ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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 一年おきに、わたしは意識が肉体に引っ張られる。
 目を覚ますことはないけど、そばから聞こえるそーちゃんの声に耳を傾け、時に涙を流す姿に心を痛める。
 早くわたしが目を覚まして、そーちゃんに泣かないでって声をかけてあげられたらいいのに。


 意識が引っ張られる度に、強く願った。
 同時に、まだわたしは生きているのだと再確認する。事故に遭って、この姿になってからもう6年近く経つ。
 果たしてわたしの体は意識を取り戻すのか、それともずっとこのままなのか。


「犬飼さん、お仕事だって」
「分かった。すぐ行くように、伝えてくれるかい?」
「うん」


 くるりと宙で体の向きを変えて、壁をすり抜け空を飛ぶ。
 風を感じることの無い体は、便利で、不便だ。なりたての頃は受け入れられなかったこの体にも、慣れた。慣れてしまった。


 依頼者の元へ降り立つと、そこには地面にへたり込んで震えている一人の女性がいた。目の前には、大きく立ちはだかる2メートルはあろう大きなあやかし。
 女性を見下ろして、見ているだけだった。


 依頼内容は付きまとってくるあやかしを追っ払ってほしいとのこと。しかし、日を追う事に大きくなっていくあやかしに怖くなり、急遽日にちをズラして連絡してきたのだ。


 じっとこちらを見下ろすだけだった目玉がぎょろりと動いてわたしを見た瞬間、獣の咆哮によく似た声を上げる。
 ビリビリと空気が振動して、女性はとうとう気絶してしまった。


 太い腕を大きく振り上げ、下ろす前に腕に飛び乗る。腕を伝って巨体を上り、大きな目玉めがけて蹴りを入れる。


 ーーーーなぜわたしが、バトル漫画さながらの戦闘をしているかといえば。
 

 事の始まりは4年前。
 中学生から高校生になったニーチャン、犬飼真実があやかしや幽霊、怪異専門の仕事を請け負うと言い出した。


 幼い頃からそれらが見える犬飼さんは、そういう業界ではちょっとした有名人だったそうで。高校に上がったのを機に、それらに怯え逃げていた自分と決別する意味で、業界へ入ることにした。
 くっ付いていたわたしまでなぜか仕事を手伝うようになった。


 とは言っても、わたしがするのは依頼主の緊急時のみの軽いお手伝いだけ。あとは自力で頑張ってねっていうのが主なスタンス。
 ちなみに犬飼さんも仕事を始めてからめきめきと力をあげ、我流にしてはかなり強くなったと噂されているのを聞いたので、それなりに評判はいいらしい。


 その分、古くから務めている人からの視線は痛い。若者がイキがるなよという気持ちがよく伝わってくる。


「ごめん! 遅くなった!」
「ほいさ」


 走ってきた犬飼さんを見て、あとはお任せすることにする。目玉を踏み台に空高く上がって、振り返らずに飛び立つ。
 人に害をなすとはいえ、自分と似たようなモノが消える姿は、あまり見たくない。


 不意に、ぐいぐいと強く引っ張られる。いつもみたいに意識だけじゃなく、この体ごと。
 気が付いたらそばで声が聞こえていて、そーちゃんがいて、わたしの体は意識を取り戻した。
 長い間、眠り続けたわたしの体はすっかりやせ細っていたけど、またそーちゃんと話せることが嬉しくてたまらなかった。



「それで、落ち着いてから連絡をよこしたと?」
「そー。犬飼さん生きてるかなって安否確認も兼ねて」


 ストローでジュースを吸って、運ばれてきた大量のご飯を食べ始める。


 肉汁溢れるハンバーグに、ふわふわ卵のオムライス。
 口の中でほどける柔らかいお肉の入ったビーフシチューに、ピリッとスパイシーなカレーライス。
 顔ほどの高さのあるハンバーグに齧り付いて、口周りについたソースを舐め取りながらジュースを飲む。


 呆れたように頬杖をついてわたしを見る犬飼さんは、半笑いを浮かべる。


「それにしても、君は元々の力がありえないほど強いんだね。霊体でも充分だったのに、人の体だと上級のあやかしと間違えそうなぐらいだよ」
「そりゃどーも。犬飼さんは変な肩書きあるみたいだけどね。情報屋って何」
「ああ、あれね。ほら、最近だと依頼主の素性も調べないと何かと危ないからさ~。調べていくうちになんか広まっちゃった。僕はあくまであっち専門なんだけど」


 牛丼をかきこみながら、適当に聞き流す。
 すっかり、馴染んでいるなぁ。中学生の頃は大人しかったのに……と変わってしまったわが子を思う母のような気持ちで眺めていると、ぞわりと鳥肌が立つ。


 この嫌な気配は……忘れようがない。おじいちゃんを祓った、あの祓い人だ。
 何で、と思うより先に正面で呑気にコーヒーを口に含む犬飼さんを睨みつける。
 皿にヒビが入りそうなぐらい強く、ステーキにフォークを突き刺す。口角が歪んだように上がるのを、感じた。


