ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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 緑に覆われた神社は、日陰が多い。
 秋も深まってきた今の季節だと、肌寒いぐらい。隙間から差し込む日の光はキラキラしていて、少し眩しい。
 ピン、と張り詰めた空気は心地いいけど、またスイが現れるんじゃないかヒヤヒヤしてしまう。無意識に落ち着きのないわたしに、イツキ先輩が穏やかに話し始める。


「僕さ、母さんが死ぬまでは割りと真面目でいい子だったんだよ。自分で言うのもなんだけど」
「ホントですね、仰る通りです」
「……六花チャン、僕への扱い酷くない? 泣いちゃうよ?」
「お好きにどうぞ」


 顔を両手で覆って、わざとらしい泣き真似をし始めたので面倒くさくて一人で辺りを歩いていたら、後ろの方でイツキ先輩が何か喚いているのが聞こえたような気がする。
 風に揺れる木は何本生えているのか、空を飛ぶ鳥は本当に鳥なのか、何が見えなくて何が見えているのか判別がつかない。とても厄介だ。


 それでもわたしは、見えている世界で生きている。
 そうするしかないから。見えない世界だけが綺麗なわけじゃないと、楽しそうに母と担任が話している姿を見て、そう思った。


 喚く声が収まったから、不思議に思って振り返ると、神木らしき大きな木をそっと撫でながら優しい目をしたイツキ先輩がいた。
 ーーさっき言っていた、亡くなった母親との思い出を考えているのかな。無くしたくない記憶があることが、羨ましい。
 時々思う、いっそ事故の時に何もかも忘れてしまえたら。そーちゃんと真理夏の穏やかで近付けない関係も、母と担任との関係も、キレイさっぱり消えてしまったら。


「こっち」


 呼ばれて、振り返る。御神木のそばに立っていたイツキ先輩が、いつの間にか鳥居の外側で手招きしている。
 思い出深いと言っていた割に、早く出たがるんだな、と思い歩き出す。……チャラ男なイツキ先輩にも、忘れたい過去があるのかもしれない。
 お母さんを亡くしたことがとてもつらく、でも足を踏み入れてしまうぐらいこの神社は大切なところなんだ。


 思い出が詰まっている分、長くいるとつらいのかもしれない。


「ーー六花チャン!」


 イツキ先輩の叫ぶ声が聞こえてハッとすると、手招きしていたイツキ先輩の姿はない。
 ぐらりと体が傾いて、石階段のてっぺんから転がり落ちる寸前で、イツキ先輩に腕を掴まれて事なきを得た。
 激しく脈を打つ胸にキツく抱かれ、わたしの心臓も激しく動いている。……危なかった。油断していた。


 ここは神聖な空気の漂う場所で、あやかしモノが近付けないから。そう油断していたんだ。
 命を狙われることは、今までも多々あった。力を欲するモノは、悪意を持ってわたしに近付き喰おうとする。
 身近な人の姿を真似るなんて。悪意のあるモノは多い。
 ふわふわ漂ったり、地面を這っているだけの無害なモノの方が少ない。


 大抵は力を求めているし、力を得るためなら同族だって喰う凶暴な性質を持っていたりもする。
 わたしの見える世界はそういうモノで溢れていて、だから大切な人を作りたくない。さっきみたいに姿を真似たあやかしモノが、わたしをおびき寄せるために何をするかわからないから。怖い。


 近付いてほしくない。わたしはそういうモノを引き寄せるから。抗いたいけど、心が折れそうになる。
 そーちゃんや真理夏、イツキ先輩や……夢に見てた高校生活。
 求め続けた当たり前を壊されることが、何より怖い。わたしはただ、当たり前に笑える毎日がほしいだけなのに。


 キツく抱き締めたまま、頭上でイツキ先輩が深く息を吐き出す。


 そのため息に、思わずビクリと肩が跳ねる。
 突然石階段の上から落ちそうになるなんて、何を考えているんだと思われたんだろうな。見えない人にとって、見える人の行動は奇怪にしか見えないし不気味だ。
 あのままイツキ先輩まで一緒に落ちていたら……そう考えると、怖くてたまらない。


 離れなきゃ。荒い呼吸を抑え、グッと手で胸板を押す。
 ……ビクともしない。これは言葉で言った方が早いのか。いやいや、まずお礼を言うのが先では? お礼を言ったあとに離れてくださいと伝える。よし、それで行こう。
 頭の中でぐるぐるしていた考えをまとめていると、コツンと頭に何かが乗っかる。


「!? あ、の……」
「六花チャン。先輩は後輩に頼られてなんぼだぜ? 話したくなかったら別に無理強いはしないけど、話したくなったらいつでも聞くから」


 よいしょ、と立ち上がりイツキ先輩にだき抱えられた状態で固まる。
 すぐそばにある温もりが、恐ろしい。いつ失うかもわからないのに、不用意に近付いてはいけない。
 けれど、さっき起こった出来事に、動揺していたのも事実。人の温もりに、安心を覚えた。


