ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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 できるだけ冷たく、つき放つように静かに告げる。
 提案ではなく、拒絶。わたしの静かな言葉に、たじろぐ。


 その顔はショックを受けているようにも、やはり、と諦めたような顔にも見えた。


 じっと見つめる。わたしがこうなったのはお前のせいだと、何年間もベッドの上で過ごし、当たり前の生活を送れなくなたんだぞ。一度考え出せば止まらない。


 どうして、わたしはこんなつもりじゃなかった。他の子と同じように学校へ通いたかった。痛くて苦しくて、死が近付いてくる恐怖を味わいたくなんてなかった。


 全部、目の前にいるあなたのせいだよ。わたしから日常を奪った。当たり前に続いていたであろう日常を、壊された。


    溢れ出して止まらない感情は、ぐちゃぐちゃだった。そーちゃんを責めたくなんてない。こうなったのは自業自得。わかっていても、気持ちが追いつかない。


 本当は、そーちゃんがいなかったら、それだけでわたしの生活は当たり前の日常なんかじゃない。寂しくて、つらくて、心にぽっかり穴が開いたまま送る生活なんて嫌だ。でも、わたしは神様でも仏様でもなくて、理不尽を受け入れられるほど大人でもなかった。


 心のどこかで、そーちゃんに対する「どうして」はあったのかもしれない。自分の中に、こんな醜い感情があったなんて、知りたくなかった。


「……わかった。六花がそう望むなら、俺はもう関わらないよ。ーーごめんな」


    部屋を出ていく直前振り返って、わたしの目をまっすぐ見たその目に、言葉が喉まで出かける。


 バタン。扉が閉まる音を聞いてから、唇を噛み締める。強く、強く、口の中に鉄の味が広がるほどーー強く噛んだ。


 目を瞑る。さっきまであった眠気が、どっと押し寄せてくる。そーちゃんと話せて、嬉しかった。そーちゃんの顔が見られて、良かった。ゆらゆら揺れる視界が歪んで、感情のまま涙を流す。


 わたしはいつも、さみしい時、悔しい時、悲しい時、唇を噛む癖がある。それは、いつも仕事で疲れてぐったりしている母親に迷惑をかけないように静かに泣くためだった。


「う、え……ふっ……」


    歯を食いしばって、声が漏れないように泣く。
 行かないで、ごめんね、全部嘘なの。そう叫びたかった。
 最後に見えた悲しそうで、寂しそうな目。こびりついて離れない。わたしが泣いていいわけじゃない。


 拒絶したのは自分の方だから。いくらそーちゃんを思っての言動でも、やっぱり悲しいし寂しい。もう二度と、あのぎこちない笑顔を見られないんだと思ったら、つらくてたまらない。


 ずっと縛っておくことだってできた。今のわたしなら、望めばそーちゃんのそばにいられる。
 でも、したくなかった。だってそんな方法でそばにいるなんて、友達じゃない。


    だからきっと、この選択肢は間違っていなかった。


    リハビリ専門の病院へ転院する前に、一度だけお母さんが来た。数年ぶりに見た母の顔は、別人みたいだった。


 事故に遭う前も殆ど顔を合わせていなかったけれど、書類の手続きを面倒くさそうに済ませたら、さっさと帰って行った。


 変わらなかったその態度に、却って安堵さえ感じた。今更のように優しくされたら、多分受けいけられなかっただろうから。


 転院もさくっと終わって、わたしはリハビリを始めることになった。どこまで筋力が戻るかわからないし、もしかしたら車椅子生活も有りうると告げられる。


 車椅子になったら、また母が面倒くさそうな顔で家のバリアフリーにするんだろう。そんな考えが浮かんで、乾いた笑いが出る。


    リハビリは、思っていた以上に過酷だった。
 握力腕力、腹筋背筋、脚力ーー全身の筋力を、付け直す必要があったから。


 最初は思うように動かない体にもどかしさを感じた。でも、数ヶ月かけて少しずつ筋力がついて行くのがわかった。


 問題視されていた歩行も問題なかった。立てるようになってからは、早かった。杖をついて歩くようになり、階段も上れるようになったし、実はこっそり走ったりもした。見つかった時はこってり絞られたけど、反省はしていない。


