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2章
75,もう一人の聖女
しおりを挟む久しぶりの沙菜との邂逅に目を丸くする小春。
そして、鈴乃が呆然と沙菜を見つめたまま動かないのをみて気づく。
召喚されたとき鈴乃は周りを見る余裕なんてなかったから彼女のことを何も覚えてないのだ。
「えぇと、沙菜……、ちゃんだっけ?お久しぶりだね」
名前がウル覚えだったのでそれを誤魔化すようにニコッと笑った。
対して沙菜は怪訝そうな顔を向けてきた。
「……どうも。私と一緒にこっちに来た人たち、だよね?」
存外不遜な沙菜の態度に一瞬目を見張る。
最近は年功序列主義なんてものは排他的かもしれないが、一応年上である小春への態度としていかがなものか。
万が一社会に出た時には通じないと思うが。……いや、召喚が一方通行な以上、そんな未来は来ないか。
小春たちのやり取りでようやく鈴乃は、沙菜が召喚されたもう一人の聖女だと理解したようで興味深そうに見ていた。が、鈴乃の人見知りは未だ顕在のようで話しかけようとはしない。
「あぁ、うん。沙菜ちゃんとは召喚された以来初めてだもんね」
「……ねぇ」
「ん?」
「なんであたしの名前知ってるの?教えた覚えないんだけど」
不審そうにこちらを見ながら言った沙菜。
それで小春は沙菜の態度に合点がいった。
一度も会話をしていない相手が一方的に名前を知っているのが不気味なのだろう。
オリヴァーとのやり取りを見せつけといて何を今更と思うが。
「あははこれは失礼。私は相楽小春、大学通ってました。で、この子が」
「わ、私は有栖川鈴乃です!……えっと、17歳です」
一方的に知ってるのも申し訳ないので自己紹介をすると、鈴乃も小春に続いて自己紹介した。
成長しているようで何より。
「え、うっそぉ!二人とも年上なんだぁ。あたしは林堂沙菜。15歳で高校1年生」
「そっか。15歳って若いなぁ……」
一気に距離近くなったな。と内心引き気味で答える。
なんだか見た目とのギャップがありすぎではないだろうか。
15歳か。予想はしていたが、実際に言われるとくるものがある。鈴乃とて17歳。恐るべし10代。
「それで2人共こんなとこで何してんの?」
「何って……んーお茶会、いやぁ女子会かな?ね、鈴乃ちゃん」
「へ…、は、はい!!……じ、女子会……」
さっきの会話的にも表すなら女子会だろうかと鈴乃に振ると、心ここにあらずで女子会という言葉の響きを噛み締め始めた。
鈴乃は少々ボッチ拗らせすぎているような気がする。
そんな鈴乃に苦笑していると、沙菜は一気に小春と物理的距離を詰めてきた。
「私も混ざりたい!!」
「ん……、い、いいよ別に」
美少女にこうも顔攻めされては押しの弱い小春には断ることなんてできなかった。
決して小春が面食いだからではない。
◆ ◆ ◆ ◆
「で、二人はこっちに来てから何してるの?」
椅子とティーカップをもう一つ用意し、3人でお茶会、もとい女子会を再開して早々に沙菜はそう切り出した。
「何って?」
「魔獣退治とか、そういう聖女っぽいことに決まってんじゃん」
当然のことだというように言う沙菜。
決まっているのか。知らなかった。小春は俗に言う聖女っぽいことはしなくて良いと言われた身なので、当然だと言われても。
「逆に聞くけど、沙菜ちゃんは何してるの?」
「あたし?あたしはぁ、魔獣倒したり?あとは研究のお手伝い?とかかなぁ」
得意げに語る沙菜の言葉に引っかかり、思わず手を止める。
「研究のお手伝い?」
「あぁ、うん。あたしの能力が見たものを真似たり、別のものと別のものを複合したりできるわけね。だから違う属性の魔法を組み合わせたり、新しい魔道具を作る手伝い?みたいなのしてるの」