 涙が出そうになって、ぐっとこらえる。


「あの、もう平気なので……」
「ん? ダメ。六花チャンは危なっかしいから、ちゃんと見ておかなきゃ」


 だからってだき抱える必要は無いのでは……と思う。
 しかしながらおててつないで仲良く歩くのもそれはそれで恥ずかしい。
 顔が熱くなるのを感じるけど、イツキ先輩はご機嫌な様子で境内を見て回るから、何も言えない。実際、階段から落ちかけて心配させてしまったし。


 所々で立ち止まり、亡くしたお母さんとの思い出話をするイツキ先輩の顔は、寂しげだけど楽しそうでもあった。
 思い出して懐かしそうに目を細める姿に、目を逸らしてしまう。
 わたしにはない、大切な家族との思い出。それを見るのが、少しだけ苦しかった。


 広い境内を見て回ったところで、木陰にそっと降ろされる。ハンカチを取り出したので何をするかと思えば、地面に敷いてポンポン叩いている。……座れということか。
 

 別に地面に直で座っても気にしないのに、ハンカチを敷いてくれる辺りがモテるのかなぁ、でもあの先輩達イツキ先輩のことクズ野郎とか何とか言っていた様な気がするけど……どういうことだろう?


 主にイツキ先輩が話をして、わたしはそれに耳を傾けていた。不意に、声が途切れる。不思議に思って視線を向けると、とっても優しい笑みを浮かべてわたしを見ていた。
 視線が合って、何となく気まずくてすぐに逸らす。わざとらしかったか、悶々と悩むけど、携帯が鳴って慌てて取った。


 そーちゃんからのラインだった。学校の写真が送られてきて、ちゃんと戻ってくれたんだと笑みがこぼれる。
 大切なそーちゃん、失いたくない。
 スイが怖くても、立ち向かわなくちゃいけない時が来る。それまでは、この平穏な日々を送りたい。


 わたしは臆病だから、怖くて距離を置きたくなってしまう。でも、それじゃあいつまで経っても独りぼっちのまま。
 幼い頃約束したのは、わたしはそーちゃんのそばにいる、だからーーそーちゃんもわたしのそばにいてね。
 そういう意味を込めた約束。約束を守るために、わたしは進まなくちゃ。


「イツキ先輩。イツキ先輩は、寂しいですか?」


 虚をつかれた顔。その質問は想定外だと言わんばかりの動きに、小さく笑みがこぼれる。
 わたしは笑ったまま、イツキ先輩の頭に手を伸ばす。…………身長が足りなかったので、座ったイツキ先輩の頭を立って撫でる。
 そーちゃんの指通りのいい髪の毛と違って、ふわふわしている猫毛。これはこれで、触ると楽しい。


 大人しくされるがままになっているどころか、頭を傾けてわたしが撫でやすいようにしてくれる。
 ふわふわの髪の毛をそっと撫でる。


 思い出話をするイツキ先輩に影が覆っていて、耳元でぶつぶつなにか呟いていた。外から入ってきた形跡がないから、多分イツキ先輩に元からくっついているんだと思う。
 神社の中にまで、入ってきたモノ。影は、肩に覆いかぶさるようにくっついている。
 わたしが見ても、害を加える素振りは一切見せない。


 その影が耳元でぶつぶつと囁くのは、決まってイツキ先輩がお母さんのことを寂しそうに、楽しそうに話している時。


 ーー大丈夫ですよ、イツキ先輩。あなたの大好きなお母さん、そばにいますから。


「六花チャン」
「何ですか?」


 撫でていた頭が、ゆっくり動く。


「六花チャンは、優しいね」


 それはとても穏やかな顔で、なぜかほんの少しだけ泣きそうに目を細め、撫でていた手を握られる。
 大きくて、ごつごつした男の人の手だ。その手にすっぽり包まれてしまって、わたしはどうしたらいいのかわからない。


 木漏れ日が、イツキ先輩の明るい髪を照らす。
 すっかり長くなった足元の影で、日が傾き始めているのがわかる。元から木々が多くあまり日の光りが入ってこない神社だから、薄暗くなるのも早い。
 誰もいない境内で、イツキ先輩の視線だけがわたしに注がれる。手を引こうと軽く動かすと、ダメと言うように少し強く握られる。


「ーー帰ろうか。冷えてきたね」


 するりと簡単に離された手。ズボンを軽く叩いて、地面に敷いたハンカチをポケットに入れる。
 流れるような仕草は、モデルのよう。すらりと伸びる手足に、程よくついた筋肉。明るめの茶髪は猫毛で、とても柔らかい。
 焦げ茶の瞳が、私を捉える。強引じゃないけど、有無を言わせないーーそんな強さで、手を握られる。


 大人しく手を引かれ、神社を後にした。
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