 わたしは、驚異の回復力を見せた。退院が近付く頃には、オーダーメイドの可愛らしい杖も届いた。
 

 歩くのの走るのも全く問題のないわたしに果たして杖がいるのかと疑問だったけど、お医者さんが一応持っとけというので持つことにしたのだ。


    市販の杖は可愛くなかったから、母に伝えてもらってオーダーメイドにした。


 手持ちの部分に白色の兎が丸まって目を閉じていて、そこから下は花に蔦が巻いてあるデザイン。


 これはもはや杖というより、お洒落のために持つステッキと変わらないのではと思ったけど、まぁ実際杖の役割は果たさなくていのだから、問題ないだろう。


 可愛らしいステッキ(杖)を片手に、わたしは退院した。
 母が手配したタクシーに乗って。病院をあとにする。


 そーちゃんは、あの日以来顔を合わせていない。私が退院したのは、数年ぶりに目を覚ましてから6ヶ月後。少しだけ冷たさが残る春の風が吹く、4月。


 その年の3月に、わたしは15歳になった。そーちゃんが来なくなった病室はとても静かで、母は当たり前のように仕事で来なくて、誕生日は一人で過ごした。本来であれば、高校生になる歳だ。


 8歳から時の止まったわたしは、高校の勉強なんて出来るはずもなく、行ってないけど義務教育は終えているから中卒かなとか色々考えた。タクシーから下りて、料金を支払いお礼を言って家へ向かおうとすると、スーツ姿の男性が立っていた。


「お久しぶりです、六花様」
「どうも、変わらないですね。本当に、6年以上も経っているんでしょうか?」


 カツン、杖の先を地面について小さく笑う。
 その人は、そーちゃんの保護者のような人だった。血の繋がりはないと聞いたような気もするけど。授業参観には来ていたし、保護者会にも来ていたらしい。
 

 変わらずスーツを着こなすその姿は、6年もの時が経ったとは思えないほど若々しい。


 元の年齢を知らないけど、その人は歳をとるということを知らないように見える。わたしの姿を見て、一瞬驚いたように目を見開き、すぐに頭を下げた。


「六花様こそ、お変わりないようで。思っていた以上に元気なお姿に、安心しましたよ。貴方に振られて抜け殻のような若とは大違いだ」
「あれ、普段と比べて嫌味のキレが悪いですね。やっぱり歳とりました?」
「貴方は……本当に、変わっていない」


 その人は、少しだけ顔を歪めた。決して同情されているわけじゃないし、憐れんでいる訳でもない。まるで、自分の発した言葉で自分が傷ついたような、そんな顔。


 若(そーちゃん)命の保護者兼護衛のその人とは、いつも会う度に嫌味を言われた。

 あんたのようなガキが若のそばに居ていいわけねーだろという圧のこもった言葉に対して、ひねくれていたわたしは当然のように言い返した。


 そーちゃんは遠まわしな嫌味に気付いていなかったけど、それからというもの度々嫌味の応酬が日課のようなものだった。


 それは嫌がらせと言うより、わたしとその人だけの会話のようなもの。
 だから不快になることはなかったし、その人も笑顔(嫌味混じりに)で接してくれた。


 そーちゃんには気持ち悪いほど甘々なくせに、わたしには笑顔で圧をかけてくる。でも、ただ優しく接せられるよりそちらの方が、たいへんなひねくれ者のわたしにとってはありがたかった。


 毎回キレキレの嫌味を笑顔で返してくるその人にしては、普段より大人しいなぁと思った。これが老いるということか……なんて失礼なことを考えていると、不意に穏やかな声をかけられる。笑顔で嫌味を放ってくる時とは違って、真面目な顔で。