そう言えば、リュカから沙菜の能力についてそのようなことを言っていたなと思い出す。
見たものということは魔法に留まらないのかもしれない。とすれば研究にはもってこいの能力だ。何せ簡単に試作品を複製コピーしたり、掛け合わせてみたりできるのだ。
「はへぇ、なかなかすごいことしてるんだね」
小並感のある感想を言ったのにも関わらず、沙菜は気分が良さそうに頷いた。
「それで、2人は何してるの?」
「んーっと、私は言うなればニートかな」
「は……。ニート……?」
小春の言葉に困惑している様子の沙菜。
まさか聖女として呼ばれておいてニートなど、大層豪胆なことだと小春も思う。
でも、小春の後見人みたいなものであるリュカにそう言われたのだし(言われていない)、今更というもの。
沙菜とは別の意味で得意げになる小春を怪訝そうに見る。
「私は能力目覚めたりしてないからさ、基本フリーなんだよね」
「ふーん、お気楽でいいね」
一瞬、ほんの一瞬だけ殺意が芽生えたり芽生えなかったり。
歳下のJKにかなり舐められたものだ。日頃の行いが悪いからかもしれないが。
「ま、まぁね。ただ、鈴乃ちゃんはすごいんだから」
自身の言動に誇れるものなどなかったので、虎の威を借ることにした。
「へぇー。鈴乃?だっけ。何してるの?」
「え……」
突然、会話の論点が自身に行き鈴乃はぽかんとしたまま反応した。
「鈴乃は聖女の力は何で、何してるの?って聞いてんの」
「あっ、……えっと私のち、力は傷とか治せる、んです。なので、……えっと、か……、各地の困ってる人の、元にいったり、とか」
沙菜が改めて質問の意図を伝えると、鈴乃は一瞬ビクッとしつつ答える。
わざとではないのかもしれないが沙菜の少し威圧的に聞こえる態度に吃りが再発している鈴乃。この2人あまり相性はよくなさそうだ。
「それって治癒ってこと?!めっちゃ聖女っぽいじゃん!」
「へ」
すると、沙菜はどうやら鈴乃の話に興味を持ったようで前のめりに目を輝かせた。
予想外の反応に鈴乃は固まった。
予想外だったのは小春も同様だった。
これは小春の偏見になってしまうと思うが、如何にも陽の者であろう沙菜には、鈴乃はあまり印象良く映らないだろうと考えていた。だが実際は全く気にする様子もなく態度も変えなかった。最も鈴乃の話が興味を引くものだったからかもしれないが。
ただ、小春の中で沙菜に対する印象が少し変わった。失礼な態度は度々あるが悪い子ではないのかもしれない、と。
小春が沙菜に対して予想外と思った点はもう一つある。
「沙菜ちゃんは鈴乃ちゃんのこと知らなかったの?」
小春はその疑問を口にした。
国民たちが鈴乃の存在を知りつつある中、当事者であるはずの沙菜が知らないのは普通に考えておかしい。
沙菜は小春の問いに不思議そうな顔を浮かべ、首を傾げた。
「当たり前じゃない?ほとんど初対面なんだし。聖女のことは機密事項だからって2人のことは何も聞いてないし」
「……そうか、そうだよね」
自問自答するようにそう呟く。
リュカのせいですっかり忘れていたが、聖女に関係することはかなり情報が伏せられていたはずだ。過去に事情を知って反発した聖女により国土の4分1が失われたことによりそれは拍車がかかっていたはずだ。
主な理由は周りに対するものではなく、聖女本人に知られないように。
セルジュも恐らくリュカ側の人間だろうから鈴乃も特に制限はなさそうだった。
つまり、沙菜に関してのみ情報も行動も制限されていたということだ。沙菜についての情報を殆ど聞かなかったのも、姿を一度も見たことがないのもそのせいだったのだ。
要するに沙菜の後ろ盾になっているだろうオリヴァーはリュカと対立、もしくは対立までいかずとも別の目的の元動いている、ということか。
一度しか見たことはないが、かなり頭がお花畑で策を講じるようなタイプには見えなかったが。