「犬飼さんに、2つ道を用意するね。1つはこのままお客さん・・・・と一緒に帰ること。2つ目はわたしのことを忘れること。遠慮はいらないから、受け入れてね」
「……相変わらず、強いね。じゃあ3つ目、同業者に君を売るという道を、僕は選ぶよ」


 瞬間、犬飼さんの持っていたコーヒーカップは粉々にはじけ飛ぶ。
 チャンネルの合ったわたしは、幽体よりも強い力が使える。
 床にぶちまけられたコーヒーを避けるように、椅子を蹴り倒し立ち上がる。


 戸が乱暴にノックされ、返事を待たずに開けられるのが見えてステーキ用の熱々ソースを、入ってきた相手の顔に狙って当てる。
 するりとテーブルの下へ潜り込んで、顔を見せないように隙間を縫って横をすり抜ける。後ろから何か声が聞こえたけど、聞こえなかったことにして店をあとにした。


 うーん、やっぱり危なかったかな。
 話の内容と力のことを考慮して個室に入ったけど、戸が広めでよかった。終わりよければすべてよしってね! 
 たったか走っていると、目の前に服をソースまみれにした男が現れる。その顔は明らかに不機嫌だけどどこか楽しそうに口元を歪めていて。


 その口が開かれるより先に、無視してすり抜ける。
 あれ、本人じゃないし。わたしがソース当てた祓い人だろうなー、油ギトギトのソース、服に着いたら落ちなさそう。
 どうでもいいか。すり抜けた男の姿がまた目の前に。


『無視すんなクソガキ! よくもオレの服をソースまみれにしてくれたなァ!? 有言実行がモットーなんでな、強い力を持つお前が気に入った。オレの式にする』
「そういうの間に合ってますんで、お気になさらず」
『はっ、聞いてた以上のクソガキで安心したわ。泣き喚く心配もなさそうだ!』


 声と姿が消えたと思ったら、何かが迫ってくる。パッと見タオルが飛んでいるようにも見えるけど、あれ式神だな。
 祓い人があやかしなどと対峙する時に、あやかしの目くらましだったり拘束だったり、動きを鈍らせるためのモノ。
 術者の力によって式神の強さも変わるけど、追いかけてくるタオルもどきは多分、わたしの動きを鈍らせるための簡易的な式神。


 あの怖い祓い人ぐらい強かったら、さっきみたいに姿を見せたり声を届けることだって可能だし。


 スピードが増し、ぐんぐん近付いてくる。同時に、大きくなっていく。
 バサバサ風にはためく音が間近で聞こえて、ショルダーバッグを片手で漁る。
 シーツほどの大きさに広かった式神がわたしの体を包もうとしたのを見計らって、小さな手でも扱いやすい小型のスタンガンをバッグから取り出し、スイッチを入れる。


 滑らすように当てただけで、変化が解けた。地面には焦げた1枚の紙が力なく落ちる。それをぐりぐりと踏みつけてすり潰し、風に流されてあったのを確認して走り出す。


 いやぁ、人気のない道でよかった。流石に人目のつくところで、宙に向かってスタンガン振り回してる子供見たら怖いよね。
 それにしても、犬飼さんも中々ゲスい男になったもんだ。幽体だった頃に守ってやった恩を忘れたのかー! ついでに仕事始めた時も手伝ったでしょおー? 


 全く、もう。……まぁ、あの仕事を始めた時から、変わっていくのは分かっていたんだけど。
 まさかわたしのようなか弱い女の子を狙うクソ野郎にまでなったとはね。
 それにしても犬飼さん、やっぱり情報屋なんて怪しすぎる仕事もしてるじゃん! おのれぇ! 
 ともかく、このまま大通りに出れば問題は無いでしょう。


 日が傾き、人気のない道は薄暗くなってくる。こういう場所は、面倒なモノが好む。
 現に、明るい時に通った時は姿を現さなかった幽霊やあやかしが、少しずつ姿を出し始める。
 

 頼りなく光るあやかしの横をすり抜けようとした瞬間、ぼんやりとしていた光が刺すように強くなって、眩しさに一瞬目を瞑る。
 よろけるように大通りへ出て、お店の壁にもたれる。突然の強い光にズキズキと痛むこめかみを押さえて、落ち着くのを待つ。


「………ビックリした」


 あの光ったあやかし、式神だ。
 夕暮れ時、こういう時間帯は現世と幽世の境目が曖昧になる。
 力の強いわたしの目には、人と同じようにハッキリとあやかしや幽霊、怪異の姿を映すことが出来る。


 あの切れかけの電球みたいなあやかしに化けた式神の光も、近くで食らえばこの有様。
 だから普段は、触らずに脅かして遠ざけられ、尚且つ携帯していても不審に思われないスタンガンを持ち歩いているのに。


 横を抜けるまで式神だと気が付かなかった、それはつまりあやかしに擬態させられるほど力の強い術者が近くで操っている証拠で。


「鬼ごっこはオレの勝ちだな。なァ? クソガキ」


 ソースまみれ男本人が、立っていた。
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