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2章
80,気に食わない
しおりを挟む「いやぁ、おでんがあんな上品なお皿で出てくる経験なんてなかなかないですよ」
「確かに。この前なんて屋台で買って食べたしね。でもコハルさんがおでん好きなのも分かるよ」
「ですよね!おでんの良さ、リュカ様ならわかってくれると思ってましたよ!」
出された食事は殆ど食べきり、食後のコーヒーを楽しみながら他愛もなく会話をする小春とリュカ。
あの会話の後何を話したらいいのやらと思っていた矢先、テーブルの上におでんが現れたことでそんな憂いは消し飛び、いつの間にやら普段通りのやり取りをしていた。
「そういえば、スズノさんとは会えたの?今日帰ってきてたよね」
「あぁ、はい。バッチリ会ってきましたし、ついでにお茶もしました」
おでんトークも落ち着いてきた頃、リュカは鈴乃の話を振ってきた。
リュカに返答しながら、そういえばそのことでリュカに聞きたいことがあったと思い出す。
「そう。あれからスズノさんは元気?」
「元気って……、どうせセルジュ様あたりに話を聞いてるんじゃないんですか?」
「まぁそれはそうだけど、女の子同士のほうが言いやすいこともあるんじゃないかと」
「別に何も言ってないですよ。元気そうでしたよ」
「それは良かった」
分かりきったことを聞いてくるリュカに面倒くさそうに答える。
一方、リュカは相変わらず何を考えているか分からない。
まあいいか。リュカのことは考えたって分からないのだ。無駄なことに時間を使うほど不毛なことはない。
それよりも今は確認しておきたいことがあるのだ。
「ところで、沙菜ちゃんは今何してるんですか?」
沙菜やオリヴァーのことをそれとなく探っておきたかった。
しかし、何気なく尋ねたにも関わらず、リュカの目がわずかに見張ったのに気づく。
「……なぜ?」
こちらの真意を確かめるように目を細めるリュカ。
「なぜって、もう数ヶ月も立ってるのに一度も会わないんですよ?さすがに気になるじゃないですか」
今日会ったことは伏せておくことにした小春は、何も知らない風を装って言った。
「本来は聖女同士の交流は良しとされてないから、だよ。小春さんも理解してるよね、聖女が結託して反逆でもしたら収拾つかなくなる」
小春は既にこの国の裏事情を知っているので、特に伏せることなくリュカは答えた。
「まぁ、リュカ様はわざわざ私に事情を知られるように動いてましたもんね。鈴乃ちゃんも特に制限なく行動してるみたいだし、セルジュ様もリュカ様と同様の考えってことですよね」
「……まぁそうだね」
「本来は聖女本人に利用されていることに気づかないように行動に制限がかかる。けど私たちが普通に行動できているのは偏にリュカ様たちの意向が国とは違うからってことです。なら制限がかかっている沙菜ちゃんは?沙菜ちゃんを囲ってるオリヴァー様はリュカ様とは異なる意見をお持ちってことですね」
説明じみた物言いで回りくどく言うと、リュカは小春が何を言いたいか察したようで、途中から面白くなさそうな表情を浮かべていた。
「……オリヴァーのことを聞きたいなら初めからそういえばいいのに」
「どうせ初めからオリヴァー様ってどんな人ですかって聞いてもはぐらかしてたくせに」
「はははっ、ひどいなぁ。まぁ否定はしないけど」
小春が白い目でリュカを見ながら言うと、リュカは愉しそうに声を上げた。
リュカがオリヴァーや沙菜たちのことをあまり言いたいと思っていないことは明白だ。
だから言い逃れできないようわざわざ遠回しに話を持っていったのだ。
観念してさっさと言ってしまえというように見ると、困ったように笑うリュカの姿があった。
「んー、コハルさんの見解だと俺とオリヴァーが敵対してるみたいな感じだけど、別に敵対とかはしてないよ?単に反りが合わないだけっていうのかな」
「反り……、ですか」
「そう。俺はあれの考えややり方が気に食わないし、あれは俺の考えややり方を気に食わないと思ってるって話」
リュカにしては妙な言い方をするものだと首を傾げた。
「なんか気に食わないってリュカ様らしくないですね」