「私は、若のためなら何でもできます」
「でしょうね」
「ですから、勝手に庇って勝手に植物状態になって、勝手に若を縛り続けた貴方をーー恨んでいます」
「でしょうねぇ」
「…………私はね、年月の残酷さを知りませんでした。貴方の病院へは、いつも若を送り迎えするだけでした。貴方の姿をこの6年間、見たことがなかった。そして今日お会いして、自分の愚かな考えに気付かされました。貴方は、何も変わっていない。年々成長される若と違って、何ひとつーー」
「可哀相だと、思いますか?」


 懺悔のような言葉を遮って、問いかける。ぐっと言葉を詰まらせたその人は、考えるように目を伏せた。


 可哀相、それはわたしが意識を取り戻してから、病院の人たちに囁かれ続けた言葉。


 成長出来なくて可哀相。あんな若さでこんなことになるなんて可哀相。歩けないかもしれないなんて可哀相。可哀相、可哀相、繰り返し看護師がこそこそ話しているのを聞いて、心が冷えていくのを感じた。


 憐れみも同情も、腹立たしいだけ。意識を取り戻しただけで、奇跡のようなもの。呼吸が止まれば、呆気なく死んでいた体だった。これのどこが、可哀相だと言うのか。


 そーちゃんを恨む気持ちと、そーちゃんを助けられて良かったという気持ち。どちらもわたしの本音。どちらも、自分で選んだことに変わりはない。


 割り切れてしまえば良かったのだろうけど、あいにくわたしは8歳から何ひとつ変わっちゃいない。目の前の人が言うように、何ひとつーー。


 見た目も変わらないし、身長も伸びない。心だって、止まったまま。
 本来あるべきだった生活が送れず、同級生が勉強や部活に勤しむ中、わたしはリハビリに勤しんでいた。


 それを恨む気持ちは募るし、自分の醜い感情が嫌になるし、喚き散らしたくなる時もある。子供のように、駄々をこねたい時もある。


 のどかな住宅地に似使わぬキリッとしたスーツ姿の男性と、見た目小学生の組み合わせはどうにも目立つようで、ご近所さんがチラチラ見てくるのが気になった。
 わたしが杖をついているのも、目立つ要因の一つかもしれない。


 日差しが出てきて、暖かい風が吹く。桜が散ってしまった木々が揺れて、草むらに生える花が揺れて、ベランダに干されたシーツがバサバサと音を立てる。


 カツン、杖を軽くついた音で、考え込んでいたその人の視線が上がる。わたしはいつものように笑みを浮かべ、横をすり抜ける。軽やかな足取りは、杖など必要も無いほど。


「待って、ください。貴方の質問に今すぐ答えることは出来ません。ですが、若から預けられたこの手紙だけは、どうか受け取っていただきたいのです」
「手紙?」
「はい。……冷たい貴方の態度にめげずに若が気持ちを一つ一つ丁寧に綴った大切な手紙ですので、どうか失くされませんよう、お気をつけください」


 最後に弱々しい嫌味だけ顔を歪ませ言い放ち、手紙を渡すとその場を立ち去った。
 目立たない場所に停めた黒塗りの車に乗って、そーちゃんの家に戻るんだろう。


 渡された手紙はずっしりと重く、何枚便箋が入っているんだろう……と、どうでもいいことだけが頭に浮かぶ。


 この重たさなら、落としても気付くし強風が吹いても飛ばされることはまずない。もしかして重しでも入れてる……? と勘繰るほどの膨らみようだ。


 重たい手紙を片手に、杖をつきながら誰もいない家へと向かった。


 鍵穴に差し込んで回そうとして、鍵が空いていることに気が付く。今の時間帯は仕事のはず。退院日にタクシーを手配するぐらいだから、家で待っているなんてことはまず、ない。じゃあ、誰がーー? 


 そっと扉を開けると、懐かしい顔が待っていた。
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