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1章
50,晴れ晴れしい幕開けと舞台裏
しおりを挟む部屋の中から歓声を聞いた。
涙ぐみながら感謝する声を聞いた。
聖女様だと誰かが声を上げるのを聞いた。
その声が次々と感染していくのを聞いた。
それらを部屋の外から人ごとのように聞くと、無言で踵を返した。
これで鈴乃は、貧民街の人々から感謝され、聖女と崇められることだろう。鈴乃は心持ちだけでなく、能力さえも持ち合わせた真の聖女となってしまったわけだ。
これだけ騒ぎになれば、国は鈴乃の有用性に気付くのは時間の問題だ。
恐らく盛り上がっているであろう部屋の雰囲気に皮肉なものだ冷笑する。
彼らは鈴乃という尊い犠牲の上で、あたかも救われたのだと喜んでいる。
こういうのを何と言うのだっけ。知らぬが仏だったか。
『知らないことは罪じゃない。けど、知ろうともしないのは罪だ』
今更にリュカの考えが頭を反芻する。リュカはきっとこんな光景を何度も見たのだ。
何も知らず、ただ聖女を崇める国民と、何も知らず笑顔で搾取され続ける聖女。
確かにこんな光景を何度も見れば、この国にも聖女にもうんざりするのかもしれない。リュカなんて王族だからこそ、要らぬ苦労も多いだろうし。
そう思うと、今回鈴乃を巻き込んだのはリュカの意志ではなかったのではないだろうかと今更ながら気づく。
今のこのような光景を皮肉ったリュカが、わざわざ胸糞悪いような状況にしようとは思わないのではないか。
なんの目的か分からないが、リュカは小春が勘違いしていたことを訂正もせず、わざと悪役を演じていたのではないか。
なんて、今更だ。勝手にリュカの仕業だと決めつけ、勝手に落胆した。
本当にどうかしている。何かにおいても俯瞰で見てきたつもりになって、そのくせ都合のよいところだけをみて、都合の悪いところは見ないふりをしておいて。
こちらの世界にきてから視野が狭まりすぎだ。
相楽小春の本質は、自身がくだらないと見切りをつけた人間の典型的なそれだ。どうしようもない人間の本質に触れたとき、勝手に落胆し、遠ざけるのは同族嫌悪にすぎない。
だからそんなどうしようもない自分を取り繕って生きているのに。その仮面すら脆いのであれば、小春はただのどうしようもない無価値な人間の1人でしかない。
「こんなところにいた」
とんだ自己嫌悪に陥っていた小春はその声に現実へと引き戻される。
振り返るとさきほど気まずくて離れた、自己嫌悪する羽目になった元凶がいつもどおりの爽やかな笑顔で立っていた。
「……リュカ様」
「こんなところで何してるの?こっちに来てると思ったら飛び出していったって言うから来てみれば」
「ただの自己嫌悪ですよ、自分の矮小さに落胆したというか」
「ふーん。矮小ね」
小春の自嘲気味の顔を訝しげに見るリュカ。
ただでさえ、気まずいというのに、こうもじっと見られると落ち着かない。
「……なんですか」
「いや?存外、君の自己評価は低いんだなと思って」
ついさきほど、その矮小さを向けられた人間が何を、と眉をひそめる。
「相応の評価ですよ。……現にあなたが故意にやったことだと勝手に決めつけて勝手に責めました」
「うーん。まあ、それに関しては俺の振る舞いのせいがほとんどだしね。状況的に俺があの聖女様をハメたと考えるのは至極当然というか」
「………自覚はあったんですね」
もはや開き直っているリュカに苦笑いを浮かべる。
「ん。俺的にはそれよりも、君がこうも早く考えを改めたのが何故かの方が気になるけど」
リュカは戯けたように首を傾げる。
その問いに答えるべきか一瞬迷うが、自暴自棄気味になっている小春はまぁいいかと口を開く。
「知らないことは罪じゃない。けど、知ろうともしないのは罪だ、なんて仰々しいことを言っていたのを思い出しただけです」
