一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

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1章

54,もう一つの物語④〜覚醒〜※鈴乃視点

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 小春と友だちになり、小春のような尊敬できる人間になりたいと決めた日の夕方。
 思い立ったが吉日、セルジュが鈴乃を尋ねて来た際、勢いよく頭を下げた。

 突然のことでセルジュが目を丸くし、固まった。

「セルジュさん………。い、今まで、良くして、貰っていたのに………お礼も……言えず、すいませんでした」

 スラスラ言えればよかったが、今まで会話を避けてきた分、一朝一夕でできるものではなかった。
 セルジュは動かない。頭を下げたままの鈴乃にはその表情が分からない。
 セルジュの反応がどうあれ、言わなければいけないことはまだある。
 そのため、そのまま言葉を続ける。

「……異世界にきて、右も左……も、わ、分からなかった私に、……親切にしてくれて……、ありがとう、ございます」

 そこまで言って、ようやく頭を上げる。
 しかし、固まっていたセルジュの表情は、曇っていた。
 気に、触っただろうか。

「……いえ、当然のことをしたまでです」
「そ、それでも、私は……、セルジュさんに助けられたんです」

 何かを気に病んでいることは分かった。が、言いたいことは素直に伝えたい、その一心で真っ直ぐセルジュをみつめた。
 見つめられたセルジュは、観念したようにふわっと笑った。

「……あなたは思いの外、頑固な方ですね」
「が、頑固……かは分かりませんが。……変わりたい、と思って。………まずは、優しくしてくれた、せ、セルジュさんにお礼、するとこから」

 人というのはそう簡単に根本が変わるわけではない。だからこんなことで躓くわけにはいかないのだ。

「そう、ですか。スズノ様は強いですね」

 セルジュは穏やかに笑い、言った。
 鈴乃はそんなセルジュに胸がぐっといっぱいになるのを感じた。

 小春といい、セルジュといい、お礼を言う、そんな当たり前のことをしようとする鈴乃を、なぜこうも暖かく受け入れてくれるのだろうか。

「……私、じ、自分のこと……が、嫌い、なんです。……だから、自分が………、好きになれるような、………尊敬できる人になりたい……っ!……です」
「……ならば、俺もそのお手伝いをさせてください」
「……え」

 思ってもいなかった返答にポカンと見つめる。その視線に少し照れるように破顔するセルジュ。

「あなたは俺の聖女だから、スズノ様が望むことはできる限り実現したいのです。変わりたいと、自分を好きになりたいというのであれば、そばで支えたい。……だめでしょうか」
「い……、いえ!!そんな……ことは。………むしろ、も、申し訳ない、ぐらいで……」

 眉尻を下げ、自虐的に笑うセルジュにしどろもどろになりながらも答える。
 そばで支えたいなんて殺し文句、少女漫画とかでしか見たことない。そう思うと顔がどんどん赤面していく。

 鈴乃が慌てている一方で、安心したように表情を緩ませたセルジュ。

「……改めてよろしくおねがいします、スズノ様」
「……はいっ」

 鈴乃は噛みしめるように返事をする。
 ここからだ。ここから変わると決めた。






 それからは、まず人と関わるようにした。
 すれ違う侍女に挨拶をしたり、一緒にセルジュへ紅茶を持っていったり。
 セルジュの視察にも一度着いていき、大きな荷物を運んでいた高齢の女性に自ら声をかけてみたり、迷子になった子どもと親探しをしたり。

 自己満足かもしれないが、人の役に立てたときはすごく嬉しくかった。その嬉しさを共有したくて、セルジュに得意げに笑ってしまったのは、後から思えば少々恥ずかしかったが。
 それでも、人に感謝されるたび自分が認められていると思えたし、何よりセルジュは一緒になって嬉しそうに笑ってくれたので、もっと頑張ろうと思えた。

 ただ、外に躊躇なく出られるようになって、1人で王宮内を出歩こうとすると、頑なにセルジュに止められるのは少し不服ではある。
 いくら大丈夫だと言っても、「自分も行きます」と付いてこようとするのだ。
 セルジュは、公務も多い上、毎日騎士団で訓練をしている。そんな忙しそうな人、しかも王族をこんなしょうもない用事で連れ回すのは気が引ける。

 もちろん気にかけてくれるのは嬉しい。ただ、いつまでも頼りきりになるのは嫌だ。立派な人間になると決めたのだから。

 セルジュが前にくれた花に目を向けた。
 もう、花は半分以上散ってしまっていて、美しさが失われつつあった。

 最近は外に出られるようになり、この花が咲いているという庭園も案内してもらった。
 数本でも綺麗な花ではあったが、所狭しと咲く花は本当にきれいだった。

 今ではいつでもこの花を見に行ける。枯れてしまえば、頼んでまた摘みに行くことだってできる。
 ただ、少し。セルジュが鈴乃を思って摘んできたであろう花が枯れていくのが寂しいと思った。

