一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

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1章

68,惚れた腫れたについて

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「……スズノさんを迫ったというのは?」

 ポカンとしている小春に代わって、リュカが呆れたような口調で尋ねた。

「……、俺はスズノ様の気持ちを聞かずに一方的に好意を告げたのです。……迫ったも同然だ」
「ん?」

 どうも思っていることと違う。
 リュカは特に動じた様子もなく、なんならため息をついている。

「……ということはセルジュ様は押し倒したりとかはしていないんですか?」
「は……そ、そ、そんなわけないでしょう!?!……す、スズノ様を押し倒……すだなんてそんなっ!!」

 当初の予想通りの反応が返ってきて、途端に拍子抜けする。

 ただのニュアンスの違いだったようだ。てっきり鈴乃の合意を得ず、二人きりなのを良いことに事に及ぼうという男気のある人けだものだと評価をするところだった。

 それにしても。

「ただ好意を告げただけで鈴乃ちゃんがあんな過剰に拒絶するのは妙ですね」
「きょぜつ……」

 小春の言葉に改めてショックを受けるセルジュ。
 まぁ、これだけ顔が良くて、物腰も柔らかな高貴なる人ならば、拒絶されたことなどなかなかあるまい。

「何か他に気に障ること言ったのでは?」
「……スズノ様はなぜ俺がこんなに優しくしてくれるのか、自分にはそんな価値はない。そう、仰っしゃられました」
「……」
「それで俺は居ても立っても居られなくなり、俺自身がスズノ様をどう思っているのか、どう在りたいのかなど全て吐き出してしまい……」

 なるほど。どおりで顔が赤かったわけだ。
 純粋すぎる真っ直ぐな好意を一気に浴びせられるのは、耐性のない人間には少々重いだろう。

 鈴乃の閉鎖的なまでの利他的な献身は自己嫌悪に起因するものか。
 そういう気持ちは分からないでもない。相手に求められることでしか自分の存在価値を確かめられないのだ。
 ただ、そんなことをしなくても鈴乃は十分に価値ある人間だ。あとは自分を俯瞰して見るだけ。

 ……しょうがあるまい。セルジュの恋愛を成就する手伝いをするのは癪だが、可愛い鈴乃のためだ。ここは1つ、花を持たせてやるとするか。

「セルジュ様。貴女は顔がいいことにかまけて、女心が何一つ分かってません」
「え……」
「女というのは、愛されることによってどこまでも強くなるのですよ。その愛が少し拒絶された程度で揺らぐものではだめです。鈴乃ちゃんには相応しくない」

 小春は恋だ愛だに興味は微塵もないので、本に書いてあったものの完全なる受け売りである。

「鈴乃ちゃんも少し混乱してるんでしょうし、セルジュさんもその事をよく考え、一旦頭を冷やしてから出直してください」
「は……はい」

 面を食らったような顔で、とりあえず返事をするセルジュ。

 おそらくは二人の障壁になっているとすれば、鈴乃の心持ちの方だろう。セルジュはすでに出会った頃とは変わっている。
 ならば鈴乃と話をする時間が欲しい。
 
 チラリとリュカの方を見る。

「少し鈴乃ちゃんと話してきます」

 リュカは意外そうな顔をしつつも、小春の意図が分かったようで小さく首肯した。

 小春はリュカの了解を得ると、呆然としているセルジュを置いて、鈴乃が走り去っていった方へ踵を返した。

 鈴乃が行くとすればきっとここだろうという目星はあった。
 薬草園である。

 最初に小春と鈴乃が話した場所であり、最期にも話をした場所だ。

 鈴乃が通り過ぎてくとき、一瞬だけ小春と話がしたそうな目を向けてきたのが勘違いでなければ、ここにいるはず。

「おまたせ、鈴乃ちゃん」

 薬草園の隅っこでうずくまっている少女に声をかける。
 バッと思いっきり顔を上げる鈴乃。

「こ、小春さん……!」

 上目遣いにうるうるとした目、そして赤く染まった頬。
 さすがに破壊力が高すぎる。同性の小春でも危うく悩殺されるところだ。

「なかなかに衝撃的な再会だったね」

 そう言いながら、蹲る鈴乃の隣に腰を下ろす。

「は……はい。すいません……、迷惑をかけました」
「いやいや、鈴乃ちゃんが元気になってくれてよかったよ。……心配してたからさ」

 先程のやり取りを思い出したのか居たたまれなさそうに顔を伏せる鈴乃。

「……本当にそうですね。……私も覚悟はしてた……んです。まさか元気になれるなんて……」
「うん。何にしろ鈴乃ちゃんとまた話ができて良かった」

 鈴乃は伏せていた顔を上げ、小春の方をみた。

「わ、私もです!……でも、こんなことってあり得るんですか?」
「さぁ、分からないけれど。お偉いさん達は鈴乃ちゃんの能力的には可能なんじゃないかって言ってるんでしょ?」
「そう、……なんですけど、なんというか……」