「そういえばあの王子様とはどうなの?」
「おう……じ?」
そういえばこんな質問を鈴乃にもしたなと思い返す。あのときは面白がっていたが、今回は違う。オリヴァーとかいうあの男について情報がほしいのだ。
「あのキラキラオーラ満載でキザなセリフ垂れ流す如何にも童話の王子ですみたいな人だよ」
キョトンとする沙菜に再度聞き直す。
すると、ようやく誰について言っているのか分かったようで、急激に頬を赤らめ顔を伏せた。
「な……!お、オリヴァーさんとはべ、別に何もないしっ?」
分かりやすいことで。
年相応な反応に微笑ましく思いながら探りをもう少し入れようと口を開く。
「またまたぁ、初対面であんな熱烈なラブコール送られてたじゃん。何もないことはないでしょ」
「ね、熱烈って……っ?!」
からかうように言った小春の言葉にバッと顔をあげる沙菜。
ニンマリと笑う小春を睨みつけるように見た沙菜は、恥ずかしそうにしながらも話し始めた。
「お、オリヴァーさんはすごく良くしてくれるのよ……!お姫様みたいに扱ってくれるの。いつも優しいの。何もかも完璧だし……。その、も、もちろん顔もすごくかっこいいし……」
熱に浮かされたようにホワッ笑みを浮かべながら1人浸っている沙菜。
まさに恋する少女である。
まあ、一番最後のが沙菜の思いの半数を占めてそうだが。
確かにあれ程の顔面偏差値の男に熱烈にアプローチされれば気が迷うのも分かる………いや。
と沙菜を内心フォローしようとして、頭にリュカの顔が思い浮かび思いとどまる。
リュカのはアプローチではなくからかっているのだ。もしくは目的のための手段、決して熱烈にラブコールされてはいない。
小春は自分にそう言い聞かせる。
「そっかそっか。熱々で何より」
「そ、そういうのじゃないんだって!オリヴァーさんは私が聖女だから余計に優しくしてくれてるだけ……っていうか。……告白されたわけでも、ないし?」
「へぇ?」
これは沙菜が鈍感系女子だからか、あるいは本当に聖女だからという含みがあるのか。後者ならオリヴァーはリュカと同列なぐらいの曲者だ。
「……何よその反応。そういう小春はどうなのよ!」
沙菜は含みのある小春の反応を不審げにじぃと見たあと、ムスッとした顔でそう告げた。
またこの流れかと内心苦笑いをする。相手をからかいすぎるというのも考えものか。
「私?私はこの通り何にもございませんよ?」
「はぁ?こんな美形ばっかいるのに?」
沙菜は信じがたいものを見るように小春を見た。
美形が周りに沢山溢れているのに誰にも懸想しないのはおかしいとでも言いたいのか。
美形であることが沙菜にとっての最低条件らしい。実に女子高生らしくて裏のない考え方だ。嫌いではない。
「私はなにもないけどそこの鈴乃ちゃんはいい感じな人がいるらしいよ」
「な……!小春さん、何言って……っ」
「え??なになに!気になるじゃん!!誰なのよー?」
沙菜の興味を逸らすために出した話題にまんまと食いついたので、しめしめと内心したり顔である。対してとばっちりを食った鈴乃は焦った様子で小春を見つめた。
万国共通、女子は恋バナが好きなのである。こればっかりはどうしようもないことなのだ。
小春はそういう意味を含め鈴乃に温かい視線を送ると、鈴乃は珍しく恨めしそうに見返した。
「で、誰なの??」
「わ、私のはそういうのじゃ」
そんなことはお構いなく、沙菜は鈴乃のお相手に食いついてしまい、鈴乃はしどろもどろに誤魔化そうと必死だ。
小春は目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に1人ニコニコと眺めるのだった。
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