その言葉にリュカは一瞬目を見開いたかと思うと、全てを理解したようにふっと笑った。
「そっか、それで」
主語やらなんやらが抜けた小春の言葉で納得できてしまうリュカが憎たらしいと言うか。
それに、いつもどおりすぎるリュカに内心戸惑いが残る。さっきのあれが小春に対するリュカの本心だとするなら、小春の比べ物にならないぐらい仮面をかぶるのが上手い。
ふと真逆の考えが生まれ口をついてでそうになる。
「……リュカ様は、」
──わざと聖女に対して冷たく当たるのは何故か。
それを言おうとして、結局言葉につまった。
何故かリュカの態度の違和感は、リュカの聖女に対する思いを小春が誤認しているからではないのか。そう思ってしまった。
やけにわざとらしく聖女への忌避感を見せたり、さっきなんてわざと自身が嫌われるような態度をした。それら全てが本心だとしたら、妙に作り物のように見える。
考えすぎなのかもしれない。
しかし、聖女を疎ましく思うほうが演技なのだとしたら………。
……いいや。
このことを言及したところで何になる。リュカが小春をどう思っているかなど、どうだっていいことだ。
「なに?」
なにか言おうとして言葉をつまらせた小春の顔を不思議そうに覗き込むリュカ。
はっと我に返り、誤魔化すように笑った。
「いや、えぇと。リュカ様はなぜここへ?」
「セルジュと少し話そうと思ってた、んだけど、どこにいるかわかる?」
「セルジュ様なら講堂の方じゃ……」
指さそうと講堂の方を向きながら言いかけ、視線を向けたほうが何やら騒々しいことに気づく。
「おい、あっちでこの病を直してくれるってよ!」
「聖女様が現れたんだ!」
「死にかけてたやつが生き返ったって」
騒々しかったのは病人たちだった。そして、鈴乃の騒ぎを聞いて我先にと部屋に駆け込んでいたのだ。
聖女について、国民には公開していないはずが、表沙汰でこうも騒がれていることに眉を顰めるリュカ。
やはり、鈴乃をハメたというのは思い違いだったらしい。
「……聖女ってどういうこと?」
「………」
訝しげに尋ねるリュカに無言で返す。
「コハルさん?」
いつもなら、小言の一つでも返す小春が何も言わず、顔を反らしているのに違和感を感じたのだろう。
リュカは、小春の顔を覗き込もうと近づく。
リュカのことだ。小春の表情を見られれば何かしら察するのではないか。
そう思い、慌てて表情を作り口を開いた。
「どういうってそのままですよ。彼らを救う慈悲深く貴い聖女が現れたんです。いやぁ、あんな純粋な思いで行動できるなんて、本物の聖女は違いますね」
「……まさか」
それだけ言えば、察しの良いリュカはすぐに理解したようで、目を細めた。
鈴乃が聖女の能力を発現した。その事実にリュカがどんな反応をするのだろうと、ふと思い、チラリと目線を向けた。
リュカはほんの一時、ここにはない違うなにかを見ているようだった。そして、何かを嫌悪するようにその整った顔をしかめ、伏せた顔に影を落とした。
万が一、小春の能力が発現していることがバレたときもこんな顔をするのだろうか。
リュカにとって、人々のために自身を顧みず救わんとすることは愚かしい行為なのだろうか。
それはなんとなく嫌だなと物悲しく笑った。
それはとある舞台裏での話。
スポットライトが煌々と照らしだすのはいつだって主役たる人物。
これを物語の一説とするならば、主人公は間違いなく鈴乃だ。
引っ込み思案で怯えていた彼女は異世界に転移することを契機に、みるみるうちに変わっていき、強くなっていった。そして、困っている人を助けたいと願い、聖女となり、救いの手を差し伸べた。
そして───。
──その日、有栖川鈴乃は人々を救い、みんなから祝福され、聖女となった。
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