「ん?」
「リュカ様って気に食わないことをそのままにしとくの嫌なタイプですよね。少しでも気に食わなければ、それを改善したり、排除したり何かしらするもんかと」
「それだと俺、すごく自分本意に聞こえるんだけど」
「……」
悪意があって言ったわけではないが、あながち間違ってもなかったので無言で目を逸らした。
「まぁ、コハルさんの言わんとすることは分かるよ。ただ、困ったことにオリヴァーに関しては、気に食わないってだけで間違っていることはしてないんだよね」
「?」
「前に君は俺は王に相応しくないと言ってたよね」
「……あぁ、言った……ような?」
リュカの言葉に苦々しく思いながら曖昧に返答した。
あのときは少し八つ当たりなこともあったので、完全な本心というと違うのだ。
リュカは正統な王としての気質は十分にあるのはとうに小春だって分かっている。
だからあのときのことを掘り起こさないで欲しいというのが本音である。
「そういう意味で言えば、あれはこの国で誰よりも王に相応しい人間だよ」
「……リュカ様よりも?」
いとも簡単に気に食わない相手を認めたリュカ。特に悔しそうではなく、ただただ困ったように笑っているだけだった。
そんなリュカが不思議でつい口に出した言葉にリュカは目を見開いた。
「へぇ……、コハルさんの中の俺への評価、案外高いんだね」
「……は、い、いやっ!そういうんじゃ……。単に比較対象としてです!」
「ふーん、そっかぁ」
満更でもなさそうに微笑んだリュカに、慌てて否定する小春。
動揺する小春を見て、更に上機嫌になっていくリュカにムッとしてがんを飛ばす。
「ふっ、ごめんごめん。……冗談はさておき、あれは俺なんかよりずっと王としての基質がある。良くも悪くもね。だから気に食わなくても認めざるを得ない」
「……ふーん」
思ったような返答を得られなくて、気持ちのこもってないまま相槌を打った。
確かに小春は犠牲となる聖女に手を差し伸べようというリュカの優しさを王として相応しくないと皮肉った。
しかし、だからといってオリヴァーのように何の躊躇いもなく無垢な少女を理不尽に利用する人間を認めるのもまた違うと思うのだ。
我ながら非常に勝手な話だとは思うが。
「面白くなさそうだね。期待した答えじゃなかった?」
気に食わないのが態度に出ていたため、リュカが興味深そうに笑った。
「……まぁ。かわいい女の子を利用する人間を認められるとなんとも言えない気持ちにはなりますね。私の目的とも反するので」
「君を利用しようという俺のことはいいんだ?」
「……それはまた別の話でしょ。それに私は対象外です」
どこか優しい表情を向けるリュカ。
まず、すんなりかわいい女の子枠に小春を入れないでほしい。
オリヴァーと会ったことを隠すつもりなので、到底リュカとオリヴァーの違いを言えたものではなく、曖昧に誤魔化すことしかできない。
リュカのしていることは一見オリヴァーと同じに見える。リュカも何故か意図的にそう見えるように振る舞っていたため、実際に小春もそう思っていた。
だが、リュカの本質は善人であり、聖女なんていう世界すらも違う他人にまで手を差し伸べる慈愛のある人間だ。そして同時に上に立つ者としての気質も兼ね揃えており、その相反する考えを両方実現しようとするなんとも生きづらい人間だ。
オリヴァーとは比べようもない。
けれど。
それは口には出せそうもない。リュカは小春がそう思っていると知れば、きっと面倒に思うだろうから。
「リュカ様こそ、目的は聖女に依存する国からの脱却でしょう。なら、オリヴァー様とは折り合いがつかないのでは?」
うまく答えられないのを誤魔化すようにリュカに話を振った。
「ま、そのときはそのときかなぁ。目的を果たす上で衝突するというならまたそのとき考えるよ」
結局、オリヴァーのことは保留などというリュカらしくもない答えしか得られなかった。
リュカはオリヴァーについてこれ以上語る気もないようで、オリヴァーのことを探るのもここらが潮時だろうと、追求するのも辞めた。
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