 ──そう思っただけだった。

 花がホワッと柔らかい光に包まれた。
 
「え……!」

 突然の出来事で目を丸くしたまま、その場に立ち尽くす。そのうち光が眩しくなり、目が開けられない程になると、思わず顔を逸らした。

 瞼の裏で光を感じなくなると、恐る恐る目を開く。
 光は跡形もなく消えていて、白く花があるだけだ。

 貰ったときと全く同じ姿をした花。散って花瓶の縁に落ちていた花弁はなくなっていた。いや、なくなったのではなく、元の場所に戻ったのだ。

「……もど、ってる」

 なぜ。そう思うよりも先に思い当たる事があった。不思議なほど簡単に腑に落ちる事実。

 これは鈴乃の聖女としての能力なのだ、と。

 今まで、心の奥底では、自身が聖女と呼ばれるのが不思議だった。
 でも、こんな力を持っているなら、やはり鈴乃が聖女であるのは紛れもない真実なのだろう。

『もし、能力が発現するようなことがあったとしても、周りにはバレないようにしたほうがいい』

 小春の言葉が頭に反芻した。

 そうだ。このことは隠したほうが良いと忠告されていた。

 まずは小春に事情を話したほうが良さそうだ。とすると、どこに行こうと付いてこようとするセルジュにバレないように会わなければ。

 
 次の日早速セルジュに黙ってこっそり部屋を抜け出すと、薬草園に向かった。
 実はあれから小春とは会っていない。セルジュが付いてこようとする状況下で会うのは、なんとなく気が引けたのだ。

 薬草園を覗くと、案の定小春は本を読んでいた。ただいつもと雰囲気が違う。なんというか、気が立っているといえばいいだろうか。

「……小春さん??」

 恐る恐る声をかけると、ぱっと顔を勢いよく開け、眼光を鋭くして見つめてきた。
 目つきは鋭いが、特に冷たい感じもなかったので、困惑しつつ手をふるように控えめに手を上げた。

 小春はというと、相手が鈴乃だと分かると、すぐさま嬉しそうな顔に変わる。

「鈴乃ちゃん!!おひさ!」
「こ、こんにちは」
「そんなところ突っ立ってないで座りなよ」

 鈴乃は手招きされるがまま、小春の向かい側に腰掛けた。
 小春はポットに入れていた紅茶をつぐと、鈴乃にさらっと渡した。

「あ、ありが………」
「それで聞いてよー」

 お礼を言おうと口を開いたと同時に、愚痴を溢し始めた小春。

 聞く限り、小春と一緒にいるというリュカにいろいろと文句があるらしい。日頃の鬱憤を晴らすかのように腹黒やら性格悪いやら、ひたすらに愚痴っていた。

 その後は、小春が連れてきていた黒猫を撫でさせてもらっていたのだが、そんな折、小春の様子が少しおかしいことに気づく。

「どう、しましたか?」

 そんなふうに尋ねたところ、小春はなんてことないように血が滲んだ指を見せて笑った。

「あぁうん、紙で手を切っちゃってさ。こう いうのって地味に痛いよね一」

 どうやら本のページをめくる際、指を切ったらしい。
 たかが指を切った程度ではあったが、小春に力が発現したことを伝えるのにちょうど良いだろうかと思案する。

 そして。ただ、願っただけ。小春の怪我が治れば良いと。それだけで柔らかい光が溢れ出した。

「え」

 小春は、その光景に目を丸くしたまま固まっていた。
 小春の手を包んでいた光は消えていくと、何が起きたのだろう、と小春は自分の手を凝視する。

「……傷がない?」

 そう呟き、しばらく呆ける小春。
 言われるがまま、小春の指のほうを見れば傷はきれいに無くなっていた。
 鈴乃は上手くいってよかったと安堵する。

「もしかして、」
「……はい。私も、能力が発現……した?みたいです」

 言い淀んだ小春の言葉を代弁するように、鈴乃が言葉をつなげる。
 小春は面を食らったような顔を一瞬見せたあと、すぐに落ち着いた顔で静かに告げる。  

「……誰かに言ったりした?」
「いえ、こ、小春さんが……はじめて、です」
「そっか」

 やはり、小春は誰かにバレてないかを気にしていたようだ。鈴乃が答えると、明らかに安堵するような素振りがあった。

「鈴乃ちゃん」
「……はい!」
「治癒できる能力っていうのがどれぐらいこの国に価値があるか分からない以上、これまで通り隠しておいたほうが良いと思う」
「そう、ですね」

 小春の顔がいつになく真剣だったのが印象的だった。
 おそらく鈴乃のことを本気で心配しているのだと思う。それぐらいこの力は良くないものなのだろうか。

 傷を治す力。
 この力なら、人を助けることだってできるはずだと、そんなふうに思って嬉しかったのに。

 小春の言葉に内心落胆している自分がいた。

「さっきは言い忘れたけど、怪我を直してくれてありがとう」

 そんなときに言われた一言。
 こんなにも嬉しいものなのか、人から感謝されるのは。それが、何度も助けてくれた人に言われた言葉だと余計に嬉しかった。

 それでも小春の忠告は聞こう。小春はきっと鈴乃の身を案じて言ってくれてあるのだから。
 この嬉しい思い出を大切にして、この力を使わないように過ごそう。

 


 ──このときはそう、思っていた。
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