 腑に落ちていなさそうな様子だ。まぁ当然といえば当然か。鈴乃が復活したのは鈴乃自身の力ではないのだから。

「深く考えても分からないものは分かんないよ。助かったし万々歳ってことでさ」
「……それもそうですね。でも私、申し訳なくて」
「ん?」
「……私が死にかけたことをセルジュさんはかなり気にしてたみたいで、これからは何からも守るって言ってくれたんです」

 頬を赤らめながらポツポツと話す鈴乃。
 優柔不断男だと思っていたが、意外と決めるとこは決めるらしい。

「へぇやるね~、セルジュ様」 
「……でも、それでセルジュさんが無茶するのは……違うのかなって。私なんかのためにそこまでしてもらうのは、その……」
「烏滸がましいって?」
「……!……はい」

 小春の言葉が図星だったのか、目を見開き少し悲しそうに微笑んだ。

 セルジュの気持ちが伝わっていない、訳では無いだろう。あんなに顔を赤くするぐらいだ。
 やはり予想通り、鈴乃自身が鈴乃のことを認められないといったところか。

「うーん、私も恋愛についてとやかく言えるようなもんでもないけどさ、恋愛において権利だとかそんなもの無いに等しいと思うよ。人を好きだとか、こうしたいと思うのは自制できる感情じゃないし」
「……」
「むしろ、鈴乃ちゃんに純粋に何かしたいと思うセルジュ様に対して烏滸がましいと思うのは失礼だと思うし。鈴乃ちゃんはセルジュ様が利益があるからだけで人を好きになる人だと思ってるの?」

 鈴乃は自分の本来の気持ちよりも、自分自身を嫌っていることが前面に出ているから迷いが生まれ、拗れている。特に恋愛なんかは理屈ではないと言うし、考えすぎると余計動けなくなってしまうだろう。
 こういうのは考える暇を与えず、直感になってもらう方が良かったりする。要は即答せざるを得ない質問を投げかければよいのだ。

 案の定、鈴乃は小春の言葉に慌てて口を開いた。

「そっ、そんなことはないんです!!セルジュさんは素敵な方です。失礼な態度をとってた私にも優しくしてくれて、……す、好きになってくださって。本当にセルジュさんには何も問題はないんです。……私なんです。私が……怖いと思ってしまうんです」

 鈴乃は勢いのまま言葉を放ったが、だんだん我に返ったように語尾は小さくなっていった。

「好きになってもらうのが怖いってこと?」
「……私がまだ、学校に行ってたとき……は、仲がいい子たちがいたんです」

 鈴乃は言うべきか迷っているのか、狼狽えながらもゆっくりと話し始めた。

「その中の1人に好きな男の子がいて…。傍から見ても2人は仲が良かったので、みんな応援してました。……でもある日、その男の子が……私に告白をしてきたんです」

 小春はその内容に驚くことなく聞いた。よくある話だ。とくに鈴乃は可愛いので余計に多いだろう。

「びっくりして……、私の友達とあんなに仲が良かったのにどうしてか聞いたんです。……そしたら、そんなの私に近づくための口実だ……って」
「……そう」
「も、もちろん、断りましたし、そういうのはどうかと思うとも言いましたっ。……けど、友達には知られてたみたいで、それから……」

 当時のことを思い出しているのか、鈴乃の顔色が少し悪くなり、言葉が詰まってしまった。

 その後に続く言葉など容易に想像つく。
 鈴乃の友人からすれば面白くない話だ。好きな男が自分と仲の良い美少女と接点を持つために仲良くしてきたなんて。
 それを脈アリだなんて思って、当の本人に応援されるなんて屈辱的なはずだ。

 おそらく鈴乃が不登校になった原因がそれなのだろう。
 今セルジュに対して消極的なのも過去に恋愛関係でいざこざがあったから、といったところだろう。

「……怖いんです。私のせいで友だちに悲しい思いをさせてしまったことがある、から。私が弱かったから………、両親にも迷惑をかけてしまって」

 項垂れる鈴乃を横目に小春は静かに息を呑んだ。 
 
 小春はてっきり、鈴乃が恋愛自体に気後れしているのかと思っていたが、少し違ったらしい。正確には惚れた腫れたによって、周りに及ぼす影響を恐れていたのか。なんともまあ、利他的な鈴乃らしい考えだ。
 それなら、むしろ考えを改めさせるのは簡単だ。

