのだ。保護者か、って突っ込みたいけど確かに保護者みたいなものなので突っ込めない。


{また遊びに来るね」
「絶対だよ! またね、リッカ」


 送ろうか送ろうか騒ぐスイを流し、一人で平気だからと社を出て夜道を歩く。杖をついて、携帯で連絡先を開いて電話をかける。相手はすぐに出て、言葉を発するより先にため息をつかれた。
 なんと失礼な態度。しかし狼状態の木葉ちゃんと紅葉君を任せっきりにしてあるから文句はいえない。


『僕、便利屋じゃないんだけど?』
「だって犬飼さんしかいなかったんだもん。それで、二人はどう?」
『うーん。木葉ちゃんの方は大人しいけど、紅葉君はずっと警戒してるねぇ……。とりあえず、マンションまでおいで』
「はぁい」


 クッション代わりの式神を飛ばした時に、ついでにメモを残しといてよかった。犬飼さんが気付いてくれたから、あの二人をちゃんと保護してくれた。雨城さんよりは、付き合いが長いので多少は任せられるというものだ。


 電話を切ってから、はてと首を傾げてカツン、と杖で地面を叩く。
 ーーここは一体どこだろう。
 夜道、特に明かりが少なく人気もないところにはあやかしが出やすくなる……さっきまでスイといたせいで、感覚が鈍っていたらしい。いつの間にかあやかしの道に入り込んでしまった。


 幼い頃から割りとこういうことはあったので、慣れてはいる。あやかしの道に入り込むと、普段襲ってくるあやかしより若干凶暴性のあるモノが襲ってくるだけである。対処できるから、問題は無い。
 ただ、一度入り込むと中々出るのが難しいのが難点。犬飼さんが気付いてくれたらいいんだけどなぁ。


 どうしようか。
 御札付きのスタンガンは携帯してあるからいざとなったら反撃できる。


 体にまとわりつく様な空気に顔を顰めながら進んでいく。かすかな光の下で、一羽の鴉がぐったりと弱った様子で地面で寝ている。
 あやかし……だよね。


「えっと……大丈夫?」


 反応無し。
 困った。いやこれホントどうしよう。あやかしの道を出るのが先か、この鴉を助けた方がいいのか。あやかしの道だから、この鴉もあやかしであることには間違いないんだけど。


 そろそろと近付いてみると、呼吸が浅く苦しそうなのがわかる。怪我をしているのか、地面に少し血の跡が残っている。少し考えて、手当てをすることにした。
 このまま放っておいたら血の匂いに誘われたあやかしに喰われてしまうだろうし……木葉ちゃんや紅葉君のこともあってか、放っておくのは気が引けた。


 しゃがんで鴉の体をよく見る。軽く触って、羽に少しだけ傷があるのがわかったので、ハンカチを当てて止血する。
 幸いにも血はすぐに止まった。骨とか折れてたら、下手に固定すると綺麗に治らないのでハンカチを巻くのはやめる。
 問題はこの鴉をどこで休ませるかである。あやかしの道から出てもいいのか。まぁ今のところ出口がわからないから出ようがないけども。


「ガー!」


 ぐったりしていた鴉が、突然羽をばたつかせて騒ぐ。


「ウマ……ソウ。クワセロ、クワセロ!」


 後ろから聞こえたねっとりとした声に振り返って、目の前に迫った大きな口にギリギリ杖を挟む。
 鴉を腕に抱いて走り出すけど、足首に巻きついた何かに引っ張られて転ぶ。腕の中にいる鴉は何とか守ったけど、代わりに肩を勢いよくぶつけて、動けない。


「い、たぁ……」


 地面に転がるわたしによだれを垂らして迫ってくる、口。杖は挟まっているけど、みしみし音を立てているから、あまり長くは持たないだろう。
 どうする、どうする……!? 紅葉君に襲われたばかりだというのに、わたしは一日に何回襲われたいいんだ! 鴉を手当てするって決めたのは自分だから、誰も責められないけど!


 鴉が一際大きく鳴いたその時。
 鈴の音がした。チリン、チリン、涼やかな音を立ててゆっくりと近付いてくる。杖が折れて、口の中に消えていくのを見ながら、近付いてくる鈴の音に血の気が引いていく。
 ーーーー来る。
 全身に鳥肌が立って、体が震える。


 助けて、そーちゃん。


 その言葉が、口から出ることはなかった。
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