「鈴乃ちゃんはさ、その友達に悪いことをしたって思ってるのかもしれないけど、第三者の私からしたらむしろ良いことをしたと思うけどな」
「え」

 予想だにしない切り返しに鈴乃は思わず顔をあげて、小春を見つめた。

「だって、それって長い目でみたときにさ、その子は早めに都合の良い誰かを利用するようなクズ男だって気づけたってことでしょ?なんならむしろ感謝されるべきだよ」
「でも、その子はそう思えないと思います」
「そうだね、あくまでもこれは第三者の意見だ。当事者は当然鈴乃ちゃんのことを良くは思わないかもしれない」
「……はい」

 鈴乃は再び顔を伏せようとしていた。小春は構わず言葉を続ける。

「その程度のものってことだよ」
「……?」
「人の評価なんて、見方によっては一変もニ変もするものだから。今の話でも鈴乃ちゃんの元友達と部外者の私で全く違う見解なわけだし。元友達も何年も経って別の人を好きになったりしたら、また違う考えになってるかもしれない。他人の評価なんてその程度のものだよ」

 鈴乃は伏せようとした顔をポカンとさせていた。きっと考えたこともなかったのだろう。
 鈴乃が不登校になったりしたのは、その人の目を気にした結果だろうし。

「他人の評価なんていう簡単に揺らいでしまうものを頼りにするなんて勿体ない。鈴乃ちゃんは折角ちゃんとした自分を持っているんだから、自分の気持ちを優先させたっていいと思うよ?」
「……いいんでしょうか?それで他人に迷惑をかけたり、もしかしたら不幸せにしてしまうかも……」
「鈴乃ちゃんはセルジュ様の気持ちを受け入れたいと思ってるんでしょ?自分の中では決まってるのに自分に嘘までついて他人を気にするなんてナンセンスだな」
「な、ナンセンス……」

 意地悪げに口角をあげ、鈴乃のおでこを優しく小突く。
 鈴乃は瞼をパチクリさせ、小突かれたおでこを手で押さえた。

「他人のことを考えて行動する。確かにそれは美徳だね。でも、人間っていうのはなんだかんだエゴな生き物だ。鈴乃ちゃんのそれも立派なエゴだよ」
「……」
「だから、どうせエゴなら相手のことを考えるのはまずは自分が幸せになってからでいいんだよ。これは持論なんだけど、自分が幸せだと心に余裕ができるから、誰だろうと多少は人に優しくできる。逆に、不幸せな人間が他人を幸せにできると思う?」

 目を見開いたまま小春の言葉を無言で聞いていた鈴乃は、だんだん表情を緩ませ、鈴を転がすように小さく笑い声を上げた。
 小春は不覚にもその初めて見る鈴乃の穏やかで楽しげな顔に見惚れてしまう。

「ふふ……、小春さんはやっぱりすごいですね」
「……え?」 
「不思議なんです。小春さんに言われると本当にそんな気がするんです。自分が悩んでたことが本当にちっぽけなことだったのかなって思える」

 意外にも清々しい返答に拍子抜けする小春。
 前回のことと言い、鈴乃は頑固な性格かと思っていたので、もう少しネガるのかと。と、失礼なことを思っていたことを心の中で謝罪する。

 きっともうこれ以上言う必要はないだろう。鈴乃のスッキリした顔をみてそう思う。

「まぁ、私的にはセルジュ様には苦労してもらったほうがいい気がするからもう少し焦らしてもいいと思うけどね」
「焦らす……って」
「だってそうだよ、散々と好きな相手と国とを天秤にかけて、好きな人を失いかけたくせに今更何をほざくんだって私は思うけど」

 小春の不遜な物言いに苦笑いを浮かべる鈴乃。
 鈴乃には悪いが、セルジュが気に食わないのは本当なのでこれぐらいは言わせて欲しい。
 こんな可愛くてとてつもない良い子を掻っ攫ってこうというのだ。物申したくもなる。

 鈴乃はというと、セルジュをフォローしようとあわあわしていた。

「あはは~冗談だよ冗談!恋の駆け引きみたいなやつだよ、ああいうヘタレくんは尻に引いてなんぼだって昔誰かが言ってた」

 ……気がする。愛花あたりだったか。
 鈴乃が困っていそうだったので、ここらで切り上げとこうと適当に言った。
 これはこれで奥手そうな鈴乃には困るアドバイスだろうが、おそらくは鈴乃は無意識のうちにセルジュを尻にひくことになる気はする。

「……こ、恋かはその……ま、まだ……」

 顔を赤くしながら言葉をつまらせる鈴乃。
 小春はその顔をガン見する。

 おっと、まだその段階ですらないのか。これはなんとも楽しそうな。

 小春は、セルジュの四苦八苦する様子を想像しながら、鈴乃にバレない程度ににやけるのだった。
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